【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

133 / 230
132:世界が嘲笑う

 目が覚めた――そして、思い出した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ――クソ、野郎ッ!」

 

 走る。奴の元を目指して走り続ける。

 都市にいる人間たちが俺とは逆方向に向けて走っていた。

 そんな人間たちを押しのけて、俺は奴の元を目指す。

 

 熱い――尋常じゃないほどの熱を感じる。

 

 視界に映るのは赤と黒で。

 轟音を立てながら建物が燃えが上がり。

 綺麗な夜空にどす黒い煙が広がっていく。

 パチパチじゃない、バチバチと音を立てて火の粉が舞う。

 遥か向こうの建物が倒壊し瓦礫が落下して、地面が大きく揺れる。

 それでも止まる事無く、俺は走り続けた。

 

 この地獄は何だ。

 これを作り出したのは誰だ――アイツだ。

 

「ジョン・カワセ――ッ!!」

 

 奴の名を吐き捨てるように言う。

 そうして、空から降って来る瓦礫を前へと飛んで回避した。

 未来を見て、障害物を避けていく。

 すれ違う人間たちにはそんな能力は無い。

 だからこそ、降って来た瓦礫を避けられずそのまま潰された。

 

 俺はその光景を一瞥してから奥歯を強く噛む。

 子供も老人も、女も男も関係ない。

 奴はこの場に集まった人間全てを殺す勢いだ。

 空を飛ぶ黒いメリウスたち、同じように黒い外套を纏った奴らの目は血のように赤い。

 

 血に飢えた獣――いや、ただのケダモノだ。

 

 狂っている。狂っているとしか言いようがない。

 真面そうに振舞っておいて、やる事がこれなのか。

 大量の人間を死に追いやって、目的の会議を開かせてそこに集まった人間たちを異分子にして。

 それで、お前の計画が達成されると――本気で思っているのかッ!!

 

 無理だ。無理に決まっている。

 どんなに多くの価値ある人間を人質に取ろうとも。

 国家が、世界がテロリストに屈する筈がない。

 そんな事は誰であれ分かる筈だ。

 ましてや、アイツは交渉する人間の立場でありながら犯してはいけない過ちを幾つもしている。

 

 理解しているのか。

 理解した上で、この地獄を作る事を決断したのか……だったらお前は、救いようのないバカだよ。

 

 走る。何処までも走る。

 瞬間、メリウスの一機が此方に視線を向けた――来るッ!

 

「お母さん、あれ」

「いいから走って!」

「――っ!」

 

 すれ違う俺と民衆。

 その中にぬいぐるみを持った少女と母親がいた。

 ダメだ。そこにいたらダメだ。

 未来が見えた。見えたからこそ、そこには――っ!!

 

 奴が此方に迫って来た。その銃口は俺たちに向けられている。

 俺は咄嗟に道の端へと転がる様に移動した。

 空中でメリウスが動いて、逃げ惑う市民たちに銃を乱射する。

 すぐそばを走っていた一団に向けて放たれた弾丸。

 凄まじい勢いで巨大な金属の塊が地面にめり込み突風と揺れが発生する。

 

 耳元で鳴り響く音に、一瞬で消えた民衆の悲鳴――そして、静寂。

 

 俺は咄嗟に身を屈ませて遮蔽物に隠れた。

 捲れたアスファルトの残骸が、遮蔽物となる車に当たり上半分が抉れる。

 俺は激しく揺れる中でそれをジッと耐えて……収まる。

 

 体を起こしてからすぐに駆けた。

 空を見れば、攻撃を仕掛けて来た赤黒いメリウスは離れていく。

 走りながら攻撃が当たった所を見て……後悔した。

 

 そこには何も無い。

 無数の大きな穴が開いていて、近くにはボロボロのウサギのぬいぐるみが転がっていた。

 確かにそこにいた……そこに、いたのに……っ!

 

 俺は前を見つめる。

 そうして、全力で大地を駆けていった。

 奴はいる。あそこで、あの部屋でこの地獄を見つめている。

 

 待っていろ。ジョン・カワセ――お前は俺が止めるッ!!

 

 目的も、復讐も今は関係ない。

 俺はただ奴を許せない。

 許せないからこそ、見過ごしてしまったからこそ――俺自身の手で止める。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……大丈夫だ」

 

 ホテルの入り口付近に辿り着く。

 危ない場面は幾つもあったが、未来視の力で何とか切り抜けられた。

 従業員や客の気配はない。恐らく、訓練された彼らの誘導によって速やかにシェルターに避難出来たんだろう。

 俺は汗を乱暴に拭いながら、ホルスターから拳銃を抜き走る。

 

 ホテルの全体を見れば、一部から火の手が上がっている。

 恐らくは、あのメリウスの中のどれかが攻撃を仕掛けたんだろう。

 倒壊はしていない。暫くは崩れずに保つだろう。

 奴の計算通りであり、此処には兵士の姿も警官たちの姿も無い。

 

 途中でPB兵などがいたが。

 まるで奴らに歯が立っていなかった。

 恐らくは民間の兵士で、軍所属の兵士はもっと別の場所に集結している筈だ。

 他の街へと援軍に向かった兵士や警察たち。

 残された人間たちでこの都市を守る事は不可能だ。

 恐らく、戦力を分散させるのが奴の狙いで。

 手薄になったこの都市で暴れる事によって、もう一方でも動きやすくなっている。

 

「思うようにさせてたまるか」

 

 周囲を警戒しながら、割れたガラスを踏んで進む。

 死体や負傷者は幸いにもいない。

 が、血痕のあとはあり……っ。

 

 俺は壊れてガラスの破片が散らばっている扉があった場所を潜る。

 パチパチと天井のシャンデリアが点滅していて今にも落ちそうだ。

 ホテルのフロントは荒れに荒れていて、客の荷物やホテルの備品が散乱している。

 的確な指示で逃げられたが、荷物を全て持っていくことは出来なかったんだろう。

 俺は急いでエレベーターの方へと向かった。

 

 エレベーターの前に立ち、ボタンを押す……よし、まだ生きている。

 

 扉が開いて、俺は中へと入った。

 そうして、ジョンのいる最上階を目指す。

 もしも使えなかったら最上階まで階段で駆けあがる事になっていた。

 そうなれば、ジョンは計画を終えて仲間たちの待つアジトに帰っていただろう。

 そうはさせない。絶対に奴を逃がしたりはしない。

 

 エレベーターは上がっていく。

 普通のエレベーターよりは速い。

 が、今の俺にとってはひどくスローに感じる。

 俺は焦りを表に出さないようにしながら、拳銃のシリンダーを開けて弾を確認する……四発か。

 

 一発は既に撃った状態で……憶えている。

 

 あの時、俺は中毒症状に襲われた。

 噂には聞いていたが、薬物中毒者はあんな事になるのかと思った。

 あの時、本能で自決する事を選んだが。

 ヴァンに見つかってしまったのは、最悪だった。

 アイツの前で死を選ぶなんて事は、可能ならばしたくなかったが……これが最善だったんだろう。

 

 中毒症状は消えている。

 恐らく、死亡してから復活するまでで一日くらいしか経過していないだろう。

 端末を見る余裕は無かったが、恐らくは当たっている。

 

 能力に慣れ始めている。

 思うように使え始めていて、俺自身も適応している実感があった。

 

 ……だが、中毒症所の正体は……適応剤だな。

 

 アレを摂取していなかったのは事実だが。

 中毒症状がすぐに現れるようにしたのは、恐らくはジョンだ。

 最後に見えたのは、奴が俺の口に何かの錠剤を入れる姿で。

 アレがトリガーとなって、適応剤の効果が切れるのを早めさせたんだ。

 

 ジョンは知っていたんだろう。

 適応剤に隠された秘密を。

 何故ならば、奴は神の複製体であるノイマンの右腕だったからだ。

 

「……全部、聞いてやる……だから、待っていろ」

 

 ポケットから一発取り出し装填する。

 そうして、シリンダーを戻してグリップを強く握る。

 予めポケットにも予備の弾丸はねじ込んでおいたから心配はない。

 確認を終えて待機していれば、軽い音と共に目的の階層に到達したエレベーターの扉が開かれる。

 俺はゆっくりと外に出て周囲を警戒した。

 

 此処からはジョンの領域で、いつどこから敵が襲って来るかは分からない。

 俺はゆっくりと慎重に進んでいく。

 敵の気配はない。恐らくはあの部屋で奴は待っているんだろう。

 

 扉の前に立つ。

 そうして、鍵を破壊しようとして――っ!

 

 独りでに扉が少し開いた……開いている?

 

 誘っているのか。それとも、罠なのか。

 いや、考えたって仕方がない。

 俺は奴を止めに来たんだ。

 だったら、行くしかない。

 

 俺は部屋の扉を開ける。

 そうして、静かに中へと入り――奴を見つけた。

 

 窓から眼下に広がる地獄を眺めていて。

 その背中は無防備な程にがら空きだ。

 俺に視線を向ける事無く、ただ静かに都市の惨状を見つめる奴は狂っているとしか言いようがない。

 奴は手に端末を持っていて、誰かと連絡を取っていた。

 俺は静かに奴へと銃口を向けて――

 

「後は計画通りに……随分と遅かったじゃないか。ナナシ」

「――ッ!」

 

 俺は銃弾を放つ。

 奴の足目掛けて放って――命中した。

 

 しかし、音や感触が妙だった。

 命中した筈なのに、奴は立っている。

 足からは真っ赤な血が流れているのに。

 

「……痛いじゃないか」

「……痛そうな人間の反応じゃないな……これ以上は止めろ。でなければ」

「――撃てばいい。君がそれで満足できるのなら、すぐにね」

 

 奴は笑みを浮かべて手を広げる。

 俺を試している。此処で撃てば全てが終わるのか。

 奴は、ジョン・カワセは此処で俺に撃たれてもいいと本気で思っているのか。

 奴は全てが謎に包まれていて、追い込まれた状況でも笑みを絶やさない。

 俺の方が優勢であるのに、全く心が安心していない。

 

 奴には何かががる……何かを隠している。

 

 俺は銃口を奴に向けながら、言葉を発した。

 

「……お前は知っていたのか。適応剤の秘密を、そして神の企みも」

「……知っていたよ。そして、君がそれを質問できたという事は……無事に生まれ変われたみたいだね」

「……適応剤は、異分子を従える為のものだったのか。どうして、あんなものを」

 

 俺は奴を睨みながら吐き捨てるように言う。

 すると、奴は目を伏せながら静かに頷く。

 

「神は恐れている。僕たち異分子の事を……だからこそ、アレを使う事で正常な判断を奪ったんだ。無理やりに自らの枠組みへと加える事で、その思考や常識を塗り替える事が出来る。自分が考えた結果だと思った事も、神による改変であり。どんなに憎み嫌おうとも、神を信じる他ないと思い込ませてしまう……そうしなければ、神は、この世界の崩壊を招くと考えている」

「何故だッ! 異分子が世界の崩壊なんて」

「――本物に近いからだよ?」

「……っ」

 

 ジョンはハッキリと言う。

 俺は思わず狼狽えてしまった。

 

「本物に近ければ近いほどに、神の思わぬ結果を招く事になる。偽物であるのなら、愚かな行為を選択する事は無い。本物だからこそ、外の人間は滅んだとも言える」

「……お前は世界を滅ぼしたいのか?」

「違うよ。滅ぼしたいんじゃない……正しくしたいんだ」

「何を言って」

「滅びも繫栄も、成功も失敗も……自分たちの考えで常識で作っていくものだ……神如きが決めて良いものじゃない。そんなことしてしまえば、それは人間ではない。無数の糸で操られる人形と同じだ……僕はね。同胞を……いや、この世界も本物にしたいんだ」

 

 ジョンはそう言いながら笑う。

 狂っている。だが、奴の考えに納得してしまいそうになる。

 俺自身も適応剤の恐ろしさを知った。

 自らの考えであるように思い込ませてしまうアレは危険だ。

 こいつの言う本物の世界でなら、異分子たちは自分というものを正しく認識できる。

 神の不要な世界であり、本当の人間の世界だ。

 

 

 ――だけど、それで人々を虐殺していい理由にはならないッ!!

 

 

 俺は拳銃を構える。

 そうして、奴に対してもう一度言う。

 

「お前の考えは正しいよ。神なんていらない。人間は自分たちの力だけでも生きていける……でも、その為の行動と表して多くの罪のない命を奪うお前を、俺は肯定できない。俺はお前を殺してでも止める。それだけだ」

 

 俺はハッキリと言う。

 すると、ジョンは少しだけ笑みを深めてから静かに頷く……何だ?

 

「君ならそう言うと思っていた。優しさだろうね、その行動の根幹は……でも、僕もこのまま君に身を預ける訳にはいかないんだ……まだ、全てを知るには早すぎるからね」

「何を言って――っ!!」

 

 ジョンが訳の分からない事を言う。

 俺は奴を睨みつけながら銃を向ける。

 すると、壁に設置された大型のモニターに何かが表示される。

 突然、電源がついたことに驚いてそちらに視線を向ければ……は?

 

 

 映し出された映像。

 

 そこには椅子に拘束された人間たちがいる。

 

 黒い目隠しをされて、手足を椅子に縛り付けられて。

 

 困惑する彼らは必死に名前を呼んでいた――俺の名前を。

 

 

「ヴァン、ミッシェル、イザベラ……どうして、そこに……ジョンッ!!!」

 

 

 仲間たちが捕らえられている。

 それを認識した瞬間に、ジョンへと強い怒りを抱いた。

 道中、端末が震えていたのは知っていた。

 しかし、途中でそれがパタリと止んでいたのだ。

 

 アレはヴァンだったのかは分からない。

 しかし、拘束されているのは間違いなくヴァンたちだ。

 俺は奴に殺意をぶつけながら、仲間たちを解放するように叫ぶ。

 

「ナナシ。違うよ。君が命令する立場じゃない――僕が君に命令するんだ」

「――ふざけるなッ!!」

「ふざけていないよ。もしも君が僕を此処で殺せば、彼らがどうなるか……っ!」

 

 間髪入れずに銃弾を足に放つ。

 奴の足から血が噴き出して床を赤黒く染める。

 それでも奴は膝をつかずに、ジッと俺を見つめていた。

 

 嘘だ。この映像はフェイクだ。

 あり得ない。此処に来るまでの間に、仲間たちを捕らえられる筈がない。

 作り物であり、こいつが俺から逃げる為に用意しただけの映像で――ッ!!

 

《ああああぁぁぁぁ!!!》

「ミッシェルッ!!」

 

 傍に控えていた男が、ミッシェルに放電する棒を押し付ける。

 激しく光が迸り、煙が上がっていき。

 ミッシェルは体を激しく揺らしていた。

 本物の悲鳴、本物の表情――そして、ジョンへの攻撃と映像のタイミングが同じだ。

 

 ジョンが手を上げる。

 すると、棒が離されてミッシェルの断続的な呼吸音が静かに響く。

 

「分かったかな……お互いの立場が」

「……っ。やめろ!! 仲間は関係ない!!」

「それを決めるのは僕だよ……まだ少し時間はある。久しぶりに話そうよ」

 

 ジョンはそう言ってニコやかに笑う……狂っている。

 

 イカれている。

 この都市を地獄に変えて、刻一刻と危機が迫っている中で。

 奴は悠然と椅子を二つとって、互いに対面に向くように置いていた。

 ゆっくりと腰かけてから、奴は手の平を向けて俺に座る様に促した。

 俺はそんな奴を睨みつけながら、額から大粒の汗を流していく。

 

 従う他ない。従わなければ仲間たちが……っ。

 

 俺は奴の対面に座る。

 映像が気になり確認したが、動きは無い。

 ヴァンやイザベラがミッシェルを心配しているが彼らは手を出されていない……大丈夫だ。

 

 落ち着け。落ちついて考えるんだ。

 俺はジョンを見つめながら、口を閉ざす。

 そんな俺を見てジョンは静かに口を開いた。

 

「今の君になら質問できるね。聞かせてくれ――君は、神を信じるかい?」

「……っ。信じない……いや、信じられない」

「……そうだね。信じられる訳が無い……だが、君の中には迷いがある……報酬があるのかな?」

「……」

 

 俺は黙る。

 肯定はしない。だが、否定も出来ない。

 そんな様子の俺を見て、奴は何か納得していた。

 

 考えろ。考えるんだ。

 この状況を打開する方法を。

 俺だけだ。俺だけが仲間を――救えるんだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。