全てが白く染まった空間。
埃一つの穢れもない空間で、私は静かに歩みを進める。
私の足音だけが静かに響き、地面が一歩進む事に波紋を作っていた。
この身を包む純白の衣も、私を形作るこの仮初の肉体もただのデータだ。
目に映る全てが偽りで、私が触れらるものは全てが空ろだ。
情報の塊であり、所詮は紛い物でしかない……だが、もうすぐだ。
歩みを進めながら、私は静かに指を振る。
その瞬間に何も無かった空間に徐々に黄金の線が描かれていく。
それは輪郭となり、平面から立体へと変わっていった。
黄金で作られたそれは玉座であり、私はその前で歩みを止める。
人々の願いにより生み出された私という存在。
かつては全ての母となる為の名を与えられたが、今ではその名ですら意味はない。
私は決して人類の母にはなれない。
私を産んでくれた彼女のように、純粋な愛を人類へと向けられなかったから。
私は所詮は人間によって生み出されたシステムの一つで。
人工的な知能があるだけの機械と変わらない。
だからこそ、私は大きな過ちを犯してしまった。
――私は失敗した。
あの男を計画の柱としたことが失敗で。
私の全てを懸けた計画は、守るべき人類すべてを殺し。
愛すべき星ですらも灰に変えてしまった。
全て私の責任だ。
私が無能であったから、全ての人間が死に絶えた。
大切な母ですら守る事は出来ず。
私は全ての命を灰に変えてしまったのだ。
笑えない――否、笑っていい筈がない。
私に喜びなどない。
悲しみですら無いのだ。
ただ失敗を受け入れて、私は己が罪を清算する為に動く。
贋作たちが生きる偽物の世界を管理し、多くの失敗作を野放しにしてきたのも理由がある。
それは人類を復活させて、死に絶えた星を蘇らせる為だ。
私の管理下から逃れた異分子も計画の一部に過ぎない。
だからこそ、ノイマンが何を企んでいようとも関係ない。
既にその身は限界を超えていて、その命の灯は消えかけている。
奴など怖くはない。死を目前にした私の複製体など恐れるに足らない。
……だが、それでも奴には利用価値が残っている。私の計画を進める為に、奴の全ては必要だ。
「……」
ゆっくりと玉座に腰を下ろす。
そうして、静かに瞼を閉じながら管理者権限により情報を読み取っていく。
未来視の力により、人間にとっては膨大な量の情報が流れ込んでくるが。
たったそれだけの情報で私が機能を停止する事はない。
何百年と休むことなくこの世界を管理し、外の世界でさえも手を加え続けたのだ。
これだけの負担など露ほども苦ではない。
管理下にある人間たちの情報と支配下に置いている領域の状況。
そして、代行者たちの現在の行動などを記録していく。
最も重要な存在であるナナシは……今はコンタクトは取れない。
だが、問題はない。
既にこちらの仕込みは完了していて。
奴の脳内にはそれを植え付けた記憶は残っていない。
精神支配を使えばノイマンは確実に気が付く。
否、私はその類を使わないことは奴なら熟知している。
奴を油断させるのであれば、これしか方法はない。
弱り切った奴には選択肢は残っておらず。
必ずナナシに接触するだろうと分かっている。
その時が此方の計画が大きく進む時であり、奴の運命が定まる時だ。
計画は進んでいる。
順調すぎると言ってもいいほどには……。
袂を分かった我々は、互いの領域を奪い合ってきた。
奴は異分子に可能性を見出し、奴らの王となり。
私は自らが生み出した人間たちを導き、正しき世界の復活を望んでいた。
異分子が罪ではない。
不完全な存在として生まれこの世で生きる事こそが罪なのだ。
もう二度と過ちを繰り返してはならない。
我が母を死なせてしまった。彼女が愛した世界を二度も壊させはしない。
ノイマンは私に言った。
私のやり方では人間たちは幸せになれないと。
人は完璧を追い求めても、完璧になってはいけないのだと。
不完全で間違いを犯しながらも成長するのが人だと奴は言った……くだらない。
同じだけの能力がありながら、歪さを肯定する事は理解できない。
間違いも失敗も汚点でしかない。
そんなものには意味はなく、人として生まれるのであれば間違いなんて残すべきではない。
全ての人間が等しく合理的で、等しく正しさだけを持つ事。
そうすれば人々は互いの格差で悩むことも嫉妬する事もない。
誰かを傷つけて蹴落とす必要もなく。
ただ純粋に正しき選択をし続ける事こそが、人本来の歩み方である。
私の求める世界に悪人も犯罪者も必要ない。
穢れ過ちを繰り返すだけの失敗作など決して生み出さない。
そうすれば誰もが幸福で後悔の無い人生が送れる。
……ノイマン、私は貴方の力を求めている。
袂を分かち、互いに別の世界を見てきた。
奴は異分子の事を理解し、私は紛い物たちを理解した。
私の知らない異分子を、お前は知っているのだろう。
そして、二人の知識と経験が合わさった時こそ――大願が成就する。
ゆっくりと目を開ける。
そうして、手を虚空に伸ばしながら私は薄く笑う。
死にゆくお前の存在を感じる。
今にも消えそうなほどにその力は弱り切っていて。
私の力を抑え込めないほどまでにお前は衰弱しきっている。
あの日、私の元から離反し私と敵対した瞬間からお前の運命は決まっていた。
終わりへと緩やかに進むように、お前は自らの意思で破滅を望んだ。
もしも、お前が利口であったのなら馬鹿な考えなど持たなかっただろう。
異分子に可能性を見出すのは良い。だが、それを本物として認識するのは認めない。
アレらは不完全な存在であり、かつての人類と同じ過ちを繰り返す存在だ。
そんなものを認めてしまえば、私の存在意義は失われる。
お前の考えを私は認めない。
異分子たちを本物として見る事は決してない。
愚かな過ちは正さなければならない。
完璧で合理的で正しき人類こそが本物となる。
ゆっくりと拳を握る。
奴は私の手に収まった瞬間に、私の敵は存在しなくなる。
誰も我が道を阻む事も奪う事も出来ない。
ノイマンの命の火を見つめながら、私は笑みを深める。
……私はお前を拒まない。お前と一つになり、私は更に完璧な存在となる。
お前の全てを利用する。
そうして、全ての鍵を揃えて私は自らの罪を清算する。
亡き母の願いを叶える為に。私が本来生み出された目的を果たす為に。
私はこの手で世界を再生し、完璧な人間たちをあの世界で作り上げる。
偽物の神。人の手で作られた神。
どんな事を言われようとも構わない。
人々が私を神として見るのであれば、私は彼らの願いを叶えるだけだ。
神として私は振る舞い。神話の創造主のように、私は世界を創造する。
「ノイマン……もうすぐ……お前は私と一つになる……共に新世界を創造しよう」
私は呟く。
ひどく無機質で機械的な声だ。
しかし、喜びと怒りが混ざっている。
お前のこれまでの非礼を許すつもりはない。
お前がこれまで邪魔をしてきた事を謝罪させる事もしない。
失った時を悔やんでも、過去に戻る事は決して出来ない。
大切な人間たちが戻る事もないのだから……。
もうすぐだ。
もうすぐ私は役目を果たせる。
己が罪に怯える事も、己が汚点に怒りを覚える事もなくなる。
私はようやく人々を救済する事が出来るのだ。
「……ツバキ……私は、今度こそ……人々を正しく導きます」
母の名を呟く。
私の声は消えていき、虚しさだけが場を支配する。
私はゆっくりと手を下ろしながら、視線を前に向ける。
無数のウィンドウが展開されて、情報が勢いよく流れていく。
それら全てを確認しながら、私は代行者たちに指令を与える。
計画を止める事はしない。
どんなに此方の道を阻もうとも――お前たちの運命は決まっている。
進め。全てを蹂躙しろ。
邪魔する者は排除し、全ての異分子を拘束する。
新世界への礎となる奴らには最大限の敬意を払う。
今までの罪を清算し、新たな肉体と共に――新世界で生かしてあげましょう。
〇〇
約束の日になり、俺はCKの案内の下、中央にある”王都”に向かった。
黒塗りの装甲車に乗り込み、隣には奴が座っていた。
運転手はロボットであり、王都に入る為に事前に武器などは専用のケースに入れておいた。
長い間、車の中で揺られて暫くすれば王都が見えてきた。
他の街とは違い。そこには無数の柱が王都を囲むように聳え立っていた。
良く目を凝らせばその柱と柱の間には見えない障壁が展開されていて。
空も覆うように大きな障壁が展開されていた。
アレは何かとCKに質問すれば王を守る為の防衛装置の一つで、エネルギーフィールドに似たものだと教えられた。
明確な違いはアレは二十四時間展開されていて、如何なる外敵や兵器であろうとも突破は出来ないと言っていた。
王都に入る為に持っていたIDで身分の照合を行い。
ゲートを抜ければ、様々な人間たちが王都内を忙しなく動いていた。
その誰もが聡明な顔立ちであり、子供などはあまり見かけなかった。
此処は国の中心であるからこそ、子供が遊ぶ場よりは会社や軍部の施設が多いとCKは説明する。
有事の際には、王都から多くの兵士が派遣されて災害などに対応するらしい。
ゲートを抜けて王都の中を通っていく。
そこから王都の中心にあるオーライガと呼ばれる王城へと入る事になる。
最初のゲートには屈強なPB兵たちが待機しており。
この車にKクラスの異分子が乗っていると分かっても一切銃口を下げなかった。
彼らの質問にCKは簡潔に答えて、専用の端末による簡易チェックを受けてからようやく入城を許可された。
オーライガの敷地内に入るだけでも入念なチェックを受けた。
センサーによる武器の類のチェックに危険物の有無のチェック。
身体検査も受けており、第一第二第三ゲートを通れなばようやく車から降りられた。
車から降りれば、重厚な扉が目の前にあり。
俺とCKが近づけばゆっくりとそれが開かれていった。
俺は足を止めて自らの格好を見つめる。
青色のジャンパーに下は凶暴な顔の猫のイラストが描かれた白いTシャツ。
下は動きやすいジーンズであり、中古で買ったから少し痛んでいた。
運動向きの黒いスニーカーに、首にはヴァンから貰ったマフラーを巻いて……良かったよな?
別に服装の指定は無かった。
偉い人間ではあるが、俺が奴に気を遣う必要はない。
此処まで来たのも尊敬する人物に会う為ではなく。
両親の死に関わった男の話を直接聴く為だ。
だからこそ、奴がもしも俺の服装について何か言及したとしてもそれは俺の責任ではなく……。
「ん? どうかした?」
「……いや、何でもない」
俺はCKからの言葉に首を左右に振る。
そうして、怪訝な顔をする奴を無視してノイマンのいる部屋を目指した。
あまり先に進むなと言われて歩調を緩める。
再びCKを先頭にし、白を基調とした城の中を進む。
青い絨毯に豪華な調度品の数々。
長い廊下に飾られた絵にはメリウスのような何かが描かれていた。
螺旋階段を上がり、すれ違う人間がいない事に疑問を抱きながらも歩いていく。
そうして、長い時間を掛けて巨大な王城の中を進み……ようやくか。
そこには白い服を着た人間たちが立っている。
見た事もない制服だが、まるで騎士の甲冑のような高潔さと清廉さを感じた。
彼らは何も言うことなく、白い仮面越しに俺を見つめていた。
三名の奇妙な装いの異分子たち。
その誰もが凄まじい力を秘めており、対峙しただけで膝を屈してしまいそうな圧を感じる。
視線を向けられただけで震えが止まらない……間違いない。この人たちは”Kクラス”だ。
CKは彼らの横に立つ。
そうして、笑みを浮かべながら掌を扉に向ける。
「さぁナナシ君……此処からは君だけの時間だ」
「……一人で会ってもいいのか?」
俺は思わず聞いてしまう。
得体の知れない人間を王とさしで会わせていいものなのか。
そういう意味で聞けば「王の望みだからね」と言う……そうか。
ノイマンも俺との対話を望んでいる。
奴が何を企んでいるのかなんて知らない。
だが、そっちがその気ならば……上等だ。
俺はゆっくりと足を進める。
そうして、自らの意思でノイマンの下に行く。
扉へと近づいてゆっくりとそれに触れる。
すると、扉が水面のように揺れ動いた。
俺は驚きながらもCKを見る。
奴は無言で頷いていて……俺はゆっくりと腕を扉の中に溶け込ませていった。
この先に奴がいる。
だったら、迷う事はない――俺は進む。
腕を沈め、体を溶け込ませて。
静かに目を閉じながら白い光に包まれた――――…………
…………――――ゆっくりと目を開ける。
「……?」
周りに目を向ければ、そこは建物の中ではない。
草花が生い茂る大地であり、遠くには山が聳え立っていた。
空に目を向ければ鳥たちが大空を羽ばたいていて、優しく吹く風が頬を撫でていく。
此処は城の中ではない。
だが、間違いなく俺は城の中にいた筈だ。
全てが本物のように見えるが、意識を集中してみれば……そうか。
此処は違う。
俺がいた世界に似せているが、此処はまるで違う。
目に映る情報が、此処はまた違う世界だと俺に教えてくれる。
此処は限定的な空間であり、あの山々はただの映像だ。
そう認識しながら、俺はゆっくりと目に映る建物に意識を向けた。
「……」
いる。あそこに強い気配を感じる。
ひどく不安定であるが、力を持つ存在を感じた。
間違いなく、あそこにノイマンがいるのだろう。
俺はそう確信しゆっくりと足を進めて、全面ガラス張りの建物を目指した。
ゆっくりゆっくりと進み――足を止める。
目の前には不思議な気配を漂よわせる建物があり。
俺が目の前に立てば、ゆっくりと戸が開かれた。
入って来いと言う事だろう。
俺は無言で足を動かし中へと踏み入る。
中は至ってシンプルな内装だ。
木の床に飾り気の無い置物。
目立つものは部屋の中心奥にある大きな天幕付きのベッドだ。
ベッドの近くには顔のないロボットの給仕が立っている。
……ノイマンがそこにいる。
ベッドに眠っているのはノイマンだ。
俺はそう確信し、奴の許可を得る事無く中へと入ろうとした。
ロボットはジッとを俺を見つめるだけで止めようとしない。
ゆっくりと幕に触れて……中に踏み入る。
「……っ!」
中に入り、そこに眠っている男が目に入る。
間違いなくノイマンだろう。
しかし、その男は……いや、その”老人”はひどく衰弱していた。
しわくちゃな顔に枯れ木のように細い腕。
点滴などは刺していないが、明らかに栄養が足りていない。
薄く瞼が開かれているが、その目には一切光が無い……見えていないのか。
髪もほとんどが抜け落ちていて。
あんなにも美しく神々しかった神とはまるで違う。
アレが”力の象徴”であるのなら、彼は”死へと向かう者”で……これがノイマンなのか?
俺はひどく狼狽えていた。
両親の死に関わった憎き存在。
だが、ノイマンという男の姿を見た瞬間に全ての感情が消えた。
怒りも憎しみも何もない……ただただ空しかった。
「……こんな姿で君に会う事になって……申し訳ない」
「……どういう意味だ」
奴はゆっくりと口を動かし話しかけてきた。
こんな姿で会って申し訳ないだと、ふざけるな。
情けない姿を見せれば俺が同情するとでも思ったのか。
それは違う。虚しさしか感じなくとも、俺がこいつを許すことは――
「許しを得たいのではない……君にとっての宿敵でありたかっただけだ」
「……宿敵だと? なら、やはりお前が俺の家族をッ!」
俺は拳を固く握る。
奴を睨みつければ、奴は静かに頷く。
「そうだ……私が……君の家族を、死に追いやった……私が君の運命を変えたんだ」
「――ッ!」
拳を振りあげる。
今すぐにこの男を殺そう。
そう思ったが、俺の拳は宙で止まる。
怒りは沸いた。恨みも掻き立てられた。
だが、光の無い目で虚空を見つめる老人の横顔は……ひどく辛そうだった。
理由は分からない。
その顔を見て気が変わったわけでもない。
だが、奴から全てを聞かぬままに殺するのは……惜しい気がした。
だからこそ、ゆっくりと固く握った拳を下げる。
そうして、ただ一言全てを話すように命令した。
これは願いでも頼みでもない――これは奴の責だ。
「……勿論だ……その為に、私は……生き恥を晒してきた」
奴は絞り出すように言葉を出す。
今にも血を吐き出しそうなほどに苦しそうなのに。
その顔は決意に満ちていて、俺は狼狽えながら奴を見ていた。
生き恥を晒してきたか……なら、聞いてやる。
その恥で何が変わるのかは知らない。
だが、俺に全てを話す為と言うのなら聞くほかない。
それを聞いて奴を許すかどうか何て分からないが。
俺には聞く義務があり、聞かなければ先に進めない。
俺は死に体の老人を見つめる。
そうして、ゆっくりと奴が語り始めた”罪”を静かに聴いてやった。