赤々と燃え上がる炎。
黒煙が空を染め上げていく光景が目の前で広がっている。
メリウスが飛びかい攻撃を仕掛ける音も小さく響いていて。
うねりを帯びる炎と黒煙がまるで竜のように見えていた。
そんな中で、奴はそれらを背にして椅子に座り俺を見ていた。
不気味だ。何処までも不気味であり。
平静を装っているのではなく、何も思っていないのか。
人を殺そうとも、都市を滅ぼそうとも、この男は……っ。
恐怖を塗り潰す。
恐怖に支配されれば最後であり、俺だけが皆を救えるんだ。
得体が知れない男を見つめる。
この男は一体何を考えている……奴が口を開く。
「神は外の世界の為にこの世界を生んだ……なら、神を生んだ人間の願いは何だと思う?」
「……外の世界の為だ」
ジョンは手を組みながら俺に質問する。
外では都市の人間たちが蹂躙されているのに、俺は奴の質問に答える事しか出来ない。
歯がゆさを感じながらも、俺は奴の問いに答えた。
「そうだね。外の世界の為だ……だが、それは表向きの理由だ……真実はもっと単純で、彼女には救いたい人がいたんだ……たった一人を救うためだけに、彼女は神様を作ったんだ……誰も知らない。彼女ですらも自覚するまでに時間を要した真実だ……笑える話だ。神は作れても、人一人の命は自分で救えないんだからね」
「……何が言いたい」
「ん? あぁ……うん。僕が言いたいのは……神は人を超えられないって事だ」
「……」
「ははは、笑う所だよ……理解できないか? それはそうだよね。神は人智を超えた存在なのに、神は人の下なんだから……でも、当たり前だ。神は人の手で作られた。でもね、そんな神は人を作る事が出来なかった……作らないんじゃない。作れないんだ……アイツは人というものをこれっぽっちも理解していない。だからこの世界に住む偽物のような歪んなものが生まれてしまう……全て贋作。形だけを似せて作られた――紛い物だ」
「それはッ!」
「――違うと本気で言えるのかい?」
「……っ」
奴は真剣な目を俺に向ける。
言いたい。この世界の人間たちは本物だと。
彼らには心があって、誰かを愛したり誰かを支えたりできる。
だから、絶対に偽物ではないと言いたかった……でも、言えなかった。
適応剤がその証拠だ。
異分子だけが神のシステムから抜け出せる。
本物に限りなく近いと言ったのも、それだからだろう。
つまり、適応剤が必要でない人間たちは神のシステムの一部として生きる――人形だ。
考えて行動していても、それは神が定めた思考で。
選んで進んだ道も、神が作り上げた道だ。
違うのかもしれない。
そうでないのかもしれない……だが、俺はこの目で見て体験した。
あの適応剤は間違いなく、人の心を縛るものだ。
呪いと言ってもいい。それほどまでに強力なもので。
アレで縛り付けられるからこそ、異分子たちは自由を奪われる。
だってそうだろう。神の一部であるのなら、反乱何て起こす筈がない。
システムの一部である事を許容し、仮初の日常を送り続けるだけだ。
いや、許容ですらない。彼らにとってはそれが当たり前なんだから。
北部地方の人間たちも戦争をしているが。
アレは異分子の国たちが行うようなものではない。
ただ国同士での争いであり、それが日常の一部として”認められている”。
戦争をするのが当たり前で、デモを行うのも当たり前。
何故ならば、そう行動するのが人間で……最も人間らしいと決められているからだ。
正しい。全てが正しい。
お手本通りの人間たちで、絵に描いたようなものだ。
間違いも起こすし、戦争だって起こす。
傷つけ合い、愛し合い、認め、拒絶し――だが、何故、誰も神を否定しない?
アイツは言っていた。
自らの事をどう言おうとも見逃していたと。
それは当然の行いで、誰であれ疑惑や疑念は抱くものであると認めていた。
だが、今なら分かる。認めた訳でも、見逃していた訳でもない。
誰も神に対して明確な否定も拒絶もしていなかっただけだ。
そう、奴はそう設定していた――”神はなくてはならない”ものだと。
理解した。理解してしまった。
偽物だ。全部紛い物で……ゆっくりとモニターに目を向ける。
彼らは大切な仲間だ。
イザベラもミッシェルも……でも、彼女らは……。
「……辛いかい。でも、受け入れるしかない……これが真実。これがこの世界の――間違った正しさだ」
「……お前はこれを、壊すのか……壊した先に、本気で……未来があると思っているのか?」
俺は思わず質問してしまう。
奴はジッと俺を目を見つめてから静かに首を左右に振る。
「それは僕にも分からない。僕は神でもなければ、彼女を生み出した人間でもない……遥か先の未来なんて見えていない……でも、僕は自分の行動には意味があると信じている。だからこそ、僕はこの身に”災厄”を宿し……訪れる結末を変えるんだ」
奴はそう言って立ち上がる。
そうして、ゆっくりと手を挙げた。
何をしているのかと見ていれば、モニターに映る男たちが動き出す――まさか!
俺は立ち上がる。
そうして、奴へと再び拳銃を向けながらやめるように指示する。
覆面の男たちの手には鋭利な刃物が握られている。
焦り――そして、恐怖が這いあがる。
奴は一歩ずつ後ろへと下がっていく。
「見るんだ。そこにあるものを。君は試されている。神に、ノイマンに――そして、僕に」
「何を言ってるんだッ!! 早く止めろッ! 止めて――ッ!!?」
《ああああああああぁぁぁあああ!!!?》
肉を切る音が聞こえた――心臓が強く鼓動した。
仲間たちの悲鳴が聞こえた。
視線を向ければ、仲間たちの手に刃物が刺さっていた。
血が噴き出し、仲間たちから聞いたことも無い叫び声が上がる。
男たちは手にした刃物を乱暴に動かし――
「――ッ!!!!」
俺は大きく目を見開きながら、声にならない叫びをあげる。
そうして、引き金を引いて奴へと弾を放つ。
一発の銃弾が奴の腹に当たる。
貫通した弾が窓ガラスに穴をあける。
奴は口元から血を流しながら、また一歩後ろへと下がった。
奴は目を細める。その笑みが消える事は無い――やめろ。
「何が嘘で、何が真実か。その眼で見極めろ。言葉に翻弄される事無く、己の心だけを信じて……答えを導き出せ」
《ああああぁぁあぅああぁああ!!》
「ヤメロォォォォ!!!!!」
肉を裂く不快な音。
そしてゴリっと骨を断つ音が聞こえて――絶叫が響いた。
指を切り落としていた。
刃物を引き抜いて一本ずつゆっくりと。
仲間たちの悲鳴が耳にこびりつき、肉が切れる音が鮮明に聞こえて――やめてくれ。
耳を塞ぎたい。
心臓の鼓動を止めてくれ。
うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさい――また一本落とされた。
「やめ、やめて、やめて、く……っ……頼む、から」
視界に水が溜まっていく。
息が苦しくなっていって心臓が痛いほどに鼓動する。
それなのに、心と体はどんどん冷えていく。
心が怒りで満ちて、殺意が溢れ出してくる。
しかし、それ以上に俺の心は恐怖で一杯であり。
自然と目から涙が零れ落ちていった。
「やめないよ――必要な事だ」
「――クソ野郎ォォ!!!!」
銃弾を放つ。
当たった所から血が噴水のように噴き出す。
奴はそこに手を置きながら、くすりと笑う。
奴の心臓に当たった弾丸――残りは一発だ。
奴は大きく後退する。
窓には更に穴が開いて、奴は壊れかけの窓に背を預ける。
がふりと血を吐き出しながら奴は「それでいい」と呟く。
モニターの男たちは刃物を抜き。
意識を失いかけている仲間たちの首に充てて――ダメだ。ダメだダメだダメだ!!
奴はゆっくりと指を俺に向ける。
そうして、ハッキリと言った。
「何も信じるな。自分だけを信じろ……それこそが、本物だろう?」
《あ、ああ、ぁぁ――――…………》
「ああああぁぁぁ!!!!!」
皮を裂き肉が切れて、横一線に穴が開き血が噴き出し――風の音が静かに響いた。
ぶつりと糸が切れた音が聞こえて、俺は最後の弾丸を放つ。
奴の眉間に放たれたそれが命中し、血が噴き出した。
そうして、奴の背後の窓が割れて――奴は大きく笑う。
「また、会おう――待っているよ」
「……っ!」
奴は最期にそう言って、落ちていった。
突風が室内に噴き、俺は地面に膝をつく。
両手で顔をガードしながら、映像を見て……そん、な……。
刃物で喉を切られていた。
血のあぶくを噴き、全員がだらりと脱力していて。
ぶつりと映像が切れて、俺はゆっくりと膝から崩れ落ちる。
ぽろりと拳銃が手から零れて、俺は震える両手で顔を覆う。
息が出来ない。苦しくて痛くて冷たくて。
静かに床を見つめながら――ッ!!
建物が大きく揺れる。
下で爆発が起きたようだ。
床が揺れており、倒壊しそうだった。
その衝撃のお陰で正気に戻る。
俺は目元を拭いながら、ゆっくりと前を見る。
「……くっ……今は、兎に角……」
立ち上がり、扉へと向かおうとした。
手を掛けて、扉を開こうと――うぐっ!!
瞬間、凄まじい爆発が起きた。
扉ごと吹き飛ばされて、俺はそのままジョンと同じように建物の外へと出される。
宙を舞いながら、俺は両手を広げる。
まずい、まずいまずいまずいまずいまずい――ッ!!
熱風が舞い上がり、体の落下スピードは抑えられている。
しかし、それでもかなりのスピードで。
全身に熱い風を浴び、耳元では風きり音が響いていて。
着実に地面との距離が縮まっていた。
このまま行けば、確実に死体の形が残らないほどに潰れてしまう。
いや、万が一にも助かったとしても下は火の海だ。
骨の髄まで燃やされる未来しか見えない。
ぐちゃぐちゃに潰されて、血の一滴まで蒸発して。
その状態でも生き返られるのか。分からない。分からないし――そう何度も死んでたまるか。
「考えろ、考えろ――無理だ。こんなのどうしようも――」
「――ナナシィィィ!!!」
「――っ! ヴァン!!」
ヴァンの声がした。
見れば、エアバイクに乗った奴が見えた。
何故此処に、ヴァンはあの映像で――っ!!
『何が嘘で、何が真実か。その眼で見極めろ。言葉に翻弄される事無く、己の心だけを信じて……答えを導き出せ』
「――あの、クソ野郎ッ!!!」
やはりフェイク。偽物だった。
あの土壇場であんなものを用意し、俺を試しやがった。
何処までも人をおちょくって……今は良い!!
俺はヴァンに手を伸ばす。
ヴァンは俺に近づいて来て――掴んだ。
ヴァンに引っ張られて、何とかエアバイクにまたがる。
「掴まってろ!!」
「あぁ!!」
一気に噴かせて上昇しようとする。
しかし、その瞬間に再びホテルの下で大爆発が起きる。
それがトリガーとなってホテルが大きく傾く――崩れるッ!
「おいおいおいおいおいおい!!!」
「急げ!! 来るぞ!!!」
「分かってるよォォォ!!!」
フルスロットルで進む。
ゆっくりと背後からホテルが迫っていて。
俺たちは大きく目を見開きながら、必死で祈り――抜けた!!
瞬間、崩れたホテルが地面を大きく揺らす。
俺たちは呼吸を荒げながらも、何とか危機から脱して――ィ!!
頭に強い衝撃を感じた。
見れば、ヴァンが怒りの形相で拳を握っていた。
「勝手に飛び出すなッ!! それと連絡したら出ろッ!!! アホッ!!」
「……は、はは……やっぱり、アレはヴァンだったのか……良かったぁぁ」
「あぁ!!? 何言って……て、おいおいおい!! 離すなよ!! 落ちるぞ!!」
安心して手が緩みそうになる。
咄嗟にヴァンが俺の腕を掴んでくれた。
俺は謝りながら、再びヴァンにしがみ付いて……ゆっくりと崩れたホテルの目を向ける。
「……ジョンは、今ので……」
「……話は後だ……奴らも逃げていきやがった。此処にいたら怪しまれちまう……兎に角、一旦戻るぞ……たく、これに乗って来て正解だ」
ヴァンはぶつぶつと文句を言いながらバイクを下へと下降させていく。
この様子なら他の仲間たちも無事だろう。
ジョンはアレで死んだのか……いや、そうとは思えない。
アイツは最後に”また会おう”と言った。
つまり、これで終わりでは無いんだろう。
奴の計画は続いていて、恐らく、会議が開かれる事になる。
もしも、奴の計画を食い止めるのであれば――行くしかない。
俺はギュッとヴァンを掴む。
ヴァンはチラリと俺を見てきたが何も言わない。
例え、これまでの事が奴の計画通りだったとしても。
俺が奴を見逃していい事にはならない。
この惨状が発生する事を知っていて、止められなかった俺の責任だ。
死んでいった人々の無念を晴らす為にも、今度こそ俺が――アイツを止める。