スーツの上着を脱ぎ手で抱える。
西部地方の中でも比較的温暖な場所での待ち合わせ。
途中までは転移装置により移動し、それからは民間のタクシーを拾った。
道中、運転手の男の視線が怪しく感じたが。
私がバックミラー越しに彼を見れば、さっと視線を逸らしていた……誰にでも気の迷いはある。
タクシーを降りて一つの街に着く。
カレスと呼ばれる異分子の国に属していない街で。
国からの支援が無く、ハーランドの力を借りて生き残っている街だ。
彼らはハーランドの信奉者と言ってもいいほどに、彼らに全幅の信頼を置いている。
だからこそ、あの男が起こした事件についても調べている人間がいた。
主が手を回して色々な人間を使って知られる事は無かったが。
血が流れるのは避けたかったのに、あの男の行動力の高さだけは安心できない。
「……今度は何をするつもりなのか」
照り付ける太陽の下を歩いていく。
そうして、住人たちの視線を受けながら私はあの男が指定した店に向かう。
同じ代行者であり、互いへの連絡手段は確かにあるが。
こうも気軽に私を呼ぶ人間は奴くらいだろう。
それもその筈であり、我々代行者の中では奴が最も個の力が強い。
自然と仲間たちを奴を頭に据えて行動しているのがその証拠だ。
逆らえない。逆らうという考え自体起きない……ただ一人を除いて。
新しく入った代行者の男。
未だに素顔すら明かさないあの男は危険だ。
己の心の内に強い野心を秘めている。
それこそ仲間も神もとって食おうとするほどの邪悪な野心で。
奴の今の狙いはあの男なのか。それとも、この地を去った彼なのか。
分からないが、奴を野放しにするのは危険な気がする。
奴の行動一つで私や他の代行者が死ぬのならまだマシだ。
最も恐れるべき事は神自身が消される事で……いや、違うな。
神が死ぬ事は無い。
神は不滅の存在であり、消すという手段を持つ者はたった一人だけだ。
その一人でさえも、その命は”風前の灯”で……だからこそ、疑問に感じる。
神の複製体であるあの男は死に体で。
放っておいても何れは死ぬだろう。
何も聞かされていないが、主が何もせずに奴を逃がすとは考えにくい。
同じ力を持っているとはいえ奴は紛い物だ。
紛い物如きが本物を出し抜けるとは到底思えない上に、奴自身がここ最近はこちら側に出没したという情報は無い。
昔であれば、奴の情報は少ないながらも上がっていた。
奴自身が動く事で此方の警戒心を煽り統制を乱す事で、他の兵士が動きやすくなる。
それに踊らされて今までも重要な計画の布石を壊されてきた。
最も大きな代償は”希望の子計画”のプロトタイプを強奪された事だ。
アレさえいれば、こうまで苦労する事は無かった。
プロトタイプは後の実験で生み出された成功者とは違う。
総合的な能力は高く。その中でも戦闘能力を強化した事によって”オーバード”への適正もあった。
あと一歩まで実験は進んでいて。
オーバードの完全修復とプロトタイプの最終調整さえ完了すれば良かった。
だが、奴と奴の仲間の企みよってそれは阻止されて。
今では計画自体が白紙になり、オーバードは修復された状態で厳重に封印されていた。
神の複製体は、災厄の一部と神器のデータを奪い、プロトタイプも連れ出した。
今やプロトタイプは調整できないほどに人格が芽生えて、SQと名乗り奴の駒として動いている。
神は言っていた。
自分が奇跡を頼ってまで生み出したオーバード。
完全に破壊された一つを除き、唯一残ったそれを起動させる事が出来れば世界は蘇ると。
過去、未来でさえも自由に行き来できるそれ。
二つが揃えばあらゆる事象への干渉に加えて、生きとし生ける者の願いを叶える願望機になり得る。
絶対無敵の古代兵器であり、何者も破壊できない奇跡そのものだ。
それらを起動できた人間は既にこの世にはおらず。
完全に魂を復元し蘇らせる事は不可能で。だからこそ、プロタイプや彼が生まれた。
――そうだ。何千何万という屍を築いてでも、神はこの計画は成功させたかったのだ。
今更、自分を善人だとは思わない。
この計画に間接的に自分も関わっており、私はそれを止めなかった。
神が愛した世界を蘇らせる事は……私にとっても夢だからだ。
あの方が言っていた本物の世界。
私はその世界を見てみたいと思った。
こんなにも残酷で美しい世界が偽物なら、本物とはどれほどに綺麗なのかと。
単純な好奇心だ。
老いても変わる事は無い。
未知を知りたいという欲求には逆らえない。
だからこそ、私は自分の知らない戦場に出て戦いに明け暮れた。
知りたい。全てを知りたい……その結果、多くの罪も犯した。
過去には帰れない。
失った命が戻る事は無い。
だが、神は約束した。
消えていった命は再び蘇る。
私が望むのであれば本物の世界で生きる権利を彼らに与えようと……夢だ。何処まで行っても。
自らの過ちを悔いて、それを拭う為に私はあの方に付き従う。
己が好奇心を満たす為。そして、己が罪の贖罪の為に。
「……此処か」
一軒の店。
そこは飲食店でも無ければ、ゆったりとくつろげるスペースも無い小さな本屋だ。
今の時代では紙よりも電子で何でも揃えたがる人間が多い。
しかし、一部の地方の街ではこのように紙の本を売っている店もある。
ほとんど買う人間がいなくとも、趣味で営んでいるという理由が多いらしいが。
扉を開けて中へと入る。
電気はついている。
インフラはまだ完全には整っていない筈だが、此処は自家発電で電気を調達している様だ。
カウンターには子供が座っていて小さく会釈をする。
私は子供を怯えさせないように笑みを浮かべながら、人を尋ねに来た事を伝えた。
「……おじさんの名前は?」
「ジョット・カルローネだ」
「……奥の部屋で待っているよ。鍵は開いてる」
「ありがとう」
私は彼にお礼を言って奥の扉に進む。
チラリと見れば、本棚にはぎっしりと本が入れられていた。
内容はきちんと整頓されている様であり、哲学書や研究資料なども置いてある……奴の趣味だな。
気まぐれでこういう店を援助する男。
奴曰く、過去の人間の記したものを集め保管する事が生きがいらしい。
何れ全てが消えたとしても、それまでに多くの人間たちに知識や経験を授ける……奴らしいとは思う。
扉の前に立ちノブを回す。
ガチャリと扉を開けて中に入れば、先に待っていた仮面の男が手を挙げる。
「やぁジョット。久しぶりだな」
「……こんな僻地に代行者が二人も揃うとは、親衛隊の連中も考え付かないだろうな」
「はは、どうだろうか。意表を突くという点では我々よりも彼らの方が上だと思うが……まぁ座ってくれ。茶は無いが、許せ」
私は片手で本を読んでいた奴に促されるままに対面の椅子に座る。
周りに目を向ければ、此処にも本が山積みされていた。
恐らく、本棚に入りきらなかった本を此処に置いているのだろうが……雑だな。
ただ上へと積み重なているだけであり、愛着も何も感じない。
店に出す本は綺麗に並べても、見えない所ではこれか。
恐らく、此処の店の主人も本そのものはただ金に換える為のものでしかないのだろう。
奴を見れば怒りも何も無く、ただ薄っすらと笑みを浮かべながら本を読んでいるだけだった。
赤い装丁の本だ。
分厚いという程でもないがタイトルは書かれていない。
奴はそれを楽しそうに見ていて……パタリと閉じる。
「……何を読んでいたんだ?」
「ん? あぁこれか……兄弟の物語だ。互いに別々の国に従える事になった兄弟の話で……最期は互いに命を懸けた戦いをして……」
「……自分の目で確かめろと?」
「……興味があるのなら」
奴はゆっくりと本を渡してきた。
私は暫く考えてからその本を受け取る。
奴は「返却はしなくていい」と言う。
「……それで、何故、私を此処へ呼んだ? 話だけなら別の場所でも」
「――間もなく、”掃除”が行われるらしい」
「……っ!」
代行者ベン・ルイスがハッキリと言った。
掃除という言葉の意味は理解している。
そしてそれを行う場所にも見当はついていて……準備が整ったとでも言うのか?
「だが、鍵はまだ全て揃っては」
「いや、問題ない……君も知っているだろうが。明日、SAWは今まで武装にしか使えなかった新エネルギーを今後はメリウスにも使えるように改良したと公表する……隠す気は無かったが。我々も協力した事で生産効率が格段に上がった……公表すれば瞬く間に全てのエネルギーが万象により生み出されたそれになるだろう。それに合わせて、我々も協力し”ある技術”を全ての企業に譲渡するつもりだ」
「……まさか、それは」
「あぁ、君の想像通り。エネルギーの性質変化を促す為のシステムだ……最も、灰燼も流天も並みの傭兵では使えないが。回禄ならば強制的に使える……此処まで聞けば、何をしようとしているかは分かるな?」
「…………本当に、実行するのか? もっと別の手段が」
「――ない。少なくとも、掃除までには間に合わないな。諦めてくれ」
私は思わず拳を握ってしまう。
万象の技術は知っている。
そして、それを発展進化させた技術を使っているのは奴の愛機であるオラース・ヴェルネだ。
……正直、私は万象も奴の機体も好かない。
異分子とはいえ人として生まれたそれらを家畜のように扱い。
エネルギーを生み出す為の材料にしているのだ。
真面な感性がある人間であれば、誰でも嫌になる仕組みだ。
少なくとも、私はそんなものを使いたいとは思わない……が、実際にはそれで命を救われている。
あの島でのエネルギーの爆発でも。
咄嗟に内蔵されたエネルギーを流天に変えた事で防げた。
どんなに毛嫌いしようともアレ等が有用である事に変わらない。
あぁそうだ。
使える道具を好き嫌いで使うかどうか決めて良い筈がない。
使えるもの全てを使って戦わなければ死ぬだけだ。
だからこそ、心の中では嫌悪するものでも私は使う……我ながらひどい人間だ。
昔であれば、まだマシだったかもしれない。
それもこれも、ナナシ君と話をしてしまったからだ。
彼のような異分子がいると知って、私の中に迷いが生まれた。
異分子が全て彼のようなものではない。
しかし、少なくともナナシ君はこの世界と向き合って生きている。
己の不幸を呪う事も無く、必死でこの世界で生きていた。
そんな存在を知ったからこそ、彼と同じ異分子を家畜のように扱う万象などは……ダメだ。
「……分かった……つまり、私に奴を始末するように言いたいんだな」
「……やっぱり、君は頭が良い……Kクラスは私が”全て”請け負う。君には”プロトタイプ”を任せるよ……他はそこまで重要ではないが。他の代行者にも仕事を与えなくてはいけない」
「……」
私は静かに頷く。
実行の時はすぐではないが。
新エネルギーの普及と技術の提供が完了すれば、鍵は手に入ってしまう。
態々、ジョン・カワセを泳がせていたのも鍵を早期に手にする為だったか。
残り一つだけなら強引な方法で手に入るからリスクを承知で……やはり、神が消える未来は存在しない。
「……話はそれだけだ。どうしても、直接会って話したかったから呼び出してしまった。すまなかった」
「……問題ない。万が一にも、情報が漏れてはいけない事は理解している……では、私は準備がある。他の代行者には私から伝えておこう」
「あぁ、頼む……ジョット」
本を持って立ち上がる。
そうして、この場から去ろうとすれば奴は私を呼び止めた。
私は振り返る事無く、どうしたのかと聞く。
「……プロトタイプはもう計画には必要ない……判断を誤る事は無いと信じているが」
「――私は兵士だ。私情で任務を放棄する事は無い」
「……なら、いい……君には期待している。良い結果を願うよ」
奴からの言葉を受けて、私は無言で扉を開ける。
扉を開ければ子供がカウンターから身を乗り出していた。
彼は私が出てきた事に驚いて身を隠す。
私はそのまま彼の横を通り過ぎようとして、足を止める。
静かに彼を見れば怯えた目をしていて首を左右に振っていた。
私はゆっくりと手に抱える上着のポケットに手を入れて……財布を出し、中から硬貨を出してカウンターに置いた。
「……?」
「この本を買いたい……足りないかな?」
「い、いや……あ、ありがとうございます」
「あぁ、また来る」
私はそう言って店から出た。
街を歩く人間たちの中には異分子もいる。
彼らの目には光は無く。地面を見つめながら重い荷物を抱えて歩いている。
まるで奴隷であり、そんな彼らの背を蹴って嘲る人間たちは醜悪だ。
私はそんな光景を一瞥し、そのまま街の外へ出る為に歩き出す。
じりじりとした太陽の光を受けて、汗が頬を伝っていく。
私は前を見つめながら、ぼそりと呟いた。
「偽物の醜さは……本物以上なのか」
完璧な人間ならば、そんな醜悪さも無い。
神の目指すべき本物の人間は、穢れが無い存在だろう。
だが、もしも、人間の醜さが消えてしまえば……それは本物と言えるのか。