【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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127:人の形を模した機械たち(side:碧い獣)

「……ふふ」

 

 第三の目を通して、ナナシの見ている景色を眺める。

 仲間と一緒になってプラモデルと呼ばれるものを作っていて。

 本当であれば、遊楽都市への見回りに行かなければならないが……一日くらいならいい。

 

 弟が喜んでいる。

 今まで沢山苦労して傷ついて来たんだ。

 あぁやって笑って過ごせる日が一日でも多くあればいい。

 私の願いはノイマンの願いの成就の他に、弟自身の幸せもある。

 アイツが、ナナシが幸せな一生を送れるのなら、私はそれで十分だ。

 例えこの身が朽ち果てて大地の一部になろうとも後悔はない。

 

 ゆっくりとベンチから立ちあがる。

 そうして、手にしていた新聞を畳んでダストボックスに入れる。

 視線を腕時計に向ければ、時刻は午前十時ごろだった。

 街の中心部にある広間。全体的に灰色の景色の中で、街灯に背を預けながらコートを着た男たちが話し合っていた。

 コートの襟を立てながら周りを見れば、誰も彼もが殺気を立てていた。

 苛立ちを隠そうともせず、周りの一般市民にも威圧感を振りまいていた。

 

 その誰もが、強面の顔をしていて明らかな素人の目つきではない。

 殺し慣れた人間特有の目をしており、この街に根付く裏社会の一員であると分かった。

 奴らが怒りを露わにしているのは、ジョン・カワセが関係している。

 奴が起こしたテロ活動によって、少なからず奴らの仲間たちも死んでいた。

 その中でも、№2の地位にあるような大物まで死んでおり、奴らの怒りは当然のものだった。

 リストに金を上乗せしたのもアイツ等であり、うろついている人間の中には傭兵らしき人間もいる。

 

 ジョンを殺せば、組織内では幹部の地位を約束される。

 傭兵や殺し屋ならば、一生遊んで暮らせるだけの大金が舞い込んでくるだろう。

 今や篝火という組織に安息の地は無く。

 ジョンが指揮をしていなければ、とっくの昔に壊滅させられていただろう。

 

 ポケットに手を入れながら歩く。

 周りの人間はチラリと私を見ればひそひそと話している……違うな。

 

 警戒心や敵意は感じない。

 邪な感情の籠った視線であり、私は思わず舌を鳴らす。

 ナナシ以外からそんな視線を貰っても虫唾が走るだけだ。

 怒りのままに奴らを殺してしまいそうになるが、私もシャンドレマの兵士だ。己を律する事は出来る。

 

 ジョンは姿を見せないが……確実に何処かにいる。

 

 気配を感じるのだ。

 異分子の気配であり、かなりの力を持った存在だ。

 どんなに隠そうとも、強者の匂いを完全に絶つことは出来ない。

 が、それを探ろうとすれば途中で消えてしまう……何故だ?

 

 確実にこの街の何処かに潜んでいる可能性が高い。

 SJにもそれを報告したが。何故か、奴までもが奴の気配を感じると言い出していた。

 あり得ない。同じような強者の気配を我々が同時に感じるなど。

 奴の潜伏する街と私のいる街ではかなり距離が離れている。

 此処まで距離が離れていれば、流石の我々でも同じ気配を感じる事は出来ない。

 

 ……だが、SJが間違う筈はない。奴は優秀な兵士であり、私よりも状況判断は得意だ。

 

 どういう事だ。何故、別々の場所で強者の気配を感じる。

 ジョンと思える気配が、同時に二つなど……こっちか。

 

 私は石畳の上を歩いていく。

 広間を離れて大通りを歩いていけば、すれ違う人間たちは私をチラチラと見て来る。

 帽子でも掛けてくれば良かったと思いながら、マスクの無い生活はやはり不便だと認識する。

 あの女の言葉など無視する事も出来たが、ジョンの一件で殺気立っているこの街では。

 少しでも不審な装いをしていれば、確かに怪しまれてしまう可能性が高い。

 煩わしい視線さえ我慢すればいいだけだが……それでも、殺意が湧き出す。

 

「……」

『……お姉ちゃん』

 

 弟の笑顔、そして甘い声を思い出す……リフレッシュ、完了。

 

 気持ちを切り替えて大通りを歩いていく。

 遊楽都市のような娯楽の多い街ではないからか。

 ビルのような大きく目立つ建物は少ないものの、そこかしこに教会が立っている。

 裏社会の人間たちも神を信仰しているからこそ、此処での生活を許されている。

 どんなに悪事を働こうとも、神であるあの女の利になると判断されれば代行者たちは動かない。

 奴は神であるが、善神からは程遠い。

 何処までも合理的で、何処までも人間というものの社会を理解した女だ。

 全ての人間が清く正しい筈がない。だからこそ、悪という存在は必ずいると判断しそこにいることを許している。

 

 悪人も善人も、奴にとっては等しく人間だ。

 だからこそ、この世界にとって不利益にならないのであれば放置する。

 だからこそ、マフィアなども奴という存在を肯定しこの街や他の街での治安維持に協力している。

 従順な犬であるのなら、飼い主は餌を与えてくれると理解しているからだ。

 その為、この街にあるほとんどの教会が創造主であるあの女を崇める為のもので……反吐が出る。

 

 いたずらに命を弄ぶ女。

 私という存在を生み出したのも忌々しいあの女で。

 奴は神ではなく悪しき魔女であると私は考えている。

 勝手に私に使命を与えて、名も与える事無く”プロトタイプ”と呼んでいた。

 あのままノイマンたちに救われなければ、奴の用意したつがいと交配を行われていただろう。

 ただ自分の目的を達成する為に子を産ませるなど……魔女ですらない。奴こそが悪魔だ。

 

 誰も真実を知らない。

 奴が裏で行っている事など知る由もない。

 別にいい。今はそれでも。だが、何れは知る事になる。

 その時になっても、奴らが神を信じられるかどうかは……。

 

 足を止める。

 そうして、細く暗い路地裏に視線を向けた。

 陽の光が当たらない場所であり、この先には店どころか民家すら無い筈だ。

 しかし、この先から強者の気配を感じる。

 確実にこの先に力を持った異分子がいるのだろう。

 

「……」

 

 ゆっくりと足を動かし路地裏へと入っていく。

 コツ、コツ、コツと私の靴の音が響き。

 足元を鼠が走って行った。

 周りは壁に囲まれて、真っすぐに前へと進んで行けば……やはり何も無い。

 

 目の前にも分厚い壁があり、道を完全に塞いでいた。

 その壁に触れてみるが、仕掛けらしきものは何も無い。

 勘違いか……いや、違う。

 

 壁に指を這わせながら、ゆっくりと横にずらしていき――これだ。

 

 壁が動くようなギミックは無い。

 しかし、壁の一部が明らかに薄い。

 私はその部分に勢いよく指を突き刺す。

 ずぼりと指が壁の中に入り……やはり、空洞だ。

 

 中は空であり、そのまま奥へと指を差し込めば――カチリと音がした。

 

 何かが開くような音で。

 視線をゆっくりと地面に向ける。

 すると、そこには下水に繋がるマンホールがあった。

 近づいてから身を屈ませてマンホールに手を掛ける。

 それなりの重さだが電子ロックが解除されていて簡単に持ち上げられた。

 

「……下か」

 

 マンホールをずらしてから、下へと続く梯子に足を掛ける。

 そうして、下へと降りようとしてから念の為にSJへとメッセージを飛ばしておく。

 

 この先から奴の気配を感じる。

 確実にジョンは此処に潜伏しているのだろう。

 私は警戒心を上げながら、下へと降りて行った。

 

 

 

 梯子を下りていき、ゆっくりと床に足をつける。

 マスクを外しているからか、途轍もない悪臭がダイレクトにする。

 鼻が曲がりそうであり、鼠の鳴き声や虫がカサカサと動く音も微かに聞こえて来た。

 私であろうともこんな環境に長くいれば、精神汚染は免れないだろう。

 私は緊急措置として、脳内にナナシが私をお姉ちゃんと呼んでいる声を流す。

 そして、可愛い寝顔で眠っていた弟の枕の香りを鼻腔内でイメージし……よし。

 

 肥溜めのような場所が、一瞬にして花畑のようになる。

 ナナシが私を応援して、ナナシの香りが私の心を癒してくれる。

 お姉ちゃんはこれで後十年は頑張れる。

 そう思いながら、ゆっくりと下水道の中を歩いていく。

 

 腕時計のボタンをカチリと押せばライトが点灯する。

 周りを照らしながら妖しいものは無いかと探るが。

 特に怪しそうなものは無い。

 鼠色の壁が丸く展開されていて、足場の横を汚水が流れていく。

 

「……?」

 

 足を止めた。

 小さな違和感だ。

 汚れている中で、一か所だけ明らかに汚れが少ない壁を見つけた。

 まるで、頻繁にそこに誰かが触れているようで……足で蹴る。

 

 ガコリと蹴った箇所がめり込む。

 そうして、隣の壁が動き出した。

 横へとスライドして現れた新たな入口。

 強者の気配が強まった気がしたが……此処か。

 

 ライトを中へと向けながら侵入する。

 明かりも何も無いから薄暗く。

 ライトを向けて見ても、全ては見えてこない。

 周りを警戒しながら侵入し――扉が閉じられた。

 

 瞬間、天井の灯りが灯り周りが見えた……!

 

 下水道の中に隠された秘密の場所。

 明かりがつけばそこにある異様なものが全て目に入る。

 壁一面に吊るされた――”人型”。

 

 つるつるの肌をした人形か。

 いや、人形と言うよりはロボットだろうか。

 目は閉じられていて、口も閉ざされているが。

 一見すれば人間のようであり、もしも髪などがあり服でも着ていれば見分けはつかない。

 それほどまでに精巧なロボットであり、見破れたのは目の前にあるディスプレイの映像があったからだ。

 

 ロボットたちから目を逸らしながら、大型のディスプレの前に進む。

 そうして見れば、ロボットの製造工程が流れていた。

 まるで、新人に分かりやすく教える為の教材だ……何故、これを?

 

 

 

「――理解できたかな? ”エスティ”」

「……その名は捨てた……”アダム・ヘイズ”」

「……久しぶりに聞いたよ。その名前」

 

 

 

 ゆっくりと振り返る。

 すると、そこにはジョン・カワセ……いや、我が師アダム・ヘイズが立っていた。

 

 スーツを着て、壁に背を預けるアダム。

 その手には怪しげなアタッシュケースがある。

 何処から現れたのかは分からない。

 気配はしていたのに、そこに移動した感じがまるでしなかった。

 足音も殺気も無く……奴は入り口を塞ぐように立っていた。

 

 私はホルスターから拳銃を抜こうとする。

 が、奴が私に拳銃を抜かせるような事はさせないだろう。

 迂闊に行動すれば最期であり、私は奴を見つめながら言葉を発した。

 

「この人型のロボットは何だ……お前は何をしようとしている」

「……理解は出来なかったか……いや、中途半端に真実に近づいているのかな?」

「……あの薬を使って、お前は人間を……何故、そんな事をする。お前は誰よりも、争いを憎んでいた筈だ。それなのに」

「――それは過去の話だ。僕は今を生きている。過去に縛られたままでは、今を生きる事なんて出来ないんだよ」

「……変わったな。アダム……お前と見た景色はあんなにも美しかったのに……もうあの頃のお前は何処にもいないんだな」

 

 私は呟く。

 奴は何も答えない。

 そうして、視線をロボットに向けて――今だッ!

 

 私はコートを広げてホルスターから拳銃を抜く。

 そうして、奴の肩を狙い――っ!

 

 その場から斜め下に屈む。

 頭部スレスレに弾丸が飛んできた。

 見れば、ジョンの背後から何かが伸びていて――機械兵かッ!

 

 

「……君が此処にいるのなら……ナナシは遊楽都市か」

「――ッ! 弟に何をする気だッ!」

 

 私は駆ける。

 生け捕りは不可能。

 だったら、このまま此処で奴を殺す他ない。

 一瞬だけ見えた奴の瞳の光は――危険だ。

 

 弾丸を放てば、背後から伸びたアームが奴を守る。

 そうして、ジョンを飛び越えて露われたタコのような機械兵が襲い掛る。

 拳銃を投げ捨てて、奴の振りかぶるアームを握る。

 が、勢いを殺しきれずに壁に叩きつけられた。

 吊るされたいたロボットの一部が砕けて、中から赤い液体をぶちまけていた。

 全身に不気味な液体を浴びながらも、私はアームを全力で掴む。

 メキメキと音を立てて腕がアームにめり込み。

 危険を感じたロボットが別のアームで攻撃を仕掛けて来た。

 

「――ふ!」

 

 アームを掴みながら、大きく振るう。

 体勢を崩された奴の攻撃が私の頭の横に突き刺さり。

 私はそのまま奴の体をディスプレイに叩きつけた。

 ディスプレイから火花が散り、パラパラと残骸が天井から舞う。

 ロボットは激しくスパークしていて、私は一気に飛び掛かり手刀を奴の頭部と思わしき部分に突き刺す。

 硬い装甲をバターのように切り裂き、内部のケーブルをぶちぶちと千切って捨てる。

 ロボットはそのままセンサーから光を消して脱力した。

 照明がパチパチと点滅していて、私はそのまま外へと出ようとしていた奴を追う。

 

 背中ががら空きであり、そのまま奴の首を掴もうと――ッ!

 

 周りから嫌な気配がした。

 視線を向ければ、吊るされていた筈のそれらが動き出していて。

 一斉に私へと飛び掛かり、私は思わず足を止めてそれらを薙ぎ払う。

 かなり強い力であるが、対処できない事は無い。

 拳を握り全力で振るえば、ロボットの顔面に当たり眼球を模した部品が飛び散る。

 流れるように襲い来るそれらを破壊していく。

 

 

 拳で破壊、掴み膝蹴り、掴み投げ飛ばし、腕を引きちぎり――秒で次々と破壊する。

 

 赤い液体を顔面に浴びながらも、私は歯を食いしばりそれらを――っ!

 

 

 背中に何かを感じた。

 

 ひたりと人肌が触れた感触で。

 

 私の体から力が抜けていく。

 

 そのまま私に覆いかぶさるように無数のロボットが乗っかり。

 

 私はそのまま床に体を押し付けられた。

 

 

「ぐ、ぅ!」

「……君の悪い癖だ。戦いになれば、周りが見えなくなる……殺気のないものには特にね」

 

 アダムが私を見下ろしながら言う。

 奴はアタッシュケースを開いてから中から何かを取り出した……それは!

 

「悪いけど、君の相手はしていられない……全てが終わるまでの間。この中に入っていてもらうよ」

「アダムッ! お前は何を――弟を、ナナシをどうする気だッ!」

「……僕からは何もしないよ。ただ、彼が選び行動するだけだ……そうならなければいいが……ノイマンも僕も、”奇跡”を頼る他ないからね」

「奇跡、だと? 待て、ノイマンが何故――ッ!!」

「時間切れだ。久々に君の素顔が見れて良かった……さようなら、エスティ」

 

 奴が手からそれを落とす。

 それが地面に触れた瞬間に、私の視界は白で埋め尽くされた。

 体が凄まじい力によって引き寄せられる感覚。

 それを味わったかと思えば、私は辺り一面が白で覆われた空間で立っていた……やられた。

 

 此処は”仮想空間”だ。

 私がナナシの相棒を騙る男に使ったものよりも更に価値のあるもので。

 アレが意識だけを切り離すものに対して、これは”魂”事態を内包された世界に引き込む為の装置だ。

 つまり、今私の魂はアダムが落とした球体状の装置の中にいる事になる。

 

 恐らくは、私が奴を追う事を防ぐ為に用意したもの。

 精々が時間稼ぎのギミックであり、SJが此処を発見し装置を解除するか。

 私が自力で此処を抜け出す事が出来れば……間に合うか。

 

 アダムは馬鹿ではない。

 この装置を使ってどれほどの時間を稼ぐ事が出来るかは奴であれば分かる筈だ。

 私の見立て通りであれば、最低でも五日は解除に要するだろう……三日で終わらせる。

 

 肉体に心配はない。

 魂が分離された瞬間に、私の肉体は一時的な仮死状態になる。

 空腹で死ぬ事も、脱水で死ぬ事も無い。

 精々が肉体を鼠に齧られない事を祈るだけだ。

 

 私はゆっくりと手を広げる。

 そうして、地面に手をつきながら静かに目を閉じる。

 第三の目は使えない。ならば――

 

 

 

Access(アクセス)――」

 

 

 

 使用できるかどうかは賭けだ。

 もしも使えたのなら、此処から早く抜け出す事も出来る。

 手に熱が発せられるのを感じながら、私は力を一手に集中させていく。

 

 待っていろナナシ――お姉ちゃんがすぐに、お前を助けに行くからな。

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