【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

169 / 230
168:ただの情報としてではなく

 CKとの戦いで完膚なきまでの敗北を味わった。

 その結果、彼との約束で一か月後に再戦する事になり。

 もしも、その戦いで奴に一撃でも攻撃を入れることが出来れば……ノイマンに会える。

 

 ようやくだ。

 ようやく奴に会うことが出来る。

 父と母と関りを持ち。少なからず両親の死に関わった男。

 奴がどういう目的で二人に接触し、俺にこんな力を与えたのか……奴に会えば全ての謎が明かされる。

 

 奴に会い真実を知れるのであれば、俺は意地でも強くなって見せる。

 ヴァンにも連絡をしSQにも事の顛末を話した。

 その結果、俺の請け負うことになっていた配送業は別の人間に任せて。

 俺はこれから一か月、アーサー・クラウンの下で修業をする事になった。

 

 何も感じない訳じゃない。

 寧ろ少しだけワクワクしていた。

 それはそうだ。あの伝説の一人と会い、彼の下で経験を積めるのだから。

 少なくとも彼の教えを受けたのはSQやあのCKで。

 間違いなく二人の才能を開花させたのなら彼で、恐らく俺も……。

 

 期待せざるを得ない。

 一体どんな修行になるのか。

 俺は彼に頭を下げてこれからお願いする事を伝えた。

 彼は乾いた笑みを浮かべながら「勝手な奴だよ」と言う。

 そうして、その日は貸してもらったヘルメットの掃除や機体の修理をして一日を終えた。

 

 翌日になり、彼からお手製のサンドイッチを貰い。

 腹いっぱいになるまで食べてから、早速、どんな事をするのかと尋ねた。

 彼は優雅にコーヒーを飲んでからゆっくりと説明を始める。

 

「先ずは……持っている電子機器を全て出せ」

「……? 分かりました」

 

 俺は言われるがままに彼に端末を渡した。

 彼はそれを受け取り「約束の日を迎えるまではこれは預かっておく」と言う。

 つまり、外部との連絡を絶った状態ではないといけないのか。

 よほど知られたくない秘密の特訓なんだろうと思い、俺は静かに頷いた。

 

「因みに此処にはテレビもラジカセもない……つまり、科学的なものはほとんどないと心得てくれ」

「……はい」

 

 科学的なものがほとんどないか……つまり、どういう事だ?

 

 シャワーをするのも自分で火を起こしてお湯を沸かし。

 洗濯をするのもあの湖を使うのか?

 

 そういえば火を使った料理は、あのクッキーくらいで。

 まさか、キッチンのコンロやオーブン、冷蔵庫くらいという事か?

 

 食事に関しては問題なくとも、それはそれで大変だ。

 湖までの距離は徒歩であるのならそれなりに離れている。

 水をタンクいっぱいになるまで汲んでくるとしてもかなりの重労働だ。

 兵士時代でもやった事はあるが、まさか此処でも同じことをするのか……。

 

 そんな事を考えていれば目の前で指を鳴らされる。

 

「ボーっとするな……今日は私が作ったが。明日からは君が作るんだぞ?」

「それも訓練ですか?」

「あぁまぁそうだ……不服か?」

「あ、いえ……頑張ります」

 

 俺は静かに頷く。

 すると、彼は修行のルーティーンなるものを俺に教えてきた。

 

 

 §§§

 

 

「……これが、修行?」

 

 俺は今、静かな場所にいた。

 ぷかぷかと小舟が揺れて、俺はその上で座り景色を眺めていた。

 クラウンさんに連れてこられた場所はあの大きな湖であり。

 彼はロープで固定していた舟に俺を載せてから、”静かに過ごす”ように指示してきた。

 彼はこの修行で最も過酷で辛い修行であると俺に言い。

 かれこれ一時間以上、俺はこうして舟の上でボーっとしていた。

 

 ……確かにある意味で過酷かもしれない。悪戯に時間を消費するのは心穏やかではない。

 

 最初の内は、何か意図が隠されているのではないかと思っていた。

 だからこそ、周囲を注意深く観察していた。

 が、周りには木々が生えていて小鳥たちが鳴いているだけだ。

 特にこれといって重要な要素は一つもなく。

 俺はただただ肩透かしを食らったように感じていた。

 

 あのアーサー・クラウンが意味のない事をさせるのか。

 あの伝説と言われた傭兵が……もう少し考えてみよう。

 

 俺は眉間に皺が寄るほどに目に力を込める。

 そうして周囲を観察しながら、少しでも多くの情報を得ようとした。

 

 

 

 ――ダメだった。

 

 結局、時間が来るまで何も出来なかった。

 彼に教えられた通りに、木の影がある程度動いたら俺は舟を漕いで岸に戻り。

 ロープで固定してから昼飯を作りに一旦戻った。

 全力でダッシュして戻り、体感時間で十五分ほどか。

 手には今日使うための水を桶いっぱいに汲んでいた。

 汗を流しながら家に戻り、軽くタオルで汗を拭ってからそのままキッチンへと向かう。

 さっと手を洗ってから冷蔵庫を調べて、軽めにしようと中にあったうどんとだしのもとを使って即席のかけうどんを作った。

 クラウンさんは「いけるじゃないか」と言って食べてくれた。

 俺も一緒に食べてから、桶をもって再び湖に戻る。

 いそいそと舟に乗り込み、俺はまたぷかぷかと湖の上で浮いていた。

 

 ずっと浮いていた。

 ずっとずっと浮いていた。

 しきりに周りを見て観察し、それでも浮き続けた。

 

 

 

 ……が、やはり何も分からない。

 

 結局、そのまま時間は流れて行って。

 俺は暗くなる前にと帰り支度を始める。

 ここからが大変な作業であり、俺は桶いっぱいに水を入れる。

 そうして、全力ダッシュで家に帰る。

 帰ってきて五右衛門風呂なるものの中に水を流しいれる……え?

 

 桶いっぱいに水を汲んできた筈だ。

 しかし、大きな風呂の中に水を入れれば半分もいっていない。

 いや、浅くはいているだけで。

 俺は軽くショックを覚えながらも、これでは日がかかるとクラウンさんにお願いして棒と桶をもう一つ貰う。

 そうして、湖へと戻り桶二つに水を入れてそのまま棒で担いで運ぶ。

 負担は増したがこの方が早いだろう。

 俺は全力で家と湖を往復しながら、この修行の過酷さを初日で思い知る。

 

 

 

 あの後、何とか浴槽を水で一杯にし。

 全身が汗でびしゃびしゃになりながらももう一度湖に戻り。

 洗濯用の大きな桶と小さな桶を持っていった。

 そうして、教えられた通りに大きな桶に水を張りそこに洗剤を流しいれて洗濯物を手で洗っていく。

 終われば湖近くか家の側にある排水溝に水を流すように言われて。

 絶対に湖に汚水を流すなと注意された。

 大切に使ってきたんだろうと思いつつ洗濯を終わらせれば日はすっかり沈んでしまっていた。

 

 全力で家へと戻る。

 そうして、倉庫から竹でできた筒を持ってきた。 

 クラウンさんに指示をされながら何とか風呂を沸かし。

 その都度、筒のようなそれで息を吹きかけて湯加減を調整した。

 何でもこの風呂の起源はあの火乃国らしく。

 俺は彼らが毎日これほどの苦労をしてまで風呂なるものに入っているのかとしみじみ思った。

 

 大粒の汗が頬を伝う。

 首にかけたタオルで顔を拭きながら、湯加減はどうかと尋ねた。

 

「もう大丈夫だ……そろそろ私は出るから、君も入りなさい」

「……いいんですか?」

「ははは、勿論だ。それに一日の汚れを取らないまま私のベッドを使わせはしない」

「……では、お言葉に甘えて」

 

 俺は竹を近くに置く。

 そうして、いそいそと建物に戻っていく。

 家の中に入り風呂場へと行けば、ガラガラと音が聞こえてきた。

 脱衣所に入ればクラウンさんがタオルで体を拭っていた。

 俺は断りをいれてから服を脱ぐ。

 そうして、一糸まとわぬ姿となり風呂場へと向かい――

 

「風呂は初めてか?」

「はい。初めてです」

「……ふふ、そうか」

「……?」

 

 彼は意味深な笑みを浮かべながら去っていく。

 俺は何か面白いことで言ったのかと思いつつ、風呂場へと入る。

 ごつごつとした天然石で作った床に、どかりと置かれた木の風呂釜。

 今日はこいつのせいでかなりの苦労をした。

 風呂を出た後は食事の支度もあり、夜は爆睡してしまうかもしれない。

 明日、ちゃんと起きられる事を願いながら俺はゆっくりと足を湯船につけて――!

 

 触れたつま先から熱が駆け上がっていく。

 そのままするすると足が入っていき、自然と体全体が湯へと入っていく。

 俺は大きく目を見開きながら、ぶるぶると体を震わせた。

 そうして、不思議な体験に思わず奇妙な声を出してしまう。

 

「お、おぉ、ぉぉぉぉぉ……うあぁ」

 

 何だこれは。

 何だこの不思議な熱は……気持ちがいい。

 

 まるで全身をマッサージされているようで。

 体の中に溜まった疲れが一気に吹き飛んでいく。

 まるで、お湯と体が一体化していくようで。

 俺はただただ顔を破顔させながら、奇妙な声を上げていた。

 

 知らなかった。

 シャワーも気持ちがいいが。

 まさか、風呂なるものが此処まで気持ちがいいなんて。

 最高のリラックスタイムであり、火乃国の人間たちがこれの為に苦労を選ぶのも納得がいく。

 

「癒されるぅ……ふあぁ」

 

 これから最低でも一月はこの経験を味わえる。

 そう思えば、この修行も悪くは――いや、違う!

 

 俺はリラックスする為に彼の下で修業する事を選択したわけではない。

 俺はCKとの決闘で一太刀浴びせる為に彼の指導を受ける選択をした。

 だからこそ、こんな事で気を緩めてはいけない。

 全てはノイマンに会う為であり……だが、どうすればいい。

 

 初日では修行の意味に全く気付けなかった。

 せめてヒントでもあれば良かったが。

 あの様子ではヒントも与えてはくれないだろう。

 

 全て自分で察して答えを得るしかない。

 これは想像以上に難しい修行だと思いながら、俺は静かに顔を湯に沈める。

 

「……」

 

 ……今頃、皆は何をしているかな?

 

 連絡はしているから会いに来ようと思えば来れるだろう。

 俺から行くことは出来ないが、それくらいならクラウンさんも許してくれる筈だ。

 出来る事ならヴァンだけでなく他の皆にも会いたい。

 

 

 ……まぁミッシェルとユーリがいてくれたら……ふふ。

 

 

「……恋人か?」

「――ッ!」

 

 

 唐突に声が聞こえた。

 俺は思わず飛び上がる。

 すると、にやにやと笑みを浮かべながら俺を見つめるクラウンさんがいた。

 彼は赤すりを持っていて「背中、流してあげるよ」と言う。

 

「ど、どうも」

 

 俺は椅子に座り背中を向ける。

 彼は慣れた手つきでボディーソープをつけて体を洗い始めた。

 適度な力加減で体の垢を取っていく。

 これも気持ちがいいと思っていれば、彼は質問をしてくる。

 

「君の恋人は、君だけを愛してくれるのか」

「……愛の定義は分かりませんが……特別な感情という意味ではそうかもしれません」

「そうか……守るものが多いのは大変だ。だが、それ以上に幸せも多い」

 

 彼は俺の在り方を否定しない。

 そんな彼の優しい言葉に頷く。

 

「確かに今は幸せです……過去にはなかった幸せの形です」

「……それを忘れてはいけない。君が感じた事、君が見て来たもの。ただの情報としてではなく、それら全てと心を通わせるんだ」

「……それは、どういう」

 

 彼は手を止めて桶を持つ。

 そうして、汲んだお湯を俺の背中に掛けた。

 ばしりと背中を叩かれて振り向けば赤すりを渡される。

 

「君が愛した存在のように、全てを愛せるくらいになれという事さ……それが出来れば、せがれにも必ず勝てる」

「――!」

 

 彼はそう言って去っていく。

 今のは最大のヒントであり、俺は静かに頷く。

 つまり、全ての事や事象を観察し意味を理解できたのなら――

 

「あ、それと……入浴前に体はきちんと洗うんだ」

「……すみません」

 

 俺は彼に謝る。

 入浴マナーなるものをまた改めて聞こうと思いつつ。

 俺はこの修行の目的を少しだけ理解できたような気がした。

 

 ただの情報としてではない。

 愛する人のように理解すること……やってみよう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。