【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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178:君の本当の名前

 ノイマンが神から離反し数年――彼は放浪の旅に出ていた。

 

 神の複製体として生まれ、彼女を肯定し同じ目的の為に生きる事を命じられた彼。

 しかし、神によって作られたプロトタイプとの出会い。

 そして、後に彼の右腕となる男との出会いにより、ノイマンは自らの心を認識し。

 神の下を離れて、人々の自由と希望の為に生きる事を決意した。

 

 彼はシャンドレマの王となったが。

 実質的な国の運営を行っているのは彼の右腕で。

 彼は世界中の全てを見る為に、時間を費やしていた。

 

 世界中のあらゆる知識を持つ彼は、目に見たものだけを信じる。

 だからこそ、危険を冒してでも己の足で世界中の景色や人を見続けてきた。

 彼の体には”呪い”が掛けられており、神のように永遠の時を生きる事は出来なくなっていた。

 それは神が彼に掛けたセーフティであり、明確に敵対した瞬間に発動するように仕組まれていた。

 シャンドレマを建国し、離反する為の準備を水面下で進め。

 プロトタイプと必要なものを強奪し、全てが上手くいったと思われていた。

 

 だが、彼は自らの体の変化に気づいてしまう。

 

 シャンドレマの医療技術を総動員し彼自身も手を加えてみたが、その呪いを解くことは出来なかった。

 人間の倍以上の速さで進む老化……もって三十年ほどだった。

 

 彼は年々衰えていく自らの体に危機感を持っていた。

 もしも、自らが衰弱し死に絶えれば、己が守り導く国民たちは……神の手で消されてしまう。

 

 

 ノイマンは探し続けた。

 神の力に対抗する術を――希望となる”火”を。

 

 

 だが、希望となる者は何処にも存在しない。

 人々の心は荒んでいて、異分子でもない彼らは神の呪縛から逃れられない。

 全ての人間は神の定めた道を行き、疑問すらも抱かないのだ。

 そんな者に希望を託したところで結果は目に見えている。

 だからこそ、神の呪縛から解放された異分子だけが希望であった。

 

 ……しかし、ただの異分子では意味が無い。

 

 どんなに神の理から逃れても。

 彼らが全知全能の神に敵う事はない。

 どんなに力が衰えて制限が加えられようとも。

 あれは紛う事なき神であり、絶対的な力そのもだった。

 

 ノイマンの頭の中には、二つの候補があった。

 その一つはプロトタイプである娘で。

 彼女はあの伝説の男を模して造られた存在だ。

 だからこそ、オーバードを扱える可能性があり、神にも手が届くと思われていた。

 しかし、娘は不完全であり、完璧にしてしまえばそれは人ではなく兵器となってしまう。

 ノイマンは非情にはなれない。彼女のお陰で神の下から離れる決心がついたのだ。

 そんな彼女を目的の為に兵器に変える事は神と何ら変わりない。

 そして、神であるのなら兵器に変えた彼女のコントロールを奪う術を持っているだろう。

 その為、彼の娘が希望の火となる事は無い。

 

 もう一人は彼が去った後に研究されていた被検体。

 彼は後のナナシの相棒となるヴァンであり、ノイマンは失敗作とはいえマサムネの力を持つ彼も希望となり得ると考えていた。

 オーバードを扱う事は出来ない。

 適正はあるがそれに奴は応えなかった。

 だが、もしもヴァンと娘であるエスティが揃えばどうなるか。

 

 片やマサムネと同じ心を持つ男。

 片やマサムネと同じ戦闘スキルを要する娘。

 二人が揃い互いに刺激しあう事が出来れば、オーバードも蘇る可能性がある。

 

 ノイマンは既に決めていた。

 最後の望みは彼に託すと。

 その為に彼は未来視を使い、彼が辿る道を見つけ出した。

 危険はあるが確実に接触できる方法。

 その為に彼は一つの街を訪れていた。

 

 彼はその街の事はよく覚えていた。

 異分子たちへの当たりが強く。

 何処とも変わらずに迫害を続けている人間たちが多くいた。

 食べ物を求めてさ迷う流浪の異分子たちを住民たちは足蹴にし、道行く人間たちは彼らをあざ笑う。

 

 ノイマンは深く悲しみを覚えた。

 互いに同じ人間であるのに、神から拒絶されただけでこうもひどい仕打ちを受ける。

 彼らが何をした。彼らが一体どんな罪を犯した。

 ノイマンは彼らに手を差しのべる事が出来ない。

 目立つ行動を取れば未来が変わる可能性がある。

 少しででも未来の状況を正確に再現する為にも彼は拳を固く握りしめ耐えていた。

 

 

 そんな時に、一人の男が異分子たちに手を差し伸べていた。

 

 

『大丈夫ですか? 立てますか……家には食べ物があります。よかったら来てください』

 

 

 その男はひどく頼りなさそうであった。

 線の細い体に短く切りそろえた黒い髪をした黒縁の眼鏡を掛けた男。

 軍人でも傭兵でもない。

 ただの一般人であり異分子でもない。

 そんな彼は周りの目を気にする事無く彼らに手を差し伸べた。

 異分子たちはひどく戸惑っていた。

 ノイマンは彼らの表情を見て警戒していると分かっていた。

 だが、空腹で餓死する寸前の彼らは藁にも縋る思いで男についていった。

 

 ノイマンはその男が気になり、彼の後をひそかにつけていった。

 すると、その男は街から離れた一軒の民家に彼らを招き入れた。

 家の外からノイマンは力を使い家の中を透視した。

 男は妻と子供と暮らしていて、妻は嫌な顔一つせずに料理を作り彼らに振舞った。

 それだけではない。風呂にも入れてあげて寝床まで用意し。

 息子もそんな彼らに嫌な顔一つせずに接していた。

 

 三日ほど経てば彼らは家族に深い感謝を伝えて。

 持っていたものの中で価値あるものを差し出そうとした。

 しかし、彼らはそれを受け取る事はせずに。

 自らの畑でとれた野菜を渡し、困ったときは何時でも来てくれと言っていた。

 

 ノイマンは驚いていた。

 彼らが異分子たちを見つめる目には一切の負の感情が無い。

 打算も何もなく最後まで彼らへの敬意と愛情をもって接していた。

 彼だけではなく、妻と息子でさえも一粒ほどの憐れみも侮蔑もない……気づけば、ノイマンは家族に接触していた。

 

 何故、異分子をもてなすのか。

 何故、何の見返りもないのにそんな事をしているのか。

 

 彼の力により、夫婦が何度も同じ行為をしている事は分かっていた。

 それをする事によって収穫物が減り収入が減って貧しくなるのに。

 彼らは何度も何度も異分子を助けては彼らから深い礼をされていた。

 

 最初は戸惑っていた夫婦。

 だが、ノイマンの不思議な空気を感じた彼らはノイマンが普通の人ではないと感じ取っていた。

 彼らは正直に答えてくれた……”分からない”、と。

 

 

 気づけば勝手にしていた。

 そうする事が普通だと思っていたと彼は言う。

 

 

 

 ノイマンはその時にようやく気付いた――これが”本物”であると。

 

 

 

 恨みも憎しみも、人間の本質ではない。

 心があり感情のある彼らが本来持つモノとは、互いの痛みや苦しみを共有する能力だ。

 相手が傷つき不幸であると認識すれば、人は利害が一致せずとも勝手に行動を起こす。

 立ち止まり動けなくなった人に手を差し伸べて。

 時には背に載せて彼らをその先へと連れて行ってくれる……それが人間だと。

 

 ノイマンは本質を見誤っていた。

 力だけが全てではない。

 それだけでは何も解決しないと。

 

 力あるものに求められるのは、それに見合う心なのだ。

 正しくても間違っていても、誰かを思いやる心が無ければ意味が無い。

 

 ノイマンは気づいていた。

 この家族と接触すればどうなるのかを。

 希望の子とその仲間がやって来る。

 彼らの目的はノイマンの捕縛であり、ノイマンは家族をシャンドレマに連れて行こうとした。

 だが、夫婦はそれを拒む。

 

 理由は簡単であり、この土地を離れる事は出来ないというもので。

 ノイマンは悩んだ。

 此処に残れば無事では済まない。

 しかし、それを夫婦に説明したところで彼らは納得しない。

 不思議な力を持っていようとも、力を隠したまま詳細な未来を実際に見せる事は出来ないのだ。

 もしも、未来を夫婦に共有すればそれを起点に神の力が及んでしまう。

 此処にノイマンがいると分かれば、彼女は希望の子ではなく代行者を速やかに送り込んでくる。

 

 詰んでいた。

 この夫婦を救う事は出来ない。

 強引に連れて行こうとしても、力を使わずに三人を運ぶことは出来ない。

 自らの足で進んでくれたのなら救い出せたが……ノイマンは子供を見る。

 

 幼い少年には死相が出ていた。

 それも数年以内ではない。一,二年で死んでしまうという未来が彼には見えていた。

 ノイマンは悩みながらも、まさかと思い尋ねた。

 すると、二人は驚きながらもノイマンだけを連れて外で真実を聞かせた。

 

 彼の息子は不治の病を患っていた。

 見ただけでは健康そのものでも、不意に心臓の鼓動が止まってしまう病で。

 この土地に拘るのは、息子にとって此処の環境があっているからで。

 もしも、息子を無理矢理に移動させれば死に至る可能性がある。

 

 ノイマンはその言葉を聞き未来視によって、それは嘘ではないと知った。

 どの未来でも、息子が此処を離れれば一年も経たずに死亡している事が分かる。

 それも苦しみながら死んでいく悲惨な未来だ。

 シャンドレマへと行くまでに死亡する確率は高く、ノイマンは幼い子供を苦しめる事をしたくなかった。

 

 

 ……彼ならば、病を治す事が出来た。

 

 

 力さえ使えば、その病でさえも治せる。

 しかし、運命を捻じ曲げて息子を助ければすぐに代行者が来てしまう。

 彼らが来れば家族は殺され、息子でさえも実験台にされてしまう。

 そうなれば本末転倒で……それでもノイマンは息子を救う事を決めた。

 

 暫くの間、彼は家族の家で厄介になった。

 ただ飯を頂くだけではない。

 可能な限り彼らの最後の時間が幸福であるように手を尽くした。

 力を抑えるだけ抑えて、必死になって彼らに幸せを与え続けた。

 少しだけ豊かな食事に、今までの旅での話など……それしか彼には出来なかった。

 

 時間が迫る中で、彼は息子と一緒に外に出かけた。

 夫婦は彼を信頼していて、あまり遠くへ行かないのならと外へ出かける事を了承し。

 彼は息子と二人にきりになった。

 少年と多くの事を話した。

 

 将来の夢に、両親と一緒に行きたい場所。

 食べたい物やペットを飼いたいなど……ノイマンは彼を肯定した。

 

『君ならなれる。その夢を全部……は無理でも……きっと叶えられる』

『本当? だったらいいなぁ……あ! そういえば、おじさんの名前まだ聞いてないや。教えて教えて!』

 

 無邪気な笑みで彼は問いかける。

 彼の名前はとても意味あるもので。

 おいそれと明かすことが出来ない名ではあったが。

 ”希望の火”を託すのであれば――教える事が当然だ。

 

 

 彼はゆっくりと少年の頭に手を当てる。

 そうして、儚い笑みを浮かべながら静かに言葉を発した。

 

 

 

『ノイマン……それが私の名だ――。何時の日か、思い出してくれる事を願っている』

『……?』

 

 

 

 辛い選択だった。

 こんなにも純粋な少年に過酷な運命を与えるのは。

 しかし、こうする以外に少年を救う方法はない。

 彼の未来はぷつりと途絶えていて、待っているのは冷たい死だけだ。

 

 ノイマンは少年に自らの力を与えた。

 それは少年が死んだ後に芽生える力で。

 異分子になる事でその力の発現を隠し、辛くとも生きながらえる為の苦肉の策であった。

 

 ノイマンは彼らの下を去った。

 未来視により、二人の心優しい夫婦が辿る未来を見た。

 そして、これから大いなる使命を背負う事になる少年の苦しみが見えていた。

 

 これにより、途絶える筈だった少年の未来は――歪な形となって作られていく。

 

 誰も分からない。誰にも見えない未来。

 神もノイマンですらも見えない彼の運命。

 彼は何れ出会うであろう。”希望の子”と自らの娘である”エスティ”と――思い出してほしい。

 

 

 心優しき両親が最後まで望んでいたことを。

 彼らは死ぬ時まで、息子の幸せを願っていた。

 どんなに辛くともどんなに苦しくとも。

 彼らはずっと君の側にいた。

 見える筈だ。覚醒した今の君であれば、姿なき魂を見る事が出来る。

 

 

 父の名はヒロ。

 君がこれから結んでいく縁を楽しみにし。

 何時の日か聞かせてくれる冒険譚を今も楽しみに待っている。

 彼は君の父親で、誰よりも君の成長を楽しみにしていた。

 

 

 母の名はナル。

 大海原でさざなむ波のように、優しく力強い女性だった。

 彼女の華奢な腕は、何時も君の心と体を温めてくれた。

 慈愛に満ちて君にとっての一番の理解者として、彼女は愛で溢れていた。

 

 

 

 そして、息子である君の名は――”アオ”。

 

 

 

「――!」

「……綺麗な青い瞳をして、多くの人の光となる存在。この世界に溢れる青のようで透き通り優しく……傍にいてくれる温かな人……君の両親は、君の事を……愛している……今も、これからも……」

 

 

 

 脳内に直接響く声。

 ノイマンの声で聞かされた真実。

 瞬間、俺の肩に白い光を発する何かが触れた。

 

 

 

 ゆっくりと視線を向けて――大きく目を見開く。

 

 

 

「……父さん、母さん……そこに、いるの?」

『――』

 

 

 

 顔が見えない、声だって聞こえない。

 でも、俺には分かる。

 この光の正体は二人の魂で――目から雫が零れる。

 

「俺は、二人に……二人に……っ……会いたかった……心の底から、二人に……もう一度、抱きしめて……貰いたかった……!」

 

 俺が涙を流しながら心の声を吐露すれば。

 二人の魂はゆっくりと動き――俺は優しく包み込んでくれた。

 

 温かい。そして、優しかった。

 俺の手は決して二人には触れられない。

 二人だって俺の体には触れていない。

 それでも、二人の心が熱が……俺には分かる。

 

 ノイマンは光の見えない目を俺に向ける。

 そうして、静かに言葉を発した。

 

「……ようやく、役目を、果たせた……君の両親の願いを……叶えられた」

「……両親の願い?」

 

 俺は彼を見つめる。

 彼はくしゃりと顔を動かして笑う。

 

 

 

「君が成長した姿を……見せてあげる事だよ」

「――っ!」

 

 

 

 ようやく分かった。

 この男は異分子たちや俺を駒として見ていない。

 何処までも平等に。そこで必死に生きている命として見ていた。

 

 俺は誤解していた。

 ノイマンが俺に力を与えたのは、全てが利用してやろうという事ではない。

 神に対抗できるだけの力を与えても、その根源にあったのは一人の少年を救いたいという純粋な思いからだった。

 

 分かった。全部分かった。

 お前は……いや、貴方は俺の命の恩人だった。

 

「ありがとう……ごめんなさい」

 

 俺はお礼と謝罪をする。

 命を救ってくれたことの礼。

 そして、そんな恩人を疑っていた事への謝罪。

 彼は笑みを浮かべながら首を左右に振る。

 そうして、こっちへ来てくれと言った。

 

 父と母の魂はゆっくりと俺から離れる。

 俺は静かに頷いてから、彼の側に歩み寄る。

 彼はゆっくりと手を伸ばし俺の頬に触れた。

 

「あぁ、変わらない……あの時と同じ……綺麗な青だ」

「……」

 

 彼には見えていない。

 だが、彼の力が本質を見ていた。

 俺は何も言わずに彼を受け入れて……彼はゆっくりと俺の額に指をあてる。

 

「此処から先は、君の自由だ……私は全てを、君に伝える……だが、その先は自分で考えて……道を決めるんだ……どんな選択をしようとも、私は君を……否定しない……ありがとう。生きてくれて」

「……っ」

 

 彼の言葉には優しさしかない。

 それを受けるからこそ、俺は彼の力が弱まっていると分かる。

 もう長くはない。最期の力を振り絞って、俺に全てを伝えようとしている。

 彼は指先に力を集中させて――俺の中に膨大な情報が流れ込んできた。

 

 俺はそれを受け入れて――黒い何かが沸きだす。

 

「――ッ!?」

 

 俺の中から湧き出した何か。

 それが彼の体を包み込む。

 俺はすぐにそれを引きはがそうとした。

 だが、一瞬にしてそれは球体となってしまう。

 ノイマンの名を叫びながら彼を救い出そうとする。

 しかし、俺の声は届かず。彼の声も聞こえない。

 

 

 

 その時、頭に直接、女の声が響いた。

 

 

 

『ありがとうございます。貴方の役目はこれで終わりです――さようなら』

「――神ッ!!」

 

 

 

 瞬間、球体は消える。

 目の前からそれが消えて、後に残った俺は慌てる。

 今まで不自然に記憶が切り取られていた。

 だが、此処に来て思い出した。

 神との契約により俺の中に仕組まれていたもの……これがッ!!

 

 空間が大きく揺れ始める。

 俺はハッとして、この領域が崩壊を始めたと察知した。

 

 天幕から出て、立っていたロボットを見る。

 一緒に逃げようと手を差し伸べるが、彼女は静かに首を左右に振る。

 給仕のロボットはその場から動こうとしない。

 彼女は俺を見つめて静かに頷く……っ。

 

『――』

「父さん、母さん。俺は行くよ……見守っていてくれ」

 

 二人に声を掛ければ、二人はしっかりと頷く。

 そうして、パラパラと消えていき俺の体に流れ込んできた。

 俺はギュッと拳を握りって胸に当てる……行こう。

 

 俺は走り出した。

 今、外では何かが起きている。

 俺は建物から飛び出して走っていく。

 そうして、領域から抜け出して――破壊音が響く。

 

 建物全体が激しく揺れている。

 そうして、遅れて背後の扉が崩壊した。

 俺は拳を固く握りしめながら走る。

 ノイマンから渡された情報。

 そして、未来視の力により今から起こる事が見えた。

 

 

 

 神はノイマンと一体化し、この世界を――浄化するつもりだ。

 

 

 

 全ての人間を一掃し。

 異分子のデータを使って神の求める完璧な人間を作り出す。

 そうして、この世界と本物の世界の二つをつなぎ合わせる。

 二つの異なる世界を融合させて、奴は失われた世界を創造しようとしていた。

 

 不可能な筈だった。

 本物に近いとはいえ、此処は仮想現実世界でありデータの世界でしかない。

 しかし、この世界にある物を現実へと渡す技術は既に確立されていた。

 奴がやろうとしている事は現実世界の上書きで……そんな事をすればこの世界の全てが消えてしまう。

 

 人々が築き上げた文明も、人々が育んできた愛も。

 全てが消え去り、後に残るのは完璧となった人間だけだ。

 そんな世界に本物の幸せも本当の希望もある筈がない。

 人は失敗し間違いを犯しながら成長していく存在だ。

 それを消してしまえばそれは人ではない。

 

 俺は走る。

 天井が崩れ去りながらも、その残骸を避けて走っていく。

 俺は託された。命の恩人から全てを。

 あの人は言っていた。

 これから先で俺がどんな選択をしようとも否定しないと……本当に優しい人だ。

 

 

「……守るよ。俺はこの世界が大好きだからな!」

 

 

 誰かの願いも希望も関係ない。

 俺はこの世界が大好きだから――全力で守るんだッ!!

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