カタカタとパソコンを操作して必要な情報を打ち込んでいく。
メカニックとしての力量を認められたのは良い。
問題なのは膨大な量のデータを専用の機械で読み込み。
そのデータを分析し、その都度、不必要なデータを除去したり情報を加える作業を任された事だ。
広い部屋の中には俺以外にも多くの人間がいる。
そのどれもが俺なんかよりもこの何かについて詳しそうな連中で……一体何なんだよ、これ?
栄養ドリンクを脇に置きながら仕事を熟しつつ。
両隣のアニーとイブを見る。
俺よりも優秀なこいつらは更に仕事量が多いらしい。
本来であればオーバーワークになりかねない量でも。
こいつらが得意としている分野だからか、終わるスピードも俺と同じくらいだ。
やってもやっても次の作業が待っている。
先輩方はこんな拷問のような仕事をずっと熟しているようで。
休憩時間にそれとなく聞いてみたが、彼らも詳しくは教えられていないらしい。
ただ重要なシステムに関する修正作業であり、これを全くしていなければ国の維持に重要な問題が発生するようだ。
俺たちのPCは常に監視されており、もしも不正使用したりウィルスを流せば一発で逮捕だろう。
今までそんな事をした奴はいないらしいが。
先輩は死にたくなければ真面目に仕事をする事だとアドバイスしてくれた……まぁ給料はかなり良いからな。
仕事が退屈なだけで金払いは良い。
与えられた仕事以上に業務を熟せばボーナスだって出る。
作業が長引けば残業代だって出るし。
社員食堂も完備されている上に、有給だって申請すれば必ず通るらしい。
不満はさほどない……けど、不気味だよなぁ。
一体、自分が何の仕事をしているのか分からない。
それほど気色の悪い事は無いだろう。
せめて具体的にどんな仕事をしているかだけでも分かれば良いんだけど……教えてくればいよなぁ。
データの一つ一つだけでは判断がつかない。
俺の知っている中で最新のプログラミング言語を使用してはいるが。
これほどの膨大な量のデータを使用するものなんて俺は知らない。
システムから吐き出されるデータだけでは断言できないが。
これがほんの一部であるのなら、メインとなるシステムはかなり複雑で高度な技術が使われていると思う。
それこそ、高度な人工知能を超えるほどのものであり、それこそこいつは……いや、ダメだ。
邪推を止める。
俺みたいな末端が考察したって意味はない。
俺は漫画の主人公でも無ければ、スーパーパワーを持ったヒーローでもない。
自分の手に余る事を考えたところで、俺には何も出来ないんだ。
それは重々分かっている……でも、気になるんだよなぁ。
「……」
そもそも、これらのデータは何を動かして何をしている事で発生するんだ?
こんなにも膨大なデータは見たことが無い。
それも処理を怠れば溜まる一方であり、恐らくはこれ自体はまだ完成していないように思える。
もしも完成しているのであれば不具合は起きないし、此処まで不要なデータが発生する事も無い。
多分だが、連続使用をずっと続けながらシステム自体が自分自身を調整しているんだろう。
そう考えれば、このシステムがただのシステムでは無いように思える。
自立思考型とも言えるけど……でも、それなら人の手なんていらないよなぁ。
自立思考型は自分で考えて自分で間違いを正せる。
人間の手はほとんどいらないからこそ、自立思考型なのだ。
つまり、これは自立思考型のシステムではなく。
あくまで膨大なデータを吐き出し続ける巨大なシステムと言う事になる。
……いや、分かんねぇよ。何だよそれ?
自立思考型なんて見たことが無い。
精々が映画の中の産物で、現実ではそれを模した機械体くらいだろう。
アイツ等は自分で考えているように見えるだけで、予めプログラムされたもののなかから最適な答えを出して動いているだけだからな。
やっぱり駄目だ。
考えたって凡人の頭ではこれが限界だ。
俺はくしゃくしゃと頭を掻いてから、大きく息を吐く。
そうして、すっかり温くなった栄養剤をグイッと飲む。
人手が足りず、最終的な確認などを主にしている。
吐き出されるデータを確認し分析するだけだ。
もしも大きな異常が見られたりすれば上に報告すればいい。
それ以外の小さな綻びは己の技術で解決し終わればまた別のデータを分析する。
空いた時間で別のデータの分析も頼まれて、今はそこの修正をしているが……本当は勘弁してほしい。
俺はこういう細かい作業が苦手なんだ。
俺なんかよりもミッシェル先輩を雇った方が何倍もいい筈なのに。
あのSJと名乗った男は、それはダメだと言っていた。
俺は苦い顔をしながら最後の修正を終わらせる。
すると、就業時間の終わりを告げるベルが鳴る。
《作業を終えてください。本日の業務は終了しました。退勤カードをお忘れなく》
「……うはぁぁ、疲れたぁぁ……あぁビールが飲みてぇよぉぉ焼き鳥も食いてぇぇ」
俺は椅子の背に身を預けながら亡者のように欲望を吐く。
周りの人間たちはそんな俺を笑っていた。
が、慣れているとはいえ他の奴らだって同じくらい疲れている。
笑うだけでジョークも言わずにいそいそと帰り支度を始めていた。
椅子に座って作業をしていた彼らは伸びをしたり片づけを初めて。
俺も肩をボキボキと鳴らしてから、両隣に座るアニーとイヴに声を掛けた。
「やっと終わったなぁ……はぁ、疲れた。マッサージに行きてぇよ」
「……そう」
「……なるほど」
俺の声を聞いて返事をする二人。
しかし、心ここにあらずと言った感じで。
俺はどうしたのかと思いつつ、二人が何をしているのかと見た。
すると、二人はパソコンの複数のウィンドを展開して――て、おい!?
「おま――マズいって。バレたらやばいぞ!」
「静かに……完了。イヴ」
「ん。こっちも……でも、深部には潜れない。ここまで」
「やばいやばいやばいぃ」
アニーとイヴはあろうことかパソコンに外部メモリを差し込んでいる。
PCの監視を誤認させた上で、メインシステムに繋がりデータバンクにアクセスしていた。
隠れて何かコソコソしているとは思っていたが。
まさか、作業を効率よく終わらせながらハッキングをしているなんて……バレたらやばいじゃねえか!
俺はあわあわとしながら周りを見る。
俺たちの事なんか目に入っていない作業員たち。
目の下に大きなクマをつくっているような奴らだ。
仕事が終われば頭にあるのは飯食ってベッドで眠る事だけで。
それが功を奏したわけではないが、バレてはいない。
幸いにも此処には監視カメラの類は無い。だが、安心はできなかった。
二人がやっていたのはどう見てもハッキングで。
此処の中央データバンクに不正にアクセスし情報を盗み見ていた。
流石にコピーをすれば跡が残ると理解しているからか。
二人はそこに書かれた膨大な情報を一瞬にして読み込んでいった。
此処が天才と凡才の違いであり、イヴとアニーは確認を終えてから全てを閉じていった。
外部メモリを取りパソコンの電源を落としてから、二人は指を動かして端末で思考をリンクする様に言ってくる。
俺はもう生きた心地がしなかったが、言われるがままにするしかなかった。
端末を操作して思考をリンクさせる。
二人も片手間で操作をして、すぐに連絡が掛かって来た。
俺は端末を戻してから通話を繋ぎ、思考リンクによって頭の中で二人と会話を試みた。
『テスト、あほ聞こえる?』
『誰がアホだ!!』
『ん。問題なし、イヴは?』
『大丈夫。情報共有を始めよう』
二人は椅子から立ち上がりコートを取る。
それを羽織りながら俺と視線を合わせる事無く移動を始めた。
俺もハッとしてジャケットを羽織りながら二人の後をついていく。
退勤カードを差し込んでから元の場所に戻して。
三人で外へと出れば、誰もいなくなった部屋に通じる扉は自動でロックが掛かった。
廊下を歩きながら、俺は二人の背中を見つめる。
『なぁ何を見たんだよ? やばいもんか?』
『うん。やばい。バレたら殺される』
『ひぃぃ!!』
『……嘘だよ』
『お、驚かせんじゃねぇよ!』
俺は表情を強張らせる。
二人は通り過ぎる人には視線を向けていない。
俺だけがビクビクとしていて、二人は共同不審だと俺をバカにしてきた。
不審にもなる。それだけヤバい事をしていたんだから。
逆に此処まで落ち着いていられるこいつらの思考の方が可笑しいだろう。
俺がそんな事を思っていれば、二人は褒めるなと言って来た……ほ、褒めてねぇ。
アニーは不安を感じている俺に対して、更に不安にさせるような事を言ってくる。
『でも、あまり口外は出来ない。少なくとも拘束はされると思うから』
『……で、結局何だったんだ。もしかして、今まで俺たちが関わってた仕事に関係があるのか?』
『ある。アレ等はとある大規模なシステムのクリーン作業だったから』
『……大規模なシステム? それって何のだよ。どっかの環境システムとか生産工場の統制システムとかか?』
『違う。もっと巨大なシステム……それこそ、簡易的な”世界”を構築する為のものっぽい』
「は? 世界って――ぅぶ!」
アニーの言葉に思わず声を出す。
すると、間髪入れずに二人に腹を殴られる。
俺はくぐもった声をあげながら腹を抑えた。
今のは俺が悪く小声で謝りながらよろよろと歩き出す。
廊下には自販機などが設置されていて。
その前には椅子や机も設置されている。
もう時間は遅いが、何名かが椅子に座って作業をしている。
そんな奴らがおかしなものを見るような目で俺たちを見ていた。
ボロを出して怪しまれて上に報告される訳にはいかない。
「あ、あぁ世界最強の男になりてぇなぁ。海賊王なんて最高だろぉ?」
「……バカ」
「……アホ」
夢見がちな大人になり切れない大人を演じる。
大根役者のような演技に、二人はぼそりと悪態を吐き捨てて足を速めていった。
不審そうに見ていた人間たちは呆れながらも自分たちの仕事へと戻って行く。
俺は姿勢を正しながら前を見て二人を追いかけた。
『その世界を構築するシステムって……具体的にはどんなのだ?』
『……オーメル先生の仮想空間論を憶えてる?』
『え、えっと……確か。現実世界みたいな空間を電子空間で生み出す技術で……今で言うフルダイブのVRの事だっけ?』
アニーの質問に答える。
すると、アイツは大体合っていると言って説明を続けた。
『オーメル先生は仮想空間を生み出す技術が発展すれば、何れはそこで人間の欲求全てを満たす事が可能だって言ってた。全ては1と0で構成されていて、それを解析し正確に打ち出せれば如何なる願いも叶うって……食べ物を生み出し食べれば食欲を満たし、眠気を感じて眠れば疲労が消えるって。今のVRでも大体の事は出来るけど。流石に現実に戻れば疲労はそのままだし空腹だって満たせない。全て単なる情報で、偽物だから……でも、あのファイルにはそれら全てが実現できるって書いてあった』
『……つまりだ。今までの仕事はその完璧な仮想空間を構築する為のものだって事か? いや、でも……それだったらもっと膨大なデータになるんじゃ』
『そう、だからアレは一部。クリーン作業って言ったでしょ。アレは出て来た埃を払うだけの作業。埃がどんなものかを分析して、害がないかどうかをチェックしていただけ。システムの構築自体には関係ない』
『は、はぁ!? え、じゃあ壮大な事してたはずなのに。アレ全部ただの大掃除だってのか!? プログラミングもしてたんだぞ!?』
『因みにベックがやってたプログラミングは初歩的なもの。アレは自動ツールの微調整程度だよ。大方、埃のデータをデータバンクに保存する時のタグ付けのようなもの』
『そ、そんなぁ』
イヴの言葉に思わず肩を落としそうになる。
だが、アニーはそう悲観する事ではないと言っていた。
『初歩的な事でも、本物に近い世界を限定的にとはいえ作り出すから。膨大な量のデータの分析が必要になる。今までやってきたから分かる。アレには法則も無ければ理論も無い。全てが出鱈目に見えるような複雑さ。間違っても機械で全てを判断できるものじゃない。もしも全てを自動ツールに任せれば、小さな歪が大きくなって全てが破綻する……だからこそ、私たちやベックがいなければ重大な失敗が発生しかねなかった。その点では、私たちは重要な存在』
『そ、そうかぁ? なら、いいんだけどよぉ』
アニーの言葉に少し照れた。
すると、イヴがぶすっとしたような声を思念で飛ばす。
『調子に乗るな……私の閲覧したファイルには、アレはまだ未完成だって出てた。多分、そこには世界にとって重要な要素が欠けているんだと思う。アニーはどう?』
『……私の所には、よく分からない計画書があった……多分、そう遠くない日にそれを使う事になるって』
『……何に使うんだよ。そんなスケールのデカいもん。ゲームでもするのか? FPSとか』
俺がそう言えば、奴らは思考の中でため息を吐く……何だよ。
『バカは放っておいて……先輩に報告するべき』
『私もそう思う……けど、アイツ等が先輩をこの作業から除外したのは……多分、意味がある』
『私たちよりも優秀だから……何かに気づくと思ったのかもしれない』
『先輩だったら何かに気づくと思うけど……今は言わない方がいいかもしれない』
『……俺もその方が良いと思うぜ……いや! 我が身可愛さに保身に走った訳じゃねぇぞ……ただ、アイツ等はアイツ等なりに何か考えがあったんじゃないかって思うんだ』
『……それは私的な理由?』
アニーは足を止める。
振り返って俺の目を見ながら問いかけて来た。
俺はそんな奴の目をジッと見つめながら思考で断言した。
『あぁそうだよ。仕事の愚痴を言い合って、美味しい昼飯をご馳走になって。巨乳と貧乳の事で熱い議論を交わして、エロ本を貸してくれたアイツ等は良い奴だ。そんな奴らが悪意を持っているなんて俺には思えない』
俺はハッキリと言った。
すると、二人はまた思考の中でため息を吐いた。
『……最低な理由……でも、ベックらしい……分かった。私はベックを信じる。元々私たちにとっての社長は貴方だから』
『私もそうする。そしていつの日か、この借りを返してもらう』
『お、おう……まぁ兎に角、きなくせぇけど……俺たちは俺たちらしく行こう』
俺は親指を立てる。
すると二人はくすりと笑って歩き出した。
俺も歩き出そうとして――足を止める。
俺たちの目の前には誰かが立っていた。
その男は仕立ての良いスーツを着ていて。
スラッとした慎重に足が長くまるでモデルのようだ。
いや、モデル何てものでは表せないほどに完璧な体系で。
身長は恐らく百八十以上はあるだろう。
顔面だって凄まじく良い。
きりっとした目は綺麗な青い瞳で。
黄金のように輝くブロンドの髪は肩口で切り揃えられていた。
惚れ惚れするような王子様のようないで立ちで、奴は笑みを浮かべながら片手を上げた。
「やぁ」
「……誰」
「お、おい」
イヴはぶっきらぼうに言う。
警戒心を露わにしながら二人は俺の隣に立つ。
すると、イケメン野郎はくすりと笑い自己紹介がまだだった事を謝る。
「僕は親衛隊のメンバー。CKが今の名前であり、コードネームだ」
「――! Kクラス……」
「お、大物じゃねぇか!」
アニーは表情を強張らせる。
俺の方も緊張してしまいそうになっていた。
奴はそんな俺たちなどお構いなしに話しかけて来る。
「君たちがナナシ君のお友達で……間違いないかな?」
「……だったら、何」
「話をしておきたくてね。君たちが知った――仮想世界について」
「「「――!!」」」
マズい。マズいマズいマズいマズいマズい――めっちゃマズい!
何で、どうして。
こいつはそれを知っているのか。
いや、知ったとして何でこいつが目の前にいる。
あり得ない。俺たちが不正にアクセスしたと知ったとしても。
こいつがこんなにも早くに気づいて目の前に立っている筈がない。
明らかに異常な早さであり、事前に知っていなければ此処にいる筈がないのだ。
「その顔だと、やっぱり知ってしまったみたいだね」
「……だったら、どうするの?」
「……? どうもしない。言っただろ、話をしに来たって……僕は王の命で此処にいるから」
「お、王様って……これって本格的に詰みなんじゃ……み、短い人生だったぁ」
「アホ。諦めるな」
アニーは俺の脇を小突く。
諦めるなと言っても、相手は全てを知っているんだ。
どう弁解したって証拠があるのなら意味はない。
だからこそ、この状況を悲観する事しか出来ないんだ。
そんな俺たちを見ながら、イケメンはくすくすと笑う。
「安心して欲しい。別に君たちに罪を問う訳じゃない……これは決まっていた事だ。君たちはそうすると運命で決まっていた。だからこそ、それでとやかく言う事はしない。誓って君たちに危害は加えないよ」
「……そ、そうですかぁ……何だよ運命って。ポエマーか?」
「はは、違うよ。詩は好きだけどね」
「……殺されるぅ」
ブルブルと震えながら俺はイヴの背中に隠れる。
すると、奴は踵を返して歩き出した。
「ついてきてくれ。此処では話せない事だ。聞きたくないのなら良いけど……あまりおすすめはしない」
「……拒否権はないって事」
「……腹を括る」
「え、え、え……えぇぇ」
俺以上に漢らしい二人。
置いていかれる形になった俺は考えた。
ついていけば碌な目に遭わない。
ついていかなくても碌な目に遭わない。
知って後悔するか。
知らずに後悔するのなら……えぇい。もう知らねぇ!!
俺は三人を追いかける。
どうなるのかなんて分からないけど。
どうせ後悔するんだったら知ってやる。
俺は覚悟を決めながらついていく。
「足、震えてる」
「無理するな。アフロ」
「う、うるせぇ」
怖いよ。めっちゃ怖い。
けど、こいつらは俺を信じてくれたんだ。
俺一人が安全圏にいていい訳ない。
少なくともこいつらの前では格好をつけてやる。
俺は不安と恐怖を押し込めながら。
得体の知れない強者の背中を見つめていた。