【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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126:憧れを君に

「こ、これはッ! 鉄仮面戦士マシンダーの超合金ッ!? ロケットパンチを再現だってッ!? ね、値段は――ご、五万六千バークだとッ!!? や、安いッ!!」

「たけぇよバカ」

「あああぁぁぁん!!? マシンダーの超合金でロケパン再現モデルだぞぉぉぉ!!? アニメ化第一弾限定モデルで、世界で三千体しかない超レアものなんだぞぉぉぉ!!? こんなの手に入れようと思ったら百万は最低でもいるんだぞこらぁぁぁあああ!!?」

「うるせぇ……あ? これ、良く見たらマシンダーじゃなくて……マツンダーじゃね?」

「はぁぁぁ!? 何言って…………おっちゃん。これさ」

「……あんちゃん。気に入ったのなら買いな。今なら三万にまけてやるぜ!」

「……行こう」

 

 黒光りする特徴的な大きな腕をしたロボット。

 その箱に書かれていたのはマシンダーではなくマツンダーで。

 完全なるパチモンだと分かったヴァンは、静かに箱を置いて去っていく。

 路地裏にある出店で売られているものなんて所詮はそんなものだろう。

 店主は必死になって「二万でもいいぞぉぉぉ!!」と叫んでいたが。

 傷ついたヴァンの背中は寂しげで、俺たちは頭を左右に振ってからアイツを追いかけた。

 

 南部地方に来てから、今日で三日目になるが。

 ジョン・カワセらしき人間は見当たらない。

 そもそも、此処に来る可能性は他の場所よりも低いのだ。

 来ない可能性が高く、他の二人から発見の報告が無い限りは、こうやって街を見回っていればいいだろう。

 

 ヴァンの提案で、ミッシェルと俺もついて三人で街をぶらぶらと歩いている。

 時刻はそろそろ夕暮れ時で、腹も減ってきた。

 ヴァンは朝からずっとあの調子だ。

 嬉しそうにおもちゃ屋を見つけては足を止めて色々と見ていた。

 時折、子供が喜びそうなものを見つけては大量に買い込んで。

 店主に送り先を伝えてからカードで一括払いをしていた。

 

 ……俺もミッシェルも既に分かっているから聞かない……お前は優しい奴だよ。

 

 俺はヴァンの横に並び立ち、元気を出すように言う。

 

「アレは偽物だったが。きっと本物もある筈だ……なぁ?」

「あぁ? 何で俺に……あるよ。あるある……お、あそことかありそうじゃん。行って来いよ」

「……あそこかぁ? 何かボロいけど……行ってみるか」

 

 路地裏から出て大通りを歩いていく。

 人通りはかなり多いが、近くで固まっていればはぐれる事も無い。

 一瞬見えたのは、明らかに他の店とは違って外観がボロボロのおもちゃ屋だ。

 辛うじて掠れた文字におもちゃ屋と書かれていたので判別できただけで。

 三人で前に立ってみれば、店内は薄暗い上に客の気配どころか店員もいなさそうだった。

 ミッシェルが気を紛らわす為に偶々目に入った此処を勧めたが……本人も気まずそうだな。

 

 勧めたのはいいものの、明らかに先ほどの露店より危険だ。

 入っていいかも定かではなく――ヴァンは扉を開けて入っていった。

 

「お、おい……だ、大丈夫だよな?」

「……たぶん」

 

 中に入っても怒声は聞こえない。

 まだ営業していたのか。それとも、単に誰もいないのか。

 俺たちも恐る恐る扉を開けて中へと入る。

 錆びついたベルの音が不気味に鳴り、一歩店内に足を踏み入れればぎしりと床板が軋む。

 俺の背よりも高い棚が無数に並んでいて、天井に設置された電灯は幾つか消えていた。

 少し埃っぽく、商品が陳列されている棚を見れば少し埃が積もっていた。

 

「おいおい。掃除してんのか……換気してぇな」

「……ヴァン?」

 

 棚を見れば、確かにおもちゃは並んでいる。

 しかし、あまり見た事もないようなものばかりだ。

 ロボットや人間のフィギュアに……漫画も置いてあるのか。

 

 少し埃っぽい事を我慢すれば、それなりの品数だ。

 ヴァンも奥へと行ったようであり、俺たちはヴァンを追いかけながら商品を見ていった。

 適当に手に取って見れば……”美少女軍人・軍曹ちゃん1/12”……興味深いな。

 

 知らないアニメのキャラだろうか。

 少し肌の露出が多い軍服のようなものを着ていて対戦車ライフルのようなものを背負った顔の良い女。

 大胆に胸元が開いており、これでは敵から発見されるリスクがかなり高いように思える。

 何故、こんなにも布地が少ない上に持っている武装が対戦車ライフルなんだ……そうか、彼女は特殊部隊なんだな。

 

 露出が多いのは敢えて敵に発見させて動揺させる為で。

 そんな動揺している敵を一撃で仕留める為の巨大な武装。

 つまり、これは歩兵でありながらPB兵などと戦う事を想定して――

 

「……こ、これって……P・G先生の画集……う、嘘だ。世界に五百冊しかない幻の品だぞ……ど、どうしてこんなボロい店に……さ、三千バークって、定価じゃねぇか……買うしかねぇよな」

 

 後ろの方でミッシェルの声が聞こえた。

 見れば、御伽噺の魔導書のような分厚い本をパラパラと捲って驚きを露わにしている。

 よほど気にいったのだろうか。両手で抱きしめながらブルブルと震えていた……何だ?

 

 俺の端末も何故か震えた。

 短かったからメッセージだろうと思って開けばSQで――

 

『そういうものに興味があるのか? お姉ちゃんがお姉ちゃん1/12スケールを作ってやる。どんなポーズが良い? こういうのはどうだ?』

「……」

 

 メッセージの内容を見て、添付された写真を見る。

 胸元を開いた写真であり、態と前かがみになり真顔で俺を見ていた。

 ご丁寧に自分で矢印や文字を打ち込んで此処に注目しろと書かれていて……俺は無言でメッセージ事消しておいた。

 

 これも奴の作戦か……奴は一体何を考えている……くっ!

 

 頭が痛い。

 ひどい頭痛であり、胃もむかむかとしていた。

 たった一枚の写真と短い文章でここまで俺の心を掻き乱すなんて……恐ろしい女だ。

 

 深呼吸をし心を落ち着かせる。

 そうして、俺はミッシェルの肩を叩き、奥に行こうと誘う。

 彼女は最初に入って来た時とは打って変わってキラキラとした目で何度も頷いていた。

 楽しそうで良かったと思いつつ、俺たちは奥へと進む。

 

 俺の背よりも高い棚が密集しており。

 その棚の中には商品がぎっしりとあるが。

 少しだけ埃が積もっている事からあまり売れていないのは分かる。

 だが、ミッシェルが喜ぶようなものが置いてあると言う事は、少なくとも宝に思える物は眠っているのだろう。

 

 何でこんなにも寂れているのか。

 いや、そもそも客が全くいないのは何故なんだ?

 

 俺はそんな事を考えながら、奥へ奥へと行く。

 すると、一番奥の棚の端でヴァンは呆然と立ち尽くしていた。

 俺はヴァンの後ろから近寄りながら声を掛ける。

 しかし、ヴァンからは返事が返ってこない……ん?

 

 何かを両手で掴んだまま固まっている。

 俺は何をそんなにマジマジと見つめているのかと思った。

 彼の横に立ちそれを見れば……おぉ。

 

 マシンダーだ。

 まごう事なきマシンダーで……ただ少し違うな。

 

 黒光りするフォルムがマシンダーの筈だが。

 これは全体的に黄金に輝いている。

 箱の中に入っている状態だから全体は見えないが、概ね金色だ。

 またパチモンなのかと思っていれば、俺の隣で見ていたミッシェルが震えていた。

 

 パクパクと口を開け閉めして……何だ?

 

 二人の様子がおかしい。

 ヴァンは思考を停止していて、ミッシェルはがくがくと震えながら端末を操作して調べ始めた。

 俺が二人の顔を交互に見ていれば、ミッシェルが俺の顔に端末を押し付けて来る。

 頬にめり込むほどに押し付けられた俺は、それを何とか除けながら画面を見つめる。

 

「究極覚醒マシンダーΩ……十周年記念1/60完全再現版フィギュア……限定、3、体……買取価格…………ご、せん、ま、ん……っ!!」

 

 勢いよく視線を向ける。

 写真として撮られたそれとヴァンが手に持っているそれを比べる。

 すると、箱の外観も中身のフィギュアも完全に同じだった。

 

 

 ――マツンダーじゃない、マシンダーだッ!!

 

 

「ヴァ、ヴァン。それは、一体……幾らなんだ?」

「……七千バーク」

「――ッ! 買え!! 買うんだ!!」

「ヴァンッ!! そいつは紛れもなくお宝だッ!! 七千が五千万に化けるぞッ!!」

「ミッシェルッ!! 声が大きいッ!!」

「おおおおお前もだろッ!!?」

 

 俺とミッシェルは取り乱す。

 こんなの落ち着いていられる筈がない。

 目の前にあるのはたった七千バークのフィギュアであるが。

 これを専門家の元に持っていけば五千万バークになる。

 そんな大金があれば、暫くは金に困らないだろう。

 輸送機の改造に掛かった金も取り戻せるほどで……ヴァン?

 

 ヴァンはジッと手に持つそれを見つめている。

 その瞳には決意の炎が滾っていた。

 

「……んん!」

「「――ッ!?」」

 

 背後から男の声が聞こえた。

 バッと振り返れば、白いマスクに瓶底のような眼鏡をかけた坊主頭の男が立っていた。

 線の細い男であり、病弱に思えるような肌の白さだ。

 青いエプロンを掛けており、そのエプロンには”わっしょいおもちゃ店”というロゴが入っている……店員か。

 

 ホッと胸を撫でおろす。

 ミッシェルはハッとしたような顔してからこれをくれとあの本を差し出す。

 すると、その男の店員は「ほぉ?」と言って眼鏡をくいっと上げる。

 

「……この店に辿り着いたという事は……貴方方、相当な通ですな?」

「つ、つう……?」

「おや? この店のルールをご存じないのですかな? それはそれは、拙者の勘違いでしたか……では、お引き取りを」

「――はぁ!? な、何で客を帰らすんだよ! おかしいだろ!?」

「ん? 何か勘違いしているようですな。貴方方は客ではありませんぞ」

 

 男はそう言って鼻で笑う。

 ミッシェルはびきりと青筋を浮かばせながらどういう意味なのかと聞く。

 

「当店でのお客様とは、真に欲しい商品を愛する方々の事を指すのですよ……貴方はその本を心から愛していますか?」

「――! と、当然じゃねぇか!?」

「そうですかそうですか……ですが、さきほどはそこのフィギュアを見て高値で売れるなんて下衆な言葉が聞こえてきたのですが?」

「……へ、へへ」

「……お引き取りを」

「ま、待ってくれ!! せ、せめて先生の画集は売ってくれよ!! これは本当に俺が欲しかったもんなんだよ! 頼むから!」

 

 ミッシェルは去ろうとした男の服を掴む。

 そうして、涙目になりながらも必死で訴えかけていた。

 男はそんなミッシェルを冷めた目で見てから、ぼそりと言葉を発した。

 

「P・G先生が最初に描いたキャラクターのモデルは誰?」

「――親戚の大学のお姉さんだ!」

「P・G先生が大成した後に犯した三つの失敗。その二つ目は?」

「……酔った勢いで原稿のデータを消去……いや、これは三つ目だ……締め切りを勘違いして、慌てて描いたサブヒロインが猫耳少女じゃなくて犬耳少女になった事だ!」

「……ほぉ、やりますね。貴方」

「……へ、舐めんなよ。こちとら先生が無名でサークル活動していた時からファンなんだ」

 

 ミッシェルは笑う。

 そして、男の店員もくつくつと笑っていた……何だこれ?

 

「では、ラスト……P・G先生が最初に描いた漫画”ララ乱闘F”のヒロインの名前は?」

「――ッ! ふ、ふざけるなッ!!? ララトフのヒロインの名前って本名だろ!? アレは作中では明かされて」

「――えぇ明かされていませんよ? ですが、一度だけ。先生が遂うっかりそれを明かした時があります。幸いにも、それを見たのはたった”三人”だけでしたがね」

「……わ、分かる訳ねぇ……そんなの俺ですら知らねぇのに……まさか、その三人の一人って!?」

「……えぇ、勿論拙者ですよ……こう見えて拙者”七代目サブカル王”の名を頂いておりますので」

「くっ!?」

「……何これ?」

 

 完全に俺だけが置き去りにされている。

 ヴァンはヴァンでジッとフィギュアを見ているだけだ。

 俺はどうしたのかと思いながら……何だ。

 

 ブルブルと端末が震えている。

 二人に断りを入れてからその場から離れる。

 そうして、端末を見れば……SJか。

 

「……どうした?」

《……定時連絡だ。此方は異常なし。そちらは?》

「……問題ない」

《そうか……SQから何か聞かれたか?》

 

 SJの言葉に俺は何もと答える。

 本当は意味不明な画像を送られた上におかしな質問はされたが……。

 

《……そうか……あの画像は何だったんだ?》

「……お前にも送ったのか?」

《……男から見てこういう仕草はグッとくるのか……いや、忘れろ。俺も忘れる》

「その方がいい……何かあったら言ってくれ」

《…………分かった》

 

 SJは悩んだ末に承諾する。

 そうして通信を切り、俺は深くため息を吐いた。

 今までアイツの世話をしていたであろうSJ。

 奴は敵であり警戒すべき相手だが……何故か。他人のようには思えなくなっていた。

 

 俺の勘違いか……SQは本当はただの馬鹿なのか?

 

 そうではないと思いたい。

 しかし、素であるとしか思えないような反応を何度もしていた。

 だからこそ、奴がただのバカである事を認める他ない。

 

 苦労したのだろうと思い――雄叫びが聞こえた。

 

 棚から顔を出して見れば、ミッシェルがガッツポーズをしていた。

 俺は彼女の元へと近寄りどうだったのかと聞く。

 すると、彼女は汗を拭いながら「中々のバトルだったぜ」と言う。

 

「まさか、あの少ない情報でその情報を見た人間を突き止めて。その人の過去の呟きから答えを得るとは……古参のファンとの繋がりを持っているだけでも驚きですが、彼らから齎される情報を記憶しているとは……お見事ですな」

「……へ、ファン舐めんなよ」

「……ふむ、どうやら貴方はお客人のようですね……良いでしょう。そちらは貴方にお売りします」

「よっしゃあああああ!!」

 

 全力の雄叫びを上げるミッシェル。

 さっと財布を取り出してから、彼に七千バークを払う。

 現金を受け取った店員は領収書を聞いたがミッシェルはそれを断る。

 スリスリと頬を本に当てながら、見た事のない笑みを浮かべていた。

 

 まぁ良かったんじゃないかと思いつつ、ヴァンに視線を向ける。

 アイツは両手で大事そうにマシンダーの箱を抱えながら、店員の前に立つ。

 そうして、いつも以上に真剣な顔で「これを売ってくれ」と頼んでいた。

 

「……ふむ、そうですね……では、一つ質問があります」

「……言ってくれ」

「……貴方はそれを一生大切にすると拙者に誓えますか?」

「――あぁ」

 

 間を置くことなくヴァンは断言する。

 真剣であり、言葉にも熱意が伝わる。

 

「……絶対に誰にも渡さないと誓えますか?」

「あぁ、誓うよ」

「……ならば、そちらは貴方に”譲ります”」

「――はぁ!? 俺の時と対応が違うじゃないか!?」

「そうですか? 拙者は公正公平に見定めているだけでのすので。えぇ」

「……何かずりいけど……まぁ良かったな。ヴァン」

「……っ! あぁ! 最高の日だ!」

 

 ヴァンは優しく箱を抱きかかえながら満面の笑みを浮かべる……良かったな。

 

 何だか俺まで嬉しくなってしまう。

 ヴァンとミッシェルが欲しがっていたものが二つも手に入った。

 確かに、彼らにとっては今日は最高の日になったのかもしれない。

 俺は良かったと思いつつ、そろそろ店を出ようと言って――男の声が聞こえた。

 

「あぁ! そ、それだァァ!! 超絶レアのマシンダーッ!!」

「……んだよおっさん。悪いが、これはもうヴァンのもんだぜ?」

 

 ヴァンの持っているマシンダーを食い入るように見つめる中年の男。

 その身なりはかなり良く、一目で何処かの大企業の社長であると分かるほどだ。

 ジャラジャラと両手で煌びやかな装飾品を身に着ける男は、あろうことかヴァンにそれを売って欲しいと頼む。

 ヴァンは勿論、それは出来ないと言った。

 だが、男は諦める事無く驚くべき金額を提示した。

 

「一億――い、いや! 三億バーク払うッ!! 君がそれ以上を望むなら倍払ってもッ!!」

「「――ッ!!?」」

 

 驚愕すべき値段だ。

 五千万バークとされているお宝を。

 この男はそれ以上の値段で買いたいと申し出たんだ。

 明らかに価値観がおかしい……だが、これは良い申し出だ。

 

 俺はチラリと店員を見る。

 すると、奴はくいっと眼鏡を動かしながらヴァンに言葉を送る。

 

「良い提案ではないですか。売ったらどうですか? 悪くない話ですよ?」

「お、お前……自分でさっき絶対に渡すなって」

「ん? それは単なる心構えを聞いただけです。もうそれは彼の物ですし、どうしようとも拙者には関係ありませんから」

「……じゃ、じゃあ……ヴァ、ヴァン! な? 分かるよな?」

「…………勿論だ」

 

 ヴァンはミッシェルを押しのける。

 そうして、男の前に立ち――頭を下げた。

 

「悪い。これは譲れねぇ……これは俺の宝なんだ」

「ヴァ、ヴァン!」

「……いや、ミッシェル。これが正しいと俺も思う」

「け、けどよぉ」

「……俺はマシンダーっていう作品の大ファンでさ……唯一、娯楽も何も無かった環境で。こいつだけが俺の心に幸せを届けてくれた……研究所の職員の気まぐれ。いや、単なる実験だったのかもしれねぇ……置いてあった古い漫画がこれでさ。地獄みたいな現実から目を背ける為に読み始めたもんだけど……読んでいく内に俺はこの作品がすごく好きになっちまった。この作品の主人公と愛機のマシンダーが特に大好きでさ……本の内容が掠れるまで読んで、何時の日か外に出れたら全部読むんだって決めて。その願いも叶えて……それで、今日、俺はどうしても欲しかったこれと出会えた……だから、おっちゃん。本当にごめん……これだけは渡したくないんだ」

「……そうか……それなら良かった」

「――え」

 

 ヴァンの話を聞いていた男は、ニコリと微笑む。

 すると、黙って聞いていた店員がパチパチと手を叩き始めた。

 

「拙者の目に狂いは無かったようですね……貴方は真のファンの様です」

「ど、どういう事だぁ?」

 

 ミッシェルが困惑しているが、俺も同じ気持ちだ。

 すると、身なりのいい男は自分は此処の従業員であると明かした。

 

「実は私、心理学者もしていましてね……もしも少しでも、邪な感情を持っていたら。絶対に譲る事はしませんでしたが……貴方がそれを見つめる瞳には、深い愛情しかありませんでした……素晴らしいです。本当に。今まで会った人の中で、これほど真摯な目を作品に向ける人はいませんでした……どうぞ、引き取ってあげてください」

「……あぁ、そのつもりだ……ありがとう!」

「えぇ……では、七千バークになります」

「……譲るって言ったんじゃ?」

「それはテストの為です。あそこでお金を貰えば、何を言っても取り返せませんからね……まぁ一応商売なので。えぇ」

 

 クイッとメガネをあげる店員。

 俺はそんなものなのかと思った。

 ヴァンは別に良いと言いながら財布を出して現金を渡す。

 店員は領収書を聞いてきて、ヴァンはくれと言う。

 彼はぶら下げていた端末を操作して紙のレシートを出し、それをヴァンに手渡す。

 ヴァンはによによと笑いながらプルプルと震えていた……ふふ。

 

 ヴァンはゆっくりと頭を下げる。

 彼を試した店員は、スッと道を開ける。

 ヴァンはしっかりとした足取りで、店を後にしようとした。

 店員二人も、そんなヴァンを見送ろうとついてきて。

 ミッシェルは手の込んだ真似をするなんてと言いながら二人を揶揄っていた。

 

 

 ……何はともあれ、またヴァンの事が知れたな。

 

 ロケットパンチロケットパンチ何ていつも言っていたのは……これが理由か。

 

 

 マシンダーという機体を愛し。

 その主人公を尊敬し、ヴァンという人間を形作ったのか。

 俺もヴァンの勧めでその作品は読んでいた。

 真っすぐで思いやりがあり、がむしゃらに前を見て走り続ける主人公。

 そんな彼にも弱さはあり、止まりそうになる事も多々あったが。

 それでも信じあえる仲間と共に傷つきながらも強敵に立ち向かい。

 その拳であらゆる困難を退けて来たヒーローの物語。

 

 地獄のような日々で、唯一の癒し。

 ヴァンにとってマシンダーがどれほど大きな存在だったかは、彼の表情を見れば分かる。

 

 俺は嬉しそうなヴァンの背中を見つめながら微笑み……ん?

 

 扉が見えて来た。

 しかし、誰かが立っていてキョロキョロと周りを見ていた。

 外からの光でシルエットが見えていて……子供?

 

 近くによれば、その子供は俺たちに気づく。

 年齢は恐らく十歳にもなっていないくらいだろうか。

 身長は俺の腰ほどしかなく、背中に緑のリュックを背負っていた。

 あどけない顔の金髪青眼の男の子であり、彼は店員に質問をする。

 

「ま、ましんだーの! 究極覚醒の完全再現もでるの! あの、金ぴかのやつ、あ、ありますか!」

「……っ!」

「……申し訳ありませんが。そちらは既に……」

「そ、そうですか……ぅぅ、ここならあると思ったのに……お父さん……っ……」

 

 ギュッと服を掴みながら悲しそうな顔をする少年。

 この少年はヴァンが持っているそれを欲していた。

 だが、彼くらいの子供がマシンダーを知っている事に俺は驚いた。

 あれは現在で生誕二十周年を超える作品であるが、アニメや映画化も十年ほど前に終わっている筈だ。

 知っているのはマシンダーのファンくらいで、その年代も当然だが彼ほど若くはない。

 ヴァンには言わないが、マシンダーはそれほど人気があった作品ではない。

 コアなファンから支持される作品で……ヴァン?

 

「坊主。ちょっと質問していいか?」

「……な、なんですか?」

「……何でそれが欲しいんだ? 良かったら教えてくれ」

 

 ヴァンは手に持っていたそれを俺に預ける。

 そうして、優しい目をしながらしゃがんで彼に質問した。

 少年もヴァンの優し気な声によって警戒心を解きぽつぽつと話始める。

 

「お、お父さんが……マシンダーのファンで……僕も一緒に見てたんだ……でも、お父さんが……事故で起きなくなって……今日がお父さんの誕生日だから……金ぴかの、姿のやつが、お父さんが一番大好きで……ひぐ……これをあげたら、起きてくれるんじゃないかと思って……いっぱい調べて、それで、それで……ぅぅ」

「……そっか……教えてくれてサンキューな」

 

 ヴァンは少年の頭を優しく撫でる。

 そうして、ゆっくりと立ち上がってからヴァンは俺から大切な物を受け取る……分かってるよ。

 

 ヴァンはそれを大切に持ちながら、少年と目線を合わせて――差し出した。

 

「これ、欲しかったんだろ?」

「え……あ! これ! これだ!! で、でも。何で……?」

「……あはは! 実はな。本当は別のものが欲しかったんだけどさぁ。間違ってこれ買っちまってなぁ。店員の奴ら返品不可です! 何て言うもんだから、どうしたもんかと困ってたんだよ……良かったらこれ。親父さんにあげてくれないか?」

「……い、いいの? 本当に?」

「あぁ、勿論だ! さ、早く親父さんの所に行ってやりな! これ見たら親父さんも目ん玉ひんむいて飛び起きちまうぜ!」

 

 子供はヴァンからそれを受け取る。

 アイツはニカリと笑いながら親指を立てて。

 少年は悲しげな顔を一変させて、瞳をきらきらと輝かせていた。

 少し頬を紅潮させながら、少年は大きく頷く。

 

「――うん! 分かった! おじさんありがとう!」

「おぅ! 気をつけてな!」

 

 少年はマシンダーの入った箱を持ち綺麗な笑みを浮かべながらヴァンに礼を言う。

 ヴァンはそんな少年に優しく手を振っていた。

 少年は店から出て行き、後に残ったヴァンはゆっくりと手を下ろした。

 顔は見えない。が、彼からは全く後悔を感じない。

 

「……帰るか! あぁ、腹減ったなぁ」

「……よぉぉし! そんじゃ今夜は俺が奢ってやるよ! 何が喰いてぇんだヴァン」

「えぇ!? いいのか!!? じゃ、じゃ豪勢に寿司なんてのは」

「おぅおぅ何でも言えよ! たらふく食わせてやる!」

「やったぁぁ!!」

 

 ヴァンとミッシェルが外へと出る。

 俺も後に続こうとして――呼び止められた。

 

 見れば、心理学者の店員が複雑そうな顔をしていた。

 

「……約束を破った事は謝る……まさか、あの子は店員じゃないだろ?」

「は、はい。あの子は純粋なお客様です……よろしかったんですか? 彼はアレを本気で欲しがってたんじゃ」

「……だからだよ」

「え?」

「……本気で欲しかったから……手に入らなかった時の悔しさを知っている……あの子は嘘をついていない。本気でアレが欲しくて、それを大切な人にプレゼントしたがっていた……あの子が悲しむ顔を見たくなかったんだよ」

「――!」

「……それじゃ、また」

 

 俺は頭を下げてヴァンたちを追いかけようとした。

 すると、店員二人は俺を再び呼び止めた。

 今度は何かと見れば、慌てた様子で待っていて欲しいと言う。

 そうして、バタバタと動きながら店の奥に行き…………何かを持って戻って来たな?

 

「はぁ、はぁ、はぁ……こ、これを彼に!」

「……これは」

 

 息を荒げながら彼らはそれなりの大きさの箱を持って戻って来た。

 それを受け取り見れば、プラモデルのようで――これは!

 

「それはマシンダーの1/100スケールの南部・遊楽都市限定キットです……アレほどのお宝ではありませんが。これも当店ではかなりの品です」

「……幾らだ」

「いえ、お代は結構です……彼に伝えてください。とても勉強になりましたと……是非、またいらしてください。スタッフ一同、心よりお待ちしています!」

「……分かった。ありがとう」

 

 深々とお辞儀をする二人。

 俺はそんな彼らに礼を言ってから、二人を追いかけた。

 扉を開けて外に出て、キョロキョロと周りを見れば茜色の空の下でヴァンが手を振っていた。

 慌てて二人の元まで行き、ヴァンに受け取ったプラモを渡した。

 

「――これ」

「……あの二人がお前にって……かっこよかったぞヴァン」

「……あ、当たり前だぜ……ぐす」

「お、実はちょっと後悔したりしてぇ?」

「ち、ちげぇし!! こ、これは……嬉しいんだよ、バカ!」

「……ぷ、あははは!」

「――ッ!!?」

 

 顔真っ赤にして怒るヴァン。

 そんなヴァンから逃げるように走るミッシェル。

 俺はそんな二人を追いかけていった。

 

 ヴァンはゆっくりと足を止める。

 振り返った彼はにしりと笑った。

 

「――ナナシ!」

「ん? 何だ?」

「これ――後で一緒に作ろうぜ!」

「……あぁ、分かった……塗装は任せろ」

「え、お前塗装できるのか? 初耳なんだけど」

「こう見えて軍人時代は壁の修繕なんかもしていたからな」

「……ミッシェル! お前も手伝ってくれよ!」

「あぁ? 何で俺が……あぁ分かった分かった! 塗りゃいんだろ!?」

「…………俺が」

 

 何故かミッシェルに頼むヴァン。

 俺は少しだけ肩を落とした。

 そんな俺を必死で慰めながら、ヴァンは肩を組んできた。

 

 俺はくすりと笑う。

 二人にとって最高の一日……でも、俺だってそうだ。

 

 今日という一日を記憶のアルバムに仕舞う。

 そうして、三人で共に歩いていき心の底から笑い合った。

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