【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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175:勝負の一撃

 特訓、特訓――そして、特訓。

 

 技術向上機械を使っての特訓は過酷そのものだ。

 痛みによる強制に加えて、ほぼ終わりが無いのだ。

 初日は百回連続でのクリアなんて夢のまた夢で。

 最高でも六十七回が限度だった。

 疲労が溜まり意識が朦朧とすれば、ヘルメットを通して疲労を緩和する信号が送られる。

 失われた体力に関しては、能力のお陰か自動で補填されて行っていた。

 

 気絶し、痛みで覚醒。

 何度も何度も失敗し、それでもと食らいつく。

 そんな事を来る日も来る日も行ってきた。

 家事全般を担当してくれる事になったユーリとミッシェル。

 流石に桶に水を汲んでくる作業は俺がしているが……正直、すごく助かっていた。

 

 こんなにも過酷な訓練をしているからか。

 食事も喉を通らないほどに疲れ切っている。

 帰る頃には身も心もボロボロで、ふらふらと歩く俺を見て流石に二人は心配してくれていた。

 クラウンさんもあまりに酷い時は自分で水を汲みに行っていたほどだ。

 彼は三日目にはもう既にこの訓練を止めようかと聞いてきたが……俺はそれを拒んだ。

 

 此処で普通の訓練に戻れば、望む結果を得る事は出来ない。

 俺はもっと強くなる。そして、CKにも勝てるほどの男にならなければいけない。

 そうでなければ、俺はこの先できっと後悔する。

 守るべきものを守れなければ絶対に……だから、こんなところで妥協なんかしない。

 

 俺は彼にお願いして訓練を継続させてもらった。

 俺のやる気を感じて彼はそれ以上は何も言わなかった。

 そうして、過酷な訓練が行われ続けて――あっという間に一週間が過ぎた。

 

 

 

「……」

 

 約束の日。

 CKとの再戦の日であり、俺は静かにヘルメットを抱えながら家の前で待つ。

 クラウンさんから貰ったパイロットスーツ。

 普通の練習用でも良かったが、彼はこれを着て戦ってほしいと言ってきた。

 旧型のように見える少し厚めの服だが。

 現代に合わせて細かい改修が施されていた。

 通気性が抜群な紺色のスーツであり、これは誰のかと俺は聞く。

 すると彼は「私の若い頃のものだ」と言う。

 

 俺は少しだけ嬉しかった。

 現役時代の伝説が着ていたスーツを着て。

 彼の想いを受け継いだ息子と戦えるのだから。

 これほどまでに燃える展開はない。

 が、負けては無意味だ……俺は必ず勝つ。

 

 一太刀だけでもなんて言わない。

 俺は勝つ気で奴に戦いを挑む。

 負けるなんて微塵も思わない。

 全力を出して、死に物狂いで勝利を手にして見せる。

 

「……来たな」

 

 道の向こう側。

 真っすぐに此方を目指している青いバイク。

 それを見つめていればあっという間に家の前に止まる。

 黒いライダースーツを着た細身で長身の男は手慣れた動きでヘルメットを取る。

 ふぁさりと金の髪が揺れて、その下の端正な顔が露になる。

 

「やぁ、久しぶり……へぇ、良い顔になったね」

「あぁ、この一か月で俺は――お前を倒せるくらいには強くなった」

「……ふふ、そうか……それは楽しみだ……君の実力、存分に見せてもらうよ」

 

 奴はヘルメットをシートに置く。

 そうして、笑みを浮かべながら俺の前に立つ。

 スッと手を差し出してきて俺はその手をしっかりと握る。

 互いに力を込めて固い握手を交わす。

 

 俺たちは無言のまま倉庫を目指して歩いて行った。

 これ以上の会話は不要だ。

 此処からは男同士の真剣勝負であり……チラリと建物の中を見る。

 

「……」

 

 窓の中から俺を見つめる二人。

 彼女たちは笑っていてしっかりと頷いていた。

 ミッシェルもユーリも俺が負けるなんて思っていない。

 俺はその二人を見つめて頷いてから、倉庫に目を戻し歩いていく。

 隣のCKは何も言わないが薄い笑みを浮かべていて。

 俺はその意味ありげな視線を無視した。

 

 

 

 コックピッドに乗り込む。

 あの時と同じであり、コアを稼働させて暫くすれば中はそれなりに暑くなる。

 激しく動かしていれば高温サウナ状態になるだろうが。

 今の俺にとってはこの不便さがひどく心地よかった。

 

 今なら分かる。

 電子機器も何もない状態での生活。

 便利であったもの全てが無い状態での生活は過酷だった。

 だが、その生活のお陰で俺はこの世界のありのままの姿を見て体験する事が出来た。

 

 この体に伝わる熱も、耳に聞こえる駆動音も。

 全てこいつの状態を表している。

 これを聞いていれば分かるんだ。

 こいつが今何を思っていて、どうして欲しいのかが。

 不便な状況でこそ、見えてくる真実がある……俺はそれに気づいたんだ。

 

 コンソールを戻す。

 システムの最終チェックを済ませる。

 俺はミッシングの名を小さく呼ぶ。

 すると、奴は駆動音を少し高めて反応したように感じた。

 

 俺もこいつも戦う準備は整っている。

 後はあの澄ました顔の王子様を倒すだけだ。

 俺は壁に掛けられたブレードと盾を取る。

 そうして、先に出ていったアイツを追いかけていった。

 

 ガシガシと地面を踏むたびに音が鳴り。

 埃が舞って機体全体が小刻みに揺れる。

 体まで伝わる振動はひどく懐かしく。

 今から再び戦うんだと思いながら、俺はゆっくりと倉庫から出ていった。

 

 センサーを動かして周りを見る。

 すると、既にCKの姿は遠く離れていた。

 奴は家や湖から離れた場所で待機している。

 あそこでやりあおうという意思表示であり、俺は無言でそれに従う。

 

 静かに息を吸い込む。

 そうして、レバーをギュッと握りしめて――カッと目を見開く。

 

「行くぞ――ッ!」

 

 倉庫から少し離れて。

 俺は指のボタンを押しレバーを一気に倒した。

 そうして、一気に大地を駆けていき奴の下を目指す。

 

 この前のように着いた瞬間に攻撃を食らうのはごめんだ。

 それならば、最初からこちらは戦闘の意思を示し奴へと駆けていくだけだ。

 奴も俺の意思に気づいて、ブレードを下に構えて盾を俺に向ける。

 迎え撃つ姿勢であり、俺はにやりと笑う。

 

 真っすぐに奴の下を目指し。

 もう少しで奴と接敵する瞬間――レバーを一気に上げる。

 

 ペダルを強く踏みつけながら、スラスターを噴かせた。

 全力での噴射であり、機体が地面を蹴りつけていた事もあってふわりと持ち上がる。

 奴は驚きながら俺を見ていて、俺は奴の背後へと回る。

 そのままブレードで奴の死角から切り付けて――はは!

 

 奴が驚異的な反応速度で俺のブレードを自らの得物で防ぐ。

 ギャリギャリと火花が散り、奴との出力勝負は互角で。

 俺はそのままブレードに込める力を下に変える。

 地面にブレードを叩きつけて、土を大きく巻き上げた。

 バチバチと土が機体に掛かり、奴の姿も消えたが。

 俺は奴から距離を離し――盾を構える。

 

「グゥ――ッ!?」

 

 跳躍によって一気に距離を離した瞬間。

 着地の瞬間を狙うように何かが勢いよく飛んできた。

 咄嗟に盾でガードすれば、勢いよく奴の持っていたブレードが飛んできて。

 俺はその衝撃で機体をよろけさせながらも何とか体勢を立て直して地面に足をつく。

 

 瞬間、煙の中から奴の機体が飛び出す。

 そうして、くるくると宙で回転していたブレードを見事にキャッチした。

 

《バァ!》

「――ッ!」

 

 意表を突くような攻撃――だが、知っていた。

 

 未来視の力により奴の行動の先を読んだ。

 敢えて奴の攻撃を誘発し、俺はそのまま盾を地面に刺す。

 奴はそれもお構いなしでブレードを脇に戻し――振る。

 

 ブレードにエネルギーを薄く纏わせたのか。

 その切れ味は本物であり、あの分厚い盾がバターのように切れている。

 俺はそれを”遠くから見ながら”感心し――奴に飛び掛かる。

 

《へぇ!》

 

 今の一瞬、盾でガードするように見せかけて奴の視界から一瞬消えた。

 そうして、奴が攻撃をする一瞬の内にスラスターに練り上げた白のエネルギーを使って一気にその場から離れた。

 黒であればその攻撃性からスラスターが耐えられない。

 赤も同じであり、唯一白という防御と癒しに特化したこれならば高濃度のエネルギーであっても耐えられる。

 爆発的な加速により一気に離れて。間髪入れずに一瞬で練り上げた流天でまたしても加速。

 奴は着地する瞬間であり、姿勢を制御する事でリソースは――

 

《甘い!!》

「うぐぅ!!?」

 

 奴への刺突。

 奴は盾を空中に捨て、半ばから断ち切られた俺の盾を蹴りつける。

 それにより僅かながらにも奴の軌道がズレた。

 奴のコックピッドスレスレを狙った一撃は掠める事も出来ず空を切り。

 奴はそのまま機体のつま先で機体を回転させて――!?

 

 凄まじい衝撃音。

 機体内が揺れて警報が鳴る。

 今の攻撃は回転による膝蹴りであり、コックピッドを揺らされた。

 恐らく、装甲も凹んでいるだろうが――まだまだッ!!

 

 俺は引きはがされそうになりながらも、自らの機体の上半身を回転させて盾を投げる。

 やぶれかぶれの攻撃。出鱈目と言ってもいい投擲だ。

 しかし、奴の意表はつけたようで。

 奴は大きく機体を動かして回避し、そのままバックステップで下がっていく。

 俺は奴の少ない動揺の瞬間を見逃さない。

 逃れようとする奴を追いかけようと、俺は機体のスラスターを全て点火する。

 凄まじい音が鳴り響き、機体全体が激しく揺れる。

 練り上げるのは最大級の流天であり――ぶわりとそれが広がった。

 

 機体内は灼熱地獄であり、汗が顔中から噴き出していた。

 俺は歯を強く食いしばりながらレバーを倒して一気に奴を追う。

 両手でブレードを持ちながら、地面スレスレを飛行――いや、違う。

 

《ははは! 何だそれ!?》

「うるさい!!」

 

 機体はスレスレどころか地面を抉りながら飛んでいる。

 分かっていた。この機体に飛行機能はない。

 だからこそ、飛ぼうとすればこうなると。

 地面をがりがりと削り、まるで水面を弾いて行く石のようだ。

 奴は思わず吹き出して俺を見ていた。

 

 ――が、これでいいッ!!

 

 地面を削りながらの荒々しい飛行。

 それにより綺麗な大地には土煙が広がっている。

 視界が最悪の状態になっていき、耳元にはシステムの警告音がうるさいほど鳴る。

 それを無視しながら、俺は両手で握ったブレードを一気に地面に叩きつけた。

 

 瞬間、凄まじい爆音が鳴り。

 土柱が起こるほどの衝撃が辺りに響く。

 何も見えない中で、奴が息を飲む声が聞こえた。

 俺は全てのスラスターを停止させて、空中を飛びながらブレードを地面に向けて投げた。

 くるくると回転しながらそれが飛び。

 地面に大きな音を立てながら突っ込んでいったのが分かった。

 瞬間、土煙の中で妙な揺らぎを察知し――そこだッ!!!

 

 

《――違う。上かッ!》

「此処だァァ!!!」

 

 

 俺はらしくもなく叫ぶ。

 そうして、拳を固めながら上を向こうとしている奴の機体を捉えた。

 奴はブレードを咄嗟に動かして迎撃しようとしてきていた。

 だが、もう俺が止まる事はない。

 俺は迷うことなく攻撃を選択し、全力で叫びながら奴に向かって拳を――叩きつけるッ!!

 

 金属同士がぶつかり甲高い音が響く。

 そうして、くるくると何かが舞ってガシャリと音を立てて転がる。

 荒い呼吸のままチラリとそちらを見れば俺の機体の腕であり。

 拳による攻撃を行ったが、見事に切られてしまったようだ……だが、やってやった。

 

《……見事》

 

 奴の頭部を見ればぐしゃりと凹んでいた。

 俺の攻撃の方が早く。

 一瞬遅れて奴が俺の機体の腕を切断した。

 もしも、コックピッドを狙っていれば俺の勝ちだっただろうが……流石にあの視界の中では狙いはつかない。

 

 俺はゆっくりと機体の膝を地面につける。

 そうして、コックピッドハッチを展開させて外の空気を中に取り込んだ。

 ヘルメットを脱ぎ捨てながら、全力で呼吸をする。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……負けた、か……悔しいな」

 

 あんなに修行しても、やはりKクラスには及ばない。

 そう悟ってしまえば、今までの苦労が無駄になる。

 だけど、そう思わざるを得ないほどに奴の動きは完璧だった。

 俺がそう思っていれば奴から通信が聞こえてきた。

 

《いや、君の勝ちだ……あの一瞬。僕には確かな迷いがあった……君ならもしかしたら、あの時に攻撃を止めて回避を選択するんじゃないかって……その結果、君の攻撃が僕よりも早かった。もしも戦場なら、僕はあそこで戦死だろうさ》

「……戦場であんな出鱈目な動きをする奴なんかいない」

《はは、違いないね……でも、だからこそ僕は君に一杯食わされた……侮っていたよ。正直》

 

 奴は正直な感想を言う。

 まぁ侮ってもらわなければ攻撃自体通っていなかっただろう。

 その点では侮っていてくれて良かったと思いたいが……それでも、負けだ。

 

《君がこの結果をどう思おうが構わない……だが、約束は約束だ……君をノイマンに会わせる。明後日の午後八時、君を迎えに行く。それまでに、大事な用事を済ませておいてくれ……必ずだ》

「……? 何をそんなに改まっているんだ。別に話をしに行くだけで」

《それは違う。ノイマンと君が会うという事は――運命が大きく動き出す事を意味している》

 

 奴は真面目な口調でハッキリと言った。

 その言葉と本気度から俺は茶々を入れる事も出来なかった。

 それほどまでにノイマンに会うという事は大きな事なのか。

 俺は喉を鳴らしながら、ただ一言分かったとしか言えなかった。

 

《……君のこれからに幸運を……たとえどんな事になろうとも……君ならきっと最高の結果が得られる筈だ》

「……よく分からないが……ありがとう。アンタにも幸せが来ることを願っている」

《……祝福、感謝する》

 

 奴はくすりと笑う。

 そうして通信を切って俺の機体に肩を貸してくる。

 俺はそれに応えながら、機体を倉庫まで運んでいこうとした。

 

 

 ……ようやくノイマンに会える……だが、何だ。この胸騒ぎは?

 

 

 俺は何かを忘れている。

 神と会い何かを話していた筈だ。

 しかし、その記憶は霞が掛かっていて。

 重要な事を話していた筈なのに、何も思い出せない。

 

 

 何だったんだ……俺は神と何を……っ!

 

 

 ずきりと頭が痛みを発する。

 俺は思わずレバーから手を放して頭を押さえた。

 彼は無言で俺を心配してくるが……仕方ない。

 

 思い出すまで待ってくれとは言えない。

 チャンスは一度きりであり、活かせなければそれまでだ。

 俺は頭を振り雑念を消した。

 迷わない。迷ってはいけない――行こう。奴の元へ。

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