【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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153:巡り合い

 様々な機械が置かれた小さな店。

 異分子のメカニックであるジェフが営む店で。

 彼は俺が持ってきた品をチェックしていた。

 箱から取り出したそれはメリウスのシステムに使われるマイクロチップで。

 ロイドのような高性能AIに互換性を持たせてどの世代でも使えるようにするものらしい。

 これはそのプロトタイプで、もしも壊して弁償しなければならなければ……漁船だ。

 

 ジェフはゆっくりとそれを箱に戻す。

 そうして、息を吐いてから笑みを浮かべる。

 

「今日もご苦労さん。問題なかったぜ……どうだ、これから飯でも行くか?」

「いや、遠慮しておくよ。これからまた別の場所に行かなきゃならないからな」

「そうか? 忙しくていいこった……それじゃ、俺は奥で別の用事があるから。またな」

 

 メカニックのジェフの誘いを断る。

 人当たりの良い奴は手をひらひらさせて渡した小箱を持って店の奥に行った。

 俺はそのまま店から出てバイクへと駆け寄る。

 次の配達場所は此処から百二十キロ離れた場所だから……今日もインスタントだな。

 

 荷台から簡易給湯ポッドとこの前貰ったホットチリトマトを出す。

 べりべりと蓋を剥がしてから、俺は銀色のポッドのロックを解除して口からお湯を出した。

 とくとくと湯気の立つそれを注いでから蓋を閉めて待つ。

 

 周りに視線を向ければ、この街も自然に溢れていた。

 壁を伝うように長いツタが伸びていて、建物の壁には花も咲いていた。

 赤レンガの建物だが、見かけ以上に強度や耐震性はあるらしい。

 小さな噴水の前では人当たりの良さそうな顔をした老夫婦が絵を描いていた。

 今もカップルらしき人たちの絵を描いており、他には昼時だからかサンドイッチを食べる作業服の男たちもいる。

 

 小鳥の囀りが聞こえて、冷たい風が優しく頬を撫でる。

 天気は晴れであり、落ち着いた街並みと相まって昼寝をしたくなる。

 が、今はまだ仕事中でありそれは堪える。

 

「……」

 

 腕を組んでから、腕時計で時刻を確認する……まだ余裕はあるが。

 

 ジェフは話が長いから、アイツとは中々飯に行けない。

 最初の一回はそれで失敗してしまって配達に遅れかけた。

 だからこそ、急いでいる時は断わっておくのが良い。

 インスタントなら三分待てばすぐに食えるし美味しい。

 金も掛からないから経済的にも良いから、俺はこれを多用している。

 安心安全のインスタントヌードルで……何で、これは何処にでも売っているんだろうな。

 

 壁の外にも内にもある商品。

 これを仕入れて来る商人がいて、協力してくれる人間も外にいるんだろうか。

 そんな事を考えていれば、そろそろだろうと感じた。

 

「……よし」

 

 三分経っただろうと考えて蓋を剥がす。

 ふわりと湯気が立ち上り、微かにトマトの香りがした。

 見かけは少し赤み掛かっており、具材はカットされたトマトやコーンとヘルシーで。

 女性の人気が高いと調べてみれば出ていて、なるほどだと今思った。

 

 ポケットから使い捨てのフォークを出す。

 そうして、ぐりぐりとかき混ぜてから俺は麺を掬い上げた。

 息を吹きかけてから口で豪快に啜っていき……おぉ、美味いな。

 

 ホットと名がつくだけあって結構な辛さだ。

 しかし、痛いと言うほどではなく程よいな。

 全体的にトマトベースのスープは酸味と甘みが辛さを和らげてくれている。

 すっきりとした飲みごたえであり、具材の野菜たちもいい具合に味の変化を与えてくれる。

 ちゃんと肉も入っており、ゴロゴロとしたこれはとても噛み心地が良い。

 

 麺を啜り、スープを飲む。

 しっかりと具材も口に入れて咀嚼。

 そんな事を繰り返していれば、少し汗が出て来た。

 辛みとスープの熱が作用して、体を強制的に温めているのか。

 寒さを感じる季節には最高だと思いながら、俺は目の前の料理を食べていく。

 

 麺が赤いスープに絡み合い。

 掬い上げれば陽の光を浴びててらてらと輝く。

 それを口一杯に頬張れば、自然と笑みがこぼれてしまう。

 美味い。確かに美味い。

 勧めてくれたミランダには感謝であり、俺は麺を全て平らげて残りのスープも一気に呷った。

 

「……ふぅ……満足だ」

 

 ごくりと喉を鳴らして全てを飲み込む。

 空になったカップなどは近くのゴミ箱に捨てて。

 俺は手を合わせてごちそうさまと言った。

 

 時々、大事なこれを忘れてしまう。

 それだけ忙しいと言う事だが、なるべく忘れたくはない。

 ヴァンとの思い出で……急がないとな。

 

 腹は満たした。

 ならば仕事の時間であり、俺はバイクに跨った。

 そして、思い出したように端末を取り出して写真を送ろうとした。

 送り先を決めてからカメラモードを起動し、今いる街の風景を――っ!

 

 顔にばさりと何かが掛かる。

 何だと思いながら手に取れば……新聞か?

 

「ああああぁぁ!! 待って待って!! だめぇぇぇ!!」

「……聞いたことのある声だ……アレは……っ!?」

 

 聞いたことのある声が聞こえて来た。

 手に持った新聞を綺麗に片手で折りたたんでから前を見れば誰かが走って来る。

 風に飛ばされる新聞を追いかけるのは黒いスーツを着た綺麗な顔をした女性で……ミヤフジ?

 

 明らかにユーリ・ミヤフジその人だ。

 何故、彼女が此処にいるのかと驚いていれば彼女はジャンプをする。

 大きく跳躍してようやく掴んだ新聞。

 彼女は満面の笑みを浮かべて――俺と視線が合う。

 

「あ、ナナシさ――ああぁぁぁ!!?」

「――ッ!!?」

 

 飛び掛かる様な形でミヤフジが襲い掛る。

 俺は彼女を両手で受け止めた。

 その瞬間に端末が零れ落ちて地面を転がり、パシャリと音がした。

 

 端末の事も気になるが、俺はミヤフジに怪我は無いかと尋ねる。

 すると、彼女は慌てた様子で大丈夫だと言う。

 

「ナナシさんと会えるなんて私は何てラッキーなんでしょうか! やはり神様は私を見放していなかったんですね!」

「……ミヤフジ。その前に降りてくれ……色々と誤解されそうだ」

「あ! すすすすみません……まぁ私は寧ろ好都合ですけど……ぐへへ」

 

 絵を描いてもらっていたカップルがこっちを見てくすくすと笑っている。

 老夫婦もニコリと笑っていて、俺は気まずく思いながらも会釈をした。

 

 不気味な笑みを浮かべながらミヤフジは離れる。

 手にしていた新聞を折りたたんでから、肩から下げていた大きなバックに入れる。

 俺が持っていたものも受け取ってからそれを仕舞う。

 そうして、俺の端末に気づいて拾ってから渡してきた。

 画面を見ればやはり写真が勝手に撮られてしまっていたようで。

 しっかりと皆に送られてしまっている。

 その写真がどんなものだったか確認しようとして……電源が落ちた。

 

 ……そうだった。昨日の夜に充電を忘れていたな。迂闊だった。

 

 やってしまったと思いつつ、俺は仕方なく写真の事は一旦忘れる。

 バイクの荷台を開いてから、そこの充電ポートに端末を接続しておく。

 これで暫く走行していれば充電は出来るだろう……さて、と。

 

 ミヤフジを見つめながら、何故、此処にいるのかと尋ねた。

 すると、彼女はよく聞いてくれたと言わんばかりの顔で胸ポケットから何かを出す。

 それを受け取りジッと見つめれば名刺であり……”二級”特別調査員?

 

「昇格したのか?」

「そうです! 今や私は二級特別調査員! それも、支部長の女なのですよ!」

「おぉ……で、何で此処に?」

「……えっと、実はジョン・カワセの事件を受けて。このままでは異分子と人間が関わらなくなってしまうのではないかと部長が吠え初めまして。異分子たちが本来、どのような人間でどんな暮らしを送っているのかを知れば異分子との関係は好転するんじゃないかって……まぁ勝手ですよね。良い人ですけど……それで、異分子の国を公平な立場で調査し、その報告をする人間を私の部署で募ったのですが誰も行こうとする人間がおらず。唯一、異分子の友人を持つ私に白羽の矢が立ち、支部長の任命と二級への昇格を条件に此処へと来た次第です」

「……神との取り決めで干渉は出来ないんじゃ?」

「あ、それは表向きはです。流石に侵略行為を見逃す筈は無いですけど、ちゃんとした理由があれば裏で取引をしている人間限定で出入りは出来ます……まぁかなり難しいですけど。私でもこの国に入れたのは五日前ですし」

「……つまり、傭兵統括委員会はシャンドレマと繋がりが?」

「……ぁ……た、他言無用でお願いします」

 

 ミヤフジはぷるぷると震えながら人差し指を立てた。

 俺はため息を吐きながらも、まぁ頑張れと言っておいた。

 すると、ミヤフジはびしりと敬礼し頑張ると言う……本当に元気だけはあるよな。

 

 俺は仕事だからとバイクのエンジンをつける。

 そうして、発進しようとして……背中に何かが当たる。

 

 チラリと後ろを見れば、ミヤフジがバイクに跨っていた。

 

「……何をしている?」

「いえ、丁度ひま……取材相手を探していたので、よろしければナナシさんの話をと!」

「……暫く帰れないぞ?」

「あ、お構いなく。此処の支部には私しかいませんので!」

「……どうなってるんだ」

 

 俺は頭痛を覚えそうになっていた。

 が、まぁ一人で回るよりも二人の方が気晴らしにはなる。

 俺はポケットを漁り豆粒ほどのカプセルをギュッと握る。

 すると、一気にカプセルは膨らみバイク用のヘルメットになる。

 彼女にこれをつけろと渡せば装着し、俺はしっかり掴まっているように言う。

 腰に手を回して掴んだ事を確認し、俺はバイクを動かして街から離れていった。

 

「ふ、ふへ。イケメンとの、バイクデート……ぐへ、ぐひひ」

「……」

 

 危うく手元が狂いそうな事を言う女。

 背筋が凍りそうな思いをしながらも、俺は次の街を目指して走って行った。

 

 緑のカーテンに覆われた建物たち。

 その中を走り抜けながら、俺は信号を左へと曲がる。

 ミヤフジはギュッと俺に掴まっていた。

 

 街の中を走り、外へと繋がる道へと出てそのままスロットルを回して加速。

 街の外側にあるゲートの近くに行けば赤から青に変わり、ゲートが開かれた。

 SQから渡されたIDのお陰で何処へでも行けるのは便利だ。

 流石にノイマンのいる場所へは行けなくとも、現状では不満はない。

 

 そのままゲートを通過し、俺は街の外へと出て行く。

 四車線の道を走れば渋滞はしておらず、すいすいと進む。

 風を切りながら進みつつ、俺はヘルメットの横に触れてミヤフジとのマイクを繋げた。

 

「五日前に来たと言ったな……此処の暮らしには慣れそうか?」

「え? あぁ……うん。そうですね、此処はとても温かいですね」

「……そうだな。皆に笑顔がある。それだけでも暮らしは豊かだろう」

 

 一人一人に確かな幸せがある。

 働いていても、学校に行っても。

 病院の世話になっていても、苦労が絶えない毎日でも……彼らは笑っていた。

 

 幸せなんだ。

 毎日が楽しくて、掛け替えが無いんだろう。

 見るもの全てが色鮮やかで、空気さえも新鮮に感じる。

 

 ミヤフジの言う温かいと言う言葉も理解できる。

 

「……好きだ」

「――へぇぇ!!? ななな何を!!?」

「この国の在り方も人々も、俺は好きだ」

「…………はぁぁぁぁ何だよもぉぉぉ」

「……?」

 

 ミヤフジが腕に力を込める。

 俺が苦しいと言えば、彼女は無言で体を寄せて来る。

 声を掛けても返事が無く。俺は仕方なく黙って運転に集中した。

 

 道の端に目を向ければ、等間隔に木が植えられている。

 この木の葉は黄色であり、僅かな色の違いもあった。

 風に揺られればさらさらと音が鳴っていて、すれ違い様に見れば青い小鳥も止まっていた。

 本当に綺麗で、ずっと見ていられる。

 

「……私も……好きですよ」

「……そうか。それは……嬉しいな」

「……そこはもう少し……ドキッとした方が良いですよ?」

「……そういう意味だったのか?」

「……さぁどうでしょうね」

 

 彼女は体を俺の背中に押し付ける。

 彼女から熱を感じながら、俺は小さく笑った。

 揶揄っているのか。先ほどの仕返しか……聞く事は出来なかった。

 

 緩やかに道を進みながら、俺は前を見つめる。

 ノース・カメリアで出会った俺たち。

 人の縁とは奇妙な物であり、ミヤフジと俺は再び出会えた。

 

「……もう悲しくは無いか」

「……まだ少し……怖いんです。また大切な人が、いなくなるんじゃないかって」

「……そんな事にはならない。絶対に」

「……信じてもいいんですか?」

「あぁ、勿論だ……少なくとも、俺は」

 

 俺は根拠もないのにそんな事を言ってしまった。

 怯えた声で言われたからか……俺らしくは無いな。

 

「ふふ……本当に優しいなぁ……あの時と変わらない……だから、私は此処に」

「……? 何か言ったか?」

「……スイーツ! 此処でもたーくさん美味しいものが食べたいです! 良かったら紹介してください!」

「……俺はそこまで詳しくはないが……そうだな。再会を祝して何か奢ろう」

「本当ですか!? やったー!」

 

 ミヤフジは両手を上げる。

 俺はギョッとして彼女の手を片手で掴む。

 そうして、強引に腰へと戻し彼女を叱る。

 

「バカ! 急に離すな!」

「す、すみません……へへ」

「……? おかしな奴だ」

 

 叱られて笑っているミヤフジ。

 俺は小さく笑いながら速度を上げた。

 どんな理由があろうとも、仲間と再会できる事は嬉しい。

 彼女がもっとこの国を気にいる事を俺は願いながら――。

 

「……何か音が聞こえないか?」

「……? さぁ」

 

 何か音が聞こえた気がした。

 荷台の方から振動音のようなものが聞こえる気がするが……後で見ておくか。

 

 何故か、少しだけ恐怖を感じるが。

 これは一体なぜだろうか。

 俺が寒気を憶えて体を振るわせれば、ミヤフジはギュッと俺の体を抱きしめる。

 その瞬間に更に寒気が増した気がしたが……気のせいだよな?

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