【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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148:死の救い

 ジョン・カワセの計画……その真実が明かされる事は無い。

 

 ジョンは拘束された。

 仲間たちのほとんどは戦死し、残党の行方は掴めなかった。

 彼らの居所についてジョンが話す事は無く。

 奴はただただ薄い笑みを張り付けたまま、取り調べという名目で行われる拷問に耐えていた。

 

 俺は知っていた。

 その話をジョットさんから聞いていたから。

 だが、アイツの事を庇えるような権利は俺には無い。

 SQからは救えると言われたが……アイツは少し命が長らえただけで、救われてはいない。

 

 大勢の人間が死んだ。

 共に島で戦った兵士たちも傭兵も死んだ。

 島から逃げずに留まる事を選んだ島民たちも死んだ。

 生き残ったのは俺たちと首脳たちだけで。

 俺はただただ死体も残らずに消えてしまった彼らの冥福を祈っていた。

 

 あの島で出会った兵士。

 その中でも、共に宿で少しの間、一緒にいたアイツ。

 名も知らないあの男の声が、まだ耳に残っていた。

 俺に礼を言い、その先で何を伝えようとしたのか。

 

「……」

 

 今では何も分からない。

 彼は死んだ。もう二度と生き返る事は無い。

 悲しいさ。そして、それ以上に怒りを覚えた。

 

 ジョンは言っていた。

 この世界を本物にすると。

 同胞たちを本物の人間にしたいと……その願いの結末がこれか。

 

 今、俺は奴が拘束されている砦に来ていた。

 何人たりとも侵入する事は出来ず。

 一度入れば死ぬまで外には出る事が出来ない監獄砦。

 極刑を犯した大罪人たちが収容されるこの場所で奴の身柄は”一時的”に預けられていた。

 

 そう、一時的であり……奴は既に死刑を言い渡されていた。

 

 碌な裁判も行われず。

 ジョンは死刑を言い渡されて、それに反対する人間は一人もいなかった。

 彼の事は世界中で報道されて、今もテレビのニュースではジョンの話題だけが流れていた。

 テレビだけではなくあらゆるサイトでもジョンの事が話されている。

 その誰もが彼への強い殺意や恨みに溢れていた。

 

 奴はこの世で最も邪悪な存在だと。

 許してはいけない、死ですらも生ぬるいと。

 

 異分子を追放しようとする動きも過激化していて。

 神たちは世界のバランスが崩れる事を恐れて鎮圧作業を行っている筈だ。

 その証拠に、市民が暴徒化しないように警察があらゆる場所で二十四時間警戒に当たっている。

 間違いはまだ起きていないが時間の問題で、彼らの怒りの元凶を――処刑する他ない。

 

 ジョン・カワセの死刑は公開される。

 とある街で銃殺刑を言い渡されており。

 神はそれで全ての人間のストレスを緩和しようとしている。

 新たな力によって通信機器を介さずともSQとの会話が出来るようになった。

 そのお陰で必要な情報も手に入っている。

 

 俺はジョットさんの背中を追って長い階段を下りていく。

 コツコツと靴の音を反響させながら、下へ下へと降りていく。

 ほのかに足元を照らす白いライト。

 全てが冷たい灰色であり、島の更に下へと建物を伸ばしたことによって。

 此処は海中の監獄となっている。

 誰も壁を破壊して脱出する事は出来ない。

 唯一の道はエレベーターだけであり、それすらもA級職員のカードが無ければ動かない。

 二十四時間、ずっと受刑者たちは監視される。

 ジョンも狭い部屋の中で拘束されたまま監視されていると聞かされた。

 逃げる素振りは見せておらず、何時もただ笑っているだけらしい。

 

 階段を下りる。

 そうして、長く続く廊下を歩いて行った。

 

 無数の扉が設置されている。

 その中からは人の言葉にも満たないうめき声が聞こえていた。

 まるで亡者のようであり、その間を通って行けば何かを叩く音が聞こえた。

 足を止めて見れば、扉の小さな鉄柵を掴んで血走った目で俺たちを見ている人間がいる。

 髪は全て抜け落ちており、声も出さずに俺たちを見ていて。

 監視役の職員の一人がリモコンのようなものを取り出してボタンを押した。

 すると、その受刑者は柵から離れて頭を抱えてうなされはじめた。

 

 止めてとも助けてとも言わない。

 ただ獣のうなり声のようなものを響かせていて……これが此処の当たり前か。

 

「……あまり見ない方が良い……此処の人間は真面ではない」

「……そのようですね」

 

 彼が言った此処の人間とは、受刑者だけを指している訳じゃない。

 その証拠にリモコンを持つ職員の男は弧を描くように笑みを浮かべて楽しそうにしている。

 狂っている。狂っていなければ、こんな仕事をずっと続けていられる筈がない。

 極刑であろうとも、人間から言葉を奪うほどに苦しめるんだ。

 そんな事を出来る人間たちが真面でいられる筈はない。

 

 俺たちは再び足を動かして、ジョンがいる部屋を目指した。

 真っすぐに続く廊下を進み。

 先ず初めに固く閉ざされた鋼鉄の扉に行きつく。

 職員が二人前に出て、腰にぶら下げていた鍵束から一つの鍵を取る。

 それを同時に差し込んで回せばガチャリと音がして扉が開かれる。

 そうして、更に奥へと進めば……また扉か。

 

 今度は鍵穴が無く。

 代わりにパネルが設置されていた。

 職員の一人が操作をして、最後に掌を翳せばスキャンを開始し――扉が開いた。

 

 更に奥へと進む。

 またしても扉がある。

 今度は何をするのかと見ていれば、壁の内部に設置されていたセンサーが動き出す。

 立っている俺たちを一瞬にしてスキャンをし……開いたな。

 

「今のは生体認証ですが……死んでるか、生きているかのチェックですね」

「……」

 

 職員の一人が薄ら笑みを浮かべながら言う。

 俺はそれに何も答えずに中へと入っていく。

 すると、目の前には前面に分厚いガラス板のようなものが嵌められた部屋が見えた。

 

 ゆっくりと進みながら、目の前を見れば……いる。

 

 部屋全体が白で覆われていて。

 その中心に白い柱に括りつけられるように拘束された男。

 真っ白な拘束服で手足を拘束されて、顔にも奇妙なマスクが付けられている。

 視覚も奪われて、聴覚も奪われている。

 恐らく、自由に喋る事すら出来ないんだろう。

 俺はジョットさんに視線を向ける。

 彼は俺の意図を組んでくれて、会話が出来るようにしてくれと言った。

 

 職員はリモコンのボタンを押す。

 すると、内部から音が響いて。

 ジョンらしき人間のマスクの拘束が少し緩んだように見えた。

 奴はその意味に気が付いて、ゆっくりと顔を上げた。

 

 笑っている。

 表情が見えなくとも分かる……やはり、こいつは”オリジナル”だ。

 

 機械による複製体ではない。

 まごう事なき生身の肉体を持った本人で。

 ジョンは自らの意思であの場に現れた事になる。

 

 未だに分からない。

 責任を取ると言っても、こいつが危険を冒してまで現れた理由。

 自らの死と引き換えに、夢を叶えようとでも思ったのか。

 そうだとするのなら度が過ぎたロマンチストで……俺は奴に言葉を送る。

 

「……何て様だ……これがお前の望んだ結末か」

「……さぁ……どうだろうね……今の君の目には、僕が哀れに見えるかい?」

 

 ジョンが言葉を発する。

 ひどくスローであり、少しの間だけであっても。

 此処にいる職員からの責め苦が激しかった事を物語っている。

 俺はジッと奴を見つめながら、お前は哀れだと断言する。

 すると、奴はくすりと笑う。

 

「……そうか。哀れか……なら、いい……そう思えるのなら、君に……任せてもいいと思える」

「……お前の願いは聞かない。お前の言う通りに行動しない……終わったんだよ。ジョン……もうお前は、何も出来ないんだ」

 

 俺はハッキリと言う。

 どんなに余裕そうに振舞おうとも、どんなに強者の口ぶりであろうとも。

 こいつの計画は失敗し、こいつが救われる可能性は未来永劫無い。

 多くの人間の人生を奪い、世界を恐怖に陥れたこいつは惨たらしい死を迎える。

 

 あぁ哀れだ……お前は世界で一番哀れな男だよ。

 

 仲間が助けてくれると思っているのか?

 SQたちが来るとでも思っているのか?

 それとも、まだ何かを隠しているのか?

 

 あり得ない。あり得たとしても、今使わないのなら無意味だ。

 逃げたいのなら逃げろ。

 救われたいのなら世界に訴えかければいい。

 どうした。行けよ。叫んでみろ。

 助けてとでも、殺さないででもいい。

 何か言えよ。言え、言え……言えよ。

 

「……怒りか……どうやら……君の大切な何かを、僕は……」

「――やめろ。それに意味はない。お前は死ぬんだ。責任を感じるのなら、惨たらしく死んでくれ」

 

 俺は奴を見つめながら言う。

 あの兵士の事をこいつには考えさせない。

 死んでいった人間への情なんてものをこいつが抱いていい筈がない。

 こいつが唯一出来る事は、罪のない異分子たちへ怒りの矛先を向けさせない事だけだ。

 死ぬ事だけで良い。それだけで、こいつの好きな責任の少しが取れるんだ。

 

 可哀そうなんて思わない。

 救ってやりたいとも思わない。

 答えをこいつの口から聞く事もしない。

 

 

 もう十分だ。

 十分好きなように生きたんだ……死んでくれ。

 

 

 お前と最初に会った時の記憶。

 あの時のままでいてくれたのならどれほど良かったか。

 もっと違う生き方だって出来た筈だ。

 あんなにも美味しそうに飯を食っていたお前はきっと――

 

「……優しい、な……やっぱり、君は……向いていないよ」

「……そうだな」

 

 向いていないさ。

 憎悪や怒りを向ける事なんてしたくない。

 一緒に飯を食った人間なら猶更だ。

 

 後悔している。

 ずっと後悔していた。

 もしも、もっと俺がこいつと話をしていれば。

 あの時点でこいつを正しい道に戻せたかもしれない。

 

 罪を全て消す事は出来なくとも。

 それ以上の被害を出さずに、異分子の国で余生を過ごせた筈だ。

 

 

 ……でも、もう遅いんだ。

 

 

 ジョンは死ぬ。

 こいつが殺される以外に、救いの道はない。

 拭いきれないほどの罪だ。

 死して尚も、地獄の業火に身を焼かれるだろう。

 それをこいつは理解している。

 理解して尚……何で、お前は笑っていられるんだ。

 

 硬く拳を握りながら、俺はこいつに伝えるべき事を伝える。

 今日はそれだけを言いに来た。

 他の誰でもない。大切な役割を俺が担う為に。

 

「ジョン。お前が刑を執行される日……俺も執行者たちの中に加わる……最期くらいは、俺の手でお前を眠らせてやる」

「……そうか……ありがとう」

「……出来る限り。お前が苦しんで死ねるように……楽しみにしていろ」

「ふ、ふふ……分かった……最期の日を、共に……」

 

 俺はそれだけ告げて去る事にした。

 ジョットさんは頷きながら俺をジッと見ている。

 その眼には何かを値踏みするような感情が見えた。

 

 もう代行者であろうとも関係ない。

 俺の無理なお願いを聞いてくれたんだ。

 この人には間違いなく借りが出来た。

 それを何時か、何処かで返せるのなら……戦場で返したい。

 

 俺たちは去る。

 再びジョンの拘束が強められる中で――奴の笑い声が不気味に響いていた。

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