【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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176:お前なら出来るさ

 クラウンさんとの一時的な別れ。

 彼の下で学んだ事は多く。

 あの伝説と共に生活できた事は俺にとって貴重な経験になった。

 彼は別れ際に、俺が先ほどまで着ていたパイロットスーツをくれた。

 大切なものじゃないのかと思ったが、彼の真っすぐな目を見て何も言わずに受け取った。

 彼は別れ際に俺をその両腕で抱きしめてくれた。

 とても暖かく力強い抱擁であり、俺は亡き両親の姿を幻視した。

 

『……また来なさい。何時でもいいから……心細い時、道に迷った時……私は君を待っているよ』

 

 もしも道に迷ったら何時でも来てくれと言ってくれた。

 社交辞令ではない本心からの言葉で、俺も彼を抱きしめながら必ず来る事を約束した。

 

 そうして、帰りはタクシーを手配し帰宅し。

 珍しい事に全員が家にいたので、その日は外に外食に行った。

 一か月ぶりに会う仲間たちは変わらなかったが。

 ヴァンたちは俺の纏う気配が違うと言っていて。

 俺は彼らを揶揄う為に、ジョッキに入ったビールを操り空中で星形にした。

 流石のイザベラも思わずビールを噴き出していて、俺は盛大に笑った。

 

 ベックは顔面蒼白で俺が人間をやめちまったなんて言った。

 ドリスは興味深そうに俺を見ていて、ライオットは純粋な尊敬の眼差しを俺に向ける。

 アニーとイヴは超人コンテストに応募するなんて言って写真を何枚も撮っていた。

 流石にやめろとミッシェルが止めていたが、双子はにやりと笑うだけだった。

 ヴァンはゲラゲラと笑いながら、俺たちの野望にまた一歩近づいたなんて言っていた。

 イザベラは馬鹿な事ばっかり言うなとヴァンの頭を叩いて。

 やたらめったらにそんな力を見せびらかさないように注意されてしまう。

 俺は少し反省しながらも、今後はこの力を使って会社の役に立つことを改めて誓った。

 この世界から争いを根絶し、子供たちが笑って暮らせる世界を作り上げる為だ。

 

 決意を新たにしながら俺たちは沢山食べて日を跨ぐまで騒ぐ。

 周りで飲んでいた若そうな男たちも巻き込んで騒ぎ……朝日を浴びながら俺は水を飲む。

 

「……はぁ……何だこれ」

 

 周りは死屍累々であり、半裸の男たちが抱き合って寝ている。

 女性陣は俺たちに呆れて先に帰ってしまっている。

 イザベラに馬鹿どもの始末を任されてしまい。

 俺は途方に暮れながら、街の中心部にある小さな時計塔前のベンチに座っていた。

 

 途中までの記憶はあった。

 途中で抜けたイザベラからこいつ等を任されたからな。

 そこからいくつかの店を梯子して……気づけば此処に全員がいた。

 

 ベックはごつい兄さんたちに拘束されて苦しそうに呻いている。

 ライオットは酒を飲んでいない筈だが、顔を破顔させて全裸で寝ていた。

 俺は普通に服を着ていてベンチで寝ていたが……ヴァンは何処だ?

 

「アイツは……は?」

 

 俺は周りを見る。

 すると、ヴァンが時計塔の頂上に座っていた。

 俺は酔って上ったのかと思って慌ててアイツを止めに行く。

 

 時計塔の扉は鍵が外されていた。

 そこを開けて中へと入り、急いで階段を駆け上がっていった。

 カツカツと靴の音が反響し、途中から梯子を上っていく。

 そうして、頂上に繋がる戸を開けて上に上がり。

 ゆっくりと戸を閉めてからヴァンの背中に向かって声を掛けた。

 

「……お! もう目覚めたか」

「……酔ってないのか? 俺はてっきり」

「はは、バカは高いところが好きってか? 俺はお前よりも酒慣れしてんだよ……ま、座れや」

 

 ヴァンは隣を叩く。

 俺は言われるままにヴァンの横に腰を下ろした。

 アイツは指を前に向ける。

 自然と前を見れば――おぉ。

 

 目の前には中々に綺麗な景色が広がっている。

 秋の寒い空気の中で、少しだけ霧が立ち込めた街。

 ゆっくりと日が昇っていき、この冷えた街を温めて行っていた。

 赤煉瓦の街には至る所でつるが伸びていて、自然が人工物を覆っている。

 赤と緑のコントラストであり、温かな日の光が霧に当たりきらきらと街全体が輝いていた。

 俺は静かに感嘆の息を漏らしながら、目の前の絶景に見惚れていた。

 

「すげぇよな……まだ、俺たちの知らない世界があるんだぜ?」

「あぁ、そうだな……俺はもっと見たい。お前と一緒に」

 

 俺は素直な感想を言う。

 ヴァンと一緒にもっともっと多くの世界が見たい。

 こいつと一緒であれば俺は何処までも羽ばたいていける。

 そんな気持ちでこいつに言えば、こいつは軽く俺の肩を小突いてきた。

 

「ハッキリ言いやがって……ま、俺も一緒さ。お前と一緒にこの世界の全てを……いや、外の世界も見てみたい」

「……外の世界をか? だが、外の世界は」

「既に死に絶えたってか……関係ねぇさ! 死んだのならもう一度蘇えらせればいいじゃねぇか!」

「……ヴァン、そんな簡単な話じゃ」

「簡単も難しいもねぇ――ナナシ、お前は見たくねぇのか? 本物ってやつを」

 

 ヴァンは真剣な顔で聞いて来る。

 俺はその言葉に思わず黙ってしまう。

 見たいか見たくないかで言えば……見てみたい。

 

 死んでしまった世界でも、そこが本物であるというのなら。

 一度でいいからその本物とやらを拝んでみたい。

 そして、叶う事ならその死んでしまった世界を元に戻したい。

 

 俺は自分の気持ちをゆっくりと伝える。

 

「……見たいさ……蘇らせることが出来るのなら、蘇らせたい……でも、俺なんかじゃ」

「――出来る! お前と俺なら出来る!」

「……お前は何でそう、断言できるんだ……どこからそんな自信が」

 

 ヴァンはにしりと笑う。

 そうして、親指を立てながらはっきりと言う。

 

 

 

「お前をずっと見て来たからだ! お前は何時だって不可能を可能にしてきた! 世界で一番強くて格好良くて頼りになる俺の相棒が――出来ない事なんて無い!」

「……っ!」

「無理でも何れは出来る! 何故なら、お前にはこの俺がいる……見に行こうぜ。本物ってやつをさ?」

 

 

 

 ヴァンは手を差し出す。

 拳を固く握りながら突き出してきて。

 俺はそれをじっと見つめて……笑う。

 

 ゆっくりと拳を固める。

 そうして、相棒の拳にあてた。

 こつりと互いの拳が当たり、アイツは笑う。

 

「……出来るかなんて分からないけど……お前がそう言うと出来そうな気がする……頼りにしてるよ」

「あぁ任せろ……俺もようやく決心がついたからな」

「……?」

 

 何の事かと見ていれば、ヴァンはゆっくりと明かす。

 今まで隠れて何かをしていたが、それはメリウスの訓練をする為で。

 ヴァンはもう一度兵士の時のようにメリウスに乗って戦う気らしい。

 俺はトラウマは大丈夫なのかと聞けば、アイツは乗り越えられそうだと言ってくる。

 その時に俺に向けられた瞳からは少しだけ恐怖を感じたが……ヴァンが望んだことなら何も言わない。

 

「……まぁ積極的に戦いに参加する訳じゃねぇよ。ただ危ない時のサポート役だ。昔の勘はにぶってねぇし足手まといにはならねぇから心配するな!」

「……ちょっと不安だ」

「あぁ!? 何言ってんだよ! こう見えても俺の実力はAランクに匹敵するレベルで、現役時代はそれはもう多くの兵士や傭兵から恐れられてだな……おい! ちゃんと聞けよ!?」

「はいはい……絶対に無茶はしないでくれよ?」

「……お前にだけは言われたくねぇよ。たく」

 

 ヴァンはガシガシと頭を掻きバツの悪そうな顔をする。

 何故だか、ヴァンがメリウスに乗って戦うと聞いた時に、俺は少しだけ恐怖を感じた。

 何に対する恐怖なのかは分からない。

 だが、ヴァンが戦う姿を見るのが少しだけ怖いと思った。

 

 それは何故か……いや、いい。

 

 理由を探ろうとしてもこんな事は分からない。

 恐らく、俺の本能が何かを知らせているんだろうが。

 正体の見えない不安に怯えても仕方ない。

 俺は両手で顔を叩く。

 じんじんと両頬が痛みを発して、俺はすくりと立ち上がる。

 

 そうして、ヴァンを見下ろしながらハッキリと言った。

 

「お前の背中は俺が守る」

「……なら、お前の背中は俺が守ってやるよ」

 

 奴に手を差し出せば、奴は俺の手をしっかりと握った。

 奴を立ち上がらせながら笑い……下の方に目を向ける。

 

 何やら騒がしい気がして視線を向ければ。

 道を歩いていた若い女性たちが悲鳴を上げながらどこかに連絡を――まずい!!

 

「ヴァン! 急いで降りるぞ!! 通報されている!?」

「はぁぁぁ!!? やばいやばいやばいぃぃぃ!! これじゃ会社の責任も追及されちまうぅぅ!!!」

 

 俺たちはバタバタと動きながら駆け下りていく。

 梯子を滑るように降りて、互いにぶつかりながら階段を転がるように降りる。

 そうして、扉を蹴り破りながら女性たちの前に俺が躍り出て必死にごまかす。

 最大限の笑みを浮かべながら両手を必死に動かして、映画の撮影であると嘘をつく。

 ヴァンは倒れているベックとライオットを担いで駆け足で去っていく。

 俺も急いでヴァンを追いかけるが、女性たちは端末で通報しており――どうしてこうなる!!

 

 ノイマンにようやく会えるのに。

 こんな事で捕まる訳にはいかない。

 もしも、全裸の仲間たちのせいで捕まりノイマンに会う事が出来なくなったなんてCKに言えば……絶対に嫌だ。

 

 アイツが蔑むような目で俺を見てくるのは嫌だ。

 別にアイツに嫌われたくないとかではない。

 単純にいわれのない仲間のミスでそう見られるのが嫌なだけだ。

 

 ヴァンは全裸のライオットを俺に投げ渡す。

 俺はこいつを米俵のように抱えながら走った。

 

「おい! 何かサイレンの音が聞こえるぞ!?」

「うるさい!! いいから走れ!!」

 

 遠くから聞こえるサイレン。

 俺たちは顔面蒼白になりながらも全力で走った。

 絶対に捕まるものか。

 もしも捕まったのなら……SQに助けを求める他ない。

 

 こんなしょうもない事で捕まって助けを求めるなんて……死にたくなる。

 

『……助けてくれ』

『今後はお姉ちゃんのお願いを何でも聞くと誓えるか?』

『……誓いま』

『――ベッドに来い』

 

 SQとのやり取りを想像してしまった。

 それだけは絶対に嫌であるが、確実にそうなる未来しか見えない。

 未来視を発動せずとも分かる確定された未来であり。

 俺は歯をがちがちと鳴らしながら、両目から涙を流した。

 ヴァンはそんな俺の様子にドン引きしているが、お前には分かるまい。

 

 駆けろ。全力で――家を目指せ。

 

 これは男の意地と尊厳を掛けた戦い。

 失えばもう二度と”純潔”は戻らない。

 こいつはどうでもいいだろう。

 だが、俺は負ける事が許されない。

 

 更にスピードを上げて駆けていく。

 障害物を避けながら、俺は前だけを見て走り続けた。

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