【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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154:元猟犬には分からぬ女心

 バイクをガレージの中に入れる。

 今日の仕事は終わって、ようやく家に帰れた。

 時刻は夜の九時であり、腹もすっかり空いていた。

 ヘルメットを脱いでから先に降りていたミヤフジを見る。

 彼女もヘルメットを脱いで息を吐いていた。

 

「悪かったな。此処まで付き合ってもらって……でも、良かったのか?」

「ん? 何がですか?」

「いや、家か仕事場を教えてくれたら送ったが……まぁ晩飯を食わないかと誘ったのは俺だが」

「はい! 晩御飯食べたいです! ナナシさんの家で!」

「……そうか。なら良かった」

 

 俺は笑みを浮かべながら頷く。

 そうして、エンジンを切ってキーを抜く。

 ポケットにキーを入れてから、ミヤフジのヘルメットを回収し再びカプセル状にまで圧縮する。

 それもポケットに入れてから、俺は荷台から端末を取り出す。

 

 ……そういえば、色々とあって見られなかったな。写真についての返事でも来ているのかな?

 

 俺は端末を持ちながら、ガレージのシャッターを音声コマンドで閉じさせる。

 そうして、ミヤフジと共に家の中へと入っていった。

 

 鍵を差し込んで家の中へと入り。

 靴を脱いでから、下駄箱に入れる。

 これがこの国での風習であり、開放感は凄いのだ。

 

 ミヤフジは慣れているのか靴を綺麗に脱いでから綺麗な所作で下駄箱へと入れる。

 そうして、立ち上がった彼女と共に家の中へと……何だ?

 

 ……妙に静かだ。

 

 ガレージ側の玄関から中へと入ったのに誰も顔を出さない。

 可笑しいと思いつつも、客人をこのまま立たせておく訳にはいかない。

 俺は取りあえず、ミヤフジに此処で少し待っていてくれと言っておいた。

 彼女は首を傾げつつも了承してくれて、俺は警戒しながらリビングへと向かう。

 板の床が僅かに軋み、リビングへと繋がる扉のノブを握る。

 明かりはほのかに灯っているが……何故だろう。寒くも無いのに体が震える。

 

「……」

 

 俺はごくりと喉を鳴らしてからノブを回して中へと入っていった。

 扉が開く音が静かに響きリビングへと足を踏み入れる。

 部屋の中は電気がついておらず暗かったが……いや、違うな。

 

 電気は一か所だけついていて、そこはキッチンだった。

 何故、キッチンの電気だけがついているのか。

 コトコトと鍋が沸騰する音が聞こえて、俺は静かにキッチンへと向かう。

 

 キッチンへと入り、音のする方に視線を向けた。

 そこはコンロであり、鍋が一つ置かれていた。

 鼻を鳴らせば香ばしい匂いが漂ってきて、俺はそれの前に立ちゆっくりと鍋の蓋を持ち上げた。

 

「……これは……チキンスープか?」

 

 ふわりと湯気が舞い、嗅ぎなれた匂いに少し安堵する。

 チキンブイヨンをベースに作ったチキンスープがたっぷりと入っている。

 具材はぶつ切りにした鶏肉と一玉丸ごと入れた玉ねぎだ……豪快だな。

 

「……こっちはなんだ……っ!?」

 

 可愛らしい籠で覆われた何か。

 ゆっくりとそれを取れば料理があった。

 それは俺が知っている料理で、オムライスである。

 

 

 いや、オムライスではあるが……ケチャップで書かれた文字を見て震えた。

 

 

 

【お前を殺す】

 

 

 

 何だこれは。

 何の冗談でこんな物騒な言葉を……誰がこんな事を。

 

 

 俺は激しく困惑する。

 妙な寒さが増していき俺は体を震わせる。

 心臓の鼓動が早まっていき、俺はゆっくりと籠を戻す。

 

 

「……っ……何の嫌がらせなんだ」

「――嫌がらせじゃねぇよ」

「――ッ!!!?」

 

 

 背後から声が聞こえた。

 びくりと肩を揺らしながら振り返ればミッシェルが立っている。

 白いエプロンだったものは血のように飛び散ったケチャップで赤く汚れていて。

 その頬にも今の俺には返り血にしか見えないケチャップの跡が。

 

 殺気は感じない。

 静かな程であり、この俺が背後に立たれるまで気配を感じなかった。

 彼女の目には光が無く、その手には鋭利な包丁が握られていた。

 限界まで目を見開きながら、光の無い目で俺を見つめる彼女。

 

 怖い。今まで見て来たどんな存在よりも怖かった。

 直視できないほどの何かを感じる。

 光の無い目はブラックフォールのようであり、魂諸共吸い込まれそうだった。

 

 今、分かった。

 今まで感じていた悪寒の正体はこれだ。

 未来視を発動しなくても、俺の本能が危機を察知していた。

 まずい。非常にまずい状況だ。

 何故、こんなことになってしまったのかは分からない。

 

 暑くも無いのに、全身から汗が噴き出す。

 心臓の鼓動が鮮明に聞こえるように感じながら。

 俺は必死に笑みを作って、彼女に声を掛けた。

 

「た、ただいま」

「……おかえり」

「こ、この料理は……み、ミッシェルが作ったのか?」

「……そうだよ」

「……う、美味そうだな……わ、悪いんだが。客が来ている――ッ!?」

 

 客が来ていると言おうとした。

 しかし、最後まで言う事が出来なかった。

 ミッシェルから強烈なプレッシャーを感じた。

 殺気とも怒りとも表現できないほどの黒い何かで。

 俺はかつてないほどの圧に、歯をガチガチと鳴らすしか出来なかった。

 

 恐怖だ。全身を震わす者の正体は純粋な恐怖で。

 俺は目の前の女性一人に命の危機を感じていた。

 殺される。目を逸らしても嘘をついても確実に――逝く。

 

 ミッシェルはゆっくりと言葉を発した。

 

「……なぁ……仕事、じゃなかったのか?」

「な、に、を」

「……女と抱き合った写真を送って来てさ……何?」

「ち、ちが」

「――何が違うんだよ」

 

 底冷えするような声だった。

 俺は小鹿のように足を震わせる。

 一歩、ミッシェルが距離を詰めて来る。

 俺は一歩後退しようとしたが後ろはキッチンで逃げ場はない。

 

「……なぁ……なぁなぁ……なぁなぁなぁなぁ……今、どんな気持ちなんだよ?」

「……ひぃ」

「怯えるなよ……俺は純粋に知りたいんだよ……お前にとってその女は何で……俺は何なのかさ」

「か、彼女は大切な」

「――大切なぁぁぁ?」

 

 両手を上げて勢いよく叩きつける。

 俺の両サイドを手で防ぎながら、彼女は恐ろしい上目遣いで俺を睨んできた。

 怖い。殺されそうであり、気を失いそうだった。

 

 俺は必死になって手に持つ端末を操作して仲間たちに助けを求める。

 しかし、何故か誰も返事をしてくれない。

 何故なのかと思っていれば、ミッシェルはくすりと笑う。

 

「誰も、来ないぜ……ライオットとドリスは泊まり込みで訓練だ。姐さんも同じで、ヴァンは……さっき”眠らせた”」

「ね、眠らせた!? こ、ころして」

「……ふふ」

 

 笑うだけで答えないミッシェル。

 絶対に殺していないと分かるのに、まるで安心できない。

 俺は全身を震わせながら、うっすらと頬を紅潮させるミッシェルを見つめる。

 彼女はゆっくりと何も持っていない方の手で俺の胸板を撫でる。

 

「お前が、悪いんだ……そうやって、俺を弄ぶから……分からせてやるよ」

「だ、ダメだ。良く分からないが、ミッシェル、こういう事はもっと」

「うるせぇな。大丈夫だ。お前は目を閉じてひつじでも数えていれば」

 

 狂気的な笑み。

 熱い吐息を吐きながら、彼女は俺の首に指を添えて――

 

「――ナナシさぁん? まだですかぁ?」

「……先にあっちだな」

 

 ミッシェルが凄まじい速度で首を動かす。

 そうしてゆらりと体を動かしてミヤフジの方へと向かう。

 俺は腰が砕けてしまいその場にへたり込む。

 呼吸を大きく乱しながら、俺は何とか立ち上がろうとした。

 

「きゃああああ!!」

「み、ミヤフジ!!」

 

 よろよろと立ち上がりながら、俺はミッシェルを追う。

 まさか、遂に殺人を――え?

 

 リビングの扉を開けてガレージに続く玄関に行く。

 すると、そこには対面するミヤフジとミッシェルがいて……握手をしていた。

 

 それも、ミヤフジが満面の笑みで彼女の手を両手で握って上下に激しく振っている。

 心の底から嬉しそうな顔であり、俺は何が起きたのかと見ていた。

 

「……ミヤフジか?」

「はい! ユーリ・ミヤフジですよ! お久しぶりです! ノース・カメリア以来ですね!」

「あ、あぁ……もしかして、あの写真の女って……」

「ん? 写真ですか。何の事でしょうか?」

 

 彼女は首を傾げていた。

 俺はハッとして、端末を操作して写真を表示する。

 そうして、彼女に見せれば彼女は両手で口を塞ぎながら少しだけ顔を赤らめる。

 

「た、確かに私とナナシさんです……で、でも! この時は私がナナシさんの方に突っ込んで行ってしまって、ナナシさんは私が怪我をしないように受け止めてくれたんですよ!」

「……本当か?」

「ぁ、あぁ。本当だ」

「……そうか……なぁんだ! だったらさっさとそう言えよ! もぉ俺ってば誤解しちまったじゃねぇか! あははは!」

「は、ははは」

「……次はねぇぞ?」

「……はい」

 

 誤解が解けて笑ったかと思えば、ぎろりと睨まれた。

 何でだ。俺は何も悪い事をしていないのにこの居たたまれなさは……。

 

「さ、入れ入れ! 晩飯はまだなんだろ? ドリスとライオットのオムライスなら余ってるからな。今からお前の分も温め直してやるよ!」

「ありがとうございます!」

「良いって良いって……まぁ怒りで我を忘れた結果。オムライスとチキンスープを作れちまってな……我ながら恐ろしい才能だぜ」

「……そうえいば、ベックたちは?」

「アイツ等か? アイツ等は……何か。SJの奴からの招集があってな。駆り出されちまった。アニーとイヴは文句言ってたけどな」

「……SJが? 何だろう」

 

 ミッシェルの隠された能力を知る。

 そして、ベックたちがSQではなくSJからの頼みで連れて行かれたことに疑問を抱いた。

 メカニックである彼らは優秀だが、それならミッシェルも連れて行く筈で。

 何故、三人だけなのかと気になってしまう。

 

 ミッシェルは三人の帰りは遅いそうで、晩飯も何処かで食べて来ると言っていた。

 彼女は包丁をくるくると回しながらリビングへと戻って行った。

 ミヤフジはすれ違い様に両手を合わせて謝って来る。

 俺は気にしていないと伝えながら、彼女と共にリビングへと戻って行った。

 

 部屋へと入り、手を叩いた。

 すると、部屋全体の灯りがついて。

 モダンな雰囲気で纏めたソファーやその他の家具が見えた。

 彼女は落ち着いた感じで素敵だと褒めてくれて。

 俺は姉の趣味である事を伝えながら、ミッシェルからオムライスを受け取りテーブルに並べた。

 

「……お前を殺す?」

「……斬新だろ」

「……わ、悪かったな。遂、書いちまったんだよ」

 

 ミッシェルは顔を背けながら謝る。

 まぁ別に良いと思いながら、戸棚からスプーンやコップを出して並べていく。

 彼女はチキンスープを軽く混ぜてから、ほろほろになった玉ねぎをお玉で潰していた。

 崩れた身がスープに広がっていき、ミッシェルはそれをかき混ぜてから掬って三人分を器によそっていた。

 冷蔵庫を開ければ、ラップで包まれたオムライスがある。

 俺はそれを取り出してから、レンジへと入れて温め直す。

 

「後はやっておくから。先に食ってろ」

「分かった。ありがとう」

「おう」

 

 ピッチャーを冷蔵庫から取る。

 そうして、机に並べたコップに水を入れてから静かに置く。

 

 大きな机の上にはミヤフジと俺の分のオムライスが置かれて。

 その近くには温かいチキンスープもあった。

 かなりの大きさであるが、ミヤフジの嬉しそうな顔からして完食は余裕だろう。

 

 ミッシェルは椅子に座ってからコップに水を注ぐ。

 俺はミッシェル自身の分はどうしたのかと聞いた。

 すると、もうさっさと食べたと言った。

 

「むしゃくしゃしてたから腹減ってな……ヴァンの奴はもう食べちまって、今は部屋で事務作業中だ」

「……生きていたのか」

「……当たり前だろ」

「ふふ」

 

 顔を見合わせながら互いに困惑する。

 そんな俺たちのやり取りを見てミヤフジは嬉しそうで。

 俺は冷めないうちに食べようと提案し、ミヤフジは頷いてから手を合わせていた。

 

「いただきます!」

「……へぇ」

 

 ミッシェルは感心したように見ていた。

 俺も驚いたように見ていれば、ミヤフジは首を傾げる。

 

「……その所作は……何処で覚えたんだ?」

「あ、これですか? 私のおばあちゃんが教えてくれたんですけど。思い出した時にやるようにしているんです……私、食べ物を前にするとすぐに手が動いちゃって忘れる事が多いんです。へへへ」

「……御祖母さんは、何処の国の出身なんだ……その、俺も食事の終わりに似たような事をしているんだ」

「……うーん。何処だったんだろう……お母さんたちに聞いても知らないらしくて。御祖母ちゃん自身も最期の方は認知症がひどくて何も喋らなくなってしまっていましたから……でも、私にとっては優しくて大好きな人でした……あ、今もですよ!」

「そうか……これは何処の作法なんだろうな」

「さぁそれは俺にも分からねぇ……この際だし、俺もミヤフジのそれしてみようか。飯はねぇけど」

「……じゃ、俺も」

「どうぞどうぞ!」

 

 俺たちはゆっくりと両手を合わせる。

 そうして、スゥっと息を吸ってから言葉を紡ぐ。

 

「「いただきます」」

「……はい、召し上がれ」

 

 三人で笑い合いながら、俺たちはスプーンを取る。

 そうして、食事を初めて互いに談笑しながら今までの事を話し始めた。

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