【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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149:罪悪の果ての呪い

 東部地方の西にある街オーブル。

 公開処刑が行われる街として選ばれる事が多く。

 街の中には世界中の報道記者が集まっている。

 誰しもがネタを求めて聞き耳を立てていて、信用ならない街としては有名だった。

 

 後ろ暗い人間ならば寄り付きたくもない街。

 大罪人の最期を迎えるには相応しいのだろう。

 その証拠に処刑場として作られたこの舞台でさえも金が掛かっている。

 まるで、一つのショーのように死でさえも見世物にしていた。

 人間たちの闇であり、吐き気がするほどに悍ましい。

 

「……」

 

 天を見上げる。

 そこには青空は無く。

 ただただ暗い色の雲が天を覆っていた。

 

 どんよりとした曇り空。

 今にも雨が降りそうなほどに空には分厚い雲が広がっていて。

 周りに視線を向ければ、大勢の観衆が声を張り上げていた。

 安全地帯から罵声を飛ばしては、好きなように感情を吐き出している。

 若者から老人まで男女は関係なく集まっていた。

 中にはこんな悍ましい光景を子供に見せようとしている親さえいて……本当にひどい街だ。

 

 無数の声が聞こえる。

 怒りに殺意。そして、暗く深い憎悪。

 全ての人間がたった一人の男に対して、憎しみをぶつけていた。

 神たちの情報操作により、ジョン・カワセという男は身勝手で最も邪悪な存在となった。

 彼が異分子である事も公表されて、異分子たちへの反感は高まったが。

 それでも、彼一人を殺す事で全てが丸く収まると強引に納得させていた。

 

 全てはジョン・カワセという男が元凶で。

 この男を殺す事こそが世界の総意だと。

 神がそう言って、全ての人間はそれを正しい事だと認識した。

 だからこそ、此処に集まった人間たちはただひたすらに縛られて身動きの出来ない男へ負の感情をぶつけていた。

 

 殺せ、殺せ……うんざりだ。

 

 奴の仲間が此処に来ることはない。

 異分子である奴の仲間には異分子しかいないとずさんな調査結果が出た。

 根拠は碌に無いのに、だ。

 その結果、この広場には俺とジョン以外の異分子は出入りが出来なくなった。

 小型から中型の無人の多脚型戦機があちこちに配置されて。

 もしも、異分子を確認すれば即射殺すると皆に知らされていた。

 

 警官達もいるが、彼らには最低限の武装しか与えられていない。

 多くの報道記者が集まっているんだ。

 此処で異分子を射殺しようものなら、少なからず世間に影響を与えてしまう。

 だからこそ、心の無い機械たちに最終的な判断を委ねる事になった。

 

 合理的だ。合理的なまでに、異分子への配慮が無い。

 殺してもいい。しかし、彼らが不当に殺されてはいけない。

 それが起きれば殺してもいいのだと勝手に解釈し、異分子の数が減ってしまうからだ。

 もしも数が減れば、災厄の鍵を得られなくなってしまうのだからな。

 

 ……何処までも冷たい存在だ。神というものは。

 

「……っ」

 

 ジョン・カワセは何も言わない。

 白い衣服を着せられて、目には黒い目隠しをされている。

 太い柱に鎖で繋がれていて、見るからに痛々しい姿だ。

 口元は自由にされているが、民衆へと自らの声を聞かせる事は出来ない。

 これほどの憎悪の声を塗り潰すほどの感情を奴は民衆に与えられないんだ。

 

 俺は奴をジッと見つめながら、両手でライフルを握る。

 カメリア青騎軍の軍服を着こんで帽子を被り。

 他の兵士に紛れるように配置についていた。

 ジョンを真正面に捉えながら、俺はジッとアイツを見つめる。

 

 何故、お前は落ち着いている。

 これからお前は殺されるんだぞ。

 安心しきった様子で、この憎悪に塗れた声を聞き流せる理由は何だ。

 

 チラリと他の兵士を見れば、僅かに震えていた。

 誰だって怖い。この男を自らの手で殺す事に対してではない。

 この得体の知れない男を殺す事で、後で何が起きるのか不安なんだ。

 曲がりなりにも世界を恐怖に染め上げた男であり、その力は絶大だ。

 

 皆、怖いんだ。

 こいつが去った後の世界の未来が見えないから……でも、奴は違う。

 

 アイツには未来が見えているんだろう。

 何も見えないと言っていたが、それは違う。

 アイツは何時だって先を見ていた。

 今も見ている筈だ。

 自らが殺された後の世界を、自らが望んだ結末を……。

 

「……時間だ……大罪人ジョン・カワセの死刑を執行するッ!! 銃殺隊、前へ!!」

 

 俺たちはライフルを持ちながら一歩前に出る。

 号令を掛ける男は銃を構えるように俺たちに命令した。

 この時ばかりは民衆も静まり返っていて。

 報道記者たちも固唾を飲んで死刑執行の瞬間を見守っていた。

 

 たらりと汗が流れる。

 それを拭うことなく、俺はジッとジョンを見つめて――ノイズが走る。

 

 耳障りな音が街中に響き渡る。

 観衆がざわめき、隊長である男も動揺を露わにしすぐに確認を取らせようとしていた。

 が、ノイズはすぐに収まり――声が聞こえた。

 

 

「世界中の人間たちよ。見ているか――僕はこれからお前たちの手で殺される」

「……っ! 何故、奴の声がッ!?」

 

 

 隊長は慌てる。

 そんな彼の動揺を無視して、ジョンは淡々と話していた。

 銃を構えていた兵士たちも動揺しながら、そんな彼の言葉を聞いていた。

 

「異分子を辱め。異分子を虐げて。お前たちは満足だっただろう……だが、お前たちは何も理解していない。異分子だった人間も元は普通の人間で。お前たちにも……異分子になり得る可能性がある事を」

「……ふざけるなッ!! 俺たちは異分子じゃないッ!! さっさと死ねッ!!」

「そうだッ!! お前のせいで世界は混乱したんだぞッ!! お前も異分子もいらないんだよッ!」

「消えてッ!! アンタも異分子も大嫌いッ!! さっさと殺されろッ!!」

 

 観衆たちが怒りのボルテージを高める。

 全ての人間が奴の死を望んでいて、酒を片手にそれを見つめている人間さえいる。

 どいつもいこいつも、碌な人間ではない。

 異分子の事を心から嫌悪し、認めようとしないクソ野郎共だ。

 こんな奴らの願いの為に、俺はジョンを殺すのか……いや、違う。

 

 こんな最低な奴らの願いだからじゃない。

 死んでいった善良な人間たちに報いる為で。

 これが全ての罪を背負った奴の唯一責任の果たし方だ。

 せめてもの償い。これで全ての罪は消えなくとも、アイツにはけじめをつける義務がある。

 

 野蛮な奴らは目をギラギラと輝かせながら、奴へと死ぬ事を強要する。

 鉄の柵をギシギシと揺らしていて、興奮しきった奴らはもう人間とも呼べない。

 警官たちが必死にそれらを抑え込んでいた。

 ジョンはそんな観衆の言葉を聞きながらニヤリと笑う。

 

「異分子はいらないか……なら、お前たちもいらないんだな」

「あぁ!? 何言ってんだッ!! いらないのはお前だッ!!」

「そうよ!!! さっさと死んでッ!! 気持ち悪いのよッ!!」

 

 ジョンは笑う。

 大きな声で笑いながら観衆を煽っていた。

 テレビのリポーターもそんなジョンの声を受けて報道を続ける。

 皆が奴の声に耳を傾けている。

 

 支配していた。怒りや憎悪であっても、今、奴は確かにこの場を支配している。

 隊長はそんな奴の様子が妙だと気づいている。

 だからこそ、不明な音声の拡散を止める事をやめた。

 再び俺たちに銃を構えるように指示する。

 

 

 ジョンはゆっくりと言葉を送る。

 

 

 

「異分子たちへの”強い感情”と”行動”が何を齎すのか。その空っぽの頭で――理解しろ」

 

 

 

 奴が弧を描くように笑い――全身に怖気が走る。

 

 

 

 瞬間、奴の体から何かが勢いよく飛び出した。

 凄まじい風が発生し、近くにいた銃殺隊はたまらずに地面に膝をつく。

 黒くよどんだ風であり、それが街の至る所に広がっていく。

 全身が震えていて、心が強く危険を叫んでいた。

 

 これはマズい。此処にいたらダメだ。

 この黒い風は、全てに影響を与える風で――後ろの観衆から悲鳴が上がる。

 

 戦機たちが警報を鳴らしていた。

 そうして、独りでに動き始めて民衆に銃口を向けている。

 異変に気付いた彼らは叫びながら、必死になって逃げようとしていた。

 だが、人が密集しバラバラに動こうとしているから逃げられない。

 彼はただ声にならない悲鳴を上げて――無数の銃声が響き渡る。

 

「何でアイツ等俺たちを狙って――アアアァァァ!!!」

「止めて止めて止めて――キャアアアア!!!」

 

 バラバラと弾丸が発射される音が無数に響く。

 そして、絹を裂くように悲鳴が響き渡る。

 警備をしていた戦機たちが攻撃を開始していた。

 警官たちはそんな戦機を止めようとしていたが。

 彼らは命令を実行しているだけであり、命令をしようとする警官すらも射殺していた。

 もう止められない。警官も機械たちにとっては敵だ。

 だからこそ、彼らの言葉は聞かずに。

 噴水のように赤い体液が辺り一面に飛び散っていった。

 

 攻撃対象は異分子。

 そして、機械たちの敵は刑の執行を見ていた民衆たちで――これは!

 

 ジョンは声を上げて笑う。

 民衆たちが殺されていく中で、アイツだけが笑っている。

 黒くよどんだ冷たい風を発生させながら、奴は狂ったように笑っていた。

 正気じゃない。真面でないからこそ、こんな事が出来る。

 

「ははははは!! お前たちは異分子だ!! 僕たちと同じ痛みと苦しみを味わえ!!! 共にいらない存在だ!! 最期まで世界を呪い、価値の無い命を散らせばいい!! そうだろう! お前たちが望んだんだ!! 異分子を消したいんだろう!! だったら、異分子となった自分すらも殺して見せろ!! これを見ている世界中の人間たちにもこの未来が待っている!! お前たちが異分子に感情を向け行動していれば何れはこうなるんだ!!! これが、これこそが!! お前たちが目を背けていた――真実だ!!!」

「……ジョン、お前は!」

 

 風に抗う。

 体を揺さぶるほどの突風であっても、耐えられない訳じゃない。

 必死に体を揺らしながらも、地面から立ち上がろうとした。

 

 銃殺隊は震えていた。

 声にならない叫びを上げながら兵士の一人が銃口をジョンに向ける。

 碌な狙いもつけられていない中で弾丸を発射した。

 弾はジョンを縛り付けた柱に当たり、奴は笑い声をあげていた。

 戦機たちは銃火器を持った異分子として兵士を認識している。

 センサーが兵士を捉えて狙いをつけていた。

 俺は彼に逃げるように叫ぼうとして――銃声によって掻き消された。

 

 彼は悲鳴を上げる間もなく。

 体中に弾丸を受けて、その肉体がバラバラにされる。

 肉片が辺り一面に広がって、俺はその光景を見つめていた。

 同じ兵士たちも仲間が死んだことを認識し、散り散りに逃げていく。

 街中の人間が殺されていて、隊長ですらも殺される可能性を考えて逃げ出していた。

 

 最早、この場にいるのは俺だけだ。

 俺は静かにジョンを見つめながら、此処に来て奴の事を理解した。

 

 

 アイツが何故、分析機から人間と判断されたのか。

 それはこの日までずっと薬を投与し続けていたからだ。

 最初はそれが異分子としての自分を偽る為だと思っていた。

 しかし、それは違う……奴は自分という存在を使って爆弾を作り上げた。

 

 この日の為に、準備をしていたんだ。

 災厄の一部から作られた薬だ。真面な筈が無かった。

 リスクも無しに異分子が人間に戻れる筈がない。

 アレは異分子を人間に変える事と引き換えに、代償を植え付けるものだったんだ。

 分からなかった。だが、奴の精神は蝕まれていたのだろう。

 抑えつけていたそれを此処で解き放ち、奴は狂ったように笑っている。

 自我が消えかけていて、奴は――”災厄”になりかけている。

 

 分かっていた事だ。

 異分子を人間に戻せる薬に、何のリスクも無い筈がない。

 奴はそんなリスクを使って、自らの死でさえも利用し――最後の地獄を生み出した。

 

 理解した。

 ジョン・カワセの言う理想郷の実現方法を。

 多くの報道記者たちがその実現を手助けしてしまった。

 世界中の人間はこの事実を目にして、ジョンの言葉を聞いて――認識してしまった。

 

 異分子に強い感情を向ければこうなる。

 異分子を虐げればこの未来が待っている。

 彼らへと怒りや憎悪を向けるだけで、異分子になってしまうという事実を認識させられた。

 

 狂っている。

 狂っていなければ出来る筈がない。

 自らの死でさえも利用した。

 今までの虐殺でさえも、全ては自らに全ての負の感情を向けさせる為だった。

 奴は知っていたんだ。人間が異分子になる条件を。

 それを知ったうえで条件を揃えて、事実として世界中に見せた。

 

 こんなものを見せられれば、神の認識操作は通用しない。

 修正が出来ないほどの悍ましい事実で。

 奴はこの未来だけを見て、全ての布石を打っていた。

 

 そう、この日の為だけに、奴は全ての準備を……っ。

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 体をよろめかせながらも、何とか立ち上がり。

 ライフルを両手で持ちながら、俺はジョンへと銃口を向けた。

 黒い風が奴から吹いていて、気を抜けば吹き飛ばされそうだった。

 銃口がブレるが、強い力で抑え込む。

 

 カタカタという銃口が震える音が聞こえる。

 黒い風を全身に浴びて、体が氷のように冷たくなっていく。

 俺は強く歯を食いしばりながら、サイト越しに奴を見つめる。

 

 必死に姿勢を維持し銃を構えながら奴を狙う。

 

 

「ナナシ!! そうだ!! 僕を狙え!! それが君の役目だ!! それで全てが完成する!!」

「……っ。何で、お前は……こうするしかなかったのか。全ての罪を背負うしか、道は」

 

 

 俺は手を震わせる。

 多くの屍を築き上げる事でしか奴の夢は叶わなかったのか。

 もっと違う方法があったのではないか。

 

 もう俺には、奴を眠らせる以外にこの状況を収束させる道が無い。

 奴を殺せば、この黒い風は収まる。

 奴を放置していれば、この風は世界中に影響を齎すだろう。

 まだこの街で収まっている分には言い。

 しかし、此処から広がりヴァレニエなどに向かえば、俺の大切な友達が異分子になってしまう。

 それはダメだ。俺の大切な友人たちに、こんな試練を与えたくない。

 

 心が震える。

 その震えが手に伝わり、銃口が乱れる。

 瞼を閉じそうであり、俺は、俺は……っ。

 

 

 奴が言っていた”災厄”をこの身に宿すという意味は――奴自身が災厄となる事だ。

 

 

 もう奴は戻れない。

 今まで必死に抑え込んでいたんだろう。

 その証拠に、奴の体の皮膚が崩壊を始めていた。

 体の内側から黒い粘体が出始めている。

 アレが形を成そうとしている。

 放置していればやがては完全体となり、再び大きな戦いになる。

 

 今しかない。

 まだ人の形を保っている奴なら、被害は最少で済む。

 

 止めるんだ。

 今、アイツを殺せるのは俺しかいない。

 震える両手で照準を定めながら、俺は奴を見つめる。

 

 

 

「考えるな!! 殺せ!! 僕を殺せるのはお前だけだ!!! このまま見過ごせば、もっと大勢の人間が不幸になるぞ!!! 終わらせろ!!! お前の手で!!! 殺れ!!!!! 殺るんだ!!!! ナナシ!!!!」

「――アアアアァァァァァ!!!!!!!」

 

 

 

 叫ぶ。恐怖をかき消すように叫んだ。

 

 そうして震えを強制的に掻き消す。

 

 狙いを定めて重い引き金を引いて――弾丸が発射される。

 

 火薬が爆ぜて、一発の弾丸が飛翔する。

 

 黒い風を切り裂いて飛び。

 

 吸い込まれるように奴の額にめり込んだ。

 

 そうして、真っ赤な鮮血が噴き出して、奴の頭がのけ反る。

 

 はらりと緩んだ目隠しが落ちていき、奴の目が現れて――笑っていた。

 

 

 

「――ありが、とう」

「……っ!」

 

 

 

 がくりと項垂れる。

 その瞬間に、黒い風が消えていった。

 

 街は静まり帰る。

 声も銃声も聞こえない。

 俺はライフルを地面に転がす。

 そうして、ゆっくりと後ろを振り返り――大きく目を見開いた。

 

 赤だ。視界に映るもの全てが――赤に染まっている。

 

 街中が赤くなっていた。

 地面も建物の壁も赤い。

 折り重なるように死体が重なっていて、柵には手だけがぶら下がっている。

 瞳から光を消した死体が俺を見ていて、俺は震えながら片手で口元を覆う。

 

 風が臭いを運んでくる。

 血の臭いに硝煙の香りが混ぜり。

 肉の焼き焦げた匂いとアンモニアの香りに……っ。

 

「――ぅぅ!」

 

 強く口を掴む。

 吐き出すな。目を背けるな。

 辛くても苦しくても、これが現実だ。

 脳へと伝わる情報全てを認識し、壊れそうになる心を必死に保て。

 

 地獄だ。悍ましい地獄が広がっている。

 直視できない程であり、胃の中から全てをぶちまけそうだった。

 俺はそれを必死に堪えながら、ジョンの方へと視線を向ける。

 

 力が抜けて、その場に膝をつく。

 そうして、ポロポロと両目から涙を流していった。

 

 止まらない。涙が溢れて来る。

 悲しいのか、怖いのか、怒っているのか。

 分からない。何も分からないのに、涙が零れ落ちていった。

 

 得体の知れない感情。

 心の中で渦を巻き、ズキズキと心を傷つける痛み。

 それを統べて認識しながら、俺はジッと地面を見つめていた。

 

 そんな俺に何かが近寄る。

 顔を上げれば、黒い靄が俺を囲んで――頭が割れるように痛いッ!!

 

「あ、ああぁぁぁ!!!」

 

 両手で頭を抑えながら叫ぶ。

 頭の中に何かを流し込まれている。

 またしても知らない人間の記憶と――感情だ。

 

 

 

 見知らぬ場所で背の高い大人たちを見上げている。

 彼らは俺を恐怖に染まった目で見ている。

 場面が変わり、血濡れの女が拳銃を俺に向けて涙を流し――何なんだッ!

 

 逃げ惑う人間たちを追う。

 手にした銃火器で人間たちを蹂躙し。

 それでも収まる事のない憎悪と殺意を滾らせて。

 全ての人の願いと希望を打ち砕いて――灰の降る街の中心で空を見ていた。

 

 誰もいない、何も無い。

 全てが消えた世界で、黒く濁った空を見つめていた。

 孤独。喪失感と虚無感が心を締めて――終わった。

 

 

 

「…………――――はぁ!! あ、あぁ……はぁ、はぁ……これは、アイツの……マサムネの……」

 

 会った事も無い。名前だけしか知らない。

 それなのに、奴の気持ちと感情を理解させられた。

 両目から涙が流れていき、俺はそれを両手で受け止めていた。

 

 ジョンは災厄となった。

 そして、最後に俺に鍵を渡した。

 

 奴は死んだ。

 その最期に人々の心に呪いを掛けて、俺には鍵を託し……奴はこの世を去った。

 

 火薬と血の臭いが漂う。

 不快な街の中で、俺だけが生きている。

 全てが終わって、決着がついたのに。

 誰の心も報われなかった。

 

 後味の悪い終わりで。

 誰もこんな結末は望んでいなかった。

 

 唯一、殺されたジョンだけが願いを叶えた。

 最期の最期まで、奴は役者であり……アイツを分かってやれなかった。

 

 ぽつぽつと空から水が降って来た。

 どんよりとした雲は雨を降らせて、全てを洗い流そうとしていた。

 消せない。この地獄を洗い流す事なんて出来ない。

 ゆっくりと雨の勢いが強まっていく中で、俺は顔を上げる。

 

 俺はゆっくりと立ち上がる。

 そうして、これから変わる世界を思いながら踵を返して去っていく。

 もう此処には何も無い。

 世界が変わる瞬間は終わり、これからの未来が紡がれていく。

 

 お前の願いは叶うだろうさ……ゆっくりと地獄を楽しめ。

 

 俺は心の中で、ジョンとの別れを済ませる。

 コツコツと俺の靴音だけが聞こえる街の中。

 激しい雨音を聞きながら、俺は破壊された柵を超えていった。

 無数の死体を超えていきながら、俺は静かに頬を濡らした。

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