【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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139:罪を背負う者たち

 ヴァレニエの壁の外……まぁこっちの人にとっては内だが。

 

 静かなメロディが流れるシックな内装の店内。

 天井の大型のファンがくるくると回り。

 早朝の時間なのに、客足もそれなりにいた。

 

 こげ茶の木の床に、白い椅子を配置して。

 イミテーションの小さな木なども飾っていて涼し気な印象を覚える。

 店内はそれほど広くは無いが、統一感があって落ち着く。

 ”俺たち”は店内の奥にある白いソファーに座りながら依頼主を待っていた。

 

 窓を見れば、人々が歩いている。

 営業に行くスーツの男たちに、キャリーケースを転がす旅行客に。

 犬の散歩をする紳士や母親に手を引かれながらアイスを食べる子供など。

 のんぶりとした光景に癒されながら、俺はゆっくりと腕を上げる。

 

 腕時計を確認すれば、そろそろだが……はぁ。

 

「……ヴァン。何度も言うが何で昨日もベックと飲んでいたんだ?」

「あ、あぁ……歓迎会以来、打ち解けちまってな。可愛い子が入ったって聞いたもんだから遂……今頃アイツもゾンビだろうさ」

「……はぁ」

 

 隣でぐったりとしているヴァン。

 顔色は青く、気を抜けば今にも胃の中のものを吐き出しそうだった。

 

 依頼主と会わなければいけない日の前日の夜遅くまで飲むバカが何処にいる。

 ミッシェルもギャンギャン怒っていたが。

 これ以上言ってもヴァンが吐くだけだと言えば、渋々ベックを引きずって行ってしまった。

 引きずられていくアイツは必死に俺に助けを求めていたが誰も助けてはくれない。

 双子もニヤニヤと笑って楽しそうで……個性的だよ、ウチは。

 

「……あれか?」

「んぁ?」

 

 店内のベルがカラカラと鳴る。

 店員が話をしてから此方に案内されてきた。

 見れば、がっしりとした体格の男であり軍人とだけあって目つきが鋭い。

 黒い角刈りに角ばった顔をしていて、瞳は黒かった。

 顔には皺があり、髪も白髪が混じっている……恐らく、六十代くらいか。

 

 ジョット・カルローネ少佐。

 カメリア青騎軍の中でも、純粋な実力で伸し上がった男だ。

 あまり情報は回ってこないが、彼が所属する部隊にはエリートの中でも選ばれた人間しかおらず。

 不可能だと言われたミッションを成し遂げて来た実力派の部隊らしい。

 その中でも”砂塵の白狼”の二つ名で敵味方問わず恐れられていたのが彼だ。

 

 俺がいた時には、もう既に退役したと聞いていたが……どうやらただの噂だったらしい。

 

「初めましてですね。今回、依頼を出させて頂きましたジョット・カルローネです。お会いできて光栄です」

「此方こそ初めまして。俺はナナシです。こっちは社長のヴァン・ロペスです。御高名は伺っています」

「……ど、どうも」

「……失礼。顔色が悪いようですが?」

「……お気になさらず。管理が出来ていないだけなので」

 

 制服ではなく紺色のスーツを着ていて、彼はぎこちない笑みを浮かべながら挨拶をしてくる。

 俺たちは立ち上がってから手を差し出し自己紹介をした……おぉ。

 

 手を握った瞬間に、互いの技量が分かった気がした。

 かなりの手触りであり、相当に乗り回していなければこんな手にはならないだろう。

 少佐らしいが、納得できてしまうほどで……この空気が震えるような圧もだな。

 

 恐らく、意図して放ってはいない。

 無意識で放っているだけであり、彼はニコリと笑いながら対面に座る。

 俺は店員さんに注文をし、依頼主にも何が良いか聞く。

 彼もアイスコーヒーを注文し、店員の女性は去っていく。

 

「……交易都市とは中々に良い所ですね。ヴァルハラがあれば、何処へでも行けるでしょう」

「えぇ、南部の遊楽都市へも行けますから。此処の住人達も、アレを根っから愛しています」

「はは、愛していますか……そうですね。街のシンボルは、そこに住む人たちの希望ですから。愛も芽生えますね」

「……失礼ですが。何処の出身ですか?」

「私ですか……生まれは北部ですが。故郷は東部地方の北西にある小さな街のメリエールです。野菜を使った料理をさせれば、メリエールの料理人に敵う者はいません。自慢ではありませんが、妻の作るラタトゥイユは絶品で……あ、すみません。私としたことが遂」

 

 ジョットさんは頬を赤くしながら頭を撫でる。

 ぎこちなかった笑みも自然であり、本気で故郷や奥さんの料理が好きなんだと分かる。

 俺は笑みを浮かべながら、機会があれば食べてみたいと伝える。

 すると、ジョットさんは遊びに来た時は必ず家に招待すると言ってくれた……?

 

 少し違和感を抱いた。

 笑っているのにどこか寂しそうで……いや、気のせいか。

 

 俺たちは先ずは互いの警戒心を解くために、他愛も無い雑談をしていく。

 故郷の話や料理の話など、そんな事をしていれば飲み物が運ばれてくる。

 女性の店員が俺たちの前に飲み物を置いて去っていく。

 俺たちは促される訳でもなく、静かにカップを掴んで一口飲んだ。

 

 今日は少し暑いような気がした。

 気温などは管理されているが、極偶に暑かったり寒かったりする。

 それは機材の故障ではなく、旅行などに行かない人の為に敢えて”刺激”を与えているかららしい。

 確かに、変化が無ければ体も弱くなってしまうだろう。

 考えたものだと思いながら、ミルクと砂糖が混ざってほどよく甘いコーヒーを堪能した。

 俺はニコリと笑いジョットさんを見る。

 すると、彼は笑みを浮かべながらコーヒーの味に満足していて……何だろう。親近感が湧くな。

 

 恐らく、向こうも食べる事が好きな部類の人間だろう。

 軍人でありながら、人間らしい温かさもある。

 さぞや部下には慕われているんだろうと思いつつ、俺は仕事の話を始めようかと考えた。

 

「……それで、秘匿会議での護衛と聞きましたが……それはもしかしてWEMOのですか?」

「……流石ですね。少ない情報で当たりをつけるとは……いえ、関わっていたからでしょうか」

「……互いに、情報を持っているようですね……隠し事は無しにしませんか? その方がお互いに仕事が捗るでしょう」

「……そうですね。私も腹の探り合いというものは苦手なので……ジョン・カワセは現れると思いますか。ナナシさん」

 

 ジョットさんは手を組みながら聞いて来る。

 その眼は鋭さを増して、俺の心を見ている様だった。

 やはり、侮れない男だ。これほどの武人に嘘は通用しないだろう……それなら。

 

「――現れます。それが奴の狙いですから」

「……ほぉ、狙いですか……聞いてもいいですか。その狙いとやらを」

「……奴は異分子たちの楽園を築こうとしています。その為には、力ある者たちを強引に己の仲間に引き込む必要がある……だからこそ、ジョンはWEMOという組織を使ったんですよ」

「……うーん。そうですか……では、どうやってその仲間に引き込もうと?」

 

 ジョットさんは首を傾げてから聞いて来る。

 俺はそんな彼に笑みを浮かべながら、スッと手を差し出す。

 

 

 

「それは貴方が一番ご存じの筈ですよ――代行者」

「……ん? 代行者とは何ですかな」

「……隠し事は無しだと言った筈ですが?」

「…………よく分かりませんが…………言えないと言う事ですか。それなら仕方ありませんね」

 

 

 

 俺がカマを掛けて見れば、ジョットさんはキョトンとした顔をしていた。

 嘘か本当か分かり辛い反応で。

 俺の中では、この男は代行者である可能性が高いが。

 尻尾を見せない所を見るに、こういう事にも慣れているのだろう。

 碌な証拠も無い中で追及しても、しらを切られて逃げられるだけだ。

 

 ならば、此処は俺が引いて依頼の話を進める他ない。

 

「……すみません。疑ってしまいました。今の言葉は忘れて頂けるとありがたいです」

「……いえいえ。大丈夫ですよ。私も職業柄、疑う事は多いので……話が逸れてしまいましたね。戻しましょうか」

 

 ジョットさんはそう言って依頼の詳細を話していく。

 時間と日時、そして重要である場所についてで。

 会議を開く場所は北部地方の最北端に位置する島――”メロウ島”だった。

 

 メロウ島か……聞いたことはある。

 

 北部地方にあるにはあるが、そこを支配する国はおらず。

 他の国々からの支援も無い中で独自の文化を築いているらしい。

 観光名所などは無い上に、島へと行く為の船便も航空便もほとんど出ていない。

 島民らしきものは確認されているが、千人にも満たないと聞いている。

 よく分からない場所であり、噂程度にしか知らない場所で……なるほどな。

 

 どうして、何の特徴もない島が生き残れたのか。

 今になってその秘密を知る事が出来た。

 それは、国家が支配しているのではなく。

 世界危機管理機構が管理しているからこそ、誰も手を出さなかっただけだ。

 組織からの援助を受けているからこそ、島が廃れる事も無かった。

 つまり、あの島の実質的な所有者はWEMOという事になる。

 

「……他にもあるんですか。そういう場所が」

「……さぁ、それは私にも分かりません……貴方には私の部隊と共同で、南部を守ってもらいます。恐らく、此処が一番敵の攻めが激しいと予想されていますが……問題ありませんか」

「……此処まで聞いて引き下がれないでしょう……受けますよ。勿論」

「……それは良かった……共に頑張りましょう」

 

 差し出された手。

 それをしっかりと握り握手をする……私情が無ければ、信頼できるんだがな。

 

 代行者である可能性はかなり高い。

 俺の事を知っていて、こんなタイミングで都合よく依頼の形で話を持ってきたのだ。

 怪しまない方が可笑しいくらいで……そういえば、ヴァンは何も言わないな。

 

 手を離してからチラリと横を見る。

 すると、おしぼりを広げて顔に当てていた……こいつ、話を聞いていなかったな。

 

 俺は舌を鳴らしそうになるのを堪える。

 そうして、怒りのままにコーヒーをストローで勢い良く飲む。

 目の前に座るジョットさんはくすくすと笑っていた。

 俺は思わず彼を睨んでしまう。すると、彼は謝りながら理由を説明する。

 

「……実は私には、息子がいましてね……今年で二十六になりますが、メカニックをしています……本当は傭兵になりたいなんて言っていましたが、才能が無く諦めてメカニックになったんですよ……そんな息子も家庭を持ち、可愛い孫も生まれました。二歳になりますが……子供は良いですね。こんな私の心を優しく照らしてくれる光のようです……ナナシさんを見ていると、傭兵になると言っていた時の息子を思い出すんです。私が叱ってふてくされて……あぁ、すみません。気を悪くしましたか?」

「……ジョットさんも”変われた”んですね」

「……っ! そう、ですね……失礼ながら、貴方の軍人時代の経歴を見ました……十歳で教育を施されて、十二の時からメリウスに乗り込んで……何も言いません。貴方の過去について私が勝手に語る事はしたくない……貴方に会って、貴方と話せて良かった。貴方も変われたと分かって安心しました……互いに”罪を背負っている”事は分かります……その罪が消える事は無くとも、最期が幸福である事を願っています」

 

 ジョットさんはそう言ってはにかむ。

 俺は彼を代行者だと思っているが……不思議とこの人の言葉に嘘は感じない。

 

 全てが本音で、優しさすら感じている。

 俺はそんな男を見つめながら静かに頷く。

 彼はゆっくりと任務に就いての話を続ける。

 ヴァンはこの状態だから俺が聞くしかない。

 彼の話す言葉に耳を傾けながら、俺は質問も挟んだりする。

 

 有意義な時間だ。

 そして、新たな出会いが生まれて……この人とは今後も関わる、そんな予感がしていた。

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