【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

181 / 230
180:貴方が信じる私(side:ユーリ)

 エンジン音だけが響く重苦しい空気の中で。

 人々が強引に詰め込まれたバスで暫く走行していれば、目的の場所に何とか着いた。

 暑さと息苦しさと人々の恐怖に染まった顔で気がおかしくなりそうだった。

 こういう状況は何度か経験していたけど……それでも慣れるようなものじゃない。

 

 命からがらに逃げていき、そこにいた軍人さんたちの誘導で歩いていった。

 私が住んでいた街から離れて、今はシャンドレマ軍の第五基地内にある輸送機の発着場に来ている。

 そこにはメリウスなども配備されていて、あの人たちは空から攻めてくる敵を警戒していた。

 軍人さんたちの説明によれば、此処に停泊している五機の巨大な輸送機に乗れるだけ乗せて。

 定めた時刻になれば如何なる状況であれ離陸するらしい。

 だからこそ、街で避難誘導をしていた軍人さんや自警団の人たちも少しだけ焦っていたのだ。

 

 少しでも多くの人を逃がすのは分かる。

 でも、異分子であるこの人たちはシャンドレマ以外に何処に行くのか。

 分からない。でも、シャンドレマの人たちは優秀だ。

 私なんかよりも遥かに優れた人たちで、そんな人たちが避難場所を設けていない筈がない。

 恐らくは、全ての国民を収容できる場所を確保している……そう思わないと、誰も動けないですよね。

 

「……」

 

 リュックの紐を両手でギュッと握りながら、私は妙な熱を感じていた。

 多分、攻めてきた敵の大半は中央都市に向かった筈。

 無差別で攻撃を仕掛けたり、一つ一つを制圧していくのなら必ず私たちの街にも来る筈だ。

 来ていなかったのはまだそこまで侵攻していなかったからか。

 或いは別の手段を使って直接、王様がいる場所に強襲したのかもしれない。

 異分子の国であるシャンドレマを制圧して一番得をするのは……神様以外にいない。

 

 どの地方の国も、シャンドレマと明確に敵対はしていなかった。

 唯一、神様が保有する軍隊であるカメリア青騎軍だけが壁への攻撃を続けていた。

 例の一件で壁への攻撃はやんでいた筈。

 それなのに攻撃を仕掛けてきたのは、機が熟したからなのか……ナナシさん。

 

 此処にはいない大切な人。

 彼の身を案じて、私はすぐに端末を取り出す。

 通信設備が生きているのかは分からない。

 でも、一刻も早く彼らの安否を確かめたかった。

 

「……お願い」

 

 小さく呟きながら、先ずはミッシェルさんへと繋ごうとした。

 彼女は一番安全だと思う。

 もしも、あの人も傍にいたのならそれでいいけど……私は周りに視線を向ける。

 

 大勢の人が最低限の荷物を持って軍の輸送機に乗り込むのを今か今かと待っている。

 全員の顔色は優れずに、俯きながら地面を見つめている人が大半だった。

 

 恐怖や不安。

 焦りと悲しみに……皆同じだ。

 

 突然の敵襲。

 そして、持っていきたいものは沢山あった筈。

 それでも言われたとおりに最低限に留めてバスに乗り込んで。

 誰もかれもがこの状況の説明を求めていたが。

 今は一刻も早く身の安全を確保する為にと誰もが不安を口に出すことなく此処に集まっていた。

 

 私も長い列に並んでいた。

 暫くすれば――繋がった。

 

 電話越しにミッシェルさんの慌てた声が聞こえる。

 私は彼女の声を聴いて安堵した。

 生きていてくれただけでも嬉しかった。

 

 通信設備はまだ無事だったようだ。

 良く見れば他の人たち同様に通信を繋いでいて、私も遠く離れた大切な人に通信を繋いでいた。

 彼女は最初は私の身を心配していた。

 だけど、今の状況を伝えてもうすぐ避難が出来る事を伝えれば少しだけ安心してくれた。

 

「はい! 私は大丈夫です! 今から他の人たちと一緒に軍の輸送機に乗って避難します」

《そうか……兎に角、気をつけろよ。こっちもヴァンがナナシを連れて帰ったらすぐに此処を離れるから……絶対に……》

「分かっていますよ……ふふ、ミッシェルさんは本当に優しい人ですね」

《……うるせぇ……それじゃ、またな》

「はい、また……ふぅ」

 

 通話を切り端末をポケットに戻す。

 ミッシェルさんたちは生きていた……気がかりなのはナナシさんとヴァンさんだ。

 

 ナナシさんはやはり出かけていたようで。

 それも中央都市へと出かけていたらしい。

 それを聞いた瞬間に心臓が凍り付く感覚を覚えた。

 でも、そんな不安は絶対に口にしない。

 何故なら、ミッシェルさんはナナシさんたちが無事だと信じていたから。

 

 私もヴァンさんが絶対にナナシさんを連れ帰ってくれると信じる。

 そうして、お互いに無事な再会を約束した。

 

「……でも、何でこのタイミングに……」

 

 妙な引っ掛かりはあった。

 本部からの情報にそのような動きは無かったからだ。

 もしも、何か動きがあったのなら絶対に連絡があった筈。

 どんなに私がお荷物であったとしても、あの人たちが社員を見殺しにする筈がない。

 だからこそ、この件は計画されていたものではなく。

 突発的に行われたものである可能性が高い。

 もしくは、神様が独自のネットで信頼できる人間とだけやり取りをしていたか……。

 

「……っ」

 

 まだ、あの時に聞こえた音が耳にこびりついていた。

 家の中で作業をしていた時に、鳴り響いた恐怖を煽る音。

 

 突然、街中で鳴り響いたサイレン。

 それは国の防壁が破られて敵が侵攻してきた場合の非常サイレンで。

 街中の人たちは慌てふためきながらも、自警団や軍人さんたちの誘導に従って避難を始めた。

 私も必要な荷物を持ってすぐに避難して、今は輸送機に乗り込む為に列に並んでいた。

 誰も横入りしたりせずにきちんと待っていて、それによってどんどん人々は輸送機に乗り込んでいっている。

 私の番が来るのもすぐで……大丈夫。

 

 私はこんな所で死なない。

 いや、死にたくなんてない。

 今の私には大切な存在がいて、一緒に生きたい人たちがいる。

 死んだら後悔して、もう二度と会えなくなるかもしれない……それは絶対に嫌だ。

 

 来世なんていらない。

 私は今の自分が好きで……あの人の事を心から愛している。

 

 ナナシさんだけじゃない。

 ミッシェルさんも好きで、もっともっとお話がしたい。

 だから、私は何が何でも生きなきゃいけない。

 

 そう心に誓いながら、私はもうすぐ避難できると……?

 

「あの子は!! まだ!! お願いです!! すぐに」

「落ち着いてください! 貴方を連れていく事は――」

 

 女性の声が聞こえた。

 何か慌てて叫んでいるような声で。

 私は周りを見て――声の主を見つけた。

 

 その人は年老いたお婆さんであり、必死に自警団の人たちに何かを話しかけていた。

 両目からはポロポロと涙が流れ落ちて行って……あの人は……。

 

 私は少し悩んだ。

 でも、あのままお婆さんを見捨てる事なんて出来ない。

 気づけば列から出てお婆さんの下に走っていた。

 

 お婆さんは私を見つけると彼らから離れてこっちに歩み寄ってきた。

 

「エイナさん! どうしたんですか……ルイ君は……お孫さんは?」

「……っ。あの子は、ルイは……うぅ!」

 

 事情を説明しようとしてお婆さんは泣き崩れる。

 私は必死にお婆さんの背中を摩る。

 困ったような顔をした自警団の人たちに事情を聴いて……私は血の気が失せた。

 

「……ルイ君が一人で街の中に?」

「……あぁ、バスに乗り込んだ時は一緒にいたらしい……だが、そのバスが人で一杯だったことと。そこにいた同い年の子が母親と間違ってこのお婆さんの手を握ってしまって……此処についた時にはいなかったらしい……恐らく、バスが発車する直前に一人で降りたんだろう」

「勿論、救援に行くんですよね?」

「……あぁ当然だ……だが、お婆さんを連れて行く訳にはいかない。だが、ルイ君の行先に心当たりのある人間がいなければ……こんな状態では、彼女から詳しい場所の説明を聞くことも難しい……どうすれば……っ」

 

 自警団の人たちは迷っていた。

 その目を見れば分かる。

 お婆さんに案内を頼めないのであれば、今最も現地に同行出来る人間は……っ。

 

 怖かった。

 このまま何も知らないふりをして輸送機に乗り込めば……多分、無事に逃げられるかもしれない。

 

 でも、そんな事をすればどうなるか。

 お婆さんは一人で逃げる事なんてしない。

 自警団の人たちが止めても街まで戻る筈だ。

 でも、足腰の弱ったお婆さんを連れて危険な街に戻るのはリスクが高すぎる。

 いざという時に素早く動く事は困難で。

 下手をすれば二次被害が発生する場合がある。

 

 お孫さんが見つかる保証もない。

 もしもルイ君の身に何かあれば……お婆さんは動けなくなってしまう。

 

 

 だったら、選択肢なんてない――私が行くんだ。

 

 

 私は自警団の人たちに私が同行する事を伝える。

 すると、彼らは顔を見合わせながらもそれしかないと決断した。

 お婆さんは私を止めたが、私は大丈夫だと伝えた。

 

「必ずルイ君を連れ戻します! エイナさんは先に輸送機に乗って避難してください!」

「で、でもユーリちゃんは」

「――約束します! 信じてください……信じて、避難場所でお孫さんと会ってください」

「……ありがとう。本当にありがとう!」

 

 お婆さんは私の手を握って何度も感謝を伝えてきた。

 彼女は別の自警団の人に連れられて輸送機の方に歩いて行った。

 私は立ち上がり、自警団の人に案内されてついていく。

 

 彼らは見えていない。

 私の手が少しだけ震えているのを。

 私はその震えを必死に隠しながら彼らを追っていった。

 

 大丈夫。大丈夫……私は死なない。

 

 生きて、またナナシさんたちと再会するんだ。

 ルイ君を無事に連れ帰ってお婆さんと会わせてあげて。

 私もナナシさんとミッシェルさんと再会して……再会して……っ。

 

 気を抜けば泣きそうだ。

 私は何時だってそうだ。

 こういう事には向いていない。

 どんなに頑張っても、私がヒーローになる姿なんて想像できない。

 こういう事をしてしまうのは、単純に誰かが泣いている姿を見たくないからで……。

 

 

 私は臆病だ。

 弱くて頼りなくて泣き虫で……そんな私を彼は選んでくれた。

 

 

 自警団の人たちと共に装甲車に乗り込む。

 そうして、シートベルトを締めてからルイ君の無事を祈る。

 

「……ナナシさん……」

 

 彼の名を呟く。

 遠く離れた彼に力を貰う。

 今にも泣きだして崩れそうになる私。

 彼との思い出と彼の笑顔で、私は少し勇気を貰う。

 

 死ぬつもりなんてない。

 でも、誰かを見捨てる事もしたくない。

 

 私は我が儘で欲張りだから……全員がハッピーになれるように行動する!

 

 徐々に手の震えが収まる。

 彼が私の名を呼んでくれている気がした。

 そのお陰で目に見えない恐怖が和らいでいく。

 

 私は少し笑みを浮かべる。

 そうして、自警団の人へと視線を向けて説明をした。

 

 ルイ君とはまだそんなに関りはない。

 でも、彼の口から色々な事を聞いていた。

 好きなものや好きな場所……そして、一番大切な思い出も。

 

 きっと彼はあそこにいる。

 亡き両親との思い出の場所。

 彼はこの国で一番大切だと言っていたあの場所に彼はいる筈だ。

 

 誰でもない。

 彼は両親が誇ってくれる息子として、あの場所を一人で守ろうとしている。

 例え敵がこの地を占領しても、彼だけはあそこを守ろうとしている筈だ。

 

 その気持ちは分かる。

 大切な人たちとの思い出だけが、彼とその人たちを繋ぐ絆で。

 それを失ってしまえば、彼は一人になってしまうと思っている。

 

 例え抱きしめてくれなくても、名を呼んでくれなくとも。

 思い出の中で生きる両親だけは、彼をずっと見続けている……大丈夫だよ。

 

 私は彼を説得する。

 あの子にとって本当に守るべきものは思い出じゃない。

 それを教える事が出来れば、きっとあの子も避難してくれる筈だ。

 

 成功する保証なんて無い。

 そもそも、ルイ君がそこにいるかも確かじゃない。

 何もかもが不明で、何もかもが未知数で……それでも信じる。

 

 ルイ君ならきっとそこにいる。

 そして、今も震えながらあそこを守っている筈だ。

 

 六歳の少年が必死に戦っている。

 そんな彼を見捨てて自分一人で逃げるなんてすれば、私はナナシさんたちに合わせる顔が無い。

 

 ヒーローになる必要はない。

 ナナシさんのように私には特別な力は無いんだから。

 それでも、誰かを助ける事は出来る筈だ。

 

 私は自警団の人たちに説明をしながら。

 ルイ君への説得の方法も同時に考えていった。

 あまり時間を掛ける事は出来ない。

 ルイ君を連れ戻して、すぐに基地まで戻らなければいけない。

 そうしなければ私だけでなく、この人たちも逃げる事が出来なくなる。

 

 大丈夫、大丈夫だ……私なら出来る。

 

 私は自らに言い聞かせる。

 愛する人から力を貰いながら、私はたらりと汗を流した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。