【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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125:遊楽都市の風

 南部地方の中にある巨大な都市。

 システムにより調整された温かな風が優しく吹き頬を撫でる。

 白い階段を上がって行けば、視界一面に芝生が広がって。

 楽しそうに笑う人々が集まっていた。

 石畳の道を歩いて行きながら、俺は口を動かして先ほどまで食べていたものの残りを飲み込む。

 

 草花の香りが鼻腔を擽り、家族で手を繋いで歩いていく子供も横を通り過ぎる。

 俺はそんな家族の在り方を見て微笑む。

 都市の中心部から離れている此処は、所謂、団欒する為の場所なんだろう。

 

 「……”遊楽都市”か……賑やかだが。下品じゃないな」

 

 くしゃくしゃと丸めた紙。

 それを近くにあったダストボックスに入れる。

 周りを見れば、様々な年代の男女が歩いていた。

 遊楽都市から離れた場所にある人工的に作られた高台には、一つの巨大な彫像がこの都市のシンボルとして輝いていた。

 見晴らしの良い此処からなら、遊楽都市の全貌も見る事が出来る。

 

 中心部に近づけば近づくほどに、背の高いビル群が増えていき。

 その中を縫うように上空を気球が飛んでいた。

 上空から街を観光できる乗り物であり、動きが都市のシステムによって完璧に管理されてるようだった。

 気球だけではない。他にはムササビのように空を飛べるアトラクションもあるらしい。

 都市の至る所にはターミナルが設置されていて、複雑な路線が敷かれている。

 分単位で都市のシステムが運航の調整が行っているらしく。

 交易都市から来る列車も此処に通る。

 今も向こうから空中に浮かび上がる線路を通って、それがやって来て都市の内部に入っていった。

 空を見れば此処にも大規模な気象管理システムが導入されると一目で分かる様な薄い膜状のそれが張られている。

 

 此処には何でもある。

 漫画やアニメ、映画に小説も他よりも種類が豊富な上に在庫も山のようにあるし。

 音楽や芸術も洗練されている上に、常に新しい風が吹いていた。

 映画館や劇場。最近では火乃国の”可夢偉(カムイ)”なる演劇がひそかに若者の間でブームらしい。

 

 単純なカジノなどの賭博場だけじゃない。

 娯楽と呼べる物なら何でも揃っていて、遊園地も動物園もあるのだ。

 宿泊施設なども充実している上に、そこで働く人間の質もかなり良い。

 先ず、真面な理由でクレームを入れられないほどに完璧であり、ロボットだと説明されても納得してしまうほどだ。

 

「……本当に凄い所だな……まぁ観光で来た訳じゃないが」

 

 独り言を呟きつつ、高台の上にあるベンチに座る。

 観光客たちは俺の事などまるで気にしていない。

 異分子もちらほらといるが、目に見えて嫌な事をさせられているようには見えない。

 精々がプラカードを持って観光案内所などの場所を示しているくらいだ。

 

 南部地方には遊楽都市のような目立つ場所もあるが。

 その他にも、多くの人間に愛されるような街もある。

 SQやSJが向かったそれらの街は、此処よりも重要な場所だ。

 ”教育”や”思想”を担うような機関が多く存在する街で……まぁ、ちょっとした闇に近い所だ。

 

 此処はまだ健全であり、治安だって悪くない。

 彼らの向かったところが少し特殊なだけだ。

 マフィアなど裏社会の人間が根を張っている街ならば、ジョンは狙うと彼らは考えている。

 世界危機管理機構が会議を開く時は、決まって世界規模で大きな事件が発生する時だ。

 裏社会の人間が消えるのなら彼らは動くどころか喜ぶだろうと普通の人間なら思うだろう。

 しかし、実際には各国の重要人物たちは彼らと根深い関係にあり。

 彼らが消滅しようものなら、世界のバランスが崩れる危険が大いにある。

 悪事はしているが、それ以上に奴らは市場経済やその街での治安問題に大きく関わっている。

 国王もそれを知っているからこそ、奴ら積極的に排除しようとはしない。

 何故ならば、奴らは他の地方からやって来る凶悪犯たちへの抑止力となっているからだ。

 奴らが悪の頂点として存在する事で、大規模な犯罪行為を行う集団も抑制されているようだが……必要悪というものだろう。

 

 だからこそ、そういった街を狙い続ければ命は確実に狙われる。

 消してはいけないものを消そうとするのだから当然だ。

 最も、テロなどを頻繁に行っていれば普通であれば賞金稼ぎや殺し屋に消されたりするが。

 ジョンのような情報を完全に秘匿できている組織のリーダーは別格だ。

 北部地方にて堂々と姿を現す事が出来ていたのも、彼の情報が一切流れていなかった事を意味している。

 そんな謎めいた組織が、警察の目や賞金稼ぎ達の目を掻い潜り次々と街や都市を襲っているのだ。

 これ以上続けば、世界危機管理機構も動かざるを得なくなる……ジョンは本当に奴らを狙うのか。

 

 南部地方にはそういった感じで、多くの街や都市を抱えている。

 国王は日夜、そんな街や住民からの要望や嘆願を聞き的確に指示を出しているという。

 噂では、国王が政治から退き国民の投票により政治を担う首相を決める案も出ていたらしいが。

 現在の街や都市の基盤を作ったのは現国王であり、彼の手腕は並の政治屋では並ぶことも出来ない程らしい。

 ましてや、今までこの広い地方を収めてきたのが実質上彼である為に。

 彼以上にこの地方に住む人間たちを理解できる者はいないと誰も思ったからこそ、その案は廃案になってしまった。

 

 ……有能であるのも、悩みなのかもしれないな。

 

 現国王も引退を考える歳だろう。

 それでも引退して自分の息子に席を譲らないのは、まだまだ不安要素があるからに違いない。

 その一つは確実に、巷を賑わしている篝火の存在だろう。

 何とかして説得し、その活動を終わらせる事が出来ればいいが……。

 

 端末を取り出して新着のメッセージを見る。

 それはイザベラからであり、写真もついていた。

 ライオットとドリスと共に撮った写真であり、その後ろには号泣する店の店主がいた。

 イザベラの手にはライフルが握られており、遠く離れた場所には的がある。

 メッセージには「今夜は焼肉だよ」と書かれている……店主は気の毒だったな。

 

 仲間たちは街へと繰り出し。

 ジョンを探すと言う名目で楽しんでいるようだ。

 まぁ奴を見つけるまでは一般人に紛れ込んで捜索していればいい。

 変に警戒していれば、それこそ目立ってしまうからな。

 

 それにしても今までの地方とは様変わりして、ここにあるもの全ては煌びやかで豪華な物が多いな。

 世界で通用するような名産品や特産品はあまりないが。

 南部地方を統治するケラルト国の現国王である”ヴィットーレ・ノワール”の取り組みにより貧しい地方だと言われた此処は生まれ変わった。

 彼は他にはないサブカルチャーや遊楽の面においてこの地方を発展させてきた。

 最初は彼の側近たちが反対していたようだ。

 伝統や歴史をないがしろにする行為は、国の為にはならないと。

 しかし、国王はその反対を押しのけて全力で地方全ての改革に取り組み……見事に大成功を収めた。

 

 貧富の差は少しずつ改善されて、王国側は国民に対して手厚いサポートを行えるだけの力を獲得した。

 元々あった貴族制度は廃止し、現在では能力に見合ったものを適切な地位につけて国を回している。

 反対した者もいたが、そういった者に対して国王は別の役職を与える事によって黙らせた。

 その役職については名称こそないものの、所謂、シンボル的なものとして外交関係で役に立ってもらっているらしい。

 腐っても貴族であり、礼節などに関しては一流であり交友関係も広い。

 顔の効く彼らは話をするだけで適切な給料を貰えるのだからそれなりに満足しているんだろう。

 

 地方全ての改革に、不要な要素の排除に政治基盤の大規模な改修。

 その結果、”高級街”と呼ばれるような街や”遊楽都市”と呼ばれるこの世全ての娯楽をかき集めたような都市が生まれ。

 それらを模倣するような街も、東部などにはあった……が、ジョンのような存在に目をつけられてしまったがな。

 

 多くの都市を管理しているのは最新の高性能AIシステムとなっている。

 AIが街のインフラや交通網を完全に管理し、不具合が起きないように優秀な人間たちも常駐させていると聞いた。

 安心安全の街であり、ジョンが現れるまでは目立った犯罪も起きていなかったらしい。

 

 今では多くの観光客や旅行客が南部地方へとやって来ては、そういった所へ足を運んで楽しんでいる。

 漫画やアニメも人気であり、ヴァンやミッシェルから勧められたものも南部出身の人間が原作者のものだ。

 全てはケラルト人が戦争に勝利したお陰であり、もしもタンブル人が勝っていればこのような発展は無かっただろう。

 

 アーサー・クラウンという傭兵が変えたんだ。

 敗北が濃厚であったケラルトの未来を繋いだのは間違いなく彼で。

 今、俺の目の前に建っている白く大きな彫像も彼が乗っていたメリウスだと分かる。

 何故、搭乗者であるクラウンではなく機体なのかは分からないがな。

 

 すごく綺麗でありよく手入れされている。

 道行く人たちはそんな彼の機体を模した彫像を見つめて写真を撮っていた。

 

 ……愛されているんだな。

 

 人々が談笑する声が聞こえて、草花の香りがする風が優しく頬を撫でる。

 大きな彫像を中心に、少し離れた場所にはベンチが等間隔に設置されていて。

 整えられた芝生の上で寝転がる人や大道芸の男がショーをしたりしている。

 遠くへ目を向ければ小さな湖のようなものもあり、ボートに乗って釣りを楽しむ人間たちが見えた。

 俺は空いていた白いベンチに腰かけながら、灰色のコートのポケットに手を突っ込みながら笑う。

 平和な光景だ。俺が見たクラウンの戦闘記録の映像とは大違いで……タンブル人とケラルト人の溝はそれでも埋まらないのか。

 

 端末を開いて南部の事を調べれば誰であれ分かる。

 ケラルト人は戦争に勝利して、タンブル人は戦争に敗北した。

 だからこそ、表立っては何も無いように見えても差別は存在する。

 就職や結婚でも、タンブル人というだけで不利になる。

 彼らはそんなケラルト人の横暴を憎み、今もどこかでデモを行っている。

 差別を無くそう、皆平等に……何処も同じだ。

 

 

 もしも、もしもだ……逆だったらどうなっていた?

 

 ケラルトが負けていれば、平等になっていたのか……たぶん、違うだろう。

 

 

 どんなに平等を訴えようとも、どんなに差別を無くそうとも。

 人が人を評価し、格差を作り続けている限り差別は消えない。

 真に平等になりたいのであれば、価値観そのものを壊すしかないんだ。

 歴史の積み重ねが、彼らの中に価値を作ってしまった。

 物に対する価値だけなら良かったのに、彼らは命にも価値をつけて……いや、当たり前だ。

 

 ……価値がないものなんてない……価値がないように見えるものも。誰かにとっては宝だろう。

 

 心の中で呟き子供を見つめる。

 ボールを投げて遊んでおり、その相手は父親だろう。

 世界にとって、神にとっては価値がなくとも……親にとっては一生の宝だ。

 

 価値観を失くせないのなら、差別なんか消せやしない。

 人として生きる限り、格差は生まれ続けるんだ。

 

 端末が震える。

 俺はゆっくりと手に握っていた端末を見つめた。

 コールに出ようとすれば相手はSQだった……はぁ。

 

「……何だ」

《――待て。お前は誰だ?》

「……は?」

《お前は誰だ。私にとっての何だ? 本人なら言え――……》

 

 ぶつりと切る。

 そうして、天を仰ぎ見ながら心を無にしようとした。

 すると、すぐにまた端末が震え始めた。

 俺はゆっくりと通話を繋ぎ耳に充てる。

 

《こちらお姉ちゃん。悪かった。許してくれ》

「……何だ」

《定時連絡の時間だ。報告を頼む……私からがいいか?》

「……いや、いい……今は……英雄像の前のベンチに座って待機している……異常なし」

《そうか。アイスは美味しかったか?》

「……あ?」

 

 

 ……今、こいつは何て言った?

 

 

 俺の聞き間違いならそれでいい。

 だが、こいつから聞こえた言葉は――アイスは美味しかったか、だ。

 

 

 俺は動揺を露わにする。

 それはそうだ。

 俺は此処に来る前にアイスを買って食べていた。

 そう、実際に食べていたんだ……何でこいつが知っている?

 

 あり得ない。奴がいるβは此処よりもかなり距離が離れている。

 すぐに来ようと思っても、輸送機で一日は掛かる距離だ。

 いる筈はない。筈はないのに……そうでなければどうやって俺の行動が分かったんだよ。

 

 奴は俺の質問を理解していない。

 ただ事実だけをペラペラと話し始めた。

 

《ストロベリーアイスをワッフルで二段。ふふ、イチゴが好きだったんだな。そこに行くまでに犬に吠えられていたな。驚いたお前の声は可愛かったぞ。ただ、すれ違う胸元が開いたメスを2.2秒も見つめたのはダメだ。あろうことかあのアバズレはお前にウィンクなどと――殺してやる――あんなのはただの脂肪の塊で、あんなものを見ていればお前の目が腐る。見たいのなら私のを見せてやる……あぁ、もしかして人肌が恋しいと言う事か? それは緊急事態だな。ならいますぐに私がそちらに――……》

「……」

 

 恐怖が勝手に指を動かした。

 つらつらと事実だけを口にする自称姉。

 自分で自分の危険な思考を理解していない本物のサイコで。

 これ以上、こいつと話をしていれば任務に支障を来すと俺自身がそう判断した。

 だからこそ、今も震えている端末を操作し一時的に着信拒否にする。

 

 体が震えている。

 何故か視線も感じていた。

 俺はキョロキョロと周りを見渡しながら、奴が何処かに潜んでいるんじゃないかと探した。

 だが、奴らしき不審者は何処にもいない。

 

 ……アイツはどうやって俺を見張っているんだ?

 

 俺は考えた。

 奴の言動や行動には意味があるんじゃないかと――そうかッ!

 

 アイツが自分を姉だと言っていたのは俺を油断させる為だ。

 会って間もない人間に対してお前は弟などという狂った奴が存在する筈がない。

 恐らく、ノイマンが奴に対して命令を与えて奴はその役を演じている。

 第一印象で俺が奴をただの馬鹿だと認識した瞬間に、奴は俺の体に何らかの細工を施した。

 恐らくはノイマン直々の何かであり、神であるアイツも俺の体に何かしていた。

 あり得る話だ。神と接触した男に対して何もしない訳が無い。

 

 油断させて盗聴器を仕込み……いや、カメラもか。兎に角、奴は俺を監視している。

 先程の意味不明な俺の情報の羅列は警告だ。

 もしも、何らかの不利になる様な行動や言動を取ればお前なんてすぐに片付けられるという意志表示……何て恐ろしい奴なんだ。

 

 俺は顎に手を当てて考える。

 つまり、今までの馬鹿な言動や行動もフェイク。

 俺だけでなく仲間たちも油断させる事によって俺一人を孤立させるつもりなのか。

 もしも俺がアイツは実は頭のキレる女だと説明したところで、信じてくれる人間は残念ながらいないだろう。

 

「……っ」

 

 

 考えれば考えるほどに碧い獣は、SQは――策士だ。

 

 

 俺は震える手で着信拒否を解く。

 すると端末は震え始めて……くそ、マズい。

 

 恐らく、奴は俺を試している。

 このまま俺が着信拒否をし続けて無視をするかどうかを。

 俺が通話を繋げなければ、SQは俺が何かを隠しているとすぐに気づく筈だ。

 そして、それは十中八九が神との取引であると察知し――ノイマンへと報告する。

 

 通話に出れば、嫌が応にも奴との心理戦になってしまう。

 頭のキレる奴との戦いは……恐らく、俺が圧倒的に不利だ。

 

 どうする、どうすれば……いや、待て。

 

 奴から何かをされた感じは無かった。

 握手もしていなければ、奴に触れられた形跡も――まさか。

 

 一度だけ、一度だけある。

 奴が俺に確実に触れていた事があった。

 それはノース・カメリアであり、奴は”俺の胸を突いて来た”。

 

 今思えば、おかしなことだ。

 急に頭が痛みを発して、奴が言葉を発すれば痛みが嘘のように引いていった。

 あの時に奴は既に仕込みを終えていた。

 そうでなければ、あんな余裕そうに俺と話す事は……いや、でも、それなら……。

 

 あのタイミングで仕込みを終わらせていたのなら。

 何故、こいつは代行者との会話を知らない。

 いや、もっというのであれば神との契約を知らない筈がない。

 

 知らないのか……いや、知っていて隠して……いや、そんな事に意味はない。

 

 つまり、奴の何かしらの仕込みは神や代行者が近くにいる時は発動しないのか。

 それとも、何らかのジャミングを受けてしまうのか。

 何方であったとしても、俺にとっては好都合であり――いける!

 

 奴はまだ俺の正体を掴めていない。

 俺はそう確信し、震えを無理やり抑え込み通話を押した。

 さぁ、来い。何とでも――

 

 

 

《お姉ちゃんは怒っている》

 「――ッ!」

 

 

 

 怒っている――つまり、死。

 

 

 

 どういう事だ。

 今の短時間の間に、何故、俺をクロだと判断した。

 何が奴にとっての決定打となった。

 俺は何処で選択肢を間違えた――いや、まだだ。

 

「……お姉ちゃん……ごめん」

《――ッ!!!》

 

 奴が動揺するような声を漏らす。

 心なしか鼻息が荒いようだが――やはりだ。

 

 今のクロであるという宣告はブラフ。

 俺の動揺を誘い尻尾を掴むための罠だった。

 狡猾な女だ。未だにバカな自分を演じているとは……そっちがその気なら俺にも考えがある。

 

「……許してくれ……お姉、ちゃん……くっ」

《――お前の全てを許そう。だから、もっとお姉ちゃんと呼んでくれ》

「……お姉ちゃん」

《もっとだ》

「…………お姉ちゃん」

《もっともっとだッ!!》

「…………おねえ…………グゥッ!」

 

 何て奴だ。

 こんなにも恥ずかしいのに……奴はどうしてスラスラと言えるんだ!

 

 訓練された兵士。

 親衛隊に名を連ねるほどの強者……やはりプロだ。精神制御もお手の物か。

 

 奴の土俵で戦う事は自滅を招く。

 俺は頭を左右に振りながら、このままでは奴のペースであると理解した。

 

《……様子がおかしい……何を悩んでいる?》

「――! い、いや……なぁ……どうやって、俺の事を……っ……ど、何処かで見ているのか?」

 

 まずい。まずいまずいまずいまずいまずい――まずい。

 

 恐怖のあまり、口走ってしまった。

 相手に対して種を明かすように言うのは素人のする事だ。

 これでは、俺が奴のそれに対して明確に恐怖を抱いていると教えているようなものだ。

 奴はそれを理解した上で、俺に揺さぶりをかけて来るだろう。

 

 どうする。いや、どうなる――奴は何と答えて――

 

《……私はお前だ》

「……え?」

《私はお前で、お前は私だ。今は一方通行でも、お前も私の見るものが見えるようになる筈だ》

「……ど、どういう事だ?」

《……何れ分かる。私たちは偉大なる父の子……彼の力を与えられたからこそ、血よりも濃い絆で結ばれている……運命の糸と私は言うがな……ふふ》

 

 私はお前で、お前は私……?

 

 理解できない。意味不明だ。

 何だ、どういう意味なんだ?

 ブラフか、それとも真実か――運命の糸?

 

 分からない。何も分からない。

 俺は片手で頭を押さえながら必死に考える。

 考えろ、考えるんだ――奴の狙いを。真意を。

 

《…………すまない。奴にも連絡をしないといけない…………名残惜しいが一度切る。もしも、掛けたくなったら何時でも掛けろ。私はお前の為なら、何時でも時間を作るからな…………それではな。愛しているぞ》

「……っ!」

 

 通話が切られた。

 最後の最後まで奴は役を演じきっていた。

 流石だ。流石はネームドにまで上り詰めるほどの実力者だ……俺が迂闊だった。

 

 分かっていた筈だ。

 どんなに馬鹿を演じていようとも、奴は実力者の一人だと。

 元ゲリラのヨハンも言っていたじゃないか。

 言葉でも何でも使って相手を騙せば勝ちだと……その通りだ。

 

 どんなに実力が離れていようとも。

 相手が油断していたり激昂していれば、相手は本来の実力を発揮できなくなる。

 SQは敢えて不気味な事をいう事で、俺の中に強い恐怖心を植え付けた。

 それにより俺は冷静な判断力を奪い去られて、最後まで奴の掌で踊らされた。

 

 侮っていたんだ。

 相手は異分子の国の精鋭であり、あのノイマンの直属の部下だ。

 弱い筈はない、バカな筈がない……それなのに……っ。

 

 もう後戻りは出来ない。

 奴は俺の心に杭を打ち込んだ。

 真に警戒すべきはSJではなく――SQだった。

 

 より一層、注意を払う必要がある。

 仲間たちの前であろうとも、ノイマンや神の話を軽々しくするのは止めよう。

 そうでなければ、確実に道半ばで殺される。

 

 俺は端末をポケットにしまう。

 そうして、顔中から流れる汗を乱暴に拭う。

 動悸が激しい、汗が止まらない。

 

 まだ何も始まっていないのに……大丈夫なのか。

 

 実力者たちの影がちらつく中で。

 俺は目に見えない恐怖に怯えながらも立ち上がる。

 そうして、周りを警戒しながらとぼとぼろ都市の中心に向けて歩き始めた。

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