「うはぁぁ……」
「お疲れさま」
「……楽しかったですね」
「そ、そうかぁ……まぁ何回も死んだから。少しは慣れたけどよ」
そう言いながら二人は後部座席でぐったりしている。
俺は笑みを浮かべながら、隣に座るイザベラを見る。
彼女も笑っていて、新人たちに本番でも気を抜くなと言っていた。
二人は敬礼しながら返事をして、俺はハンドルを握って運転をしながら仲間たちの待つ会場へと向かった。
外はすっかり暗くなっていて。
街の明かりがぽつぽつと灯り、視線を向ければ酔っぱらいが歌を歌って道を歩いていた。
陽気な人間が現れる時間であり、治安が悪くとも楽しそうだ。
ゴミが散乱していて、建物の壁はゲロや小便がついている。
狂犬病に掛かってそうな犬がゴミを漁っているし。
浮浪者の男たちもゴミ箱を漁っているが、これが此処の日常だ。
最悪で汚くて……当たり前の光景だ。
今となっては悪くは無い。
最悪な景色は見慣れて、此処で俺たちは生きている。
壁の向こうじゃなくても関係ない。
此処が、俺にとっての故郷なんだ。
そんな事を思いながら、俺は笑う。
そうして、ゆっくりと曲がっていき――”おやっさんの店”を目指した。
「と、言う事で遅れてしまったけど。我がL&P新人歓迎会をたった今より、開催します!! はい、拍手!」
「おぉ」
俺は手を叩く。
イザベラやミッシェルは軽く叩くだけで。
おやっさんは料理の準備をテキパキと進めていた。
鼻を鳴らせばいい香りが漂ってくる。
香ばしい肉の焼けた匂いであり、スパイスの香りも風と共に漂ってくる。
俺が運ばれてくるであろう料理に胸躍らせていれば主役たちは目をぱちくりさせていた。
「あ、あの……いいんすか? 俺たちははまだ」
「あぁん? あぁまぁそうなんだけど……ほら、忙しくて歓迎会出来てなかっただろ? これはなうちの伝統行事であり、とても大切な儀式なんだ。だから、絶対にしなくちゃならねぇ。勿論! お前たちが無事に帰って来たら好きな物を食わせてやる。それに、新人はお前たち二人だけじゃなく、そこにいるメカニックたちもそうなんだ。さぁ、分かったのなら先ずはアフロ君から自己紹介と所信表明をしたまえ」
「えぇ!!? お、俺ですか!? いやいや、えぇ……え、えっと。ベック・ダニエルです。年齢は二十四で、独身……か、彼女募集中ぅぅって……ごめんなさい調子に乗りました……えっと、会社の為に身を粉にして働きます、はい」
「……拍手ぅぅぅ!!」
「おぉ」
俺は拍手をした。
が、やはり周りの反応は微妙だった……冷めているのか?
「はい。じゃ双子ちゃんの番ねぇ。どうぞ!」
「イヴ・ポートマン。年齢は十七。甘いものが好き。金持ちになりたいから働く」
「アニー・ポートマン。年齢は十七。面白い奴が好き。大富豪になりたいから働く」
「……は、拍手!」
「おぉ……お?」
拍手をしつつも、所信表明とは何だと思ってしまった。
簡潔な紹介だからか、まぁいいとは思うが……ドリスとライオットを見る。
緊張した面持ちであり、少し顔が赤い。
ヴァンはそんな二人に視線を向けてライオットとドリスを立たせた。
二人はピシッとした姿勢で立ち、先ず初めにライオットが大きな声で言葉を発した。
「ライオット・ジャーマンです! 歳は十八でハーランドの養成所を出ています!! 会社に入れて頂いたことに感謝しています! 実戦経験のない未熟者ですが、先輩たちのような一流の傭兵になれるように死ぬ気で頑張ります! よろしくお願いします!!」
「お、同じくハーランドの養成所を卒業したドリス・エイミスです! 年齢は十八! 私の夢はメリウスのパイロットで、ナナシさんのような傭兵になりたいです! L&Pに入れた事は運命だと思っています!! 私も先輩たちのように……いえ、先輩たちを超える傭兵に絶対になります!! よろしくお願いします!!」
「……へぇ、言うねぇ。気に入ったよ」
「あ、姐さんがやる時の目に……アイツすげぇなナナシ」
「……ふふ、超えるか……楽しみだな」
俺とイザベラは笑う。
そうして、二人に惜しみない拍手を送った。
場が盛り上がっていて、おやっさんはその隙に料理を運んでくる……これは!
大皿に載った運ばれてきたのは鳥の丸焼きだ。
見た事も無い鳥であり、腹がでっぷりと太っていて羽の部分が小さい。
彩を豊かにする為に、周りにはプチトマトや葉物野菜が散りばめられていた。
何かでコーティングされているのか表面はぱりぱりとしていて。
鼻を鳴らせば香ばしいスパイスたちの香りと共に、鶏肉のこんがり焼けた良い匂いが……よだれが垂れそうだ。
次々と料理を運んでくるロボット……ん?
「ヴァン、そういえば前はロボットは」
「……お、本当だな……どうしたんだよおやっさん! 従業員募集してたのか?」
「んあ? あぁ、こいつらか。嫌なに、俺の店も繁盛して来たからな。誰かを雇おうかと思ったんだが、こんな所に真面に働ける奴なんていねぇだろ? 飲んだくれかドラッガーくらいだ。そこで! ウチはロボットの従業員を雇用した訳さ! ははは、天才だろ!」
「……安かったのかおやっさん?」
「おぅ、キャンペーン中で二台買えば十五パーセントオフに……ヴァン! てめぇ!!」
「わ、悪かったよ! いいからいいから、じゃんじゃん運んでくれよ!! な?」
「ふん!」
料理を運んでくる箱型のロボットたち。
丸焼きの他にも丁寧に握られた寿司やサラダの盛り合わせ。
薄く切った魚の刺身を大輪の花のように盛り付けていて、薄っすらと色づいたたれをかけたものもある。
黄金色に輝く天ぷらの盛り合わせや小さな鍋にチーズを溶かしたものもか。
大皿に串に刺した新鮮な野菜や海鮮がある。
これをあのチーズの海につけて食べるんだろう。
そうして、最後にそれぞれの前に置かれたのは――!!
肉だ。それもこれっぽっちも焼いていない”生肉”だ。
赤々としていて、少しも穢れがない綺麗な血の色。
おかしい。生の肉なんて食べられる筈がない。
流石のヴァンも冷や汗を流していた。
が、何故だろうか。無性に食欲をそそられる。
「お、おやっさん……生肉は危ないんじゃ?」
「ふ、甘いなナナシ……うちの肉はな。生でも食えるんだぜ?」
「ほ、本当かよ……な、ナナシ?」
俺はゆっくりとフォークを取る。
そうして、その生肉に刺す。
刺身のように薄く切られたそれ。
小皿に入れられたたれに軽くつけて口へと入れて――うふ!!!
噛めば噛むほどにほどよい弾力が。
だがゴムのような不快な物ではない。
歯で軽く噛めば肉が解けて、中に凝縮された旨味が広がっていく。
たれは醤油をベースに柑橘系のさっぱりとした風味もある。
慣れ親しんだ味であり、それが肉本来の濃厚な旨味を上手く引き出していた。
じゅわりと肉の脂身が口の中で溶けて広がり、たれと混ざって味が完成される。
危険な筈なのに、危ないと思っているのに――心が満たされていく。
何度も何度も噛みながら、この一皿に出会えた事を感謝する。
美味い……本当に美味かった。
俺は天を仰ぎ見て涙を流す。
ごくりと喉を鳴らして肉を胃に流し込み静かに吐息を吐く。
「――うまい」
「……どれどれ……っ!! う、うめぇぇ!!!」
ヴァンも一口食べて感動していた。
黙って見ていた他の仲間たちも食して――それぞれが歓喜の声を上げる。
おやっさんは得意げに鼻を鳴らしていた。
俺はおやっさんに親指を立てる。
やっぱり、おやっさんは俺たちの常識を軽く超えていく。
「……と、いけねぇ。食べる前にあれをしないとな……皆、グラスを持て!!」
「「……?」」
ライオットたちは首を傾げている。
皆がグラスを持てば、ヴァンは椅子から立ち上がる。
そうして、周りを見てから声高らかに宣言をした。
「それでは、新人歓迎会を始めるぞ!! 今後の会社の発展と社員の成長を期待して――ええぇい面倒だ!! 兎に角、出会えた事に乾杯ぃぃぃぃ!!!」
「「「乾杯!!!」」」
全員でグラスを打ち鳴らす。
和やかなムードの中で笑い合う。
ヴァンは一気にビールを飲んでいて、イザベラは笑っていた。
ミッシェルは料理を他のメカニックたちにとりわけ始めて。
俺もライオットたちに丸焼きを切り分けていった。
楽しい宴会。喜びの時間だ――
「へ、へへへ。もう一軒!! もう一軒行きましょうよぉ社長ぉぉ!!」
「おおぉ? いいねいいねぇ!! 行っちゃうぅぅ?? 行っちゃおうか!!」
「……最悪だ。誰か、この酔っぱらい共を投げ捨ててくれ。やらないなら俺が黙らせる」
「ええぇぇ? ミッシェルちゃんは本当に口が悪いでちゅねぇぇ」
「本当本当ぉぉ女の子なんだからもっと可愛くしましょうよぉぉ先輩ぃぃ」
「……おい。誰か銃寄越せ。ナナシ、持ってるだろ」
「……運転中だ」
車の中で最後尾の酔っぱらい二人が肩を組みながら笑う。
運悪くじゃんけんで最後尾になってしまったミッシェルが殺し屋のような目でバックミラー越しに俺を見る。
俺は酔いが醒めていくのを感じながら、ヴァンたちが明日までに生きている事を願う。
隣に座るイザベラはケラケラと笑う。
そうして、後部座席に座る四人は少し窮屈そうにしていた……元々は七人乗りっぽいからな、これ。
俺が大丈夫そうかと聞けば、間に挟まれているライオットは無言で固まっていた。
首を傾げながら見ていれば、イザベラが噴き出す。
何が可笑しいのかと聞けばイザベラは「聞いてやるな。初心なだけだ」と言う……?
何故か、ドリスが少し不機嫌そうだった。
ライオットはチラチラとドリスの顔色を窺っている。
可笑しな奴らだと思いつつ、俺は安全運転で帰っていく。
「……そういえばナナシ……お前、何時免許取ったんだい? 知らなかったよ」
「……いや、隠すつもりはなかったし。俺自身も忘れていたんだが……教育を受ける過程で大体の乗り物に関する免許は取っていた事を思い出してな……傭兵ランクの更新の手続きをしに行ったついでに、車の免許を再発行してもらった……このライセンスさえあれば、再発行に関しても書類はいらないから楽だな」
「……再発行って……失くしたって事か?」
「いや、少し違うが……まぁ失くしたようなものだからな。多分」
他にもいろいろな免許は取っていたが。
実際にそれが支給される事は無かった。
精々が、任務で必要になる時などに携帯させられるだけで。
俺たちが自分の意思でそれを使う事なんて出来なかった。
車だけでもあれば後々便利だと思ったから再発行しただけだ。
メリウスに関してはライセンスさえあれば問題ないし。
航空機に関しても、免許が無くてもヴァンやミッシェルが操縦できる。
まぁ有事の際は俺が操縦するが……調べられたら少し面倒ではあるけどな。
街の中は静かなものだ。
酔っぱらいたちも家へと帰り。
今うろついているのは警官くらいのものだろう。
夜の時間は警官たちの巡回が激しくなり、あまりうろついていれば職質される。
そうなれば異分子などは大変であり、俺のような奴は早々に家へと帰るのがどの街でも常識だ。
基本的に朝や昼に犯行を及ぶような人間は少ない……単に夜に比べての話だが。
だからこそ、夜の警官達の巡回は激しく。
少しでも怪しい挙動をすれば、奴らの”点数稼ぎ”に利用されてしまう。
奴らは兎に角、悪人が大好きであり喜んで追いかけに行ってしまう。
捕まえれば捕まえるほどに、奴らは組織内で地位を上げていく。
実力社会とはよく言ったものであり、アイツ等はもしかしたら悪人に消えて欲しいなんて思ってなんか……いや、違う。
俺の知り合いにいるじゃないか。
立派に仕事をする男が。
その男の助けがあったからこそ、ジョンの目的を知れた。
あの組織自体を悪く言う事は、そんな男の評価を貶める事に等しい。
俺は自らの過ちを認めて、これ以上の悪態は慎む。
音楽でも掛けるかと聞けば。
ライオットが何故か、上ずった声で頼むと言って来た……可笑しな奴だな。
俺は何か入っていればいいと考えながら。
ボタンを押して見て……何か入ってるな。
「ワンダーオブ……掛けてみるか」
「お、それはヴァンのお気に入りだね。いい曲だよ」
イザベラのお墨付きの曲か。
俺は興味の湧いたそれを再生する。
すると、メロディーが流れ始めて……これは。
……落ち着いた曲調。しかし、いいテンポだ……優しく力強い歌声……この歌詞は誰かへの感謝の想いか?
「……良い曲だな……本当に……」
「ヴァン?」
ヴァンが声を発した。
しかし、ヴァンは眠っていた……寝言だったのか。
夜の街を走行しながら、俺たちは美しい曲に心を和ませる。
気づけば、会社への帰り道を少し遠回りしていた。
だが、誰も文句は言わない。
ただ流れるメロディーに心を和ませていて……いい歌だな。
これも人間が作り出したものの一つ。
しかし、ジョンや神も言っていた。
こんなにも美しい曲を作った人間ですら偽物なのか?
否定したくない。
これを作った人間が紛い物の筈がない。
こんなにも美しく心を癒せる曲を作れる人間は――本物だ。
「……俺は、この世界を」
「……」
ハンドルを強く握る。
自分がこの世界をどう思っているのか……隣に座るイザベラは静かに瞼を閉じていた。