【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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172:次なるステージへ

 クラウンさんの家へと全員で戻り。

 俺は彼に指示されるままに人数分のコーヒーを作った。

 高いものではなく即席のもので、ミルクと砂糖を混ぜてから皆のもとへ運ぶ。

 ユーリは笑みを浮かべて両手で受け取り、ミッシェルは渋い顔で受け取る。

 クラウンさんは倉庫の方に何かを取りに行っている。

 俺は彼の分のコーヒーも適当なところに置いてから、二人の間に入り息を吐いてソファーに座る。

 

 暫くの沈黙。

 ちびちびとコーヒーを飲めば中々に美味かった。

 二人も静かに飲んでいて、ミッシェルは顔を左右に振る。

 やがて静かさに耐えきれずにミッシェルは困惑した顔で再び俺に質問をしてきた。

 

「つまり、アレは……えっと……湖の情報を改変したって事か?」

「あぁそうだ」

「……えっと……どういう事ですか?」

 

 二人は頭に疑問符を浮かべていた。

 まぁこんな説明で分かる訳がない。

 俺自身も説明が難しく、実際に俺の見ている景色などが共有できたのなら話は早いが……。

 

 リビングで困ったような顔をしていれば、クラウンさんが帰ってくる。

 リビングへと入ってきた彼は汗を掻いている。

 その手には古そうな大きなPCが抱かれている。

 彼はそれをどかりと机の上に置き、ふぅっと息を吹きかけた。

 瞬間、ぶわりと埃が舞い。俺たちはせき込む。

 

「あぁすまない……っと動くかな」

「……何時のですかそれ? 見た事ないモデルだけど」

「えっと確か。シャンドレマ産のもので……四十年前のモデルだったか」

「ぶぅ! 四十!? 骨董品じゃねぇか!?」

「……ミッシェルさん。ストレート過ぎますよぉ」

「あ、すみません」

「ははは、いいさいいさ。確かに骨董品だろう。だが、まだまだ現役――さ!」

 

 彼はそう言ってキーを弾く。

 瞬間、PCから駆動音が聞こえた。

 そうして、画面がついたようで、彼は部屋のカーテンを閉め切ってからスクリーンを出す。

 壁のパネルを押せば天井から小型のプロジェクターが現れて。

 彼はカタカタとPCを操作してそれを無線で繋げていた。

 

 スクリーンに表示されたのは何処かの綺麗な景色で。

 彼は咳ばらいをしてから説明を始めた。

 

「先ずこの世界は普通の人間にはこのように見えている。だが、ノイマンから力を受けた者たち……要するにエスティやナナシ君だね」

「……エスティ?」

「SQの事らしい」

「……あぁ」

「んん……力に覚醒した今、ナナシ君の目には世界がこう見えているだろう」

 

 カシャリと映像が切り替わる。

 それは白い光が至る所で炎のように舞い上がっているもので。

 二人は目を丸くしていたが、俺はこれだと頷いた。

 

「どういう事だ? 何でこう見える?」

「私にもさっぱりです……」

 

 二人は困惑する。

 すると、クラウンさんは説明を続けた。

 

「この白い炎のようなもの。これは平たく言えば情報……つまり、”データ”とされている」

「データ? これが……え? 何で」

「まぁ無理もない。突然そんな話を聞かされてもだ……そこを話すのなら、先ずこの世界の真実からだろう」

 

 彼は再び映像を切り替える。

 そこには、この世界とされるものを”裏”とし本物の世界を”表”と表していた。

 二人を見れば益々混乱しており、ユーリに至っては頭から湯気が出ているように見える。

 

「この世界は神の生み出した世界。つまり意図的に作られた仮想世界ということだが……分かるかな?」

「…………いや、いいです。突っ込みませんから。どうせ突っ込んでも頭がややこしくなる。な?」

「……」

「あ、ダメだ。フリーズしてやがる……続きを」

「……この世界は仮初の世界。”電子の世界”と我々は呼んでいる。本物の世界はこの外に存在しているが。その世界は既に滅び去り、人類は既に死に絶えた。ここまではナナシ君なら知っているだろう」

「……本当か? 何で黙ってたんだ……あ、いや。言えねぇよなこんな事……ごめん。忘れてくれ」

 

 ミッシェルは気まずそうに謝る。

 知っていたが確かに言える事じゃなかった。

 仲間たちを信じてはいたが、それでもこの事実は大き過ぎる。

 だからこそ、知らなくてもいいのならそれまでにしたかった。

 クラウンさんを責める事はしない。何れは話す時が来ていただろうから。

 

「普通であれば気づかない。我々には大地も海も空ですらも本物として見えているから……だが、一度でも”管理者権限”の一部だろうとを手に入れた者が世界を知ろうとすれば、隠された真実の情報が見えてしまう……つまりだ。ナナシ君はこの世界を心の底から愛し知りたいという願いが規定値を超えた事によってこの白い炎。データが可視化できるようになった」

「……それらは俺らには見えないんですよね」

「あぁ多分見えないだろう。私にも見えていない」

「……なら、何でこうすれば見えるようになるって知っていたんですか?」

 

 ミッシェルは問いかける。

 彼はにやりと笑い「先人の知恵だ」と言う……つまり、ノイマンか。

 

「当初はこの訓練によって普通の人間が得られる効果は、エネルギーの性質変化のみだった。要は、あのエネルギーを赤くしたり白くしたり黒くする力だ。それくらいなら君たちも知っているだろう?」

「あ、はい……あのピエロ野郎との戦いの時にナナシが使っていた黒いエネルギーだよな? 姐さんから聞いてます」

「……深くは聞かないが。まさか初めてが灰燼とは……よほど激しい怒りを覚えたのか」

「……えっと。そのかいじん? とかって……具体的にはどうすうればなるんですか? は、話は聞いていましたよ!」

 

 ユーリは恐る恐る質問する。

 彼は優しい笑みを浮かべながら簡潔に答えた。

 

「精神に大きく作用される。激しい怒りや憎悪であるのなら黒いエネルギー灰燼と化す。逆に誰かを思う心や守りたい気持ちが強ければ流天と呼ばれる白いエネルギーになる……まぁ大体の人間は精神の高ぶりによる赤いエネルギー回禄くらいしか使えないがね」

「……それぞれに特徴があるんですか?」

「それは勿論。端的に言えば、灰燼は攻撃特化のエネルギーで中には触れただけで相手の装甲を溶かす毒のような性質を持つものもある。流天であれば防御や癒しに特化していて、どんな攻撃であろうとも思いが強ければ弾くことが出来る。また、他者の傷や機体のダメージなんかも修復した事例がある……まぁエスティの事だがね?」

「……エネルギーが治癒を……聞いたことがねぇな。うん」

「……あ、頭が、沸騰しそうですぅ」

 

 ふらふらになるユーリを心配しつつ、俺はクラウンさんの話に耳を傾ける。

 つまり、CKの狙いはアクセスの力の覚醒だけでなく。

 エネルギーの性質変化に関しても更に成長させようとしてくれていたのか。

 

「世界への理解度……まぁ感受性が豊かになれば性質変化も引き起こしやすい。単純な理由だ。その気になれば映画でも漫画でもいいが。これが最も効率が良かった」

「……メンタル的なもんなのか……スゲェ世界だな、おい」

 

 ミッシェルは呆れたような目で俺を見る。

 そんな目で見られても実際に形になったので文句が言えない。

 俺は視線を逸らしてスクリーンを見つめた。

 

「……とまぁ此処が電子の世界であるのなら、現実では出来ないことが可能となる。何故ならば、此処が現実世界と似て非なる世界だからだ。あちらの法則とこちらの法則は少し違う。何故ならば、向こうの世界にはメリウスのような兵器は存在しなかたっとされる……さて、問題だ。ナナシ君は何を書き換えたんだ?」

「……! そうか。電子の世界っていうのなら、そのもの自体の”プログラム”を書き換えたって事か?」

「そうだ! つまり、ナナシ君が使うアクセスとはあらゆる事象への干渉……データの書き換えだ」

 

 クラウンさんの説明にようやく納得がいったミッシェル。

 彼女は頻りに頷きながら俺の代わりに質問をする。

 

「だったら、何も無い場所にものを生み出すって事も?」

「……残念ながらそこまでは分からない。私はエスティから聞いた情報を知っているだけで。彼女が何も無い場所からものを作り出したという事は聞いていない……まぁ存在するものの情報を書き換えて別のものにする事は出来たらしい」

「へぇ! そいつはすげぇ! だったら、ただのゴミを金に換えることだって――あいて!」

 

 黙って聞いていたクラウンさんは手に持っていた棒をさっと伸ばす。

 そうして、パシリとミッシェルの頭を軽く叩く。

 その目は鋭く、彼女の悪知恵を諫めていた。

 

「あまりそういう事は考えない方がいい。この力も万能ではないからね」

「……デメリットが?」

「……ナナシ君。君がそれを使った時、どんな事が起きたか彼女に説明できるかな」

「……死んで蘇る時は何週間も眠っていて。アクセスを始めて使った後は気絶した……です」

「……つまり……体力を消耗しやすいって事ですか?」

「まぁそれに近い。主に消耗するのは本人の生命エネルギーだが……それでも補え切れない時は他者から”吸収”してしまう」

 

 彼は映像をまた切り替えた。

 そこにはカラカラに乾燥した植物が映っていた。

 

「これを見れば分かるが。死から蘇るという奇跡を起こすにはかなりのエネルギーが必要だ。人一人で賄えないのであれば近くの動植物からエネルギーを吸収してしまう。これはエスティが誤って死亡した時の状況を撮影したものだが……花や植物だけでなく、近くの動物も不自然な死に方をした……あくまで被害がこれだけだが。可能性として人に影響を及ぼす場合もある」

「……っ!」

 

 俺はその言葉を聞いて目を見開く。

 そうして、自然と彼に聞いてしまう。

 それは突然死だけでなく、人の運命を変えるような死もあるのかと。

 彼は複雑そうな顔をしながら「可能性はある」と言う……そうか。

 

 なら、今まで俺は気づかない間に。

 多くの人間の人生を狂わしていたのかもしれない。

 兵士自体でも大勢の仲間が死に、ヴァンの会社に入った後も多くの人間が死んだ。

 それは俺が失ったエネルギーを補うために、彼らの寿命を吸い取っていたからではないのか。

 俺はそんな考えを頭に過らせてしまう。

 

 

 怖い。とてつもなく怖かった。

 知らなかたっとはいえ、大切な人たちの人生を奪っていたと思うとゾッとする。

 自然と手に力が入り、体が寒くもないのに震える。

 まるで、死んでいった仲間や友人の亡霊が耳元でささやいているようで――!

 

 

 ふと、手に柔らかな感触がした。

 両手に感じる温かさに視線を向ければ……二人が笑っている。

 

 

「……ありがとう」

 

 俺は二人に礼を言う。

 そうだ。悩んでも何の解決にもならない。

 例え吸収してしまっていたとしても、もう後には引き返せないんだ。

 だったら、その分の償いをしなければならない。

 

 俺が今できる事。

 此処までの道を繋げてくれた仲間の分も、俺が頑張るしかないんだ。

 俺はクラウンさんを見つめる。

 彼は笑みを浮かべて静かに頷いた。

 

「第一段階はクリアだ。次からは本格的な力のコントロールに入る。それが終われば最終段階……バカ息子の鼻っ柱を折る事だ」

「……はい!」

「ふふ、良い返事だ……ところでお嬢さん方、かなり沢山の荷物をお持ちだが……もしかして泊まるつもりだったかな?」

「「……!」」

 

 二人はびくりと肩を震わせる。

 そうして、だらだらと汗を流し始めた。

 

「はははは!! いいねぇ若いってのは……よし、それなら二人にも協力してもらおうか」

「「……?」」

「なぁに簡単だ。家事全般を任せたい。力仕事は彼がするが……実を言うと女性の手料理が恋しくてね」

「……うし、それなら」

「――はい! 私頑張ります!」

「……おい」

 

 ミッシェルが気合を入れようとすればユーリが遮る。

 彼女はジト目でユーリを見るが彼女は気づいていない。

 俺はくすりと笑いながら、これからは別の修行になるのかと聞く。

 すると彼は「もうボーっとする時間はないぞ」と釘を刺す。

 

「君には明日から毎日、此方が用意したエネルギーを使った性質変化訓練を行ってもらう。私が白といえば白に、黒なら黒だ。目標タイムも設定するからな。それがクリアできなければ……」

「できなければ?」

「――飯抜きだ」

「……っ!!」

 

 俺は凄まじい衝撃を受ける。

 飯を抜きにされるほどのペナルティ。

 軍人時代ならまだ知らず。飯の美味さを知ってしまった今。

 一食でも抜くことは俺にとって死を意味するようなものだ。

 がちがちと歯を鳴らしながら恐怖に耐える。

 

 やるしかない。全力で目標タイムを――突破するッ!!

 

 俺の漲る闘志を見てクラウンさんは若干引いていた。

 飯で本気になる事の何がいけないのか。

 俺がそういう目で彼を見れば、わざとらしく咳ばらいをする。

 

「……兎に角、今日はもう修行は良い。好きなように恋人と過ごしなさい。出掛けたいのなら、倉庫にある私の車を貸そう……まぁ家にいてもいいが……ん?」

「……で、出かけてきます」

「分かった。キーは……はい。気を付けなさい。色々と」

 

 クラウンさんはウィンクをする……この人も見かけによらず若い気がする。

 

 二人は荷物はどうしようかと迷っていると。

 後で部屋に運んでおくからと彼は言う。

 二人は何度も頭を下げて礼を言い、彼はひらひらと手を動かして「日が暮れるよ」と言う。

 

 久しぶりの三人で。

 俺自身も少しそわそわしていた。

 二人も早く出掛けたかったようでちらちらと俺を見ていた。

 俺は行ってくる事を伝えて二人と共に家を出る。

 ガチャリと扉を閉めてから、二人を見てどこに行きたいか尋ねる。

 すると、二人は顔を見合して――

 

「「ゆっくりできる場所!」」

「……分かった。行こう」

 

 俺は二人を連れて歩く。

 倉庫まではそんなに道はないが。

 両隣に立った二人は腕を組んできて。

 俺はそんな二人の温かな手をぎゅっと握った。

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