【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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166:過去を捨て今を生きる

 SQから連絡を受けて、俺は彼女と共にとある場所に来た。

 車で片道五時間ばかり、かなりの遠出ではあるが……確かにある。

 

 そこは街から離れた場所にある民家であり、大きな倉庫と湖くらいしか特徴が無い。

 青い屋根の塗装は少し剥がれているが、外観は綺麗なもので白い木の壁や窓もよく磨かれている。

 横にはメリウスくらいなら収納できそうなほどの倉庫があるが、扉は固く閉ざされていた。

 

「……此処に何の用で?」

「すぐに分かる。くれぐれも粗相の無いようにな」

「あ、あぁ」

 

 SQは何故、此処に俺を連れて来たのかと思ったが。

 彼女に質問しても答えてはくれなかった。

 ただ「着いたら分かる」とだけ言うばかりで、今も同じような答えだった。

 段を上がり扉の前に立つ。そうして、SQは慣れないスーツのネクタイを正していた。

 呼吸を整えてからゆっくりとインターフォンを押す。

 暫く待てば家の中を移動する音が聞こえて……開いた。

 

「……おぉ、よく来たな。エスティと……そっちが例の子か?」

「はい。私の弟です。教官」

「……エスティ、教官?」

「ん? 何も聞いていないのか? エスティは彼女の元々の名だ。そして教官と言うのは……いや、違う違う。エスティ、何度も言うが私ももう引退した。もう教官でも無ければ、軍の所属でも無い」

「ですが、私にとっては教官です。それに引退したとはいえ、教官の腕は衰えていないでしょう」

「……見ない間に生意気になったな。まぁいい……アイツはまだ来ていない。応接間で待っていてくれ。すぐに茶を用意する」

「お気遣いなく……行くぞ」

「あ、あぁ?」

 

 扉を開けて出てきたのは白髪を短く切り揃えた老人で。

 青いカッターシャツに白いズボンとラフな格好だ。

 体の線は細みながらも鍛えている事が伺える肉付きだった。

 彼は俺たちの顔を見ればくしゃりと笑う。

 

 恐らく、八十代くらいのその男はSQをエスティと呼び。彼女は彼を教官と呼んでいた。

 年季の入ったしわくちゃな顔だが、その瞳は鋭い。

 綺麗な青い瞳には俺が映っていたが、全てを見透かされているような気がした。

 軍人だろうが、それ以上に得体の知れない強さを感じる男で。

 彼はエスティに応接間に行くように言って、彼自身は別の部屋に行ってしまう。

 SQは俺を連れて中へと入り、扉を閉めてから応接間へと勝手に向かってしまった。

 廊下を渡り奥の部屋の扉を開けて中へと入れば、慎ましやかな雰囲気の部屋に通される。

 

 壁には何処かの風景画が飾られていて。

 家族写真のようなものも飾られている。

 年季の入った写真は過去のものだろうか。

 パイロットスーツを着た若い青年が映っていて――!

 

 彼の背後にあるメリウス。

 そのメリウスは見た事がある。

 いや、誰であろうとも知っているであろう有名な機体。

 俺が傭兵となって疑似的に体験した彼の戦闘データは俺の成長を促し。

 彼のした任務を追体験して、彼の伝説の一部を知った。

 

「……何故、これが」

「どうした? 座らないのか?」

「……SQ。この写真は?」

「……あぁ、それは」

 

 扉がガチャリと開かれる。

 彼の手にはティーポッドや茶菓子が盛り付けられた皿が置かれた銀トレーがある。

 入って来た彼は俺が写真を指差している事に気づき笑う。

 

「若い頃の自分を見られるのは何とも恥ずかしいが……許してくれ。妻が此処に飾れと言ってな」

「――じゃあ、貴方がアーサー・クラウンなんですか!?」

「はは、懐かしい名だな……私の事をまだ知っている人間がいるのか」

「いや、貴方の伝説を知らない人間はいないと……何故、シャンドレマに?」

 

 俺は気になってしまい思わず質問してしまった。

 ハッとなり慌てて無礼を詫びるが、彼は笑って俺の非礼を許してくれた。

 そうして、トレーを机に乗せてからカップに茶を注ぎ始める。

 

「……昔の事だ。私がまだ傭兵をやっていた頃……とある任務にて国の命運を託された時か。あの頃の私は必死でな。この世に名を遺す事に躍起になっていて、国からの依頼にも飛びつく程だった……簡単な事だ。劣勢の国に加わり、自らの力で歴史を変えればこの世界で自分の名は広く知れ渡ると……愚かだったよ。本当にな」

「……でも、貴方のお陰でケラルトは勝利し繫栄した」

「あぁそうさ。繫栄した……そして、タンブル人が虐げられた」

「……っ」

 

 そうだ。

 ケラルトが勝った事で、敗戦国のタンブルは滅んだ。

 タンブル人とケラルト人の溝は今でも深い。

 そうだ。分かり切っていた事だろう。

 何方かが勝ち。でも、もう一方が負けて。国が滅び残った民は虐げられる。

 この老人は……アーサー・クラウンは後悔しているのか。

 

「己の軽率な行為で、不幸になったものが大勢いる。凱旋していた時に見た光景を今でも覚えている……痣だらけの子供たちが虚ろな目で私を見ていた……私は愚かだった。己の欲望のままに戦って理不尽に全てを奪ったんだ……私はね。全てが嫌になったんだ。戦いで名を広げたところで、私のする行為では全ての人間が幸せになる事は無い。それどころか不幸になる人間がいると知ってしまったからね……シャンドレマに逃げたのも、嫌な現実から逃れる為だ。あの世界にいれば誰であれ、私を見つけた人間が言い寄って来る。ケラルトの英雄、伝説の傭兵……私はそんな人間じゃない」

 

 彼はお茶を注いだカップを俺たちの前に置く。

 そうして、トレーを持ってゆっくりと腰を上げた。

 

「此処はいい。素朴の人間ばかりで優しさに溢れている……妻と出会い。子を成して、私はようやく気付いた……重要な事は歴史に名を遺す事ではない。大切な人の記憶に残る事だと……君はまだ若い。己が使命と力に悩み道を誤る時もあるかもしれない……だが、そういう時は絶対に思い出すんだ。君にとっての大切な人を。その人が本当に望むことを……すまないね。老人の戯言だったよ」

「……いえ、とてもありがたいです……俺も貴方のようになれるでしょうか」

 

 アーサー・クラウンは英雄だ。

 しかし、既に彼は英雄である事を辞めていた。

 今の彼は大切な存在を守り愛する者で……偉大な父親だった。

 

 俺は問いかける。

 今は無理でも何れは貴方のような男になれるかを。

 どんなに老いて考え方が変わろうとも、この人はあのアーサー・クラウンだ。

 俺はこの人の影から学び。今まで生かされてきた。

 だからこそ、自然となれるかどうかを聞いてしまう。

 

 彼は笑う。そうして、静かに首を左右に振った。

 

「私になる事は出来ない……君は君だ。完璧じゃなくたっていい……愛する人はいるかな?」

「います。二人」

「――は?」

「そうか……なら、その二人を想い続けなさい。そうすれば自ずと君の目指す形になれるだろう。応援しているよ、ナナシ君」

「はい! ありがとうございます」

「――二人? 私と誰? 誰?」

 

 俺は頭を下げる。

 クラウンさんは笑みを浮かべながら去っていく。

 ガチャリと扉が閉められて、俺はカップを掴み静かに茶を飲む……美味い。

 

 温かな紅茶であり、素朴でありながら優しさに溢れた味わいだった。

 俺はその紅茶を喜びながら、クラウンさんの言葉を噛みしめる。

 大切な存在を想い続ければ、自ずと形が出来るか……楽しみだな。

 

「なぁ、私と誰だ? 誰なんだ? お姉ちゃんだけじゃ不満か? なぁなぁ」

「……SQ。今クラウンさんが言った言葉の意味は恋人として大切な存在で」

「――私だな」

「いや! お前は姉なんだろ!? 何を言ってるんだ!」

「私は姉兼母親兼恋人兼妻兼――」

「……はぁぁぁ、もういいよ」

 

 呪文のように悍ましい事を言い始めるSQ。

 俺は奴を無視して、ぽりぽりとクッキーを食べ始める……美味しいな。

 

 サクサクのクッキーはこんがり小麦色に焼かれている。

 マーガリンの味と控えめな砂糖の味が丁度いい。

 刺激は少ないが家庭的な味であり、これなら何枚も食べられそうだった。

 SQの血走った目を無視しながら俺はクッキーとお茶を堪能していく。

 

「誰だお姉ちゃんに言えお前の恋人になった女は誰だアイツかそれともアイツかいやいい私が探すどうせお前の近くにいるメスだろうだが最初に私に報告すべきだったお姉ちゃんはお前が選んだ女ならば文句は言わないがせめて家族である私にアドバイスを求めて欲しかったそうすれば私がお前たちにふさわしいデートスポットなり護衛なりを派遣し場合によってはお姉ちゃんも同行して万全の態勢で」

「……黙ってくれ。謝るから」

 

 大きくため息を吐きながら、俺は目的の人物が早く来てくれる事を願う。

 

 ……それにしても、クラウンさんの家で集まるなら……恐らく、クラウンさんの身内の誰かか。

 

 アイツと言っていたから息子か娘か。

 もしくは此処で仲良くなった親戚か。

 何方かかは分からないが、目的の人物と会えば何をするかは分かるとSQが言っていた。

 俺はチラリとSQを見る。

 今もぶつぶつと独り事を言いながら、クッキーをばりばりと食べていた。

 

「……なぁその人と会えば分かるって言ってたけど……もしかして、CKって人か?」

「……良く分かったな。そうだ。CKに会いに来た……内容が内容だからな。最も安全な此処で会う事にした」

「……CKはクラウンさんの……?」

「息子だ。優秀な人で、最年少で親衛隊のメンバーとなり、”傷無し”と呼ばれている」

「……傷無し?」

「あぁ今まで多くの敵と戦って目立った外傷を追った事が無いからだ」

 

 SQがさらっと言った事実。

 それは考えただけでもかなり凄いものだろう。

 元々のCKが別のコードネームを貰っていたとして。

 彼は多くの戦場を渡り経験を積んできた筈だ。

 そんな中でも傷を負う事が無かったのであれば、相当な技量の持ち主である事が分かる。

 

 やはり、クラウンさんの血を引いているだけあって優秀なのか。

 俺はすごい血統だと思いつつ、腕時計を確認する。

 

「約束の時間は?」

「……もうそろそろだが……来たようだな」

 

 耳を澄ませばタイヤが転がる音がする。

 バイクで来たようでありエンジン音も聞こえていた。

 外でクラウンさんの声がしていて、家族らしい会話をしているようだった。

 やがて家の中へと入り、足音が聞こえてきて……扉が開いた。

 

「やぁ久しぶりSQ……と、ナナシ君だったね」

「……どうも」

「久しぶりだな。が、世間話をしに来た訳じゃない……単刀直入に聞く。協力者はベン・ルイスか?」

 

 扉を閉めて椅子に座るCK。

 王子様のような完璧なルックスに背もスラッとしていた。

 彼は笑みを浮かべながら、SQの質問を聞く。

 

 どんな反応をするのかと見ていれば、彼は笑みを絶やすことなく頷く。

 

「そうだよ」

「……何故、黙っていたんだ。そんな重要な事を」

「君も知っている筈だ。重要だからこそ知られる訳にはいかなかったっと」

「だが、奴は親衛隊のメンバーを三名も殺している……そこまでする理由が知りたい」

 

 SQは苦々しい顔をしながら聞く。

 すると、CKは「まぁそうなるか」と言った。

 

「……仲間殺しは重罪だ。だが、彼にはそうせざるを得ない理由があった……記憶の消去は知っているかな?」

「……聞いたことがある。死刑の他にある島流しのようなものだと……ここでの記憶を全て抹消し、壁の外へと追放するとか」

「そうだね……彼はね。それを限定的にしていたんだ。此処での記憶を”封じて”身も心も代行者となり……そして、何も知らずに仲間を殺した」

「――まさか、神から信頼される為にか?」

「そうさ……神は用心深い。代行者ともなれば常に怪しまれる事になるだろうさ……そんな彼女の信頼を異分子でありながら獲得するには仲間を殺し大きく貢献する必要があった……結果的にはその作戦は成功し、彼は代行者の中で最も神に近い立場となった」

 

 淡々と語るCK。

 聞くだけでも悍ましい計画であり、SQは苛立ちを露わにする。

 作戦自体は理にかなっているだろう。

 しかし、行った人間の心情を考えれば、吐き気を催すような内容だ。

 

「……記憶を封じたと言う事は、仲間殺しをトリガーに復元するように仕組んでいたのか」

「そうだね。彼からデータを受け取る事が出来たと言う事は、作戦は成功したと言っても良いだろう。流石の彼女も心までは読めないだろうしね」

「……本当にそうなのか? 神ならば心を読み取る事も」

「しないよ。それをすれば偽物であっても人ではなくなる。彼女はあくまで考え予想するだけだ。神としてこの世界を管理する者の最低限のマナーと言ってもいい。彼女自身はしない事なんて教えないだろうが」

「……随分と神に詳しいな」

 

 俺は思わず聞いてしまう。

 彼は一言「聞いていたからね」と呟く……聞いていた?

 

「……ま、それはいい。それで? ベン・ルイスが協力者であったとして君たちは何が知りたい? 彼の過去か。それとも、彼の今まで行って来た悪行か? 知りたいのなら教える。だが――覚悟はした方が良い」

「…………いや、今はない…………ありがとう。データの解析が終わり次第、報告に行く」

「うん、そうしてくれ……あぁ君は残っていてくれ」

「……? はい」

 

 彼は俺を指さし残る様に言う。

 SQは何のつもりかと思っていただろうが。

 仮にKクラスの人間に対して意見する事は出来ないのか。

 彼女は渋々、その場から一人で去っていった。

 

 応接間に残された俺は彼と向き合う。

 彼はニコニコと笑っていて――

 

 

「よし。それじゃ――戦おうか!」

「……は?」

 

 

 彼が言った言葉。

 俺はその意味に気づくのに数分時間を要した。

 彼はパンと手を叩いてから立ち上がり、ついてくるように言ってくる。

 俺は激しく戸惑いながらも彼の後を追って……Kクラスの人間は好戦的なのか?

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