「……解析の結果はどうだ」
「……それがひどく抽象的というか。詩的と言うか……暗号の中に更に暗号を隠されていた時の気持ちになりますよ」
「……得体の知れない男らしいサプライズだな……これがそれか?」
高度に暗号化されたデータの解析。
それがようやく終わり、私は解析班の仲間たちと共にそれを見つめる。
「……失われし願い。その成就に必要な鍵は間もなく揃う。世界に振りまかれた影たちが眠りから覚め。世界は体無き亡霊どもの怒りに染め上げられるだろう……なるほどな」
「分かるんですか?」
「あぁ大体はな……先ずこの失われし願いは、神の計画の事だろう。そして鍵は……アレしかない」
「災厄ですか」
「あぁ」
十中八九が災厄の鍵が間もなく揃うことを暗示している。
そして、そのあとに書かれた文章には世界に振りまかれた影たちとあるが……まさか、アレか?
万象によって生み出されたエネルギー。
そして、それを十分に生かすためのシステム。
それらは確かに世界中に振りまかれたようなものだ。
つまり、体無き亡者というのは万象によって生み出された同胞たちで……だが、怒りに染め上げるとは何だ。
万象によってエネルギーに変えられたんだ。
怒りも何も無い筈だ。
そんな事を思いながら、私は顎に手を添えて考えた。
……いや、確かに感情は存在するだろう。
万象によって生み出されたエネルギーの原理。
それは疑似的な感情の揺らぎなどによって効果を増幅させるものだ。
我々もそれに近しい技術でエネルギーを生成しているが。
アレでなければ大抵のメリウスは”回禄”すらも発動できない。
従来のエネルギーには心が無いからこそ、魂の揺らぎによる性質変化もない。
唯一、私とナナシだけが従来のエネルギーであろうとも性質変化を引き起こすことが出来る。
これはノイマンから貰ったアクセスの力が大きく関係しているが……いや、今はそこじゃない。
つまり、世界中に振りまかれた魂を使ったエネルギーが。
怒りによって何らかの作用を及ぼすのか……可能なのか?
幾ら、あの神であろうとも世界への明確な干渉は出来ない筈。
奴の中にも定められたルールが存在していて、その中でも世界への直接の干渉は出来ない。
その禁を破ればどうなるのかは知らないが……。
奴が直接それを引き起こさないのであれば誰がそれを引き起こす。
代行者の中でも優れた力を持つ人間なら限られているが。
その中でも最も有力だと今まで思っていたのは間違いなくあのベン・ルイスだ。
だが、奴が本当にこちら側の味方であるのならそれを自らの手で引き起こす可能性は低い。
……いや、違うな。まだ可能性の段階だ……CKには悪いが、私はまだあの男を信用していない。
奴の纏う空気。
そして、私と対峙した時に放った殺気は本物だった。
もしも、あのまま私が奴と戦っていれば奴は確実に私とSJを殺していただろう。
それが必要な事であったのかは分からない。
だが、奴はアダムを説得しようとした我々の行動を妨害し。
剰え、撃墜しようとすらしていた。
そんな奴を信用しろと言うのが無理な話で……もしも本気で代行者のふりをしていただけなら一流のスパイだ。
敵を欺くのなら味方からと言うが……それすらも奴の作戦の可能性もある。
私はこう考えている。
あの用心深い神が、自らの近くに座る事になる駒に対して――何の対策もしない筈がない。
ベン・ルイスの心を覗けなくとも。
その精神を縛る鎖と杭を打ち込むことは出来る。
だからこそ、一度代行者になった男に対して気を許すことは早々にない。
だが、現状では奴から貰った暗号を解読するしか道はない……八方塞がりではあるな。
奴を信用し、このまま暗号データを信じるか。
奴を敵だと断定し、この暗号データを破棄するか。
何方を選択するとすれば……まだ前者の方がマシだ。
ただし、信用はしない。
暗号は解読したのちに、実行犯の中には奴も含めておくだけだ。
この暗号データを届けたのももしかしたら自らをリストから外させる狙いがあったからかもしれない。
「……簡単に纏めるのなら、鍵を手にする方法が判明。その手段にあのエネルギーを利用すると……間もなくなんて言い方をするのなら早くて一月か二月……アレらの普及率はどうなっている?」
「……既に七十は超えていますね」
「……どれくらいを目標としているかは不明だが……野放しにしていれば厄介だな」
何らかの対策を講じる必要がある。
それも奴らの出鼻を挫くような何かであり……。
誰かが入室してきた。
何の断りもなく部屋に入室できるのは親衛隊の人間くらいで。
扉の方に目を向ければCKが立っていた。
奴は私に気が付くと手を軽く上げる。
そうして、笑みを浮かべながら「分かったんだってね」と言う。流石に情報が早いな。
「……ふふ、兄さんが考えそうな文章だ……なるほどね」
「分かるのか?」
「そりゃ兄弟だからね……よし、それじゃ動こうか!」
「……待て。まだ何の作戦も立てて」
「――ノイマンから指示が出た」
「……!」
私は驚く。
今まで静観を貫いていたノイマンが動くように命じたんだ。
一体これから何をするのかとCKの話に耳を傾ける。
彼はゆっくりとモニターを見つめてから一言だけ――
「万象の秘密を――世界中に公表する」
「――ッ! 正気か!? そんな事をすれば同胞たちがどうなるか」
「分かっている。だからこそ――アダム・ヘイズが此処に繋げた」
CKが言った言葉。
私は目を丸くしながらその言葉を聞いていた。
そして我に返り奴の胸倉を掴む。
奴はそんな私に笑みを向けながら「落ち着け」と言う。
「落ち着けだと……何を隠している。アダム・ヘイズの名がなぜ此処で出る……お前とノイマンは何を見た」
「……まだ言えないね。それを知るのは今じゃない……だが、すぐに分かる。君は弟の心を通して理解できるんだからね」
「――!」
CKは私の手を掴む。
そうして、ゆっくりと手を離させてから分析班に指示を出す。
データを速やかに破棄し、この事は他言無用であると釘を刺した。
「……それと僕からも仕事を……これを三日以内に解析修復して情報を簡潔に纏めてくれ」
「は、はい……あのこれは何の?」
「ん? さっき言っただろ。万象について公表するって……そこにはSAWが万象を生み出すまでの記録が纏められている。ところどころデータが破損しているけど、優秀な君たちなら修復できる……頼んだよ!」
「……今夜は徹夜だなぁ」
分析班のリーダーは端末に彼から渡されたメモリを差す。
そうして、表示されたデータを解析しながら修復を始めた。
私は部屋から出ていこうとした奴を追う。
扉を開けて廊下に出て、何処かへ向かう奴を呼び止めた。
「待て!」
「ん? 何だい?」
奴は首を傾げて私を見つめる。
「さっきの言葉……弟をノイマンに会わせる気か?」
気になっていた。
こいつほどの力があるのであれば、ノイマンだろうと会うだろうと。
私ならばノイマンに会わせるのも容易ではないが。
Kクラスの長とも言われる男であるのなら、ノイマンもナナシに会う。
だが、どうしてこうも早期にナナシをノイマンに会わせるのか。
幾ら何でも時期尚早であると伝えれば、奴は困ったように笑う。
「……分かっているだろう……彼にはもう時間が無い」
「……分かっている。だからこそ、もっと適した時に」
「それを決めるのは僕でも君でもない――彼自身だ」
「……まさか、ノイマン自身が弟に会うと決めたのか?」
今日で何回驚いたのか。
だが、奴が発言してきた中で一番の驚きだ。
あの用心深いノイマンがナナシと会う事を決断したんだ……それほど容態が悪化しているのか。
不安であり恐ろしくもある。
此処を守っているのは兵士たちだが。
この国そのものを守護しているのは間違いなくノイマンの力だ。
それを失えば一気にこの国に外部から敵が攻め込んでくる。
そうなれば少数精鋭の我らであろうとも、奴らの力に抗う事は難しい。
「……ナナシは……弟は……苦しまないだろうか」
「……君は彼の過去を知っていたのか?」
「いや、知らない……知っているだけでも奴の絶望は大きい……それ以上の苦しみがあるのなら……私は全力で弟を遠ざけたい」
こんな事を言えば弟に嫌われるかもしれない。
アイツは真実を知りたがっていて、ノイマンに全てを話せと迫るだろう。
私はノイマンを信じている。だからこそ、大切な家族が傷つきあう姿は見たくない。
ノイマンがナナシの記憶を封じたのには訳がある。
そして、そこには計り知れない絶望があるような気がした。
弟がそれに耐えられるのか。
いや、耐えられたとしても道を踏み外さないのか。
私は姉としてそれだけが心配で……奴の手が頭に乗る。
「弟思いなのは良い事だ……だが、心配し危険から遠ざけるだけが愛情じゃないと思うよ」
「……何が言いたい」
「簡単さ。信じてあげな。君の弟は強い。多くの絶望と裏切りの中であんなに綺麗な目をした人間を僕は知らなかったから……大丈夫。この僕が保障するよ」
奴は笑いながら私の頭を撫でる。
弟の癖に兄のように振舞っていて……むかつくな。
私は奴の手を片手で払う。
そうして、奴の横を通り抜けて去っていく。
「ありゃりゃ」
「……信じてやる。お前の強さは本物だ……だが、二度と私の髪に触れるな。次は殺す」
「はいはい」
奴は笑いながら私の横に並ぶ。
これからまたひと騒動起きる事になる。
ナナシは現在、クラウン教官の下で修業をしているが。
今はまだこれから起きる事については伏せておこう。
アダム・ヘイズが起こした事件。
そして、それが現在の状況を打破する事に繋がる。
恐らくは、CKとノイマンくらいしか知らなかった事だろう。
この二人は何処までを知っていて、私たちに隠しているのか。
親衛隊のメンバーであり娘である私にも話せないことか……悔しいな。
秘密にされるのは私が力不足であるからだ。
弟の前では格好をつけても、これではダメだ。
私自身ももっと強くなる必要がある。
SAWの闇を暴くまでには猶予がある。
それまでにまた教官の下を訪ねてもいいだろう。
彼からは今だ学ぶことが多い。
更なる練度を積めば、弟共に更なる高みに上ることも――
「君はダメだよ」
「……何でだ」
「何でもだよぉ。あ、恋人だったらいいけど」
「なら」
「だめ!」
「……ッチ」
こいつは苦手だ。
妙に勘が鋭いところが特に。
私と弟の逢引きを邪魔するなんて……くそ。
こいつの警告を無視して弟に会えば何をさせられるか分かったものじゃない。
Kクラスの長だけあってこいつにはかなりの権限が与えられている。
もしも、接触禁止令なんか出された日には私は腹を切る他なくなる。
そう、こいつを道ずれにして……。
「はは、何考えてるか分かるよぉ」
「……ふふ」
私は負のオーラを奴に送り続ける。
奴は笑みを浮かべながらそれを受け流す。
長い廊下を歩きながら、私たちは不安を隠しながら行動を始めた。