半ば強引に追い出されて、俺たちは交易都市ヴァレニエへと帰って来た。
久しぶりの事務所へと入れば、全員がぐったりとした様子でソファーに寝転んでいた。
唯一イザベラは壁に背を預けた状態で目を閉じているだけだった。
彼女をジッと見ていれば、どうしたのかとミッシェルに聞かれてしまう。
「……いや、怪我はもう大丈夫なのかと」
「……全快はしていないよ。だが、体を動かす分には問題ない。それに、何時までも労われるのもしんどいからね」
イザベラはそう言って目を開ける。
俺はそれなら良いと思って。
これからどうするべきかとヴァンに聞く。
彼はパソコンを起ち上げてから何かをチェックしていた。
俺は彼の横に立ち、パソコンの画面を覗き見た。
すると、メールなどをチェックしていた様だった。
「……依頼がかなり入ってるな。お前の名が広まった事で指名まで入ってるぜ……げ、SAWのもあるじゃねぇか。無視無視」
「……何かアレについての依頼は無いか? いや、ある訳ないが……」
「……そうだなぁ……うーん……特には……お?」
ヴァンがスクロールしていたが反応は芳しくない。
が、最後の方で手を止めていた。
見ればメールの件数が一件増えたようで。
急いで戻って見てみれば……カメリア青騎軍だと?
依頼の発注者はカメリア青騎軍となっている。
ヴァンも渋い顔をしていたが、取りあえずは開いて見ていた。
内容を俺も確認して見れば……なるほど。
「カメリア青騎軍の少佐からの依頼か……っ! 秘匿会議での護衛……これは、時期的に見てもアレじゃないのか?」
「……可能性は高いな……この文面を見る限りでは、お前の事をかなり高く見ているようだぜ。ただ、何かきな臭いなぁ」
「……確かに。軍人時代の俺の功績を見て声を掛けたとあるが。公式の記録では、俺の戦果なんてちゃんと取られていないと思うが……」
「そうなのか? 俺でも記録はちゃんと付けられていたけどなぁ。報告と映像確認と第三者の報告とかでさ」
「……俺の部隊は404だぞ? 異分子の記録を真面に計ってくれる奴なんていないし。そもそも、報告何て聞きに来る奴すらいない。適当に報告の上がったものからより少なくした数を書いているだけだ……そもそも、公式の記録に載せられない事だって……」
「……ごめん」
ヴァンは何か悪いと思ったのか謝って来た。
俺は気にしないように言ってからメールの続きを見ようと促す。
メールの内容は簡単に俺の事を褒めつつ。
任務についても詳しい事は伏せながらも。
重要な事を要点を纏めて伝えてきていた。
きっちりした文面からして、かなり真面目な性格の人間のような気がする。
「……確かに怪しさはあるが……贅沢は言ってられない。受けた方が良いと俺は思う」
「……まぁそうだな。選んでいる余裕は無いし……ミッシェル! ナナシの強化外装は使えそうか?」
「あぁ? 誰に言ってんだ。何時でも使えるっつぅの!」
「だそうだ。うし、それなら受けるって言うぞ…………よし、送信」
依頼を受ける旨を伝えた。
これで手続きが完了すれば、正式に傭兵として依頼を受託した事になる。
場所や日時などは明かされないが。
メールの内容が正しければ、向こうから此方に会いに来てくれるらしい。
重要な会議であるからこそ、少しでも情報の漏洩を防ぎたいのだろう。
直接会って、会議が行われる場所や日時について教えてくれるらしい。
「あ、それとだな……ライオットとドリス! 喜べ、初仕事だ!」
「へ!? ななな何すか!?」
「初仕事……っ!」
ライオットは飛び起きて直立し。
ドリスは両手を組みながら目を輝かせていた。
一方は緊張し、もう一方は胸躍らせている……ドリスはやはり才能があるな。
「さっきの依頼だがな。三人までならランク不問で同じ所属の傭兵を同行させて良いってあったんでな。お前たちのプロフィールを添付して送っておいてやったぜ!」
「ま、マジですか!?」
「やった!」
「おいおいまだ喜ぶのは早いぜ……そら! 受け取れひよっこども!」
ヴァンはそう言って何かを取り出す。
それは二枚の漆黒のカードであり……ライセンスか。
二人は小走りで近寄って来て会釈してから受け取る。
そうして、初めてカードを貰った時の俺のようにカードに指を翳していた。
指紋を認証したそれにデータが浮かび上がり。
二人はニコニコと笑って嬉しそうにしていた。
「さ、これでお前たちも傭兵の仲間入りだ。初の仕事はかなりヤバいが、ナナシがいるから大船に乗ったつもりでいろ。功を焦るんじゃねぇぞ? 自分たちが今やれる事をやるんだ。いいな?」
「「は、はい!」」
二人はびしりと敬礼する。
ヴァンは何度も頷いてから、メールをすぐに確認していた。
嬉しそうに笑っている事から、すぐに返事が返って来たんだろう。
ヴァンは日取りを決めてくれている間に、俺は新人たちの為に行動しようとした。
「ヴァン。車借りてもいいか?」
「んあ? あぁいいぜぇ。キーは……ほら」
「と……ありがとう。ドリス、ライオットついて来てくれ」
「「……?」」
ヴァンからキーを投げ渡されてそれを受け取る。
俺はミッシェルの元へと寄り小声で質問をした。
すると、ミッシェルはにやりと笑い無言で顎を動かした。
棚の上に置かれた小さなボックス。
それを開ければ中には何枚もディスクが入っていた……よし。
キョトンとした顔をする二人。
俺はボックスを抱えながら、二人を誘って外へと出て行った。
扉を締めさせてから二人で階段を下りていく。
そうして、車の前に行きキーを差し込んでロックを解除し扉を開けた。
二人には後部座席に乗ってもらう。
俺はシートベルトをするように言って――
「な、なぁ。何処に行くんだ?」
「……買い物ですか?」
「違う。ゲームセンターだ」
「おぉ! ゲーセンか! いいな。久しぶりに」
「遊びに行くんじゃないぞ――戦場を経験しに行くんだ」
俺はニヤリと笑う。
そうして、キーを差し込んでエンジンをつける。
二人は目を丸くしていて、俺はそんな二人をバックミラーで確認してからサイドブレーキを解除する。
そうして、ドライブに入れてからゆっくりとアクセルを踏んだ。
ゲームセンターで遊ぶのは素人だ。
俺たちは傭兵であり、そんな傭兵にうってつけのものがそこにはある。
ボックスに入れられた傭兵たちのデータ。
これらを使って、二人には少しばかり早い”初体験”を終えてもらう。
どんな反応をするのか。
そして、成長した二人はどのような戦いをするのか。
俺はくつくつと笑いながら、静かに道を走って行った。
§§§
「うああああぁぁぁ!!!?」
「ひやあああぁぁぁ!!!?」
「ははは!」
悲鳴を上げながらぎこちない動きで飛行する二人。
乗っているメリウスはニューライフであり。
彼らは慣れない操作によって機体を何とか動かしていた。
心配はしていたが、動かす事だけは何とか出来るようで安心した。
学生の頃に知識としてだけでなく動かし方の基本だけでも憶えさせていたという講師には感謝だな。
彼らは空中を飛行しながら、必死になって弾を避けていた。
後方からは白い量産型のメリウスが迫っていて、彼らを執拗に攻撃している。
敵をレベルで表すのなら一であり、互いに初心者同士の戦いだと言える。
俺はそんな二人に並走するように飛びながら。
アドバイス感覚で言葉を送っていた。
今彼らは敵に狙われる緊張感と、体全体にメリウスを操作している時の負荷を感じている筈だ。
背筋がぞくりとして呼吸が乱れて、死というものを常に感じて――そうだ。それでいい。
「もっとだ! もっと感じろ!! この感覚が戦いだ!! 死を常に感じ、思考をクリアに」
「ああああぁぁぁぁ!!!」
「わああああぁぁぁぁ!!」
二人は恐慌状態であり、突然、速度を加速させていた。
追走する敵も速度を高めて二人を追うが。
限界を超えた二人はそのまま機体を回転させながら飛翔し――あ、ダメだ。
考えての動きではない。
機体が風に揺られて回っているだけで。
そのまま機体同士がぶつかり火花が散る。
今の衝撃で二人からの声が消えたのを確認した。
二機のニューライフはそのまま別々の方向へと進んでいく。
加速が止まっており、落下が始まっていて……飛んだか?
意識が無くなったのかもしれない。
負荷には耐えられるだろうが。
耐えがたいストレスによって意識が飛んだのかもしれない。
追っていた敵は戸惑いながら宙に停まっていた。
俺はそんな敵の背後に移動し、パイルバンカーで穿つ。
取り敢えずはこいつの役目は此処で終わりであり、俺はそのまま落下していく二人を静かに見つめる。
ゆっくりゆっくりと落下していき――土煙が舞う。
派手な音を立てて墜落した。
機体は大破しており、恐らく中の人間も現実なら死んでいるだろう。
俺はそれを確認し、すぐにシミュレートを終える。
手早く片付けてから、さっと外へと出て。
予め用意していた袋二つにさらさらと白い粉を入れてから二人を待つ。
暫く待てば、卵型のシミュレーターから二人がよろよろと出て来た。
その顔は青を超えて土気色で。
俺は彼らに袋を一枚ずつ渡した。
「「――!!」」
二人はそのまま袋の中に顔を突っ込んで胃の中のものをぶちまけていた。
俺はそんな二人に笑みを向けながら、昔の自分を思い出していた。
俺も最初の頃はよく吐いていた。
だが、体が慣れていき思考がクリアになる感覚を掴んだ瞬間に俺は立派な兵士となれた。
誰もが通る道であり、決して恥ずべき姿ではない。
俺はその事を二人に伝えながら優しく背中を撫でていた。
二人に休んでいる様に伝えてから。
俺はそそくさと自販機の前に立ち。
端末を翳してからボタンを押してミネラルウォーターを二つ買う。
そうして、それを取り二人の前に戻ってからそれを差し出した。
袋は回収し、厳重に密閉してからゴミ箱へと捨てる。
死人のような顔をする二人。
ぐったりとしながらうめき声を上げていて。
そんな二人に俺はニコやかに感想について尋ねた。
「で、どうだった? 楽しかったか?」
「し、死んだ……俺、確実に死んで……ぅ、ぁぁ」
「わ、私は、私は、私は……天国のおじいちゃんが手を振って……ぅぅ」
二人は両手で頭を抑えながら歯をガチガチと鳴らしていた。
それなりに楽しめた様子であり、これが戦場のプチ体験であると伝える。
「ま、本番はもっとしんどいがな」
「こ、これよりも……う、嘘だろ」
「……侮っていました。戦場を……私、もう一度やってみます」
「ほ、本気かよ!? またあんな冷たい感覚を味わうんだぞ!?」
「……だからですよ。本物を経験しないように、今から慣らすんです。でないと、私たちは死ぬだけです」
「……で、でも……俺は、あんなの……っ」
ドリスは水を置いてからシミュレーターに戻って行く。
彼女はもう十分立派な戦士であり、心配する事は何も無いだろう……問題は……。
ライオットを見る。
手が震えており、完全に恐怖していた。
まだこれはシミュレーターで、本物ですらないのに。
こうまで怯えてしまえば克服するのには時間が掛かるだろう――が、待っている暇はない。
俺はライオットの前に立つ。
そうして、肩に手を置いてから笑う。
「俺の後ろに乗れ」
「……へ?」
恐怖で体が震えるのなら――もっと震わせてやる。
感覚が麻痺するまで、俺がこいつを乗せ続ければいい。
耐えられないかなんて重要じゃない。
例え廃人になったとしても、こいつを強制的に後ろに乗せる。
嫌だと言っても縛って乗せる。何故ならば、全てはこいつが選んだ道だからだ。
俺がこいつを強くする――それがこいつを仲間にした俺の責任だから。
ライオットは笑みを引きつかせる。
が、拒絶はしない。
俺はこいつの事を侮った事は一度も無い。
こいつは才能に溢れていて。何よりもガッツがある。
それを他の仲間たちにも証明する為に俺が一肌脱ぐ。
背を向けて歩いていく。
卵型のシミュレーターを起動し扉を開けた。
そうして乗り込んでからシートの位置を調整し、補助席を出す。
複座式のシミュレーターもあるが、これは基本的に一人乗りだ。
ただ間近で観戦する為の特等席であり、俺は親指を立てて笑う。
「乗れ」
「……へ、へへ……死ぬんだ」
目から涙を流しながら笑うライオット。
本物の戦士へと変える為のレッスンが――今、始まる。