砂嵐が徐々に止んでいく。
吹き荒ぶ風の勢いを落としていき、視界も戻って行った。
砂に塗れた建物の残骸を避けていく。
瓦礫を避け、大破した車の残骸を超えて、一定のスピードで進む。
索敵の範囲が広がった事を確認しながら、マップに表示されたポイントを目指す。
機体から機械音が鳴り響く。
それは目的の周辺に着いた事を示していて。
俺はゆっくりと機体の速度を緩めていった。
そうして、機体を停止させた。
建物の残骸を避けながら進み。
開けた空間に出て来た。
目の前には天井が吹き抜けとなっているのか。
倉庫の中から鳥たちが羽ばたいて飛び立っていく。
細長い大きな倉庫が三つ並んでいて、両端の倉庫は扉が崩れ落ちていた。
レーダーで簡易スキャンを行えば、すぐに真ん中の倉庫から反応が返って来た。
俺はゆっくりと倉庫へと近づいて、閉じられた倉庫の前に立つ。
そうして、機体を回転させてから勢いよく蹴りつけた。
派手な音を立てて扉が吹き飛ぶ。
そうして、ガラガラと残骸が転がって――あった。
「……此処か」
工業地域内にある捨てられた倉庫。
他と変わらず大きいだけでボロボロのそこには一つのコンテナが置かれていた。
天井から差す陽の光を浴びて、汚れ一つなく鎮座するそれ。
見かけはただの灰色の大きなコンテナで、特に変わった部分は無い。
索敵をして残存兵力はいるか調べて……生体反応はないか。
やはり、此処を守っていたのはメリウスで間違いない。
そして、その内の一機は俺が片付けた。
確認されてる中で残っているのは二機で。
此処にいないとなれば、イザベラの方へ向かったと分かる。
アレほどの手練れが二機も相手となればイザベラは苦戦を強いられるかもしれない。
「……応援に行くか」
交戦中であれば通信を繋ぐ余裕も無いだろう。
コンテナの場所は確認できた。後は運び出すだけで。
ヴァンと通信を繋ぎすぐにでもこいつを引き取ってもらおう。
その前に、イザベラと合流しなければならない。
俺はそう判断して計画を変更し――レーダーがメリウスの接近を知らせる。
俺がそちらの方向に目を向ければ。
ワインレッドの機体が上空を飛んでいて。
勢いよく俺の近くに着陸した。
《やぁ元気かい? すまないね。ちょっと遊び過ぎたよ》
「……一機は倒した。二機は?」
《ん? 勿論、倒したよ。小細工頼りの根暗野郎共だったけどそれなりに楽しめたよ》
イザベラはケラケラと笑う。
彼女の機体を見れば、多少の被弾はあるが。
目立った損傷はなく、損害は軽微であると認識できた。
やはり、想っていた通り彼女は凄腕の様だ。
俺は頼りになる先輩だと思いながら、イザベラにコンテナを発見したことを伝えた。
彼女はセンサーをそれに向けながら何かを考えていた。
俺は黙ったまま、彼女と共に倉庫の真ん中に座るそれを見つめる。
《……臭うねぇ。ナナシはどう思う?》
「……可笑しい。罠も伏兵もいない……いや、奴らの取引相手すらまだ表れていない」
《……そうだね。駒が足りていないのならまだ理解は出来る……が、そんな奴らが企業の荷物を強奪出来ると思うかい?》
「思わない。どんな弱小企業であろうとも三大企業の後ろ盾がある……指示したのは他の企業だろうが、それにしては戦力が乏しかった。何故だ?」
上手く行き過ぎている――それが俺たちの考えだ。
イザベラと共に考察をする。
この状況は明らかな異常で。
荷物を強奪したグループであるのなら、何かを隠し持っているのだと思った。
メリウス三機だけであろうとも、個人が突出した力を持っているのではないかとも考えた。
ヴァンもその可能性を考えた上で、危うくなれば離脱する様に言っていた。
恐らく、荷物を強奪するように指示したのは別の企業だ。
敵傭兵グループは、その指示に従って動いただけで。
依頼が完了すれば、その後の処理も指示をした企業がやってくれていたのかもしれない。
そうでなければ、企業の荷物を強奪するのはリスクが高すぎる。
……いや、そもそも。何故、企業は俺たちに依頼をした?
奴らであるのなら子飼いの兵士もいた筈だ。
それこそ、自分たちの指示に従う完璧な犬が。
それを使わずに、外部の人間である俺たち傭兵を態々使った。
最初は、自分たちの手が汚れる事を懸念しての依頼だと思った。
それと、自分たちの会社に所属する人間を動かせばマスコミが勘付く。
奴らの中には企業であろうとも恐れずに報道するような人間たちも存在する。
だからこそ、企業の荷物が奪われたという一大スクープがあると分かれば絶対に見逃すはずがない。
その為、企業は私兵を動かせずに俺たちを使った……が、果たして本当にそうなのか?
傭兵は金額が見合えばどんな依頼も受ける。
体の良い駒であり、替えの効くパーツと言ってもいい。
互いに割り切った関係であり、それで成り立っている。
しかし、金払いが更に良い依頼であれば簡単に裏切る場合もある。
そんな事例は稀だが、ある事はあるのだ。
だからこそ、依頼を出す側も簡単に寝返られないように多額の金を用意する。
此処までは問題ない。奴らはそれなりの金額を提示したから……それでも疑念は拭いきれない。
稀ではあるが、裏切る可能性が少しでもある。
全幅の信頼がおけない傭兵を使ってまで取り返したい荷物。
そんな人間たちを信用して、大切な荷物を奪い返すように依頼を出すものなのか?
よほど火急的依頼で、何としてでも取り返したい荷物なら。
それならば、多少の危険を冒してでも信用できる兵士を使うだろう。
今回のケースで考えるのなら、そうするのが普通だ。
それをせずに俺たちを使ったのには――別の意図がある。
可笑しい。明らかにこの依頼は――奇妙過ぎるのだ。
守秘義務を強制させるだけの依頼料。
自らの兵を動かせないからこその傭兵の起用。
一見すれば合理的に思える依頼だが、深く考えれば考えるほどに不可解な部分が見えて来る。
敵は企業の荷物を強奪できるほどの戦力を保持していると思っていた。
分かっている情報よりも、潜ませている兵士の数はもっとあるのだと。
しかし、蓋を開けて見れば敵の戦力は想定の範囲内で……矛盾している。
バランスが整っていない。
敵対組織の勢力と依頼料が見合っていないのだ。
この程度の相手ならば、少数の精鋭部隊を派遣するだけで終わる筈。
マスコミにバレる事無く、少ない人員を派遣する事も可能で。
それなのに、企業は態々正式な依頼として俺たちを頼った。
いや、待て……そもそも、奴らはどの企業にアレを売りつけようとした?
ゆっくりとコンテナに視線を戻す。
物流会社から奪ったとされる荷物。
それを欲しがる企業は何処なのかと考えた。
奪取を依頼するほどの荷物であるのならそれなりの代物だろう。
情報は伏せられて、此方が知る術は……あるにはある。
どうする……確認すべきか。
いや、依頼品であるのなら中身の確認は危険すぎる。
その行為自体が依頼者の逆鱗に触れる恐れもある。
そうなれば、金を減額される場合もあるだろう。
……だが、この状況は明らかにマズい。何故だか分からないが、このまま荷物を持っていくのは危険すぎる。
「……静かだな」
《あぁ、不気味なほどに……他の兵士の通信も無さそうだ。妙だね》
全ての敵を綺麗に掃討出来たとは思っていない。
彼女も同じであり、この静けさに違和感を抱いていた。
撃ち漏らしは必ずあり、そいつらが応援を要請すると思っていた。
しかし、応援を呼ぶ気配どころか抵抗する素振りすらない。
それはつまり、奴らは荷物よりも自分たちの命を優先させた事になる。
そんなにもあっさりと捨てる決断を出来る奴らが。
命を懸けて奪った荷物を簡単に手放す決断をするのか――あり得ない。
この短時間で、依頼者への疑念が募る。
そして、それと同時にある男への疑問も浮かび上がって来た。
それはこの依頼を寄越した依頼主と話したであろう人物で。
俺たちがこれを受けて向かうまでに問題が無いと言っていた男。
俺は無言で通信を繋ぐ。
相手はヴァンであり――すぐに繋がった。
《どうした? 問題か?》
「……聞きたいことがある。この依頼は――おい!」
《――ぁ――ぃ――――…………》
通信が乱れる。
ノイズ音の中で、ヴァンが何かを言っていた。
しかし、言葉が聞こえる事は無く……切れた。
不安が増大していく。
明らかに危険だ。この依頼は普通の依頼ではない。
これは、間違いなく――罠だ。
イザベラにメッセージを送る。
音声通信は傍受されている危険がある。
簡易的に暗号化されたメッセージにより、俺の考えを彼女に伝えた。
すると、返事は返って来て……彼女も理解した様だ。
俺たちはコンテナに背を向ける。
アレに触れるのは危険だ。
ヴァンから詳しい情報を得てから、また来る必要がある。
恐らく、アイツは安全空域で待機している筈だ。
そこまで戻れば通信も回復すると思う。
意図的な”ジャミング”か。それとも――何だ?
離れようとすれば、レーダーが何かを捉える。
真っすぐに此方に向かってきていて――肉眼でも捉える事が出来た。
「――メリウスッ! 合計で……二機?」
《見惚れている暇は無いよ。すぐに離脱だ》
紫紺のカラーリングをしたメリウスが二機。
凄まじい速度で此方を目指していた。
イザベラは焦ることも無く離脱する様に俺に言って――ッ!!
後ろから何かが爆ぜる音が聞こえた。
俺たちはそれを聞いて一斉に距離を取る。
背部センサーで確認をすれば、コンテナから多脚型の灰色のメリウスが現れた。
蜘蛛のように複数の足を持ち、肩には折りたたまれた砲塔が二つ。
真っ赤な複眼センサーがカチカチと回転しながら妖しく光っている。
やはり罠であり――来るッ!!
敵が砲塔を展開する。
そうして、間髪入れずに砲塔から――青いエネルギーが飛ぶ。
俺たちは左右に飛んだ。
地面を滑りながら回避して奴が放った先を見た。
すると、遥か先にあった建造物にはぽっかりと穴が空いていた。
ズクズクに溶かされており、断面は激しく赤熱していた。
《威力は本物だ。油断するんじゃないよ!》
「あぁ!」
通信を繋ぎながら、互いに左右から攻撃を仕掛けた。
俺はライフルを連続して放ち、イザベラは両手で狙撃銃を持ち弾丸を放った。
奴は俺たちの攻撃を上へのジャンプで回避して見せる。
倉庫から飛び上がったそいつを俺たちは狙う。
ライフルを構えながらロックオンをして――今だッ!
狙いが定まり、攻撃を開始した。
勢いよく奴へと殺到する弾丸。
確かな殺意を持って放ったそれは――奴は弾く。
「――っ!」
避ける訳でも無く。
広がっていた足を体に畳み込んで。
俺の弾丸はそれに弾かれた。
下半身は相当に頑丈な素材で作られているようで――怖気が走る。
奴は肩に背負った砲塔を俺に向けていた。
エネルギーは既にチャージを完了している。
見てから避けていれば間に合わない。
俺は咄嗟にレバーとペダルを操作しようと――奴の体が傾く。
下から飛んできた弾丸が、足の隙間を縫うように当たる。
奴の頑丈な筈の体は揺れていて、砲弾からエネルギー弾が放たれた。
咄嗟の回避と奴の狙いが逸れた事によって。
奴の攻撃は俺の背後に降り注がれた。
バチバチという音と水が蒸発するような音が響いて。
俺は冷や汗を流しながら、イザベラに心の中で礼を言う。
《奴はエネルギー兵装を積んでいる。下からの攻撃はほとんど意味が無い……やる事は分かるね?》
「……あぁ……俺が隙を作る。後はイザベラに任せた」
《上等。抜かるんじゃないよ》
イザベラは俺たちから距離を取る。
そうして、遮蔽物に隠れながら移動を開始した。
彼女が俺たちから離れていくのを確認して――敵を見る。
不気味な鳴き声を発しているそれ。
まるで生き物のようであり、御伽噺の怪物の様だった。
何処の企業がアレを用意したのか。
いや、そもそも何故、俺たちにそれを差し向けたのか。
俺の考えが正しければ、この依頼で勝者は生まれない。
俺たちが倒した傭兵グループも、俺たちでさえも――勝者になれない。
それを理解した上で、俺は戦う選択肢を取った。
戦わなけれないけない。そうでなければ……今度は”奴ら”が敵となる。
敵からの攻撃が降り注ぐ。
口径を狭め出力を落として連射性能を高めたそれが俺を襲う。
俺は地面を疾走しながら、当たらないように全力で逃げる。
右へ左へと避けながら、ライフルによる攻撃を仕掛けた。
飛翔した弾丸が音を立てて弾かれていく。
バチバチと花火のように火花が散るだけでまるでダメージになっていない。
奴の脚部は盾となり、その攻撃を全て無効化する。
イザベラの推察通り、下からの攻撃は無駄だ。
ゆっくりとレーダーが捉えている謎の機体を見る。
既に奴は工業地域内に侵入し、俺のすぐ近くで滞空していた。
もう一機の姿は見えない。恐らくは、イザベラについて行ったのか。
攻撃をする素振りは無い。ただそこに浮きながら俺を見ていた。
何が狙いか。奴は何者か――考えている余裕はない。
謎のメリウスを警戒しながら、上空の敵からの攻撃を避ける。
無数のエネルギー弾が降り注ぎ、地面には幾つもの穴が出来上がっていた。
ごっそりと削り取ってしまうほどの威力。
被弾した時の事を考えれば背筋がぞくりとする。
「――仕掛けるか」
敵が攻撃を仕掛ける。
三連続の攻撃で、その全てをブーストにより回避。
体が軋むような音が聞こえて、くぐもった声を漏らす。
痛みに耐えながら、俺はペダルを強く踏みつけてボタンを押しながらレバーを引く。
機体が地面を蹴りつけて空を飛ぶ。
全力での蹴りであり、そこにメインスラスターの推力が加わる。
一気に奴との距離を詰めて――反射的にレバーを操作する。
瞬間、奴が脚部を開いて中心部の穴から特大のエネルギー弾を放ってきた。
脚部と腰部のサブスラスター全てを使っての緊急回避。
今までの機動とは比べ物にならないほどの負荷。
全身から嫌な音が聞こえてきて、肺が強く圧迫された。
息が出来ず、眼球が飛び出しそうになり。
俺は歯が砕けそうになるほどに強く噛んで――それが俺の機体の肩部を掠めていった。
機体が激しく揺れる。
システムが警告音を発して損害状況を報告してくる。
肩部がごっそりと削られて、ランチャーが持っていかれた。
右腕の感度が落ちており、出力が低下していた。
俺は苦しみの中で、左腕のショットライフルを敵に向ける。
そうして、連続して弾を発射した。
奴は攻撃後の余波で防御が間に合わない。
盾が消えた部分へと弾丸が吸い込まれて深くめり込んだ。
薄そうな装甲部には小さな亀裂が生まれる。
奴は俺から距離を離しながら、肩部の砲で攻撃を仕掛けて来た。
俺は空中を翔けながら、下へと降下する。
奴の攻撃は空を切り、俺は足元の車の残骸を踏みつぶしながら着地した。
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ、面倒だな」
相手からはまるで生気を感じない。
だからこそ、人間のような癖がまるでない。
予備動作らしきものも無く、攻撃を察知するのが難しい。
その上、先ほどのような騙し討ちも出来る様だ。
厄介な事この上なく。
出来る事なら早々に立ち去りたかった。
だが、あの謎のメリウスは安全圏から俺を見張っている。
もしも、逃げ出せば確実に奴が俺を襲うだろう。
イザベラだけが頼りだ。
彼女と俺の考えは同じで……そろそろだ。
俺は無事に成功する事を祈りながら。
敵からの猛攻を回避していく。
きな臭かった依頼は、やはり罠だった。
そして、それを用意したのは――ヴァンだ。
お前の筈がない……俺はお前を信じている。
俺は心の中でヴァンに祈る。
しかし、奴から返事が返って来る事は絶対に無い。
疑念を募らせながらも、俺は生き残る為に全力で運命に抗った。