サン・プライトホテル――別名、”黄金宮殿”とも呼ばれる三ツ星ホテルだ。
ホテル全体が黄金で出来ている訳ではなく。
全てが黄金級であるという理由から、このような名前がついたと言われている。
本店の他に全世界で150もの支店を抱える有名一流ホテルであり、サービスが充実している事で有名だ。
従業員たちは一流の講師たちから教育を施された精鋭たちで。
入社するだけでも厳しい審査をクリアしなければならない。
だが、サン・プライトで三年でも働けたのなら他のホテルでも一次審査で即採用が決まるほどらしい。
ホテル内に入るのは容易くないかと思ったが。
意外にもすんなりと入る事が出来た。
その理由はフロントがある一階には、宿泊客以外でも利用できるレストランやカフェがあるからで。
従業員たちも俺がカフェを利用する事を伝えれば笑みを浮かべて入場を許可した。
現在はカフェのフロントがよく見える場所でコーヒーを飲んでいる。
少し不審者に見えるかもしれないが、周りの人間は俺など気にしていない。
優雅に茶を飲みながら談笑していて……奴の気配はしないな。
サン・プライトのフロントは広々としていた。
全体的に暖色に満ちていて、天井から垂れさがる大きなシャンデリアはガラス製で美しい。
縦長の高層ビルのようないで立ちであっても、内装は確かに宮殿と言った感じで神秘的だ。
左側にはカフェがあり壁は無く、開放感のあるシックな内装だ。
カフェの利用客が若い客層であるのに対し、レストランに入っていく客たちは落ち着いた大人が多い。
ドレスコードもばっちり守っている事から、それなりに格式の高い場所なんだろう。
最も、このホテルの宿泊客たちは上階にある三ツ星シェフがいる専用ルームを利用するらしい。
……ジョンがレストランを利用するかは……分からないな。
初めて会った時の事を考えれば、普通に利用するかもしれない。
だが、顔を知られていないとはいえ堂々と歩き回っていれば……。
「……」
眉間に皺を寄せてしまいそうになる。
指でその皺を伸ばしてから、俺は心を落ち着かせた。
確かに客は一定数いる。しかし、評判ほどはいないような気がした。
長期の休みがある訳では無いものの、三ツ星クラスならかなり客が多いと思ったが。
思っていたよりも客が少ないのは、最近のテロ活動の影響もあってだろうか。
スーツを着ながら葉巻を噴かす中年が数名、アレ等は会社の重役のようだ。
ソファーに座り大きな端末を見ていた……アレは違う。
身なりの良いご婦人の集団が、フロントにて説明を受けていた。
派手な服装ではあるが、素人目に見ても高そうな装飾がついている。
遠目から見ても濃い化粧であるが、年齢はそれなりに高そうだ。
身長は小柄な人間が多く、団体客ではあるが五名ほどか。
その近くには従業員が立ち重そうな荷物を笑顔で抱えている……アレも違う。
他は子供連れや目つきの鋭いコートを着た男たちくらいだ。
あのコートを着た連中は怪しいが、異分子の気配はまるで感じない。
恐らくは、違うだろうが……まぁすぐに見つけられる筈は無いか。
「……ふぅ」
適温のホットコーヒーを静かに飲む。
そうして、上品な苦みを感じるそれを皿に置く。
都市の中心部から離れた場所にはあるこのホテル。
眺めは絶景であると評判で、高層階にて宿泊する客たちはその景色を眺める為だけに泊まる人間もいるらしい。
利便性が無いと言う訳でも無く、すぐ近くにはターミナルに入る為の出入り口もある。
他には専用のハイヤーなども備えており、観光をしたりする点においても優れている。
金に余裕のある人間であれば、リムジンやバスを貸し切る事も出来る様だ。
予め予約しておけば、一秒の遅れも無く待機し目的地に正確に案内してくれると評判のようだ。
パッと調べて分かる情報を流し読みしていく。
そうして、電源を切ってから机に静かに置いた。
ホテルの事は調べてみたが……この情報はどうでもいいな。
奴らが観光目的で来る事は絶対に無い。
そもそも、こんなものを利用する事も無いだろう。
俺はため息を零してから、再び視線をフロントに向けた。
変わった様子はない。
ご婦人たちは外へと出掛けようとして……誰かが入って来た。
地味な色合いのスーツを着ている老人たち。
しわくちゃの顔には色付きの眼鏡をしていて。
もう一人も白髪であるが、骨格と服装からして女性だ。
その手には大きなキャリーケースを持っていた。
ガラガラと音を立てながらそれを引いていて、すかさず従業員が運ぼうとしたが。
何故か、老人は自分で運ぶと説明して突っぱねていた。
職員も部を弁えているからか、それ以上は何も言わず傍に控えていた……アレは。
何故かは分からない。
しかし、あのキャリーケースの中から――異分子の気配がする。
感じた事がある気配であり、恐らくは……っ!
老人たちが足を止める。
そうして、こちらを見つめて来た。
俺は咄嗟に視線を逸らしてしまった……どういう事だ。
視線に気づかれたのか。
いや、そもそもあの老人たちと面識は無い筈だ。
どうやって俺を見つけた。いや、まだ分からない。
ただ見て来ただけかもしれない……落ち着いて、先ずはメッセージを……っ!
端末を取り出してメッセージを送ろうとした瞬間。
声を掛けられてしまった。
視線を向ければ、ホテルの従業員が俺を見ていた。
「グラシア様がお呼びですが……お孫様で間違いないでしょうか?」
「……あぁ、今、行く」
職員が言ったグラシアという名前。
そんな名前に聞き覚えは無い。
が、視線を向ければあの老人たちが俺に笑みを浮かべて手を振っていた……勘付かれていた。
俺は端末をポケットに仕舞いながらSQにメッセージを飛ばす。
これで気づいた筈であり、俺はコーヒー代を机に置いてから知らない夫妻の元に行く。
フロントにて説明していた旦那。
妻の方は俺を見つめて「待たせてごめんなさいね」と言う。
演技か。それとも誰かと間違っているのか……いや、後者はあり得ない。
十中八九が演技であり、近づけばキャリーケースからの気配がハッキリと分かる。
この中に奴が隠れ潜んでいる。
俺はなるべく視線を向けないようにしながら、夫妻と共に部屋に向かって歩き出した。
サン・プライトホテルは75階建てのホテルで、全長は優に400メートルを超える。
最上階のスイートルームは白を基調とした生活感に溢れた内装で。
何十人もが一度に入れるだけの浴槽に、流れる水も拘り抜いた最高級の水だ。
個人用のシアタールームも完備しており、世界中の映画や今やっているものも見えるらしい。
ルームサービスは全て無料であり、呼べば二十四時間すぐに対応してくれる。
何よりもそこから見える景色は、世界に一つだけの宝石箱と称される程だという。
ワンフロア全てを使った豪勢な部屋であり、此処に泊まる事は金持ちにとってのステータスの一つなのだと書かれていた。
老夫妻に連れられてやって来たのは……その噂のスイートだ。
従業員は老夫妻に軽く説明をしてから去っていく。
ガチャリと扉が閉められて老夫妻は鍵を閉めて……ゆっくりと俺を見つめる。
「座れ」
「……お前たちは……っ」
奴らを見つめれば、目にも留まらぬ速さで拳銃を取り出す。
人間の動きとは思えない速さであり、俺は言う通り座る事しか出来なかった。
一面が窓になっていて、外の景色が見える椅子に座らされて。
妻の方が拳銃を俺へと向けながら、ケースを三回叩いた。
すると、ケースが独りでに開き始めて――中から男が出て来た。
「ジョン・カワセ――ッ!!」
「……やぁ久しぶりだね……まさか、こんな所に来ているとは……時間はあるから。ゆっくり話そうか」
ジョン・カワセは伸びをする。
そうして、静かに息を吐いてからニコリと笑う。
奴は落ち着いた動きで俺の対面に座り、ジッと俺を見つめて来る。
何を考えている……ダメだ。まるで分からない。
目を見ればその人間の感情が大体は分かる筈だ。
しかし、奴の瞳には俺が映っているだけだ。
怒りも殺意も無く、悲しみも喜びも無い。
ただ笑みを作っているだけで、まるで人間らしい感情が無い。
最初に会った時は、まだ人間のように見えていた。
だが、今相対している奴からは昔のような人間味を感じられない。
気配から異分子であるとは分かった。そして、声を聞いて間違いなくジョンだと分かった。
……それなのに、この”違和感”は何だ……こいつは、ジョンじゃないのか?
俺は奴をジッと見つめる。
すると、奴はふふっと笑いながら腕を組む。
「そんなに見つめられると。流石に照れるよ……そんなに僕に会いたかったのか?」
「……あぁ会いたかったよ……お前を異分子の国に連れ戻す」
「……やっぱり、ノイマンか……彼女ではなく君を使うなんて彼らしいね……だが、答えはノーだ」
「……理由を聞いても?」
俺は試すように奴に聞く。
理由なんて分かり切っている。
もう後には退き返せない所まで来ているんだから。
しかし、俺は奴自身の言葉で説明してもらいたかった。
そうでなければ、説得のしようがないからだ。
ジョンは、ゆっくりと視線を外に向ける……何だ?
「……美しい景色だ。これを人間たちが作ったなんて君は信じられるかい?」
「……信じられる。歴史がそう証明している」
「……そう、歴史だ……記憶と言ってもいい……君は何で歴史を信じるんだい?」
「……? 当たり前だ。そう先人たちが記したんだから」
「――そこだよ、ナナシ」
ジョンは俺に視線を向けて来る……何を言っている。
「君は確かに言った……歴史があるから、この都市を作ったのは人類だと……だけど、君はその歴史を記した先人とやらに会った事は無いだろう」
「当たり前だ。この都市を作った人間たちなんて死んでいるか。よくて施設暮らしだろう……そんな人間に会ったところで」
「――なら、その歴史が正しいと何故、君は断言出来てしまうんだ」
「……それは、歴史が……いや、そうだな……それは俺が間違って……だが」
俺は急に自分の言葉が可笑しいと思ってしまう。
歴史があったから、この都市を作ったのは人類だと言ったが。
確かに、俺は都市の建造に関わった人間を知らない上に、その歴史についても詳しくはない。
実際に見ていなければ、話しを聞いたわけでもない……だが、それがどうした。
俺はジョンをキッと睨む。
そうして、話を逸らすなと言った。
すると、ジョンはゆっくりと首を左右に振る。
「逸らしてなんかいない。それが理由だ」
「……何を、言って……」
「君は疑問を抱かない。いや、正確に言うのであれば君は自分で考えて結論を出したように”錯覚”し――この世界を受け入れている」
「……そんな事は……」
「言えるのか? だったら何故――君は神に会ったんだい?」
「――ッ!!」
ジョンは首を傾げながら質問する。
俺は動揺してしまった。何故ならば、ジョンは俺が神と会ったと断言したからだ。
知らない筈だ。いや、知る術なんて無い筈なのに、どうやって……。
「本当に会ってたみたいだね」
「……カマをかけたのか?」
「いや、大体はそうなるだろうと思っていたからね……それなら、僕の言葉は君にとって重要だろう……君は何故、神に会ったんだい?」
「それは、世界の秘密を」
「――アレほど異分子を虐げた神を憎んでいた君が? どうして?」
「……それ、は……あ、れ?」
ジョンの言葉を聞いて確かな矛盾が生まれた。
そうだ。俺は神に何て会いたいと思っていなかった。
それどころか、神から自分を遠ざけたいとすら思っていた筈だ。
それなのに、俺は世界の真実や自由を手にする方法を知りたいという理由で……いや、そうだ。
間違っていない。正しい選択だ。
ジョンの言葉に惑わされそうになったが。
これは俺が考えて出した、結論、で…………本当に、そう、なのか?
ジョンは言っていた。
そうであると錯覚しているのだと。
確かに、さっきの歴史の話では俺は錯覚していた。
この話に繋げる為の話だったのか。分からないが、もしかしたら俺は……。
「悩んでいるという事は……そろそろ、適応剤を打つ頃合いかな?」
「何故、お前がそれを……」
「その理由を知りたいのなら、僕の言う事を守った方がいい」
ジョンはそう言って席から腰を上げる。
そうして、ゆっくりと俺に手を近づけて来た。
俺がそれを払いのけようとすれば、周りの老人たちが銃を向けて警告してくる。
俺は身動きを封じられて大人しくそれを受け入れて――首輪から音が鳴る。
「何をした」
「……適応剤を打たなかった場合に出る信号。その機能を壊しただけだよ……心配はない。誰も知る由は無いから」
「……適応剤を打つなと言いたいのか?」
「そうだよ? ただ君がそれを守れるかは分からないけどね……今の君に何を話しても、僕の言葉は絶対に届かない。適応剤を絶ち……そうだね。”生まれ変わる”事が出来たのなら、教えてあげようか」
「教える、だと……待て、どういう事だ。お前は何を知って……っ」
頭が痛い。
ズキズキと痛みを発し始めて、俺は頭を掛けながら椅子を倒して倒れる。
奴はゆっくりと俺の傍によってから、ポケットから何かを取り出した。
タブレットから何かの薬を一粒取り出して、それを俺の口の中に放り込んだ。
強引に入れられて口と鼻を防がれて……思わず、飲み込んでしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「……さぁ僕が出来るのは此処までだ……エスティには嘘をついてしまったかな」
「な、にを……っ」
「大丈夫。乗り越えられるよ……もう少しで、君はその首輪を外す事が出来る……その時は……いや、その時まで待つよ……理由をハッキリと言わなかったが……僕はね。この世界中の人々を――”本物”にしたいんだよ」
本物にしたいだと……それは、どういう事だ……。
奴の目的は異分子たちの楽園を築く事。
その他にも理由があったのか。
だが、奴の言う本物とは、何だ……っ。
ダメだ。意識が朦朧としていく。
何とか持ちこたえようとしても、勝手に消えていく。
頭の痛みが薄れていくとともに、体から力が抜けていった。
俺は必死に奴へと手を伸ばしながら、奴を掴もうとして――――…………