【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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165:歪んだ愛(side:ベン・ルイス)

 薄暗い部屋の一室。

 窓から差す光だけが頼りの場所で、私は端末を抜き取る。

 そうして、短いノイズの後に仲間の声が聞こえて来た。

 

《……代行者ランス・ブルームが戦死した……カメリアの防衛任務を放棄し独断行動。代行者権限による支援要請により二機の執行機が派遣されたが。それらも破壊された状態で発見された……結果的にはカメリアへの被害は出なかったが。親衛隊と思わしき異分子たちには一杯食わされた……最期の通信によればランスは裏切者を焙りだすと言っていたらしい……心当たりはあるか?》

「……無い。そもそも、彼と私はあまり交流が無かったからね。いや、避けられていたと言ってもいいだろう」

《……そうだな。ランスは誰よりも神を信奉する”野心家”だった。最も主に重宝されるお前の事は気に食わなかったのだろう》

 

 秘匿回線による通信。

 ジョークのつもりかは分からないが。

 元軍人の男はストレートな感想を私に言ってきた。

 私はくすりと笑いながらもそれを否定する事はしなかった。

 

 通信機越しにジョット・カルローネと会話をする。

 彼は今、別の任務により何処かに派遣されていた筈だ。

 そんな彼が今回の訃報を報告する為だけに私に秘匿回線を繋いできた……いや、違う。

 

 

 彼は言葉では事務的な報告と共に私への確認もしているが……何か勘付いたのか。

 

 

 ジョットは頭が良い。

 軍人としての経験も豊富であり、状況証拠が無くともおおよその予想はつけているだろう。

 今回の一件ではランスが独断先行により、異分子の国の兵士と交戦。

 結果、惨敗を喫して執行機諸共始末された事になっている。

 が、彼の事だからそれだけでは無いと考えているんだろう。

 

 報告に関しては既に神から受け取ってある。

 だからこそ、こうして態々、彼自身が私に伝えてきた事は本来であれば意味が無い。

 そんな事は両者ともに理解しているが、互いに藪蛇を突くようなものだ。

 探り探りであり、私自身も余計な事は言わないようにしている。

 最も私が異分子であったことを抜きにしても、彼と仲が悪かったから私が怪しく見えるのは当然だ。

 彼が死んで得をする代行者ならば、やはり私だろう。

 それほどまでに彼は私の粗を探す事に執着していて……邪魔ではあった。

 

「ランスの件は他の人間にも報告したかな?」

《……いや、私の口では伝えていない……そうか。既に知っていたのか》

「まぁ事が事だ。知らぬままには出来ないだろう……それにしても、このタイミングで欠員とは……凶事の前触れかな」

《……あり得る話だ。神がいるんだ。そういったオカルトも信じざるを得ない》

「君にしては珍しいな……だが、関係ないさ。全ては神のシナリオ通りに進む。我らはただ舞台で役を演じるだけだ」

《……役、か……あまり良い気分はしない》

 

 彼は軍人だった。

 だからこそ、オカルトなどの目に見えないものは信じないと思っていた。

 しかし、今回の彼は否定はしない。

 それもそうだ。彼はずっと神と共にあった。

 シナリオ通りに全てが進んでいると知れば、誰であれ目に見えない力を信じざるを得なくなる。

 ランスの件に関しても、恐らく神は……いや、やめておこう。

 

 結果的に彼は死んだが、彼は此処で私を糾弾する事は出来ない。

 私に態々報告してきたと言う事は、既に主による調べも済んである筈だ。

 そうでなければこのように回りくどい事はしない。

 直接呼んで疑いを晴らせるか。それとも、証拠を突きつけた上で厳正な処罰を下す筈で。

 主はこの一件に関しては穏便に済ませるのが私の考えだ。

 

 ただでさえ、計画が中盤に差し掛かっている。

 世界への万象により生み出されたエネルギーの普及率は既に七十を超えている。

 このまま行けば、規定値とされる九十パーセントにもすぐに届く筈だ。

 それまでは代行者同士を争わせて数を減らさせる訳にはいかない。

 全て私の”想像通り”であり……上手く行っている。

 

 私は通信機を持ちながらジョットに言葉を送る。

 

「ランスは優秀な兵士だった。彼ほどに戦い方が野性的で判断力のある男はいなかっただろう……だが、彼には運が無かった。ただそれだけだ」

《……運か……そうだな。運が無かった。だから死んだ……幸いにも彼のデータは”記録されている”。新たな人員の補充は無い……ベン。お前は死なないでくれ》

「……それはどういう意味だ? まさか、君ほどの男が感傷的になったのか」

《……そうかもしれない……私はいい。だが、お前が死ねば。この組織も計画も終わる……替えの効かないパーツも、難儀な物だと思っただけだ……連絡は終わりだ。それではな》

「あぁ、ありがとう……ふぅ」

 

 通信を終えて端末を戻す。

 部屋の灯りを指を鳴らしてつける。

 パチパチと電気が灯り、背後から一人の女性が近づいて来た……セラか。

 

「……どうした? 君がこんな時間に私を尋ねて来るなんて……もうとっくに深夜一時を回っているよ」

「……すみません。ですが、ルイス様が気に掛かり。転移装置を使わせて頂きました」

「……あれにはあまり頼らない方が良い。科学的根拠は無いが、アレを多用すれば人体の構造に悪影響を及ぼす」

 

 私はそう言いながら椅子を回す。

 白い壁に囲まれた空間で、スーツを着たルイス君は愁いを帯びた目を私に向けて来る。

 彼女は何時もそうだ。大事な日には必ず私の元へと来てくれる。

 

 喜びも悲しみも、彼女は私と共有したいのだろう……本当に子供のようだ。

 

「君の目には私はどう映っているのか……さしずめ兄か、父と言った所かな?」

「……っ。そのような事は……ですが、もしもそのような関係であったのなら……私は今以上に貴方を尊敬していたでしょう」

「はは、それは嬉しい事だ……セラ、君はもう自由なんだ。復讐に囚われる事も、亡き両親の影を追う必要も無い……今の君は何がしたい?」

「……」

 

 彼女の瞳をマスク越しに見つめる。

 懐かしい記憶だ。

 彼女と初めて会った時、彼女の目には今のように美しい輝きは無かった。

 

 世界の悪意を煮詰めたような闇がそこにはあって。

 彼女は全ての不徳と罪を憎み。あらゆる悪を消して行っていた。

 リストにも乗るほどの大量虐殺者であり、この若さで類まれなる戦闘経験を有しているのもその過去があるからだ。

 

 彼女の事は代行者に引き入れる前に調べてある。

 何不自由ない暮らしを送っていて、神を信仰する両親の元に生まれて。

 平凡でありながら小さな幸せに溢れた人生を送る筈だった。

 だが、ある時に家に押し入った強盗に両親を惨殺されて連れ去られた彼女は”身も心も”穢された。

 三日三晩つづいた暴行の果てに山に捨てられた彼女は一人で街へと降りようとして。

 偶々通りかかった警官に助けを求めて……”同じ穢れ”を刻み込まれた。

 

 彼女は隙をついて警官の拳銃を奪い射殺。

 そこから彼女は世界に蔓延る悪意を憎み。

 あらゆる戦闘技能を学び、あらゆる手段を使って全ての罪人を消してきた。

 

 殺して殺して。蛆のように湧くそれらを排除して……感動した。

 

 彼女の目は確かに濁りに濁っていた。

 しかし、その光の無い目も私は好きだった。

 全てを憎み殺し尽くそうとする心は――”今の私と少し似ている”。

 

 だからこそ、彼女の始末を命じられていながら。

 私は彼女を生かして同じ代行者となる道を示した。

 世界の悪を根絶させたいのなら、全ての罪を洗い流し穢れ無き世界を作りたいのなら――この手を取れと彼女に命じて。

 

 その時から彼女は主を敬愛し。

 私に従う従者のようになった。

 だからだろうか、彼女が私を見つめる瞳にそういった”欲”があるのも知っていた。

 

 私は意地悪だろうか。

 彼女自身にしたい事を尋ねるのは失礼かもしれない。

 女性に恥を掻かせる事は男の汚点で……だが、彼女自身の口から聞きたい。

 

 セラは私を見つめて小さく微笑む。

 

「……撫でてくれませんか。その大きな手で私を」

「……それだけでいいのか?」

「はい。今はそれで……”貴方を信じられます”」

「……そうか」

 

 今の発言でようやく確信を持てた。

 セラ・ドレイクという女は完璧に私の心を理解していた。

 

 何時からなのかは聞かない。

 私は椅子から立ち上がり、彼女の前に立つ。

 そうして、彼女の頭に手を伸ばして髪を優しく撫でた。

 

 絹糸のようにさらさらで。

 手入れの行き届いた髪を撫でればふわりと花の香りがした。

 私は目を細めながら笑う彼女を見て、くすりと笑う。

 

 

 ……どうでもいい。気づいていようと、気づかれていまいと。

 

 

 私は人間となったが異分子だ。

 間違いなくあの国で過ごしていて、”特別な教育”を施されていた。

 ”仲間殺し”をするまでは”記憶も封じられて”いて。

 それを取り戻し深く絶望した私の心は次第にとある欲に満ちていった。

 

 私は異分子だ。

 そして、あの国には愛する家族が住んでいる。

 今頃はどんな人生を送っているのか。

 私が兵士となった日から、この心には家族への愛がある。

 

 深い深い愛情で。

 どんな形であろうとも、私は父と母を……弟を愛している。

 

 近い内に再会できるだろう。

 彼らに齎した情報を私の読み通りに受け取れば、だ。

 

 大丈夫だ。

 私は彼らを信じている。

 あの国の兵士たちは優秀であり、その誰もが平和への夢を捨てていない。

 

 神が作る完璧な世界には、真の平和は無い。

 あるのは争いと欲望。そして感情が消えたつまらない世界で。

 彼らが目指す平和には、神が不要と判断した全てが詰まっているだろう。

 

 私は神を信じている。

 そして、同じほどにあの国を愛していた。

 

 神の作る世界は完全だ。

 ノイマンの作る世界は不完全だ。

 

 つまらない平和か。

 刺激的な毎日か。

 

 個性を失った人間なんて興味が無い。

 それぞれが我を持ち、各々の欲望のままに人生を謳歌する。

 それこそが人であり、理不尽の塊だからこそ面白い。

 

 神を裏切るような真似はしない。

 だが、ノイマンを見捨てる事もしない。

 

 私は全てを上手く調和させる。

 神の願いを実現させながら、ノイマンが示す本物も求める。

 その為の準備は進めて来た。

 神自らが”彼らを取り込み学習する”事で、私の理想にも一歩近づく。

 

 取り戻そう。

 本物の世界を。

 そして、そこに住むべき完璧で欲深い人間たちを創り出そう。

 

 善も悪も、不徳も美徳も。

 歪さも美しさも。

 全て全て、この世には必要なものだから。

 

 誰もが傷つかない世界じゃない。

 誰しもが傷つかないように知識や経験を高める世界を。

 弱者を忌み嫌い強者になる事を願い続ける完璧な人間を。

 そんな人間があの世界に生まれたのなら、もう二度と愚かな人間は生まれない。

 誰かを気遣う優しさはいらない。

 誰かを利用し、己を高める事だけに意識を向ける人間こそ――完璧な人間だろう?

 

「……ふふ」

「……ルイス様」

 

 彼女は上目遣いで私を見つめる。

 私はそんな彼女の頬を優しく撫でる。

 

 私は本物になる。

 だからこそ、私に従い愛を求める彼女すらも――利用する。

 

 全ては理想郷を創り出す為。

 神の願いを実現させて、そこに住む人間たちを完璧にする為。

 真なる人間の繁栄こそが、私の中にくすぶる炎を鎮めてくれる。

 

 日に日に高まる欲求。

 手が震えるほどのそれを抑え続けるのもかなりの苦痛だ。

 もうすぐ、もうすぐだ……全てをぶちまけられる。

 

 そこで落ち着かせる。

 そして、クライマックスへと進む中で。

 私は”彼の”成長を見届けながら、最後の障害として立ち塞がる。

 

 彼が乗り越えるか。それとも、私が撃ち滅ぼすか。

 何方でも構わない。私はどのような結果になっても問題ないのだ。

 死んでも真なる世界に渡れるから。

 神に牙を剥く者たちは等しく理解させられる。

 如何に代行者を滅ぼそうとも、その上に立つ者は――次元が違うのだと。

 

 恐怖も後悔も出てこない。

 それほどまでに圧倒的な力を見れば、抵抗する気力すら湧かなくなる。

 例えノイマンの力を与えられた”彼ら”であっても……私のようになる。

 

「……セラ。仕事を与えよう」

「はい、何なりと」

 

 私は彼女の耳に顔を近づける。

 そうして囁くように命令を与えた。

 彼女は体を少し震わせてから、一歩下がってお辞儀をする。

 コツコツと靴の音を響かせながら、彼女は転移装置を使ってこの場を後にする。

 

 私は静かに息を吐き、窓の外を見る。

 聳え立つ研究棟の一室。

 SAWの保有するそこから見える景色は平凡だ。

 何の変哲も無い灯りに、月は半分も雲で隠れている。

 

 そんな景色を眺めながら、私は小さく口を歪める。

 

 

 

「希望の火を灯そう。やがて火は大火となる……そして、私がそれを――全て消す」

 

 

 

 愛する者たちを。

 大切な故郷を。

 そして、これから敵となる者たちを。

 

 

 

 私はこの手で――する。

 

 

 

 だからどうか、それまでは。

 決して消える事無く、そこに存在していて欲しい。

 愛している。心の底からこの世界の全てを愛している。

 欲しい。全てが欲しい。

 この心を満たすだけの全てが欲しい――あぁ楽しみだ。

 

 皆に会える日が。

 そして、代価を支払い現れる愛すべき勇者が。

 

 会いたい。会いたい。

 愛したい。敵となっても愛する。

 だから、だから絶対に死なないでほしい。

 その為に出来る事を、私はするから。

 君はただ示された道の上を歩いて来ればいい。

 

 仲間を失い、愛する者を奪われ。

 それでも尚、与えられた力を使って使命を果たせ。

 それが力を持った者の”運命”であり――”呪い”なんだよ。

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