【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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150:過去の自分との決別

 ジョン・カワセの死が世界に齎したものは……人々の常識を覆した。

 

 異分子たちを軽んじていた人間たちは彼らへの軽率な行動を止めた。

 そして、彼らに対して非道な行いをしていた人間たちも異分子たちに怯えて影を歩くようになった。

 世界中の人間たちが異分子たちの存在を恐れて、誰も彼らに”関わろう”としなくなった。

 

 ジョン・カワセの言っていた理想郷とは目に見える楽園ではなかった。

 彼が目指した場所とは、今の世界の在り方で。

 異分子たちの待遇を良くするのではなく。

 根本的に人間と異分子の関りを断つ事だった。

 

 もう誰も異分子たちを非難したり暴行を加える事はしない。

 しかしそれは、誰も異分子に救いの手を差し伸べない事でもある。

 住む場所を失い、頼る人間もいなくなった彼らは――異分子の国”シャンドレマ”を目指した。

 

 自発的な行動でもあったが。

 神からの言葉もあったからだろう。

 何故か、世界中の街には大きな装甲車両が手配されて。

 それに乗り込む事で異分子の国へと行ける事を神は大神官たちを通して伝えた。

 

 神は選択肢を異分子たちに与えた。

 このままこちら側に残るか。それとも、異分子の国へと渡るかを。

 神にとっても苦肉の策だったのだろう。

 このままこちら側に留めて、異分子たちを死なせる未来よりも。

 異分子の国へと引き渡し、彼らをこの世界に留めさせておくことを選んだ。

 

 まだ、鍵が必要だ。

 そして、神が求める人間にも異分子の存在は必要不可欠で……ジョンは成し遂げたんだ。

 

 あの神ですらも欺き。

 自らを悪として見せる事で世界を動かし。

 そして奴は危険な賭けに勝ち、理想郷を手に入れた。

 

 交渉の内容は明かされて。

 異分子の国へと引き渡す時には首輪を外し。

 今後一切は、異分子の国への干渉は止めるように言っていたらしい。

 その代わり、自分たちもそちらへの干渉は行わないと条件を伝えていた。

 これを承諾した神側は、異分子たちを装甲車に乗せて彼らの元へと運んでいった。

 

 ……勿論、俺の所にも来たさ。

 

 俺は一度はそれを断わろうとした。

 しかし、他でもないヴァンたちは行くように言っていた。

 恐らく、此処に留まっていたとしても何れは俺が異分子である事はばれる。

 その時になって関係ない人間に被害が及べば、俺は責任を取る事が出来ない。

 

 選択肢なんて無い。

 異分子たちが平和に暮らす為には、同じ仲間たちのいる所で住むしかないのだ。

 俺はそれを受け入れて……”輸送機”から景色を見ていた。

 

 操縦ルームの補助席に座りながら、ヴァンの背中を見つめる。

 これがヴァンたちの決断で。彼らは俺と共に異分子の国に行くと言った。

 俺は全力で止めた。お前たちは異分子じゃないから、ヴァレニエに留まらなければならない。

 もしも、異分子の国に来ればどんな目に遭うかも分からない。

 だからこそ、俺は俺でヴァンたちはヴァンたちで平和に暮らした方が良いと俺は言った。

 

 

 だけど、ヴァンたちはこう言った――お前のいない街での暮らしは退屈だ、と。

 

 

 ヴァンやミッシェルにイザベラは断言した。

 ライオットやドリスも最初からそう決めていたと言って。

 メカニックである双子は面白そうだからついていくと言っていた。

 そして、一番悩んでいたベックは……諦めたように笑い、ついて行くと言った。

 

 自分一人が残っていても仕方がない。

 どうせ、こっちでは仕事も上手く出来ないだろうから。

 異分子の国で一旗揚げて金持ちになるのも悪くないと言っていた……俺は分かる。

 

 アイツは怖がっていた。

 誰よりも憶病で現実を見ている男だから。

 人一倍危機感は強かったのだろう。

 虚勢を張っていても、その怯えは伝わる。

 

 でも、俺は――嬉しかった。

 

 俺も怖かった。

 一人で見知らぬ土地に行くのが怖かった。

 折角出来た仲間を……家族を失うのが怖かった。

 

 いられるのなら、ずっと皆といたい。

 俺はこのメンバーが好きだ。

 付き合いの長さは関係ない。

 こいつらといられることが嬉しくて、どんな宝よりも価値があって……本当に嬉しかったんだ。

 

 彼らの決断に、俺は甘えてしまった。

 会社との別れを済ませて、おやっさんや酒屋のマーサ。

 いきつけの美容師のルージュにも別れも言って来た。

 とても居心地が良くて、どんな場所よりも好きになっていた街だ。

 

 ……もう二度と戻れないんだ。

 

 俺は瞼を閉じて、過去の想い出を振り返る。

 ちらかっていた事務所を片付けて。

 仲間たちとおやっさんの店で飲み食いし。

 ぼさぼさの髪を整えてもらってバンダナを貰い。

 マーサの店で色々な酒を知り、見た事も無い店を巡って……楽しかった。

 

 どんなに過去に想いを馳せても、そこには戻れない。

 俺は今を生きていて、未来へと進んでいるんだ。

 だったら、過去に囚われていてはいけない。

 俺は進むんだ。ジョンが変えてしまったこの世界で生きるしかない。

 

 ヴァレニエには戻れなくとも。

 ノイマンへと近づくことが出来た。

 奴は異分子の国でいる。

 他の街へ行くことは出来ないだろうから、確実に重要な場所でいる筈だ。

 

 俺は奴に会わなければならない。

 奴に会って、全てを聞かなければならない。

 両親のことや俺自身の事……意地でも聞いてやる。

 

 ゆっくりと瞼を開ける。

 すると、輸送機は徐々に下へと下降を始めていた。

 目的地付近に着いたのだろう。

 俺は窓から外を見て、壁の外側であると認識した。

 

 壁の周りには多くの人間が立っている。

 その全てが異分子であり、異分子の国の兵士が対応をしていた。

 俺たちの輸送機が降りて行けば、兵士たちが慌ただしく動き始めた。

 ライフルを構えながら俺たちを狙っていて……誰かが歩いて来た。

 

「……!」

 

 その人間を見て少し驚く。

 その間に輸送機は着陸し、ヴァンは振り返って顎で指示する。

 外へと出て、俺がアイツと話をつける。

 ヴァンたちが出れば話がややこしくなってしまう。

 理解してくれるかは分からないが……聞いてはくれる筈だ。

 

 俺はシートベルトを外して席から立ち上がる。

 そうして、外へと出る為に歩いて行った。

 

 

 

 タラップを降りて地面に足をつける。

 空を見れば雲の切れ間から太陽が見えている。

 目を細めながら手を翳して光を遮り。

 近寄って来るマスクの女――SQに視線を向ける。

 

「……お前が来てくれるなんてな」

「……当然だ。お姉ちゃんだからな」

「……そうだな。お姉ちゃんだからか……案外、似たもの同士なのかもな」

「案外じゃない。私たちは一心同体だ」

「……冗談……でもないのか」

 

 俺は冗談なのか真面目なのかよく分からない言動の奴に苦笑する。

 こいつは最初からそうだ。

 思わせぶりな口調なのに、妙に視線は温かくて……だからこそ、憎めなかった。

 

 俺は奴へと近づく。

 周りの兵士たちが銃口を向けて来る。

 それをSQは片手を上げて降ろさせて。

 俺は奴の前に立ちながら、両手で首輪に手を添えた。

 

「……俺は異分子である事を恥じていた……今もその気持ちは変わらない……きっと普通の人間に憧れていたんだろう」

「……普通の人間になりたいか?」

「……さぁ、どうだろうな……俺は世界を見て来た。そこに住む人間たちを見て来た……彼らは怖い。意味も無く人を殺し、理由さえあれば平気で傷つける……だが、優しい人間たちもいた……俺は人間になりたいんじゃない……”本物”になりたかったんだ」

 

 首輪を解除する。

 アラームは鳴らない。

 俺はそれを地面に捨てた。

 

 真っすぐにSQを見ていれば、彼女はホルスターから拳銃を抜く。

 そうして、それを俺に渡してきた。

 

「なら、決別しろ……この世界にとっての”普通の人間”になる道を断て」

「……あぁ」

 

 俺はそれを受け取る。

 そうして、スライドしてから銃口を首輪に向ける。

 静かに狙いを定めながら、俺は引き金を――引いた。

 

 乾いた銃声が四発なる。

 発射された弾丸が地面に転がる首輪に当たり。

 残骸が宙を舞った。俺はそれを静かに見つめて――笑う。

 

「……何だ……思ったよりも簡単じゃないか」

「……ふっ……行こう。お前の仲間たちもな」

「――っ! 気づいていたのか?」

「当然だ。私はお前の」

「――姉だから、だろ?」

「……生意気になったな……だが、好きだ」

 

 奴はそう言って踵を返す。

 すると、待機していた兵士がエアバイクを起動する。

 誘導灯をつけながら、付いて来いとハンドサインを送って来る。

 俺は静かに頷いてから、輸送機へと戻って行く。

 

 タラップを駆け上がり中へと入ろうとして……視線を向ける。

 

 そこには俺が自らの意思で破壊した首輪の残骸が散らばっていた。

 硬く冷たくて、つけているだけで居心地が悪かった。

 犬のようであり、自由を奪われているような毎日だった。

 何時しか、あれがある事を当然だと思うようになって……指で首に触れる。

 

 そこには何も無い。

 冷たい首輪は存在せず、俺の首の感触がした。

 俺は笑みを浮かべながら、輸送機の中に入った。

 扉が自動で閉まり、待っていたベックたちが俺を見て笑っていた。

 

「……おめでとうさん」

「「おめでとう」」

 

 三人の言葉を聞いて俺は静かに頷く。

 

「……ありがとう」

 

 長いようで短かった。

 これまでの道のりは、決して緩やかな物では無かった。

 多くの人間が死に、その中には俺にとって大切な人間もいた。

 

 失って、得て。また失って……此処まで来れた。

 

 異分子としてじゃない。

 本物になる為に、俺は自らの意思で首輪を破壊した。

 そのきっかけを作ったのは間違いなくジョンだった。

 

 

  

『――ありが、とう』

「……」

 

 

 

 アレは全てに絶望し、死んでいく人間の目ではない。

 希望を目にして、後に託す者の光だった。

 アイツのしてきた事は間違っていたかもしれない。

 だが、その間違いの結果。異分子たちは首輪を外す事が出来るようになった。

 

 俺はアイツの想いそのものを否定はしない。

 その根本にあったのは、間違いなく他者を想う優しさで。

 それを否定してしまえば、俺は本物にはなれない。

 

 間違いだっていい。勘違いだって構わない。

 だが、俺の中のジョンはあのレストランで話したジョンだ。

 

 俺は静かに操縦ルームに戻る為にエレベーターに乗り込む。

 扉を閉めてから、壁に背を預けて俺は静かに言葉を吐いた。

 

 

「……地獄で、また……コーヒーでも飲もう。ジョン」

 

 

 共に地獄へ行く者だ。

 出会う事は必然であり、先に行ったアイツがどんな顔をするのか楽しみだ。

 

 今ではない。俺はまだ生きなきゃならない。

 まだジョンの夢が叶っただけで、俺の願いは叶っていない。

 ノイマンに会い、真実を知りたい。

 その後の事はまだ考えていないが。

 恐らく、俺はまた神に会う事になるだろう。

 

 その時に、俺はどういう決断をするのか。

 遠い未来何て見えない筈なのに。

 俺には何故か、その未来が分かる様な気がした。

 

 大きな決断で、果たせないものがそこにある。

 決して届かない場所にいる存在と、俺は……。

 

 

「……父さん、母さん……どうか、見守っていてください」

 

 

 拳を握り、額に当てる。

 天国にいる両親を思いながら、俺は新たな道へ進む決意を固めた。

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