【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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171:世界を変える力

「……ふぅ」

 

 食器の片づけを終えて静かに息を吐く。

 捲った腕で汗を拭いつつ、俺は気持ちを切り替えた。

 

 今日も修行だ。

 朝食はベーコンエッグとスクランブルエッグにチキンスープ。

 美味しそうに食べてくれていたが、クラウンさんは両面焼き派だったらしい。

 俺たちは大体片面焼きだったからこそ少し驚いたが。

 彼はこれはこれで悪くないと言ってくれた。

 次からは両面焼きにしようと思いつつ、俺は湖に行く準備をした。

 

 洗濯や風呂の為に水を汲んでくるようの桶を計四つ。

 最早効率重視であり、多少の負荷は気にならなくなった。

 確かに全身から滝のように汗を掻いて、夜は泥のように眠っているが。

 まぁ健康的だと思うことにしている。

 

 必要なものを用意しつつ、片手間で昼飯は何がいいかのリクエストも募る。

 彼は自らが買ってきた食材を見つめながら熟考する。

 ゆっくりでいい事を伝えればタイミングいい事に玄関のチャイムが鳴る。

 早朝に来客であり、誰かと思いながら玄関に行けば……二人が立っていた。

 

 扉を開ければ、自分にとって癒しがそこにいる。

 俺は笑みを浮かべながら二人を歓迎した。

 

「よ!」

「お邪魔します!」

 

 そこにいたのはラフな格好をしたミッシェルとユーリで。

 彼女たちは白と青をベースにした服装をしていた。

 手には大きめのカバンを持っていて、どうして此処に来たのかと尋ねてしまう。

 すると、最後の連絡から日が経つのに連絡をしてこないから心配していたと言う。

 

「まぁSQの奴は修行って言ってたから……それでも、心配はするだろ。普通」

「そうですよぉ。私たち、そんなに薄情じゃありませんから!」

「いや、そこまでは言っていない……でも、来てくれたのは嬉しいよ」

 

 俺はそんな事を言いながら、これから湖に行くと伝える。

 二人は頷きながらチラリと湖の方向を見ていた。

 此処からでも見えているので大体は分かるだろう。

 もし良かったら一緒に来ないか、そう言いたかったが……。

 

「行ってきなさい」

「……いいんですか?」

 

 背後から声が聞こえた。

 見ればクラウンさんが腕を組んで立っていた。

 二人は誰なのかと俺に聞いて来る。

 俺はこの人が俺の面倒を見てくれているアーサー・クラウンさんだと伝えた。

 

「へぇ、アーサー・クラウンさん……え!?」

「アーサー・クラウンさんですかぁ……はへ!?」

 

 二人は同じような反応をして二度見していた。

 俺は口元を抑えながら笑いを堪える。

 すると、二人は俺の体を揺らしながら説明しろと言ってきた。

 俺は落ち着くように言いながら、目を丸くしているクラウンさんについて改めて説明した。

 

「二人の想像通りだよ。この人はあの伝説の傭兵だ……シャンドレマに来てからはSQとかの教官をしていたみたいだ」

「……マジか。本物かよ……スゲェ」

「わ、私も初めてお会いします……確かにすごい貫禄が」

「おいおい、よしてくれよ……私はもう碌に戦えない爺なんだ。そんな目で見られても、何も出来ないよ」

「いやいや! アンタは……いや、貴方は生ける伝説ですよ! ただの爺さんとしては見れないですよ」

「そうですそうです! 私の部署でも未だに話題に上がりますよ! あの伝説は今どこにって!」

「……それは、嬉しいやら悲しいやら……うーん、複雑だなぁ」

 

 クラウンさんは頬を掻きながら苦笑する。

 まぁ彼ほどの大物になれば何十年経とうとも人々の記憶からは消えやしないだろう。

 俺はこれ以上はクラウンさんを困らせてはいけないと二人に注意をする。

 そうして、彼に視線を向けてから本当に連れて行ってもいいのかと聞く。

 すると、彼は笑みを浮かべながら「良い刺激になるだろうさ」と言う……刺激か。

 

 どういう意味なのかは分からない。

 だが、彼の許しがあるのなら問題ない。

 俺は二人に少しの間、待っていてほしいとお願いする。

 二人はゆっくりでもいいと俺に言ってくれて。

 俺は急いで準備を再開した。

 

 

 

「へぇ、綺麗な湖だな……空気も澄んでいる気がするぜ」

「本当ですね……あ、魚がいますよ!」

「お、どれどれ……あんまし見た事ねぇ魚ばっかりだな」

 

 二人はそんな事を言いながら、湖の中を覗いていた。

 俺はボートを漕ぎながら、中心へと向かう。

 此処は何度見ても綺麗であり、手入れもよく行き届いていた。

 恐らくだが、此処の管理をしているのはクラウンさんで。

 彼は俺が眠りにつき、日が昇る少し前に起きて此処を掃除しに来ているんだろう。

 俺に任せてくれと言いたいところだが、流石に湖などの自然を管理した経験はない。

 専門家でもない俺には任せられない事なんだろう。

 

「でも、こんな湖で何の修行をするんだ……まさか、重しを足に括り付けて沈むのか?」

「もしくは、素手で魚を捕まえて反射神経を鍛えるとか?」

「……お前たちは漫画の見過ぎだ……何もしない。それが修行だ」

「……それって何か意味があるのか?」

「……ある……と思いたい」

「……伝説の人の考える事は深いんですねぇ」

 

 二人からの質問に答えながら苦笑する。

 確かに誰がどう見ても謎な修行法ではある。

 世界を愛し、世界を理解する事……だが、何となく目的は分かってきた。

 

 恐らくは、あの力が関係している。

 SQから教わったアレであり、これはそれをマスターする為の修行の第一歩だ。

 確信はないが、そんな気がする。

 

「……着いたぞ。此処が中心だ」

 

 ボートはゆっくりと進み中心に着く。

 俺はオールを置いてから、二人に此処が中心だと伝えた。

 

 二人は感嘆の息を漏らす。

 

「……良い眺めだな」

「……えぇ、世界の中心に立ったみたいです」

「それは言い過ぎじゃねぇか?」

「そうですか? 私的にはまさにそれなんですけど」

 

 確かにいい眺めだ。

 ユーリの言うように世界の中心に立ったような気分にもなる。

 

「此処が星の中心……魚はそこに住む人と言う事か?」

「そうです! 葉っぱが機械……メリウスとか車とか……木は宇宙です!」

「じゃその先は未知の領域ってか?」

「……たぶん!」

「何じゃそりゃ……ははは、でも悪くねぇな」

 

 ミッシェルは笑う。

 ユーリは少し頬を赤くしていた。

 俺はそんな二人を静かに見つめて……ふふ。

 

「お? 今、笑ったか?」

「……何で分かるんだ?」

「分かるって言っただろ? なぁ?」

「はい。バレバレです……もっと笑ってもいいんですよ? そんな貴方が好きですから!」

「……俺もな」

 

 二人は笑みを浮かべながら言う。

 すると、一陣の風が吹く。

 ぶわりと髪が持ち上がり、木々が大きくざわめいて木の葉が大空を彩った。

 俺は大きく目を見開きながら、その光景を見つめていた。

 

 さらさらと舞う赤と黄色。

 日の光が合間から漏れ出し小さく輝く。

 落ちていく木の葉が水面に浮き、水面には小さな波紋が発生した。

 魚はそれを餌だと勘違いし、ぴちゃぴちゃと水面に顔を出す。

 

 

 木の葉が擦れる音。

 風が髪を撫でていく音。

 魚たちの動きと水の音。

 

 

 ――音だけじゃない。

 

 

 目に見える色。

 光の輝きに愛する人の笑顔。

 視界に映るもの全てが鮮やかで美しく儚い。

 

 

 ――味もする。

 

 

 空気に纏わりついた土と自然のほのかな味。

 ひんやりとしたそれからは自然の息吹が感じられた。

 美味しいとかまずいとかではない。これが命なんだ。

 

 

 ――肌でも感じる。

 

 

 まるで、冷えた手で体を撫でられるように。

 少しだけ熱を持った体を冷ましてくれる。

 木の葉の合間から漏れ出す光が肌に当たり、ほんのりと熱を感じる。

 全ての生命に力を与える熱。これがこの世界の心――あぁ、そうだ。

 

 

 鼻を鳴らす。

 感じる。全ての匂いを。

 木の葉の香りに、湖から出る混ざった匂いも。

 冷たさを孕み。光によって温められた湖の中で生きる魚たち。

 そんな魚たちの命の香りと混ざり合った匂いだ。

 

 

 

 これだ。これこそが、言葉では表せないもの。

 この世界の情報であり、この世界の価値であり――世界そのものの姿。

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 それを認識した瞬間――俺の視界に変化が起きる。

 

 

 

 目に見えるもの全てが。

 白い光を放っているように見える。

 まるで、天に立ち上る炎のようで。

 木々の一つ一つ。いや、湖の中を泳ぐ魚ですらもそう見える。

 空もだ。白い炎が無数に灯り、渦を巻くように揺れ動いていた。

 全てが白い炎として見えて、それらを見ただけで理解できる。

 心配するような視線を向けてくる二人。

 彼女たちからも強く温かな白い火を感じる……そうか。これが。

 

 俺はゆっくりと瞼を閉じる。

 そうして、もう一度目を開けて……視界は戻っていた。

 

「……どうした? 気分でも悪いのか?」

「私、胃薬持ってますよ!」

「いや、腹痛じゃ……ナナシ?」

「……」

 

 俺はゆっくりと指を水面につける。

 そうして、静かに言葉を発した。

 

 

「――アクセス」

「……お!?」

 

 

 あの言葉を唱えれば、俺の意思を受けて湖が動き出す。

 小舟が独りでに動き始めて、水が静かに渦を巻き始めた。

 二人は何が起きているのかと狼狽えていて。

 俺はしっかりと掴まっていてくれと注意しておく。

 

 渦を巻く湖。

 しかし、中の魚たちは全くと言っていいほど狼狽えていない。

 まるで、この流れが自然であるように泳いでいた。

 

 やがて湖の流れは更に変化し。

 遂には水が柱のように持ち上がる。

 二人は悲鳴を上げながら俺にしがみついてきた。

 

「落ちる落ちるぅぅ!!」

「何これ何これぇぇぇ!!?」

 

 水の柱を登っていく小舟。

 俺は笑みを浮かべながら更に水の流れを早くする。

 すると、小舟は一気に上へと上がり――飛んだ。

 

「「きゃあああぁぁぁぁ!!?」」

 

 二人は苦しいほどに俺に抱き着く。

 自由落下を始めた小舟はそのまま――水の巨人の手に収まる。

 

 水で出来た巨人は、ゆっくりと小舟を元の位置に戻す。

 二人は呼吸を大きく乱しながら俺と巨人を交互に見つめていた。

 静かに巨人は湖の中へと戻っていき、俺は静かに息を吐いてからたどり着いた力に納得する。

 

 

 

 ……そうか。今、ようやく分かった……世界を愛する事。理解する事……。

 

 

 

 SQが言っていた世界を変える力。アクセスの力の正体は――“世界の全てを改変する力”。

 

 

 

 あらゆる事象に干渉し、神の如く書き換えてしまう力。

 ノイマンが俺に渡した力はこれで。

 死から蘇る力も、この改変の力の産物だったのか。

 

 凄まじい力だ。

 これだけの力があるのであれば……っ。

 

 少し頭がずきりとした。

 二人は心配そうに俺を見て来た。

 

 どうやら、何のデメリットも無い訳じゃない。

 多少の疲労感などはあるようだ。

 それも大きな改変を起こせば起こすほどにこの疲労感は大きくなる。

 慣れない間に使ったときは気絶し、死からの蘇りでは何日も意識を失っていたからな。

 

 ……となると、これからの修行は……ん?

 

 岸の方に目を向ける。

 すると、いつの間にかクラウンさんが立っていた。

 彼は笑みを浮かべながら指を動かしてすぐに来るように言ってくる。

 つまり、第一段階は終了ということで……此処からだな。

 

「……二人ともありがとう」

「え? いや、俺たちは何も……なぁ?」

「……正直、何が何だか分かりませんが……良かったですね!」

「いや何がだよ!?」

「……ふふ」

 

 俺は二人のやり取りに嬉しくなる。

 これだ。この二人がいてくれるから、俺は世界を愛せる。

 この二人やヴァンたちがいなければ、俺は一生この力を使えなかっただろう。

 二人は全く気付いていないが、俺は皆に心の底から感謝している。

 

 

 ……後はこの力を完全にコントロールして、自分のものにするだけだ。

 

 蘇生に未来視に改変か……いよいよ、化け物染みて来たな。

 

 

 自分はもはや普通の異分子とは言えないだろう。

 これから益々、人間離れしていく自分に怯える事もあるかもしれない。

 だがそれでも、ヴァンたちやこの二人が側でいてくれるのなら……それで十分だ。

 

 俺はオールを持って小舟を漕ぐ。

 二人は先ほどの現象について俺に質問してくる。

 俺はそれに自分の感覚で答えながら、成長した自分を想像し少し笑った。

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