【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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141:一生の恩(side:ナナシ→カメリア青騎軍・小隊長)

 熱々の鍋を”皆”で囲んで食す……美味い。

 

 しゃきしゃきの白菜は食感が良く瑞々しい。

 おたまで掬い上げた豆腐も汁が染み込んでさっぱりとした味だ。

 中でも、肉類は絶品であり肉団子はショウガとニンニクを練り込んだ事によって体が心から温まる。

 薄くスライスした豚肉も噛めばほのかな甘みと味噌味が溶け合って優しい味がした。

 暖房器具があるとはいえ、全員で集まれる場所にて食べればまだ寒い。

 だからこそ、この熱々の鍋が心から心地いい。

 

 それを分かっているからこそ、全員が頬を赤く染めながら食べていく。

 ヴァンも美味そうに食っていて、チラリと女性陣を見る。

 

「で、何でお前たちいるの?」

「……い、いいじゃねぇかヴァン! 良い匂いがしたから出て来たんだよ。な、姐さん!」

「そうそう。こんな豪勢な料理を独り占めするなんて悪人のする事だよ」

「美味い美味い」

「肉肉」

「……ご、ごめんなさい」

 

 嬉しそうに鍋の中身を取っていく彼女たち。

 まぁ量は多いから別にいいが……彼女たちの所にも食材はある気がするが。

 

 俺が疑問を抱いていれば、ヴァンはハッとしたような顔をする。

 そうして、ニヤリと笑いながらぼそりと呟いた。

 

「料理下手」

「「「――」」」

 

 女性陣の手がピタリと止まる。

 ミッシェルなどに至ってはだらだらと汗を流していた……なるほど。

 

 ミッシェルとは一緒にうどんを作った事がある筈だが。

 彼女も料理が苦手な人間だったのか。

 イザベラに至っては笑うだけで何も言わない。

 双子は視線を逸らしながらもごもごと口を動かしていた。

 ドリスは目を泳がせていて……。

 

 俺はほどほどにしておけとヴァンを諫める。

 そうして、鍋のしめは雑炊にする事を伝えた。

 キラキラとした目を向けられながら、俺は皆に鍋を中身をよそって――

 

「美味そうだな。俺にもくれよ――猟犬」

「……何の用だ」

 

 俺はおたまを静かに置く。

 そうして、階段を上がって来た一団を見る。

 見覚えがる制服であり、下にいた奴らだとすぐに分かった。

 奴らはニヤニヤとしながら俺を見ていて、ミッシェルが何かを察して動こうとしていた。

 俺はそれを片手で止めながら、奴らを睨む。

 

 先頭の男、アイツは危険だな。

 かなりの手練れである事は一目瞭然で、修羅場を潜り抜けて来たと纏う空気で分かる。

 浅黒い肌に黒い髪は短く切り揃えて。

 鋭い青い瞳には、俺だけが映っている。

 がっしりとした体格に、首から顎にかけて大きな古傷がある。

 ドッグタグをぶらさげており、一枚では無く四枚もだ。

 仲間想いには見えないが……奴が口を開く。

 

「そう警戒するな。良い匂いがするから上がって来ただけだ……そいつは何て言う料理だ?」

「……味噌鍋だ……少しなら分けてやれる」

「おい、ナナシ!」

「……取ったら帰れ」

「はいはい」

 

 俺は空いている器を取る。

 そうして、そこに鍋の具材を一通り入れていく。

 奴はゆっくりと近づいて来て、器を取ろうとした。

 

「――ようやくアンタに会えた」

「……」

 

 器を受け取る男。

 笑みを浮かべて俺を見ている。

 その瞳には殺意も敵意も無い。

 殺人鬼のそれでもなく、純粋な尊敬の念を感じた。

 

 理解できない感情。

 よく分からない視線。

 その理由を考えても、この男に見覚えは無かった。

 

「なぁなぁ。下で俺たちと飲まねぇか?」

「失せろ。玉潰すぞ?」

「ひゅー! こいつは良いね! 気にいったよ! こんな奴らなんてほっといて」

「――バーンズ!! 誰が誘っていいと許可した!」

 

 器を受け取った男が部下を叱る。

 髭面の男は肩をびくりと跳ねさせて。

 イザベラに伸ばした手を引っ込める。

 

「……悪かったな」

「……いや、いい……熱いから気を付けろよ」

「……あぁ……ありがとう」

 

 男はそう言って去っていく。

 不思議な空気を放つ男だった。

 ぴりついた空気を放っていた筈なのに、俺と話す時は嫌に静かで優しさすらある。

 一度でも顔を見ていたのなら、少なくとも何かに気づいていた筈だが……思い出せないな。

 

 仲間たちはあの男は知り合いなのかと聞いて来るが。

 俺にもよく分からないので何も言えない。

 しかし、アイツと話をして嫌な奴ではないと分かった気がした。

 警戒心を解くつもりはないが……何とも不思議な奴だ。

思い

 そう思いながら、俺は鍋を食べていく。

 寒い中で食べる鍋は格別であり、俺たちは談笑しながら幸せな時間を過ごした――

 

 

 〇〇

 

 

 鍋と呼ばれた料理を食べる。

 湯気が昇るほどに熱いそれをフォークで刺して食べるが。

 どれも味が染み込んでいて美味かった。

 初めて食べる料理なのに、いやに懐かしさを覚える味だ。

 

 部下たちは興味が無く、ゲラゲラと笑いながら酒を飲んでいた。

 唯一、不機嫌そうなのがバーンズで。

 俺の事を睨みながら酒をちびちびと飲んでいた。

 

「……バーンズ。不服か?」

「……別に……あの男と知り合いなんですか? 何時もなら止めねぇのに。何でアイツの前では行儀が良いんです?」

「……さぁな。俺にも分からん」

「……ケッ。教えてくれたって良いじゃないですか。気になるったらないよ」

 

 バーンズはそう言いながら酒を呷る。

 この調子なら二,三日で此処にある酒全て飲みつくしてしまいそうだ。

 別にそれでも構わない。

 酒が無ければ、俺たちは戦いには行けない。

 士気を高める為に、酒というものは必要不可欠だ。

 

 叶う事なら、あの男と……猟犬と飲んでみたかった。

 

 あの男の前で行儀が良くなる理由。

 それは単純明快であり……俺はかつてアイツに命を救われた。

 

 異分子の国との繋がりがあるテロ組織の拠点を発見し。

 そこへの攻撃を任された俺たちの部隊は、テロ組織への奇襲を敢行した。

 が、作戦は漏れており奇襲は失敗し部隊のほとんどの人間が戦死した。

 俺は敵に捕らえられて、激しい拷問を受けた。

 誰が情報を提供したのか、控えている仲間の居場所は……俺はかたくなに答えなかった。

 

 その結果、この首から顎にかけての傷が生まれた。

 もう死ぬ、すぐに殺される。覚悟は出来ていた。

 救出なんて不可能で。既にテロ組織は拠点を移し、闇の中に潜伏していた。

 もしも居場所が分かっても、これほどの手練れを相手に逃げられる筈がない。

 

 だが、救出部隊はやって来た。

 

 ひどく衰弱していたから意識は朦朧としていた。

 しかし、メリウスの音が聞こえて壁が破壊されて。

 入って来た若い男女が俺を救い出しメリウスに乗せて運んでくれた。

 追撃があっただろうが。そいつらは戦い慣れしていたのか、奴らの拠点を奇襲し捕虜となった俺を迅速に救い離脱した。

 

 病院のベッドで目覚めた時全てを聞かされた。

 あの日、俺を救い出してくれた部隊はあの”エラー部隊”だった。

 それも、奴らの中でも腕の立つ”猟犬”と呼ばれる男とその相棒が俺を救い出した。

 医者や他の兵士は笑いながら、他の異分子は殺されたと言っていたが。

 俺だけはそれを笑う事は出来なかった。

 俺を救うために死んだ人間がいる。

 今までならどうも思わなかったが、絶望の淵にあった俺は救われたんだ。

 俺は恩義を感じてすぐに礼をしに行こうと思ったが。

 エラー部隊の仕事は休みがほとんどなく、軍に扱き使われているのだ。

 それに奴らは世界中を渡り歩いていて、任務の内容を伏せられる事もあった。

 隊員が死ぬ事は当たり前で、その中でも生き残っている猟犬は異分子の兵士にとっては英雄のようなものだった。

 

 お礼を言いたかったのに言えない。

 命を救ってくれた恩人にただ会いたかった。

 そうして、奴が最後の任務に向かって生き残った事を知り……今日、ようやく会えた。

 

 あの男は俺なんて知らないだろう。

 顔を見たのは一瞬で、その時の顔だって暴行された事で大きく変わっていた。

 まるで、蜂の巣を被った人間のようだったと思う。

 憶えていないのは当然で……でも、ようやく会えた。

 

 アレが猟犬だ。アレが俺を救ってくれたヒーローだ。

 行儀が良くなるのも当然さ。俺にとっての憧れなのだから。

 あの男のようになりたい。あの男のように俺も英雄になりたかった。

 今までのようにただ敵を殺す道具じゃなく、俺の仕事に価値を見出したかった。

 

 アイツは強い男だ。

 異分子として過酷な環境の中で、仕事を果たしてきたんだ。

 死ぬ事が当たり前の世界で、アイツだけが最後まで生き残った。

 最後の任務は知っている。それで異分子の兵士は全ての役目を終えるんだ。

 しかし、アイツはその理不尽すらも振り払った。

 

 スゲェよ。本当に……英雄だ。

 

 異分子の英雄じゃない。俺にとっての英雄だ。

 人々から蔑まれても、誰からも感謝されずとも任務を果たす男。

 あんな環境で育ったのであれば、心だってやさぐれる筈だ。

 しかし、さきほど目にしたあの男は普通の人間のようで。

 意思の籠った目で俺を見ていた。

 

 数々の修羅場を潜り抜け、多くの死線を超えて。

 奴は手にした。そう、自由を。

 

 

 

 俺もなりたい。あの男のような――”本物”に。

 

 

 

「隊長? それ食わねぇんですか? それじゃ、俺が」

 

 バーンズが酒のつまみとして取ろうとした。

 俺はそんな奴を片手で押しのける。

 アイツはケチだのなんだの言って文句を垂れるがこれは譲れねぇ。

 あの英雄が、猟犬が俺の為によそってくれた一杯だ。

 

 大切に噛みしめるように食していく。

 美味い。本当に美味いな、これ。

 

 多分だが、猟犬は食事を大切にしている。

 そして、仲間との時間を大切にしていた。

 独りよがりの戦い方ではダメだ。

 だからこそ、俺の部隊はほぼ全滅し俺が捕虜になってしまった。

 

 失敗から人は学ぶ。

 そして、絶望から這い上がり成長する。

 

 俺はあの人から多くを学んだ。

 会ってもいないし話だって聞いていない。

 だが、あの人の話は風に乗ってやってくる。

 意地の悪い連中の悪口であっても、俺にとっては伝説だ。

 

 あの人が生きているという事を知るだけでも……勇気が湧いて来るんだ。

 

 まだ死んでいない。まだ戦っている。

 だからこそ、俺ももっと頑張ろうと。

 命の恩人を超えられるように、命の恩人を今度は助けられるように――強くなる。

 

 もしも、もしもだ……胸を張って言える時が来たら……礼を言うんだ。

 

 今は飯の礼しか言えなくとも、何れはあの人に伝える。

 あの時、貴方が救ってくれたお陰で俺は此処にいると。

 貴方を目標として俺は今まで戦ってきた。

 貯め込んできたもの全て、あの人に伝えたい。

 

 誰も感謝しなくとも、俺があの人に感謝を伝える。

 誰も言わなくたっていい、俺が全部あの人に言うんだ。

 たった一回の恩であろうとも、俺にとっては一生の恩だ。

 

 返したい。何かの形で返したいんだ。

 そして、そのチャンスは恐らくこの任務だろうと思う。

 

 退役した筈のあの人が呼ばれた。

 そして、伝説の”砂塵の白狼”までもが此処に来る。

 

 俺たちは今、大きな歴史が生まれる瞬間に立ち会っているのかもしれない。

 伝説が集まっているのだ。それは予感ではなく事実だ。

 篝火と呼ばれるテロ組織の異常さは理解しているが。

 伝説の男たちを呼ぶほどの脅威なのか……分からない。

 

 空の容器を静かに置く。

 そうして、ウィスキーが入ったコップを取る。

 それを一気に飲めば、体中が更に温まる。

 

 テロ組織の危険性。そして、伝説の男たちの招集。

 俺たちの役割は明確だ。

 でしゃばる事はしない。我を出せば最期であり、支援に徹するだけだ。

 英雄に憧れたとしても、俺は猟犬にも白狼にもなれない。

 

 

 俺は俺だ。己が役目を果たす――兵士だ。

 

 

 椅子から立ち上がる。

 そうして、俺はバーンズに指示を出す。

 

「明日は少佐殿がお見えになる。くれぐれも寝坊するなよ」

「了解……え、もう寝るんですか?」

「あぁ今日は少し、眠れそうにないからな……今から寝られるようにするんだよ」

「……?」

 

 この火照りは酒と料理の所為か。

 いや、恐らくは違うだろう。

 俺はくすりと笑う……まだまだ俺も未熟って事だな。

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