151:同好の士
エンジンの音が軽やかに響き、道を疾走する。
荷台に積んだ商品を落とさないように注意し、俺はバイクのスロットルを上げた。
大きな音を立てながら青い四輪駆動バイクは更に速度を上げる。
ヘルメットのシールド越しに見える景色は――最高だ。
完璧に舗装された道は自然豊かな大地の先まで続いていて。
道の近くでは二足歩行の白い毛の大きな鳥たちが群れを成して走っている。
紅葉と呼ばれる季節であり、赤々とした葉っぱが木々を彩り。
大きな石橋を渡れば、下でさらさらと綺麗な水が流れていった。
息を吸えば、紅葉の香りが堪能できる。
濡れた葉っぱの香りだ。それと、栄養満点の土の香りか。
赤々とした景色に、そこに住む動物たちの鳴き声を聞いて。
俺はバイクの音色を響かせながら、道を進んでいった。
紅葉の隙間からは光が漏れて。
線のように空間に広がるそれを浴びる。
気持ちの良い朝で、清々しいまでの自然の姿だ。
異分子の国シャンドレマにやって来て二週間ばかりか。
最初の頃はどうなるかと思ったが、此処の暮らしにも慣れて来た。
此処は住みやすい場所であり、荒野ばかりの壁の外とは違い自然豊かだった。
人々も優しい人間ばかりで、異分子と人間が共存している。
一緒に来た壁の外の異分子たちも、適応剤を抜く為に今もリハビリセンターで生活していると聞く。
後、一,二ヶ月もすれば普通の日常生活は送れるのだろう。
ヴァンは此処でもL&Pの活動は続けると宣言して。
俺はその手伝いをする為に、こうしてバイクに乗ってシャンドレマにあるいろんな場所に配達をしていた。
SQからの頼みで、俺はこうやって国で活動している人間たちのサポート業を託された。
L&Pの最終的な目標は、世界から争いを根絶する事であり。
傭兵として活動しなくても、シャンドレマへ協力する事でそれを成せるかもしれないとヴァンは言っていた。
ヴァンも此処で生活する人間たちを見て、彼らこそが手本にするべき人間だと感じたのだろう。
武力によっての争いの根絶以外の方法。
恐らく、ノイマンという男ならその方法も知っているのかもしれない。
それに、少しでもこの国に恩を売っておけば色々と助かる事も出て来るだろう。
最低限の衣食住のサポートを受けたから、今はその恩を返しているが。
何れはもっと大きな仕事を任せられて、それを達成すればノイマンにも近づけるかもしれない。
奴の真意を確かめて、奴が目指すべき世界を知れば、もしかしたら……。
「……ふっ」
勿論、まだ信用はしていない。
アイツが間接的に俺の両親を死に追いやったのは事実で。
恨んでいる事は恨んでいる。
しかし、まだ奴の口から何も聞いていない。
事情を知ったからどうなる訳ではないが。
せめて、どんな奴なのかを確かめない限りは何も始まらない。
もしもクソ野郎であるのなら殺してやるさ。
だが少しでも人の情が残っているのなら……精々、利用してやる。
ヴァンの夢を叶える為だ。
例え泥を舐める事になったとしても構いはしない。
此処までついて来てくれた仲間に報いる事が、今の俺が出来る恩返しだ。
紅葉を抜けてトンネルへと入る。
オレンジ色のライン状の光が走るトンネルであり、俺はゆっくりと左へとバイクを移動させる。
すると、足元の床が点滅し塞がれていた道が勢いよく開かれた。
俺はその中へと入りエンジンを噴かせながら進んでいった。
道が曲がっており、体を倒しながら曲がる。
そうして勢いを殺すことなく進んでトンネルを抜けて――道が続く。
透明のカバーのようなものが掛けられた道。
ガードレールの先は空であり、今俺は宙を駆けている。
空に浮かぶ道であり、俺は風を切りながらその先に見える塔に目を向けた。
螺旋を描きながら上へと伸びる白い巨塔。
シャンドレマ領内に全部で六つある”ピースタワー”。
アレはその中の一つの”ポーン・ピースタワー”と呼ばれるものだ。
それらはこの国で重要な意味を持っている。
重要な国防を担う塔であり、そのシステムもメカニズムも不明だが。
アレによって神はこの領域にてその力を使う事は出来なくなっているらしい。
あちら側のカメリアのようなものであり、これはもっと意味を強くしたものらしいが……。
「……」
どんなものかは関係ない。
シャンドレマの国防を担うからと言って、俺がどうこうする訳ではないからな。
俺は神の手先でも無ければ、平和を脅かす侵略者でもない。
……だが、どうしてだろうか。
俺は何かを忘れているんじゃないのか。
重要な何かであり、SQたちに伝えるべき何かだが。
それが思い出せない。いや、そもそもその記憶は確かだったか。
何だったのかは分からないが。
俺の心はその程度の認識なら忘れていても関係ないと言っている気がする。
……いや、そんな訳は無い気がするが……何なんだ。この違和感は?
俺は自分の事を不思議に思いつつ。
道の上に表示された立体投影版を見て進路を変える。
左へと動かせば道が動き始めて、真っすぐに続いていった。
俺はその道の上をフルスロットルで駆け抜けていく。
思い出せないのなら今はいい。
何れは思い出せるだろう。
俺は曖昧な考えのまま、仕事の為に全速力で駆けて行った。
§§§
がやがやと人の声が聞こえる塔の下。
白衣を着た人間たちが数多くいて、塔の中に入る為の扉の前で順番を待っていた。
セキュリティが厳しいからか、専用のスキャナーを通らなければ中へは入れない。
ある者は花壇の前で缶コーヒーを片手に談笑し、ある者は設置されたベンチに座ってボケっとしていた。
騒がしく感じるかもしれないが。
一仕事を終えた後の俺には関係ない。
今、俺にとって最も重要な事は……目の前のこれだ。
「……」
使い捨てのフォークを持ちながら、時を待つ。
バイクの前でござを掻きながら、目の前の白い容器に入った飯の完成を待っていた。
前を通る人間たちは俺の事をチラチラと見ていた。
興味深そうに見ている人間もいたが無視。
腹の虫がぐるぐると鳴って周りの人間を威嚇しているようだった。
俺はジッと空腹の時間を耐えて……よし。
ゆっくりと容器を持つ。
温かい容器を掴みながら、べりべりと蓋を剥がす。
その瞬間にふわりと湯気が上がり、顔にふわりと掛かる。
鼻腔を満たす醤油の香りで、湯気の先にはシンプルながらも食欲をそそる具材が載せられていて。
俺はゆっくりとフォークをその中へ差し込んで掬い上げた。
黄金色の麺が濃厚な醤油スープと絡み合う。
てらてらと光るそれを一気に啜りながら咀嚼し。
ごくりと喉を鳴らして飲み込む……美味い。
所謂、ジャンク系の粗暴な味付けだ。
しかし、安っぽい訳ではない。
粗暴である事は悪い事ではなく、疲れ切って空腹の胃にはこれほどに濃い味は心地が良いんだ。
小さなブロック肉はジューシーであり、噛めば噛むほどにじゅわりと肉汁が溢れ出る。
小エビはプリプリでこのほのかな甘みが味変の効果を齎し丁度いい。
「ふぅ、ふぅ…………はぁ」
息を吐きかけて温度を下げて。
一気に口の中に入れて何度も何度も噛む。
噛む度に汁が口内を満たし、ごくり飲み込めば自然と熱の籠った吐息が漏れ出る。
麺、肉、麺、肉。そして、エビだ。
誰にも邪魔されない昼時。
この至福の時間を手っ取り早く満たしてくれる魔法の品。
インスタントヌードルなるものを開発した人間は天才だ。
たった三分ほどで腹を満たすだけでなく人を笑顔にしてしまう。
どんなエンターテイナーであろうとも、これに勝てる人間はそうはいない。
どんな場所であろうとも、お湯さえあれば大丈夫。
例え宇宙であろうともこいつは食えるんだ……最高だな。
「……?」
音を立てながら麺を啜る。
すると、隣からも音が聞こえた。
チラリと見れば黒いバイクを背にしている女がいた。
それもかなりガタイが良く、筋肉量でいえば彼方が上だろう。
パンク風のファッションであり、頭には派手な国旗のようなバンダナを巻いている。
バンダナから見える髪は金と黒が混じり合っていて、その眼は翡翠のように綺麗で意思が強そうだった。
大胸筋が凄まじい女に面食らいそうになりながら、あちらもインスタントヌードルを食べている事に気づく。
同じ会社のものだが、あちらは見た事も無い容器だ。
トマトのイラストと共に燃えるような炎が描かれていて……美味そうに食うな。
豪快に麺を啜りながら、女はそれを食べている。
頬は熱を帯びて赤くなっており、食う度にほっと息を吐いている。
煽情的で魅惑的な横顔であり、見方によっては少々危ない気はするが。
彼女は目の前の飯を最高の状態で食しているからこうなっているだけだ。
そこに邪な視線を向けるのは無礼であり、俺は絶対にしない。
俺は心の中で、共にインスタントヌードルを食べる同好の士に敬意を表する。
それにしても、見ている此方も気持ちよくなる食いっぷりだな……女が俺を見る。
「……何?」
「……すまん。美味そうに食っていたから」
「……欲しいのか?」
「……欲しいな」
俺は正直に食べてみたい事を伝える。
見た事も無い事も関係しているが、単純に彼女の食いっぷりに惹かれた。
これほどまでに美味そうに食べているものを食べずして、インスタントヌードルは語れない。
俺は真剣な目で彼女をジッと見つめる。
そんな俺を見て彼女はふっと笑う。
女は立ち上がってからバイクに載せていたバックを開けた。
がさごさと何かを漁ってから……お!
ひょいっと投げて来たそれを片手で受け取る。
見れば、女が食べていたインスタントヌードルで……くれるのか。
「やるよ」
「……ありがとう…………これを」
ありがたく受け取る。
そうして、俺も立ち上がってから荷台からヌードルを取り出す。
彼女に渡せば、最初はしぶい顔をしていた。
嫌いだったかと聞けば、今まで食った事が無かったと言う……嘘だろ?
「インスタントヌードルの代表は醤油じゃないのか?」
「あぁ? それは何処の情報だよ。私に言わせりゃ、ヌードルと言えばホットチリトマトさ! こいつがナンバーワンだよ!」
「……そうなのか……確かに美味そうだったな」
「……まぁ、アンタのそれも美味そうには見えたけど……ま、いいか。こいつはありがたく頂くよ」
女はそう言って俺のヌードルをバックに詰める。
そうして、残りのスープを一気に飲み干し息を吐く。
口元の赤を拭ってから、彼女はゴミ箱に容器を放り込んだ。
そうして、バイクに跨ってから何処かへ行こうとして……ん?
「名前。聞いてなかった……私はミランダ。アンタは?」
「……ナナシだ。ただのナナシ」
「……へぇ、アンタが……同じヌードル好きとして憶えておくよ。今度会ったら、そいつの感想を聞かせてくれ」
「あぁ分かった。また会おう」
ミランダと名乗ったライダー。
彼女は手を軽く振ってからエンジンをふかして去っていく。
俺も残りの麺を吸い上げてから咀嚼し飲み込む。
少し冷えたスープもぐいっと飲み干し、俺も容器をゴミ箱に捨てた。
シャンドレマでの新たな出会い。
気になる事と言えば、アイツは俺を知っていたような口ぶりだったが……気のせいか?
ヘルメットを被り、ライダースーツのファスナーを首まで締める。
ほどよく温まった体の熱を逃がさないように。
バイクに跨ってからエンジンをつける。
大事な商品の受け渡しを終えて。
次は少し遠くの街への配達だ。
途中での休憩は無しであり、急いで届けてほしいと言っていた。
まぁそんな事を言われても、昼飯を抜くなどという愚行はしない。
腹が減っては戦はできぬという言葉を俺は知っている。
どんなに苦しくてどんなに辛くとも飯だけは食う。
それだけは欠かしてはならないのだ。
そんな持論を心の中で唱えていれば視線を感じた。
チラリと視線を向ければ、花壇に身を隠しながら血走った目で俺を見る女職員がいる。
アレが俺に配達を依頼した女であり、これを届ける相手は今から行く街で自警団の隊長をしている男だ。
態々、時間を指定して届けなけれなならないこれは食べ物らしく。
少しでも遅れたり、中身をぶちまけたら殺すと言われた。
歯ぎしりをする女から視線を逸らす。
そうして、ゆっくりとバイクを動かして走り出す。
ポーン・ピースタワーから離れていき、男のいる街を目指す。
少しでもこの国に恩を売る為。そして、ヴァンの夢に近づく為に俺は働く。