【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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174:強さを欲すれば

 晴れ晴れとした天気。

 昨日は雨が降ったからか、座っている大きな枯れ木の椅子は湿っていた。

 クラウンさんは俺の隣で、俺の手元をジッと見つめている。

 その球体からは白い光が発せられていて、俺はただひたすらに集中していた。

 

「……よし。では黒だ」

「――ぅ!」

 

 両手でコアを握る。

 内部に注がれた精製液が反応し、コアからバチバチと黒いエネルギーが迸る。

 グローブ越しであるが熱さを感じる。

 それをギュッと握りながら、彼の指示があるまで維持し続けた。

 

「……そこまでだ」

「――はぁ!」

 

 止めていた呼吸を再開させる。

 汗がドッと吹き出し、俺はそれを腕で拭う。

 彼は良くできたと俺を褒めながら、水筒の蓋を開いてお茶を注ぐ。

 彼から渡されたそれを受け取り中身を少しずつ飲む。

 とくとくと冷えたお茶が喉を通っていき、俺は静かに息を吐いた。

 

 アレからずっとこの修行を繰り返していた。

 エネルギーの性質変化を訓練する為の小型のコアを持ち。

 それに意識を集中させてエネルギーの性質変化を促す。

 

 最初の内はかなり苦労した。

 黒や白と言われても中途半端なものしか出来ず。

 彼から指示された時間内に出来ず、持続時間も短かった。

 飯抜きを言い渡されたのも一度や二度ではない。

 その度に腹を鳴らしては枕を涙で濡らしていた。

 

 ユーリやミッシェルは心配してくれて。

 隠れて俺に飯を渡そうとしたが。

 俺はそれはダメだと拒否し、辛い修行に耐えてきた。

 その結果、少しずつ上達していき、今では指示されたら二秒ほどで性質変化をする事が出来ていた。

 彼からしたらまだまだらしいが大きな成長で、持続時間も少しずつ伸びている。

 

 クラウンさんは俺の上達スピードはかなりのものだと言う。

 エスティほどでなしろ、大したものらしい。

 俺は複雑な顔をしながら、やはろSQは相当な使い手なんだと思った。

 

「……ふふ」

 

 このままいけば意識する事無く変化させられるようになる日も近いかもしれない。

 そんな事を考えれば軽く頭を叩かれる。

 恨みがましく彼を見れば「甘い甘い」と言う……何で俺の考えが分かるんだ?

 

「性質変化は大事な技術だ。無意識下で行えるようにするには相当な時間がかかる……だが、君に残された時間はあまりない」

「……はい。約束の期限まではもう……どうにかなりませんか?」

 

 俺は不安を思わず口にしてしまう。

 彼に藁にも縋る思いで聞けば、静かに瞼を閉じて腕を組む……やはり無いか。

 

「……あるにはある」

「――え!? なら早く」

「……死ぬかもしれないぞ? それでもか?」

「……!」

 

 彼の言葉に思わず息を飲む。

 死ぬかもしれないとはどういう意味か。

 いや、短期間での習得であればそれほどのリスクがあるのだろう。

 俺はそう考えて少しだけ悩み――しっかりと頷く。

 

「やります。やらせてください」

「……決意は固いか……よし。なら残りの一週間。死ぬつもりでやってもらうぞ」

 

 彼は枯れ木の椅子から立ち上がる。

 そうして、俺について来るように行ってくる。

 俺は言われるがままに彼の後を追っていった。

 

 

 

 倉庫の中へと入り周りを見渡す。

 そこにはチェーンで固定されたあの古いメリウスと。

 青いビンテージカーがあるだけだ。

 他にはよく分からない道具や錆びたガラクタがあるくらいで……何だ?

 

 奥の方で大きな音が聞こえた。

 何かが破裂するような音であり、奥に繋がる扉の隙間から埃が噴出していた。

 俺が入っていいのかと迷っていれば、扉をけ破ってクラウンさんが出てくる。

 顔にはスカーフを巻いてマスクのようにしていたようだが。

 あの量の埃を防ぐことは出来ず激しくせき込んでいた。

 

「かは、かは、かは……えほぉ! うえぇ……あぁ死ぬかと思った」

「……何していたんですか?」

「ん? あぁすまない。アレを使わせるのはエスティ以来でな。久しぶりに調整をしていたんだが。内部に埃が溜まっていたようで強制排出してしまってな……まぁ実際に見た方が早いだろう。来なさい」

「……?」

 

 俺は何を言っているのかと思っていた。

 エスティとはSQの事であり、アイツが使っていた機械か。

 なんだか嫌な予感がするが。それは勘違いではないだろう。

 果たして命を懸けるほどのものとは何かと思いながら、俺はクラウンさんを追って倉庫の奥に行く。

 

「……おぉ」

 

 持っていた小型コアを近くの棚に置く。

 そうして、目の前に鎮座する”銀の何か”を見つめた。

 

 窓から差す光が空中を舞う埃を幻想的に輝かせて。

 中心にて鎮座する怪しげな白銀の機械を威圧的に見せていた。

 真ん中に椅子があり、その周りには二つの輪っかが設置されている。

 まるで、椅子に座った人間を煽るように輪っかが周りで回転するんだろう。

 しかし、こんな怪しげな装置なんて今まで見たことが無い。

 そんな事を思っていればクラウンさんは「無理もない」と笑う……また心を読まれた?

 

「これは一般家庭にあるものでも軍用でも医療用でもない。エスティのような特別な才能を持った人間の為に開発された”技術向上機械”だ。正式名称は……悪いが忘れてしまった」

「はぁ……あそこに座ればいいんですか?」

「そうだ。まぁ取り敢えず座ってみなさい」

 

 彼に促されるままに椅子の方に近寄る。

 そうして、ゆっくりと銀の椅子に座る。

 座り心地は良いと言う訳ではなく。

 見かけ通りに固く、長時間座っていれば尻がカチカチになるだろう。

 そんな所に座れば、彼は近くの棚から怪しげなメットを取り出す。

 

 渡されたそれを見れば、メットには電極のようなものが無数に張り付けられていた。

 コードはなく無線式か何かだろう。

 言われるがままに装着し、ベルトにて固定すれば彼はそのまま座っているように言う。

 

 怪しげな機械の台座を軽く二回蹴れば、彼の前にコンソールが投影される。

 彼はそれを叩きながら何かを入力していく。

 

「今からする事は簡単だ。先ほどまでやっていた性質変化訓練。それを更にハードにしたものであり、休むことなく永遠に繰り返していく。疲れは溜まるかもしれないが、その度にそのメットから疲労回復信号が送られる。失った体力の回復はその機会のタンクに入れられた薬剤により補えるだろう。もしも指定時間以内に性質変化が出来なければ痛みの電気信号が送られるようになっている」

「……つまり、連続して成功しなければいけないと?」

「そうだ。目標は……ふむ。取り敢えず百回連続で指示をクリアすれば達成にしよう」

 

 彼は説明をしながら機械に情報を入力していった。

 俺はそれを聞きながら、頬を冷汗が伝うのを感じた。

 痛みの電気信号は何故か教育のように聞こえる。

 軍人時代を思い出す地獄であり、もっと危ないのは疲労が溜まっても自動で栄養を補給するという点だろう。

 

「あの、栄養はどうやって吸収するんですか?」

「……まぁ経口摂取だが……君もエスティもそれは心配ないだろう。勝手に吸収する能力があるからな」

「え、でも、俺はまだその力を制御」

「――それも今のうちに覚えなさい」

「……っ」

「……因みにタンクの中身に賞味期限はない……体に悪いものでもないから心配するな。まぁ経口摂取していたら……あまりのまずさに吐くだろうがな。ははは」

 

 彼はおぞましい事を笑って言う。

 俺は顔から血の気が引いていくのを感じた。

 

 かなり無茶な事を言われた気がした。

 だが、俺からしてほしいといった手前指摘できない。

 俺は静かに頷きながらその時を待つ。

 

「よし……では、始めるよ。もしも、不測の事態が起きれば自動で止まるようになっている……逆に言えば、それ以外では絶対に止まらないからね。本当に死ぬかもしれないが……頑張れ!」

「……はい。お願いし――!?」

 

 俺が言葉を言い切る前に椅子が少し持ち上がる。

 そうして、周りの輪っかが動き始めた。

 ゆっくりと回転を始めており、俺はそれを目を泳がしながら見ていた。

 

「大丈夫。指示に関しては頭に直接送り込まれる。間違う事はない」

「あ、頭に!?」

「あぁそうだ。それでは健闘を祈っているよ」

 

 彼はそう言って部屋から出ていく。

 俺は何も言う事が出来ず――

 

『黒――三秒以内――五分継続』

「来たッ!」

 

 俺は精神を集中させる。

 そうして、コアも無い状況で灰燼を生み出すイメージをする。

 すると、輪っかの合間から黒いエネルギーが生成される。

 バチバチと言うスパーク音を聞きながら、俺はやったと思って――しまっ!

 

 持続させようとした時に精神が乱れた。

 瞬間、灰燼は解かれてしまう。

 俺は最初に失敗し――あがぁ!!?

 

 頭にバチバチと電流が流れる。

 激しい刺すような鋭い痛みが走る。

 それは一秒にも満たない。

 だが、目の覚めるような痛みであり――

 

『白――三秒以内――五分継続』

「――ふぅ!」

 

 俺は再び送られてきた指示通りに動く。

 これを百回連続でクリアする事。

 今やっと分かったが、かなりの難易度だ。

 俺は必死に精神を集中させながら白を継続して作り続けた。

 

 やがて短い音が鳴り。

 頭の中に次の指示が流れてきた。

 一つ目がクリアであり、次のものも――っ!!

 

「ぅぐ!!」

 

 ダメだ。少し遅れた。

 そのせいでまたしても鋭い痛みが脳内を走る。

 俺は歯を食いしばってその痛みに耐えた。

 そうして、シートの腕かけを必死に掴む。

 

 耐えられない痛みじゃない。

 だからこそ、この痛みに恐怖を覚える。

 何度も何度も味わえば、この鋭い痛みに敏感になってしまうから。

 これは少年時代に味わった”教育”――それに匹敵する。

 

 俺は目を見開きながら汗を流す。

 そうして、頭に流れてくる指示を受けてすぐに行動した。

 迷うな。別の思考にリソースを割くな。

 今は指示を受けた瞬間にそれを確実に遂行する事を考えろ。

 俺は必死にそう念じながら、指示をクリアしていく。

 

 三つ四つとクリアし――

 

『黒――”1秒以内”――十分継続』

「――ふ――ぅあ!?」

 

 ふざけるな、そうい言いかけた。

 瞬間、俺が命令を拒否したと判断したのか強い電流が流れる。

 体を強く反応させながらそれに耐えて、必死に空気を取り込む。

 

 あぁそうだな。

 これは確かに……死ぬかもしれない。

 

 それほどまでにハードな訓練。

 だが、これなら実りが多い。

 そう実感できるほどに、体がこの状況に適応しようとしていた。

 痛みに恐怖し、失敗を恐れて。

 同じ失敗をしないようにと彼が無理矢理に適したようになっていく。

 まるで、生存本能が強く刺激されているようで――俺は笑う。

 

『白――1秒以内――十分継続」

「――!」

 

 集中、集中、集中集中集中集中集中――集中ッ!!

 

 俺はエネルギーを即時生成。

 ギリギリであり、そのまま十分維持する。

 歯を食いしばりながら、己の守りたいという感情を掻き立てて――クリア。

 

 もっとだ。

 もっともっと己を追い詰めろ。

 過酷な状況に身を置けば置くほどに、人は成長していく。

 

 

 俺があのCKに一泡吹かせる為には……いや、勝つ為にはッ!!

 

 

「これを乗り越えて、マスターするしか――ないッ!!」

 

 

 俺は痛みに悶えながらも、必死に食らいつく。

 一つ一つの指示を熟して、それでも失敗し。

 成功と失敗を繰り返しながら、俺は何度も何度も挑んでいった。

 たった一日で足りないなら何度でもチャレンジしてやる。

 俺はそう自らに言い聞かせながら、軍人時代を思い出し己を命令に忠実な猟犬にさせていった。

 

 指示を受け、完璧に熟す。

 ただ命令されるままに熟していく。

 それが犬であり、狩りを任される猟犬だ。

 

 ――でも、俺はもうただの犬じゃない。

 

 守りたいものがあり、失いたくない存在がたくさんいる。

 それらを死んでも守る為に、俺はこの牙を研いできた。

 今もこれからも変わらない。

 死にぞこないだろうとも――強くなって見せるさッ!!

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