【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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181:愛しています(side:ユーリ)

 装甲車から降りて駆けていく。

 街の中に一般人の気配はしない。

 あるのは敵を迎え撃つために残った兵士の方々だけで。

 彼らはメリウスに乗り込んで周囲を警戒していた。

 すぐに止められたけど、事情を説明すれば通されてすぐに子供を見つけ次第避難するように言われた。

 

 まだ敵が攻め込んできた気配はない。

 もしも来たのであれば兵士の方々と交戦している筈だから。

 今はまだ警戒態勢に入っているだけで……。

 

 でも、安心はできない。

 

 何時、此処まで戦火が広がるかは誰にも分からないんだ。

 だからこそ、最善最短でルイ君を見つけ出さないといけない。

 私は自警団の人たちを案内する。

 無数のゴミが散らばって、車ですらも放置されたメインストリートを走っていく。

 

 走って、走って、走って――着いた。

 

 そこは一つのミュージアムだった。

 それなりの大きさの博物館であり、色々な歴史的に価値あるものが保管されている。

 その大半はレプリカだけど、中には本物だってある。

 

 ルイ君はきっと此処にいる。

 そして、お父さんとお母さんとの思い出を守ろうとしている筈だ。

 此処には彼にとって掛け替えのないものが保管されている。

 絶対に持ち出すことが出来ないからこそ、彼は此処でそれを……。

 

「急ぎましょう!」

「あぁ!」

 

 ライフルを携行した自警団の人たち。

 彼らに守られながら、ミュージアムの中へと足を踏み入れる。

 まず最初に目に入ったのは大きな恐竜の化石で。

 フロントとなったそこで客を出迎える為に、迫力のある化石のレプリカが飾られている。

 そこを通り抜けていきながら、私たちはルイ君にとって宝がある――”古代兵”展示部屋に向かう。

 

 古代兵とは、今でいうメリウスの存在を指す。

 本来、遥か太古の時代にはメリウスなんて存在しなかった。

 神殿に飾られているアレらも実際にあったかどうかを証明する方法は無いと言われていたほどだから。

 しかし、とある探検家たちがこの地で偶然発見した遺跡にてそれらを発見した。

 

 メリウスのような形状をしているが。

 似ているようで全く異なる技術により動いていたとされるそれらを。

 シャンドレマの人たちは古代兵と呼び、このミュージアムで展示していた。

 ここ以外にそれを展示している場所は存在せず。

 ある歴史研究家たちはそれがこの世界のものではないのではないかと言っていたと聞いたことがある。

 

 ……でも、そんな事はルイ君にとっては関係ない。

 

 違う世界のものだろうと、それが偽物であったとしても。

 その古代兵はルイ君と亡くなった両親を繋ぐ唯一の存在だ。

 

 彼の口から何度も聞いていた。

 お父さんとお母さんの事を彼は嬉しそうに話してくれて。

 彼にとって二人は世界で一番の”探検家”であり、誇りに思える存在なんだ。

 

 

『俺もでっかくなったらさ! 絶対に父さんと母さんみたいな探検家になるんだ!』

「……ルイ君」

 

 

 彼の名を呟く。

 彼にとって二人の存在は大きい。

 だからこそ、そんな偉大な人たちが発見した古代兵は彼にとって唯一無二の宝だ。

 絶対に壊させたくない。絶対に失いたくない。

 もしもそれが消えてなくなれば、人々は両親を忘れてしまう……きっとそう思っているに違いない。

 

 彼は少し乱暴なところはあるけれど。

 自分というものを持っていて夢に真っすぐだった。

 そして、絶対に嘘をつかない良い子で……だから、絶対にエレナさんの下に連れ帰る!

 

 ルイ君は大事な事を見失っている。

 本当に大事なのは両親が見つけた古代兵じゃない。

 真に大事なのは……。

 

 幾つもの展示部屋を抜けていく。

 そうして、ミュージアムの最奥へと繋がる通路を進んでいった。

 この先に彼がいる筈で――!

 

「何だ!?」

「……っ!」

 

 地面が大きく揺れた。

 何かが爆発したような音も微かに聞こえた気がした……敵が来たんだ。

 

 此処も戦場になったに違いない。

 自警団の人たちは表情を強張らせていた。

 私は皆さんにもうすぐだと伝えて、古代兵の展示部屋に繋がる扉を開けようと――え!?

 

「あ、開かない!」

「――バリケードか!」

 

 自警団の人がすぐに気づく。

 彼らは必死に中にいるルイ君に呼び掛けていた。

 しかし、声は聞こえない……何処か別の……あれは!

 

 目に映ったのは通気口だった。

 体の大きな自警団の人たちは入れそうにないけど。

 私であればギリギリ通っていけそうだ。

 

 私は皆に声を掛けて通気口の扉を私が通って行く事を伝える。

 恐らく、子供が大人でも通れないようなバリケードを築ける筈がない。

 彼はきっと此処にある小型の作業用ロボットを操縦してバリケードを作ったに違いない。

 幼い頃から両親の姿を見てきて、此処にも何度も連れてきてもらったと彼は言っていた。

 その時に此処の職員からロボットの操作方法を聞いていてもおかしくはない。

 頭のいい彼ならばきっとそれを使って――!

 

 自警団の人が離れるように言う。

 言われるがままに離れれば、彼はライフルの弾丸を通気口に向けて放った。

 通気口の蓋は強引にはじけ飛び、彼は他の仲間に指示をして私を担ぐように言った。

 

「すまない。時間が無いから強引な手段を取った……必ず彼を連れてきてくれ」

「はい! 任せてください!」

 

 私はしっかりと頷いてから、二人に担がれて通気口へと入っていく。

 やっぱり中はかなりせまい……でも、何とか通れる!

 

 芋虫のように身をよじりながら、何とか中を通っていく。

 そうして進んでいけば、古代兵たちが展示されている部屋が見えた。

 見えてはいるけど、此処にも勿論蓋がある。

 私は体を動かして腕を這い出させて、何度も何度も蓋を叩いた。

 がしゃがしゃと音が鳴り響き手がとても痛かった。

 それでも、私は何度も何度も蓋を叩き続けて――開いた!

 

 ネジが緩んでいたのか。

 分からないけど、衝撃でネジが飛んで蓋が開いた。

 私はそのまま開け放たれたそこを通って這い出て行った……あれ?

 

 下に落ちるのを覚悟していた。

 でも、そこには階段のように棚や椅子が積み重なっている……やっぱり。

 

 ルイ君は確実に此処にいる。

 そして、守りたい気持ちと逃げたい気持ちが重なっているんだ。

 バリケードを築いて敵に備えていても、逃げ道を確実に作っている。

 通気口の蓋が私なんかの力で開いたのも、彼が既に用意をしていたからで……待っててね。

 

 私は慎重に降りながら、床に足をつけて周りを見た。

 天井の温かな照明に照らされて、宇宙に見立てた黒い壁に囲まれた広い展示場には数多くの古代兵が飾られていた。

 そのどれもがメリウスのような形状だが。

 明確な違いがあり、鈍重そうな見た目をしていた。

 

 重く硬い印象を覚えるそれ。

 しかし、ひどく現実的に見えるそれらを見ていれば”懐かしさ”すら覚えた。

 

 錆びついて今にも朽ち果てそうなそれら。

 台座に置かれて厳重に管理されているそれを通り過ぎていく。

 ルイ君を探している間にも、小さな揺れが連続で起きていた。

 パラパラと天井の埃が落ちてきて、不安や恐怖を駆り立てる。

 私はギュッと拳を握りながらそれらに耐えて――いた!

 

 中心にある一際大きな古代兵。

 錆びた大きな盾とブレードを持ったそれ。

 その前にはミュージアムで使われる作業用のロボットに搭乗したルイ君がいた。

 彼はむき出しのコックピッドの中で膝を抱えて蹲っている。

 私は笑みを浮かべながら、ルイ君の名を呼んだ。

 

 ルイ君はゆっくりと顔を上げて、赤くなった目で私を見つめた。

 

「……ユーリ姉ちゃん?」

「そうだよ! ルイ君、早く逃げよう!」

 

 私は彼に手を差し伸べる。

 しかし、彼は鼻をすすり首を左右に振る。

 

「嫌だ! 俺は戦う! 父さんと母さんの大事なものは俺が守るんだ!」

「……そのバッテリーがゼロになったロボットで?」

「ぅ! な、何で分かるんだよ」

「分かるよ。私はこう見えても、メリウスとかロボットに詳しいからね!」

 

 胸を突き出しながら得意げに言う……嘘だけどね。

 

 ただの当てずっぽうであり、不自然な姿勢で止まっていたからそうじゃないかと思っただけだ。

 当たっていて良かったと思いつつ、私は彼に対して優しく説得をする。

 

「ルイ君にとってこれがどんなに大切なものかは知っているよ。死んでも守りたい物なんだよね?」

「……そうだ! 例え死んだって俺はこいつらを守るんだ!」

「死ぬのは怖くない?」

 

 彼に対して質問する。

 すると、彼は言葉を詰まらせながらも怖くないと言い切った。

 

「そっか……でも、エレナさんは怖いと思うよ」

「婆ちゃんが何で」

「決まっているよ。お婆さんにとって大切なものは君なんだ……エレナさんはもう二度と大切な家族を失いたくない。自分が死ぬのは怖くなくても、ルイ君が死んでしまう事がエレナさんにとってはどんな事よりも恐ろしいんだよ」

「……そんな事……俺は……」

「分かる筈だよ。ルイ君はその辛さと痛みをよく知っている」

 

 彼は大切な両親を同時に失った。

 別の遺跡での採掘中に起きた崩落事件。

 それにより生き埋めになった二人は救出されるまで間に合わなかったらしい。

 恐らく、幼いながらも二人の死を彼は理解していた筈だ。

 今まで一緒にいた存在が急に消えてしまった悲しみ。

 そして、永遠に感じるような孤独感……それはエレナさんも同じなんだ。

 

 お互いに悲しみ苦しんだ。

 だからこそ、ルイ君はエレナさんを、エレナさんはルイ君を大切に思っている。

 自分の死は怖くなくても、大切な人の死は誰だって怖いんだ。

 

 私はそれを彼に伝えたかった。

 その上で、彼が今、最も大切にすべき存在を分かって欲しかった。

 

「お父さんとお母さんは素晴らしい探検家だよ。この古代兵たちも後世に伝えるべきものだと私は思う」

「だったら!」

「――だから、ルイ君が皆に伝えて行けばいいんだよ」

「……え?」

「私もエレナさんもルイ君には生きていて欲しい。此処にあるものは価値あるものでも、君の命に比べたら大したものじゃない……思い出は消えない。君が覚えている限り、お父さんとお母さんは永遠に君の心の中で生き続ける……伝えて行こう? 二人の残したものを、君が今まで見てきた二人との思い出を通してね!」

 

 私はルイ君に歩み寄っていく。

 彼を見れば目に涙を溜めていた。

 その体は震えていて、今にも崩れ落ちそうだった。

 

 揺れが大きくなっていく。

 破壊音も聞こえてきていて、彼は恐怖で涙を流す。

 私は両腕を広げながら、彼に笑みを向ける。

 

「大丈夫! 君は生きる! さぁ一緒に行こう!」

「――うん!」

 

 ルイ君はベルトを外す。

 そうして、大きく跳躍して私に飛び掛かってきた。

 私は彼の小さな体をキャッチして――うわ!

 

 慣れない事をしたせいでしりもちをついてしまう。

 情けない姿だったが、ルイ君は笑っていた。

 私は彼の頭を撫でてから、すぐに避難する事を伝える。

 彼はしっかりと頷いて私の手を握り――っ!!

 

「わあぁぁ!?」

「ルイ君!」

 

 今までとは比べ物にならない揺れ。

 瞬間、天井の一部が破壊された。

 ガラガラと瓦礫が落ちてきて、古代兵たちが倒されていった。

 私は強い危機感を感じて、咄嗟にルイ君の体を前に突き飛ばした。

 今までの私では想像できないほどの力だった。

 ルイ君はごろごろと転がっていって――!!!

 

 

 

 

 ……視界が暗転していた?

 

 強い痛みを全身に感じる。

 意識が朦朧としながらも、私は目を開けて前を見た。

 すると、ルイ君が私の手を掴みながら泣いていた。

 

「姉ちゃん! 姉ちゃん!」

「……ル、イ君……行って」

「姉ちゃん!?」

 

 ルイ君は私の声を聞いて笑みを浮かべた。

 私はそんな彼にもう一度、逃げるように伝えた。

 彼は嫌だと言って、私を助けようとしてくれていた。

 

 周りの状況を見れば、嫌でも分かってしまう。

 展示物のほとんどが倒壊し、天井の一部も崩れていた。

 電気回路などがショートして火災も発生している。

 此処へと繋がる扉からは激しい衝突音が聞こえて――自警団の人たちが入ってきた。

 

 彼らは驚きながらも、今の状況を理解してくれていた。

 彼らのリーダーはルイ君を抱きかかえる。

 彼は暴れながら私を助けるように彼らに言っていた。

 

 必死に笑みを浮かべる。そうして、彼に話しかけた。

 

「ルイ君……私は……大丈夫、だから……早く、エレナさんの、所に……」

「姉ちゃん。そんな、嘘だ……俺が、俺が……」

「ルイ君、君は、悪くない……だから、これからも……エレナさんの……大切な人たちの、傍に、いて……あげて」

 

 私は必死に言葉を紡ぐ。

 気を抜けば意識が途切れそうだった。

 だからこそ、意地で彼へと言葉を送り続ける。

 彼は泣きながらも私の言葉を理解してくれて――自警団の方が前に立つ。

 

「……俺に出来る事は無いか」

「……彼に……ナナシさんに……愛している、と……伝えてください……赤いマフラーを巻いた、黒髪の……綺麗な青い瞳をした……優しい人です」

「……分かった……すまない」

 

 彼はそれだけ言ってルイ君を連れて駆けていく。

 彼は最後まで私の名を叫んでいたが……ごめんね。無理なんだ。

 

 

 さっきまでは痛みを感じていた。

 でも、下半身だけはまるで痛みを感じなかった。

 痛みだけではなく、感覚そのものが無くなっていて……やっぱり、凄いなぁ。

 

 

 一目見ただけで私の状態が分かったのかな。

 説明していれば逃げ遅れる場合だってあった。

 だから、シャンドレマの自警団の方々が優秀な人たちで良かった。

 

 

 私は逃げられない。

 

 私はもう何処にも行けない。

 

 私は一人で……死ぬんだ。

 

 

 

 怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――怖かった。

 

 

 

 誰もいない。

 家族も友達も、愛している人もいない。

 こんな最期なんて嫌だ。

 まだ私にはやりたい事が沢山あった。

 

 ナナシさんと映画を見たり。

 一緒にカフェでランチを取ったり。

 動物園で餌やりをしたり。

 公園でミッシェルさんも交えてピクニックをしたり。それに、それに……ふふ。

 

 

「……ナナシさんの、事ばっかり……やっぱり、好き、なんだなぁ……は、はは」

 

 

 死へと向かいながらも、私の心にあるのは彼の事で。

 視界が潤みを帯びていき、両目からはぽろりと涙が零れる。

 

 死にたくない。

 もっと生きたい。

 彼と一緒に、もっともっと生きて……もっと、もっと……愛したい……。

 

 目から光を失っていく。

 体の感覚がもうほとんどない。

 

 ……あぁもう、ダメなんだ……。

 

 私は冷たさを感じる。

 体じゃない。魂が冷えていく感覚。

 呼吸すら出来ないほどの寒さで。

 

 私は彼の名を――?

 

 誰かが歩いて来る。

 もうほとんど見えないけど。

 確実に私の下へと来ていた。

 

「ナナ、シ……さ、ん……」

 

 掠れるような声だった。

 誰なのかも分からないその人は私の前で止まる。

 そうして、しゃがみこんでから私を――――…………

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