【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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147:君はそこにいる

 光が消えた。そして、空にあった全てが――消えた。

 

「……ぁ」

 

 理解するのに数秒時間を使った。

 目の前に広がる青空、その中心に浮かぶ火に包まれたもの。

 それだけしか残っておらず。それ以外は全て消滅した。

 

 ラフレシアから放たれた全てのミサイルが消え。

 雲ですらも掻き消されて、空には青が広がっていた。

 ゆっくりと花弁が散ったラフレシアが降って来る。

 大気圏を突入し、装甲を赤く輝かせながら落下していた。

 

 最早、脅威とすら言えない。

 アレが此処に落下しようとしていても、すぐにチャージが完了する。

 次の一撃で残ったアレすらも消されるのだ。

 いや、それすらも待つ必要はないだろう。

 

 ジッと見つめていれば分かる。

 ラフレシアは空中分解を始めていた。

 大気圏を突入しているが、摩擦に耐えられていない。

 ガラガラと端から分解が始まっていて、地上に降りる頃にはただ少し大きいだけの塊で。

 それがこの島に落ちる確率何て限りなく低いだろう。

 

 当たり前だ。

 アレは大量のミサイルを放つ為の機械で。

 そこに至るまでを隠ぺいする事に長けているだけだ。

 それ自体に大気圏を突破し、狙った場所へと無事にたどり着くだけの機能は無い。

 打ち上げられてミサイルを放てば、証拠も残さずに分解を初めて。

 そのまま散り散りになって消えていくだけだ。

 

 終わったんだ。

 最期は戦略兵器の力によって呆気なく……。

 

《残骸が落ちて来る……次で全てを片付ける。全部隊はそのまま継続して警戒態勢を維持だ》

「……了解」

 

 オープン回線の通信に思わず答えてしまう。

 通信が切れて周囲を見れば、メリウスたちの残骸が転がっていた。

 水中型も降下してきた奴らも全てが死んでいた。

 南部は攻撃が激しかったが、仲間たちが優れていたお陰ですぐに終わった。

 残りの遠方から狙撃をしていた飛行ユニットに乗っていた奴らも、戦略兵器の力で全て死んだ。

 

 

 ……アレほどの戦力。しかし、彼らにとっては”あれだけ”だ。

 

 

 ジョットさんの部隊の兵士。

 規格外の強さを持つ彼らが全てを蹂躙した。

 双子は空から降下してきたメリウスやバトルシップを撃滅し。

 謎の男は海中から来るメリウスを屠り。

 そして、残りはカメリアの兵士たちが殲滅した。

 

 ライオットたちも無事だ。

 少なくない被害は出ているものの、圧勝と言ってもいいほどで……ジョンは姿を現さなかったか。

 

 多くの仲間を戦線に投入し、そのほとんどが死んだ。

 貯め込んでいた兵器も全て使ったのだろう。

 もう奴に残されているものは何も無い。

 

 何も奴には残されて……何だ?

 

 違和感。まだそれが残っている。

 ラフレシアを潰したのだ。あれ以上の切り札など無い筈だ。

 此方には多くの戦力が残されているのに、死に体の奴らに何が出来るというんだ。

 そう思う筈なのに、俺の中には自分でも分かるほどの違和感があった。

 

 まだ終わっていない。

 まだ何かがある。

 俺の心がそう告げていて、俺は周りに視線を向けた。

 

 

 

 散らばるメリウスの残骸――これらに意味は無い。

 

 海上に浮かぶバトルシップの残骸は――アレも同じだ。

 

 ならば何がある。何が残されて――まさか。

 

 

 

 俺は空を見た。

 そこには巨大なラフレシアの残骸が落下していて。

 分解して残骸が待っている中で、本体だけが真っすぐに此方を目指している。

 

 

 

 アレか。アレに何かが残されて――

 

 

《……猟犬。少し話してもいいか?》

「……お前はカメリア青騎軍の……何だ? まだ戦いは終わっていないぞ」

《分かっている……だが、今、アンタに伝えておきたいんだ……俺は過去にアンタとアンタの仲間に救われた》

「……?」

《憶えていないよな。無理もないさ……だが、言わせてほしい……ありがとう。俺はアンタのお陰で――》

 

 

 通信にノイズが走る。

 最後まで彼の言葉が聞けなかった。

 その代わりに別の男の声が聞こえてきて――

 

 

 

《神の――下僕共よ――真なる――恐怖を――味わえ》

「――何だ。今の通信は」

 

 

 

 ノイズ交じりの不明な通信が入った。

 恐らく、地上の何処からか繋がれたもので。

 オープン回線のそれは仲間たちにも聞こえていた。

 上手く聞き取れないが。カメリアの兵士たちは周りを見回して、ライオットたちも通信を繋いできた。

 

 今のは何だ。何処からの通信か。

 ジョットさんが狼狽えるなと言い放ち。

 彼は詳細を確認しようと司令部へと連絡を――

 

 

 瞬間、音が聞こえた。

 

 

 強い光も発生し、島のあちこちから円状に広がった。

 視線を向けていたから気づいた。

 それらの一部は俺たちが寝泊まりしていた宿からも出ていた。

 膜状の光が勢いよく広がって、俺は咄嗟に縮地を使ってドリスとライオットを庇うように前に出る。

 そうして、黒いエネルギーを使おうとした。

 

「間に合え――ッ!!」

 

 黒いエネルギーを纏う。

 心を覆うほどの破壊衝動を受けながら、俺はそれを何重にも重ねた。

 そうして、周囲にエネルギーフィールドのように展開する。

 一か八かの賭けで――エネルギーの外側から激しいスパーク音が聞こえた。

 

 音だけで分かる。

 これを真面に喰らえば、影も残らないと。

 だからこそ、破られないように必死に維持し続ける。

 歯が砕けんばかりに噛みしめながら、両手を広げ続けた。

 

 耐える。限界を超えて、俺はエネルギーを発生し続けた。

 心が汚染されていくのが分かるが、纏うしか選択肢は無かった。

 仲間たちに被害が出ないように細心の注意を払う。

 ヴァンたちに通信を繋ぎたかったが今は無理だ。

 少しでも気を抜けば、破られて機体事焼かれてしまう。

 それを理解しているからこそ、俺はただそれに耐え続ける。

 

「ぅ、ぁぁ――アアアアァァァ!!!!」

 

 叫ぶ。ただひたすらに叫んだ。

 そうして、激しいスパーク音を聞きながら。

 この音の終わりを願い続けて――音が止んだ。

 

 黒いエネルギーを解く。

 心臓の鼓動がバクバクと鳴り続けて、パイロットスーツの中が汗で満たされていた。

 俺は荒い呼吸の中で、ゆっくりとモニターに映る光景に目を向ける。

 視界が安定し、俺の目に映ったのは――”無”だった。

 

 

 

「……ぇ」

 

 

 

 何も、無い……あったものが消えていた。

 

 木々が植えられていた筈だ。しかし、全て消えている。

 建物があった筈だ。しかし、そこには瓦礫すらない。

 メリウスの残骸が転がって、味方の機体も立っていた筈だ……無い。

 

 唯一、中央にある施設だけが無事だった。

 バリアのようなものを展開しそれだけが残っていた。

 だが、他のものは全てが消えている。そこにあったものが全部……っ。 

 

 港からは船も対空ユニットも消えた。

 素朴ながら美しかった街並みも。

 しんしんと降る雪が積もり、一面が白となっていた景色も土の色になっていた。

 ただめくれ上がった地面があって、中央まで続く大地があって……無いんだ。

 

 さっき俺に礼を言って来た男の姿も無い。

 彼の事は憶えていなかったが。

 その言葉に込められた思いは分かっていた。

 今日まで生きてきて、俺にただ一言をお礼を言いたかったのだろうか。

 彼の話を聞いて話をしてもよかった。

 

 

 

 だが、もう彼はいない――全員、死んだ。

 

 

 

 無い、無い、無い、無い、無い。

 

 無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い。

 

 ナイナイナイナイナイナイナイナイナイ――ナクナッタ?

 

 

 

《――!》

《ライ!? しっかりして!》

「……っ」

 

 

 

 ライオットが吐く声が聞こえた。

 ドリスはそんな彼を心配しているが声が震えていた。

 俺はすぐさまにヴァンに通信を繋ぐ。

 彼らは此処から離れた空域にて待機しているが、それでも心配だった。

 

 メッセージはすぐに返って来た……良かった。

 

 ヴァンたちは無事だ。

 喜ぶ事だが……こんな状況では喜べない。

 

 精鋭たちが一瞬にして消えた。

 あの戦略兵器の一撃を喰らったかのように死んだんだ。

 あり得ない。これはジョンの作戦か。

 そうであるのならおかしいだろう。

 こんなものを何処に隠していた。

 隠していたとしても、ジョットさんや他の人間が気づく筈だ。

 どうやって、そんなものを――

 

《ナナシ君、無事か?》

「――ジョットさん! 一体何がッ!?」

《……迂闊だった。まさか、島の防衛装置をハッキング出来る人間がいたとは……アレはこの島に備え付けられていたエネルギー障壁の生成装置の暴発だ。奥の手として残しておいたのが裏目に出た。まさか連中め。アレをオーバーロードさせて特大の爆弾にしてしまうとは……会議場に集まった人間諸共殺すつもりだったのか》

「何で、そんなことを……中央の人間たちは無事なんですか?」

《あぁ、そこは防衛装置が独立している。あそこだけは外部からのアクセスは受け付けない。そのお陰で、バリアを張り難を逃れる事は出来た……が、エネルギーを大量に消費した様だ。次に張る為には時間を要する……執行機体は……問題ないな……上を見るんだ。アレが奴らの本命だ》

 

 ジョットさんの言葉を聞いて上を見る。

 すると、ラフレシアの内部から何かが八つ飛び出した。

 それはミサイルのような形状をしているが少し違う。

 

 折りたたまれた羽を展開し、ブースターを使って真っすぐに此方に向かってきていた。

 アレだ。俺の中にあった違和感は間違いなくアレだ。

 ジョットさんは執行機体に指示を出す。

 あの爆発に巻き込まれたのに、奴らは少し装甲が溶けているだけで生きていた。

 奴らは島の上空に飛び上がりながら両手を広げて、その背中のバックパックが螺旋状に展開されていった。

 

 

《アンチフィールド展開》

《コマンド認証――アンチフィールド展開開始》

 

 

 ジョットさんの指示を受けて、ハーミット・クラブは何かのシステムを起動した。

 すると、薄い膜状の光が一気に広がっていく。

 俺たちが身構えていれば、それは島全体を覆いつくし。

 遥か上空へと一気に広がっていった。

 一瞬にしてミサイルが飛ぶ空域までも浸蝕し、ジョットさんは説明する。

 

《アンチフィールドシステム。別名、システム殺し……アレの効果範囲に入った兵器は、認証の無い物以外は全ての誘導システムなどが殺される。無人のメリウス。並びに、その他のミサイルやメリウスに搭載された火器統制システムであろうとも無効化してしまう。これがあれば、アレ等も――ッ!》

「――勢いが止まらない。狙いも逸れない――まさか、アレは――そんな筈は」

 

 ジョットさんが息を飲む。

 誘導システムなどを無効化するもの。

 それは間違いないだろう。

 現に俺のメリウスのシステムにもエラーが出ていた。

 ロックオンシステムが使用不可になっている。

 ロイドの声も聞こえ辛くなっていた。

 

 これが本物なら、あの特殊なミサイルも狙いを外すか勢いが殺される筈だ。

 しかし、一向に勢いは弱まらない。それどころか空中で軌道の誤差を修正していた。

 

 

 見た瞬間に――”ある事”を思い浮かべた。

 

 

 歴史上でそれをした人間は誰一人としていなかった。

 考えられただけのシステムだ。最も愚かなシステムであり、最も恥ずべき兵器としてしまうもので。

 そんなものが必要ないほどに、他の機械やシステムは優れていた。

 

 

 

 だが、もしも、もしもだ――全ての補助システムや誘導システムが使えなくなればどうするか。

 

 

 

 知っていた。教育の中で、そのような場合を想定しての作戦もあったから。

 

 しかし、幾ら異分子であろうともそれを行う者はいない。

 

 それは確実に死ぬ事を前提とした作戦であり、己が魂と肉体を――”システムとする”ものだからだ。

 

 

 

「アレは、アレは――”有人ミサイル”なのか」

《――ッ!》

 

 

 

 有人。つまりアレには――人が乗っている。

 

 機械による誘導システムが死んだ中で。

 唯一使う事が出来るもの。

 もしもという話の中だけでの狂った考えであり、誰も実行しなかった人道に反した兵器。

 それが今、俺の目の前で使われている。

 真っすぐに島へと向かっているアレ等のミサイルは――人の手で導かれてる。

 

「お前は何処まで……罪を……この未来の為に……どんな決意で……っ」

 

 アイツは全てを分かっていた。

 この島の事を調べ尽くし、全てを利用して。

 最後にアイツが用意したものが、最も愚かな兵器だった。

 

 分かる筈がない。誰もこんな未来読める訳がない。

 執行機体のシステムすらを上回る奇策……いや、死策だ。

 

 仲間たちに死ぬ事を命じ。

 お前は何処にいるんだ。

 何処にいて、こんなクソみたいな光景を見せている。

 

「……っ!!」

 

 拳を固く握る。

 疑似レバーが無ければ血がにじむほどに握っていただろう。

 俺はただむごい現実を見つめながら、歯を食いしばる事しか出来なかった。

 

《行くぞッ!!!》

《あはははは! アイツ等、バカじゃん!!》

《きひひ! 馬鹿は大好きですよ!!》

「……っ」

 

 俺が固まっていれば、島から複数のメリウスが上がる。

 それはジョットさんや双子やあの謎の兵士で。

 全てのスラスターの出力を限界まで上げて一気に空へと上がっていった。

 アレ等のミサイルを迎撃しに向かって行った。

 

 危険すぎる。あの中には人間を異分子に変えてしまう薬が入っているのに。

 アイツ等は知らない筈だ。知らない筈なのに向かって行った。

 自信があるんだ。迷うことなく攻撃し。

 ミサイルを爆発させずに軌道を変えさせることが出来ると。

 

 俺は見つめる事しか出来なかった。

 俺には自信が無い。

 ミサイルを無効化する事にじゃない。

 全ての人間に被害を出さないように、アレを無効化する自信が無い。

 

 今、アレらを止める事が出来るのは俺たちだけなのに。

 俺はまだこの悪夢のような事実を認識できていない。

 

 

 彼らは加速し、ミサイルは抵抗する様に回転する。

 内部にあったレーザー兵器がジョットさんたちを切り裂こうとする。

 すると、彼らはそれを紙一重で避けてミサイルとすれ違い様に攻撃した。

 一瞬だ。一瞬で、ミサイルの一部に攻撃を当てた。

 すると、そこから炎が巻き上がり、ミサイルのブースターや翼の動きが変化する。

 一気に島への軌道から逸れて海上へと向かっている。

 ジョットさんたちは残りのミサイルへと迎撃を――

 

 

『ナナシ。聞こえるか、ナナシ』

「――っ! SQの声が……何処だ! 何処にいる!?」

《ナナシさん? 何を言って……》

 

 

 声が脳内に響く。

 間違いなくSQの声であり、俺は周りを見る。

 しかし、SQの姿は見当たらない。

 

『私はお前の近くにはいない。これはお前と私を繋ぐ力の一端だ』

「力の一端……俺に何を?」

『時間がない。よく聞くんだ。ジョンはそこに向かっている――海中からだ』

「……何?」

『特殊潜航型有人ミサイルだ。海の中を進みレーダーの目を掻い潜り、陸上の基地などに攻撃するものだ。今、奴はそれに乗っている』

「そんな……どうやって止めれば」

『力を使え。お前の中に眠る力――”世界を変える力”を』

 

 SQは俺の知らない事を言う。

 それは何だ、俺には出来ない。

 そう言おうとしたが、時間が無い事は分かっていた。

 俺は舌を鳴らしそうになるのを堪えながら、SQにどうすれば使えるのか聞く。

 

 

 

『念じろ。お前が成したい事を。そして、”アクセス”と言え。それだけだ』

「……やるしかない……やってやるよ」

『信じている。お前なら、奴を、アダムスを――救ってくれると』

 

 

 

 SQの声が消えた。

 そうして、俺は呼吸を整える。

 念じろ。今俺がすべきことを。

 俺がすべきことはジョンの居場所を。

 

 呼吸を整えながら、ゆっくりと目を閉じる。

 そうして、己の中の力を意識しながら、俺は唱えた――

 

 

「――アクセス」

 

 

 静かに呟く。

 すると、俺の視界が変化する。

 無数の光の線で形成された世界が広がる。

 それが俺の見える世界を侵食し、海の中を泳ぐ魚ですらも捉えさせて――見えたッ!

 

 

 真っすぐに此方に向かってきている。

 海中を猛スピードで進むミサイル。

 その中にはジョン・カワセが搭乗していた。

 

 

 ……やっぱりだ。

 

 お前ならそうだろうと思った。

 部下や仲間に全てを任せはしない。

 責任を認識し罪を罪だと言ったお前が、一人で安全地帯にいる筈がない。

 何時だってお前は地獄にいたんだ。

 

 

 なら、絶対に来るよな――ジョンッ!!

 

 

 初めて使った力だ。

 奇跡的に使えたが、まだ上手く制御は出来ていない。

 ミサイルの形は朧気であり、気を抜けば見失いそうになる。

 

 どうする。知らせるか――いや、間に合わない。

 

 それに彼らは上のミサイルを抑えるので手一杯だ。

 今から知らせたところで間に合う筈がない。

 位置を判別できるのは俺だけで、防ぐことが出来るのも俺だけだ。

 

 しかし、輪郭が朧げな中で精確にミサイルの軌道を逸らす事は……いや、無意味だ。

 

 もう島は射程内に入っている。

 多少ズレたところで、薬の散布を完全に防ぐ事は出来ない。

 つまり、軌道を逸らすのではなく……爆発させないようにするしかない。

 

 出来るのか、俺に――軌道を逸らすだけでも至難の技なのに。爆発させないな何て……っ!

 

 考えている暇はない。

 SQは言った。俺なら出来ると。

 この力を上手く使う事が出来れば、爆発を起こさずに済む。

 直感で分かるんだ。これは本当に世界を変えられるものだと。

 

「――二人共、此処で待っていてくれ!」

《な、ナナシさん――ッ!》

《な、ナナシ……?》

 

 俺は二人への通信を終える。

 そうして、全ての音をシャットダウンする。

 機体を操作して飛んでいった。

 

 真っすぐに加速しながら進み。

 島を離れて海面スレスレを飛行した。

 そうして、機体を一気に停止させながら海中へと視線を向けて……此処だ。

 

 もしも、浮上するのなら此処だ。

 此処から奴は浮上して一気に島を目指す。

 そうして、島へと入った瞬間に薬をまき散らす筈だ。

 もしも、島全体に薬が行きわたれば、恐らくは地下にいようとも薬は影響を及ぼす筈だ。

 それを分かっているからこそ、内部への侵入をせずに外部からの散布を選んだ。

 アレは俺の想像以上に周りへの感染力が高いのだろう。

 

 海中に潜って迎撃する方法もある。

 しかし、あちらの方が海中では機動力は高い。

 失敗の危険性が高く、一度見過ごせば縮地を連続して使う以外に追いつく事は出来ない。

 

 海中から飛び出した瞬間に攻撃し爆破する手もある。

 しかし、俺自身がそれを真面に喰らえばどうなるか分からない。

 異分子で無くなった瞬間に力を失い、蘇生できなくなるリスクが高い。

 

 つまりだ。

 飛び出した奴を掴み。

 力を使って爆発そのものを阻止する必要がある。

 

 たらりと汗が流れる。

 ドクドクと心臓の鼓動が早まっていくのを感じながら、俺は喉を鳴らした。

 

 

 やるしかない。俺が此処で――アイツを止めるんだ。

 

 

 目を閉じながら、呼吸を整える。

 肉眼での情報は不要だ。

 瞼の裏に映っている光の線で出来た世界を見る。

 真っすぐに進んで来ている奴の有人ミサイルはすぐそこで――

 

「アク、セス――ッ!!」

 

 武器を折りたたみ腕を突き出す。

 イメージしろ。ミサイルの爆発を防ぐイメージを。

 爆発しそうになるそれを無理やりに抑え込むように。

 優しく包み込みながら、中の人間すらも救えるように。

 

 ――来たッ!

 

 海面を浮上してくる長細いそれ。

 勢いのままに飛び出して、今、俺の目の前に突き出していた。

 俺はそれに手を添えて――ぅぐ!!

 

 甲高い音が鳴り響き、俺の機体が一気に後ろへと押された。

 まるで、暴走する列車に轢かれたような衝撃音で。

 俺は全身をびりびりと振動させながら、もう一度、アクセスと発した。

 

 両手から何かが出ている。

 エネルギーのような何かであり、それが風を切り裂き飛翔するミサイルに纏わりつく。

 イメージだ。イメージを固めろ。

 

 どんどん島に近づいている。

 スローモーションに感じる世界で、死の時間がゆっくりと迫っているような気がした。

 無音に近い世界で、俺の心臓の鼓動がやかに鮮明に聞こえる。

 俺は必死にイメージを固めようと、何度も何度も念じる。

 

 イメージ、イメージ、イメージイメージイメージイメージイメージ――出ろ、出ろッ!!

 

 焦りと恐怖。

 そして、罪への恐れが肥大化する。

 失敗すれば終わりだ。俺がミスを犯せば、大勢の人間が死ぬ。

 ジョンの言う理想郷ではない。

 異分子が沢山死に、人間たちも大勢死ぬだろう。

 俺には何故か。その未来がこの瞬間にも見えていた。

 

 全ての責任、全ての使命。

 大いなる力を持った者への重圧が俺の肩に――

 

 

 

『大丈夫だ』

「――!」

 

 

 

 誰かが俺の手に触れる。

 そこには誰もいない。

 しかし、確かに俺の手には誰かの手が乗っていた。

 分かる。この声はSQで、彼女が俺を支えようとしていた。

 

 まだ何も分からない。

 こいつとは最初は敵同士だと思っていて。

 今だってよく分かっていないんだ。

 

 

 でも、こいつの声や気持ちは――すごく温かい。

 

 

「――Access(アクセス)

 

 

 静かに、それでいて低く唱える。

 自分の声のように思えなかった。

 それほどまでに自信に満ち溢れていて――光の線が束となる。

 

 無数の白い線がミサイルを覆うように展開される。

 そうして、システムが警告を発するほどに膨張していたそれを包み込む。

 爆発していない。それを鎮めようとしている。

 俺は全てのスラスターを逆噴射する。

 全力であり、全てのエネルギーを使い果たすように吐き出した。

 

《ナナシィィィ!!!》

《ナナシさんッ!!!》

「お前たち――ッ!」

 

 後ろから何かが飛び出す。

 そうして、俺と共にミサイルに手を添えた。

 その機体は知っている。そして、そこから聞こえる声も知っていた。

 

 ドリスとライオットが、一緒になってミサイルを止めようとしてくれていた。

 待っていろと言ったのに、こいつらは――ありがとうッ!

 

 光の光度が僅かに上がり、俺たちは限界を超えてスラスターを酷使した。

 機体全体が激しく揺れて。

 システムがスラスター全てがオーバーフロー寸前だと告げていた。

 しかし、それでも俺はスラスターの出力を上げ続ける。

 此処が正念場。此処で全てを吐き出せ。

 

 悲鳴のように聞こえる音たち。

 アンブルフも二人の機体も叫んでいた。

 死に物狂いで、死ぬ間近で――体が熱い。

 

 全身から湯気のようなものを上げながら。

 俺は必死に両手を突き出した。

 必死に、懸命に、全力で。

 

 

 

 ジョンの野望を、奴の見せる悪夢を――此処で終わらせるッ!!!

 

 

 

「アアアアアァァァァァ!!!!!!」

 

 

 

 全力で叫ぶ。

 それに呼応するようの手から伸びる光も光度を増した。

 気づけば地面に足をつけていて、抉り取りながら後ろへと後退していく。

 スラスターからは危険な音が鳴り響いていて、コックピッド内は地獄のような熱さになっていた。

 体から蒸気が発生していて、機体の各部から破壊音が聞こえる。

 内部でもスパークを起こしていて、計器がイカれていた。

 警告灯が灯り、コックピッドは真っ赤に染まり。

 バキリとヘルメットのシールドが割れる。それでも俺は奴だけを見続けて――

 

 

 

《やっぱり君は――そこにいるんだね》

「――ッ!」

 

 

 

 声が聞こえた。

 その瞬間にミサイルのブースターから黒煙が上がる。

 勢いが弱まり。徐々にスピードを落として行って……完全に停止する。

 

 荒い呼吸のまま、機体の腕が下がる。

 そうして、ごとりとミサイルが地面に置かれた。

 光の束はバラバラと崩れ去り風に乗って消えていった。

 

 ゆっくりと背後に目を向ければ、中央施設目前だった。

 ギリギリだ。ギリギリで、俺たちがこの手で止めてやった。

 ロイドが復活し、戦闘システムを強制的に切る。

 ガントレッドが解除されて、俺はだらりと両腕を下げた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……これが、俺の……力……」

 

 手を目の前に持っていく。

 震えていた。小刻みに震えている。

 実感は湧かない。だが、確かに俺の力でこれを止めた。

 感じる。あの中に乗っているジョンは意識を失っていた。

 高負荷に耐えられずに意識を失っていて……終わったのか。

 

 これで、全部……ジョンの夢が……。

 

 ゆっくりとシートに目を預ける。

 そうして、コックピッド内の天井を見つめながら。

 俺は静かに笑みを浮かべて、ほろりと頬を濡らした――――…………

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