【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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182:白銀の翼が抱く青

 スラスターが奏でる音が響く。

 ヴァンの機体はノンストップで戦線を離脱。

 途中、シャンドレマのメリウスたちとすれ違ったが。

 恐らく、中央都市への加勢だろう。

 

 ノイマンは既に敵の手に渡ったが。

 あそこにはまだ多くの人が取り残されている。

 逃げようとしていた人たちも勿論いたが。

 そのほとんどが緊急避難用のシェルターにて身を潜めている筈だ。

 あんな中を大勢で逃げようとすれば、必ず敵に発見されて攻撃される。

 だからこそ、シェルターにて一時的に身を隠す他ない。

 

 ……悔しいが、メリウスの無い俺では何も出来ない。

 

 もしもメリウスがあたっとしても、混戦状態の中では碌な働きが出来ないだろう。

 統率の取れたシャンドレマ兵たちとKクラスだからこそ戦えている。

 部外者である俺とヴァンが混ざれば、かえって混乱を生むだけだ。

 それが分かっているからこそ、ヴァンは俺を連れてすぐに戦場を離脱した。

 

 トップスピードで加速するヴァンの機体。

 しかし、徐々にスピードが落ちて行った。

 力を使って透視すれば、地上に無数の生体反応がある。

 軍用の輸送機なども配備されていて、そこが軍事基地だという事はすぐに分かった。

 

 ヴァンの方を見れば通信を繋いでいるようだ。

 恐らくは、あの基地の人間と話しているんだろう。

 銃口を向けていたシャンドレマのメリウスたちも警戒心を解く。

 そうしてヴァンは、機体を下降させて着陸態勢に入った。

 

「……っ」

 

 ヴァンの機体が勢いよく着陸する。

 砂埃が舞い、体が振動で軽く揺れた。

 スラスターは停止し、ヴァンはゆっくりと機体を動かして膝をつかせた。

 

《ナナシ、降りてくれ。俺はすぐに機体を輸送機に戻しに行くから》

「あぁ、分かった」

 

 マイクを使って声を飛ばしてきた。

 彼はゆっくりと機体の手を下ろして俺は地面に足をつけた。

 周りを見れば多くの人々が集まっている。

 軍人だけでなく一般市民も数多くいて、無数の輸送機が発着の準備を進めていた。

 

 怒声や悲鳴は聞こえない。

 皆一様に不安そうな表情ではあるが。

 冷静に状況を理解して、素直に誘導に従っていた……流石だな。

 

 教育が行き届いていると思っていれば、誰かが俺の名を叫びながら走ってきた。

 俺はその人物に目を向けて――笑みを浮かべた。

 

「ナナシッ!」

「――ミッシェル!!」

 

 手を振りながら駆けよって来る人物。

 勢いよく飛び込んできた彼女を両手で受け止める。

 彼女は目に涙を溜めながら、俺に怪我は無いかと聞いて来る。

 俺は大丈夫であることを伝えながら、他の皆は無事なのかと聞いた。

 すると、ライオットとドリスも先ほど合流して”会社の人間”は全員いると言った……待て。

 

「……ユーリは?」

「……分からない。でも、最後の連絡では軍の輸送機に乗って逃げるって言ってた……多分、無事だと思う」

「……そうか……っ」

 

 ユーリが此処にいない。

 それだけで俺の心は冷たくなったような感覚を覚えた。

 何時も元気で笑顔が印象的だった彼女は別の場所にいる。

 ミッシェルは無事だと言ったが、何が起きるかなんて誰にも分からない。

 

 不安と恐怖が湧き出してくる。

 彼女にもしも何かあれば……自分が死ぬ未来よりも遥かに恐ろしかった。

 

 妙な胸騒ぎがする。

 心がざわつき何かを叫んでいるようで。

 形容しがたい何かに怯えながら、俺は必死になって冷静になろうとした。

 

 本心で言えば、今すぐにでも彼女の安否を確かめに行きたかった。

 今ならまだ間に合う。

 そう心が叫んでいるようで……だが、行けない。

 

 俺の勝手な判断で仲間たちの避難を遅らせる訳にはいかない。

 此処はまだ安全であっても、何時、敵の攻撃が此処へと向くかなんて分からないのだ。

 一刻も早く此処から離れて安全な場所に行かなければならない。

 

 俺は必死に恐怖と不安を押し殺す。

 そうして、ヴァンの機体が移動を始めたのを確認し。

 俺たちもすぐに輸送機へと乗り込もうと提案した。

 彼女は不安そうな顔で「でも、何処に……」と呟く。

 

「安全地帯がある。神の手も及ばない場所だ……先ずはそこを目指す」

「……神の手が及ばない……そんな場所が本当に……いや、俺はお前を信じる。行こうぜ!」

「あぁ」

 

 二人で頷き手を取って走り出す。

 視線の先には俺たちが乗ってきた輸送機がある。

 此処でも改良を加えた事で更なる拡張が施された。

 今では軍のモデルにも劣らないような超大型の輸送機であり、この日に備えていたのかと思ってしまうほどだ。

 

 ……SQたちは……いや、すぐに合流できるだろう。

 

 そう思いながら、俺たちは走る。

 周りの民衆を避けながら輸送機を目指していった。

 

 

 

 輸送機へと乗り込み、ヴァンの機体の収容も終わった。

 ヴァンは機体から出てきて、すぐに俺の下まで駆け寄ってきた。

 互いに無事で良かったと言いつつ、ミッシェルと共に操縦ルームに走っていく。

 

 エレベーターを上がり、操縦ルームへと繋がる通路を抜ければ。

 そこには仲間たちが既にいて、離陸の準備を進めていた。

 

 操縦席に座っているのは、双子のアニーとイヴで。

 ベックは他のシステムのチェックを進めていた。

 ライオットとドリスはパイロットスーツを着込んでいて戦闘に備えている。

 

「……ナイト」

「わん!」

 

 足元を見ればナイトが舌を出して俺を見ていた。

 俺は膝をつきナイトの頭を軽く撫でた。

 思えばいろいろな事があってナイトにかまってやれる時間が無かった。

 申し訳なさとこんな所に連れてきてしまった後悔。

 それが口から出そうになって……ナイトの首輪に何かがあった。

 

「……?」

 

 これは何かとそれを手に取る。

 それはペンダントのようであり、見た事もつけた記憶も無かった。

 ミッシェルに聞いてみれば、彼女は小さく笑い「ユーリのだよ」と言っていた。

 

 詳しく聞けば、ユーリが俺やミッシェルとの記念日の為に用意していたプレゼントで。

 彼女はこれをナイトの首輪につけて、俺を驚かせようとしていたらしい。

 あの日、別れた後にこれをミッシェルに託し、彼女は言われたとおりにナイトの首輪につけた。

 彼女は事務所で書類を作成するからとその日の内に帰って行って。

 書類の作成が終われば、また晩に家に来て一緒にご飯を食べようと言っていた……ユーリ。

 

 俺はペンダントを首輪から外す。

 そうして、シルバーのそれを手に取って見た。

 垂れ下がるのは銀色の翼を模したもので。

 それに包まれるように中心には青く光る綺麗な宝石があった。

 

「……その宝石はお前で、翼は私たちらしい……アイツらしいよな」

「……あぁ、本当だ……次に会った時には、俺も何かを渡さないとな」

「あぁそうしろ。俺も考えておくぜ。ま、アイツの事だからスイーツのタダ券でも喜ぶだろうけど」

「……ふふ」

 

 ユーリから貰った大切なプレゼント。

 俺はマフラーをずらしてそれを首につけた。

 大切に服の中へと入れながら、俺は胸の中心にあるそれを握る。

 

 また会える。

 絶対に会って彼女に……。

 

 操縦ルームの扉が開かれた。

 視線を向ければヴァンがスーツとヘルメットを持って立っていた。

 

「ナナシ!」

「……ヴァン」

「取ってきたぜ。お前のパイロットスーツだ。念の為にもこれを着といてくれよ」

 

 後から入ってきたヴァンは俺のパイロットスーツを持ってきてくれて。

 それを受け取った俺はすぐに着替えてくる事を伝えた。

 

「ナナシ。お前のアンブルフは念の為にアサルトで設定しておく……もしかしたら、バスターを使う事になるかもしれねぇけどな」

「……頼む」

 

 俺は深刻そうな顔をするミッシェルに機体の調整を任せた。

 そうして、仮眠室へと走っていった。

 

 

 

「よし」

 

 パイロットスーツを着用し、ヘルメットも問題ないと確認した。

 大切なスーツであり、此処にはいないがクラウンさんも避難している筈だ。

 街から離れた場所に家があるからこそ、敵から攻撃を受ける心配はさほど無いが。

 それは逆に言えば、どんな事があっても救援に来る人間がいない事もさしている。

 

 きっと大丈夫だろう……俺はそう思う事しかできない。

 

 歯痒い。

 ユーリの事だって心配だ。

 無事に輸送機に乗り込めたとしても合流できるとは限らない。

 だが、恐らく今避難を指揮している人間たちは何処へ行くべきかを知っている筈だ。

 そうでなければもっと混乱していて、指揮系統にも乱れが出るからだ。

 他の輸送機に乗り込んでいた人たちも一緒に行くとして……問題は追手だ。

 

 奴らの目的はノイマンだが。

 同時に俺が持つ鍵を狙ってくる場合がある。

 あの時に神と接触した時点で、奴の目的はほとんど完遂したと言ってもいいが。

 俺という存在を生かしたままでいるのは、奴にとっても不安だろう。

 どんなに小さな芽であろうとも、完璧を求める奴であるのならば摘みに来る。

 だからこそ、追手として代行者たちが来ることだって予想される。

 

 もしも、代行者が複数名襲ってきたとすれば……勝ち目は薄い。

 

 アクセスの力を使ったとしても勝てるかどうかは賭けに近い。

 親衛隊のメンバーが他にもいてくれたのなら良かったが……!

 

 声が聞こえた。

 脳内に直接響く声で――この声は!

 

《ナナシ、聞こえるか? 私だ》

『SQ! 無事なのか? 今何処に』

《そちらと合流する為に移動している……今現在、敵は中央都市に集中している。奴らの狙いはノイマンだが、今はKクラスの殲滅を最優先事項にしているだろう……何も言うな。分かっている》

『ごめん……俺は、彼を……ノイマンを、分かっていなかった……』

《いいんだ。私がお前の立場であったのなら……自分を責めるな。今は生き残る事だけを考えろ。反撃はそれからだ》

 

 SQはそう言いながら、俺に目指すべき場所は分かるかと聞いてきた。

 俺は仮想世界の入口へと今から向かう事を伝える。

 すると、SQはそれで良いと言って詳しくはベックたちに聞けと言ってきた。

 

《奴らは既に仮想世界の事を知っている。お前が説明しなくても入り方は分かっている筈だ》

『……中央都市には……いや、シャンドレマには代行者が来ているのか』

《分からない……だが、無人機たちを指示している人間が必ずいる。ナナシの事も奴らは狙っている。念の為に、お前たちの輸送機と他の輸送機のルートは別にしろ。一つに纏まっていればいらぬ被害を生むだけだ》

『そうだな……ルートは問題ない。SQたちは他の人たちの護衛に回ってくれ』

《いや、お前たちだけでは》

 

 SQは俺の提案を断ろうとした。

 しかし、俺はそれはダメだと伝える。

 確かに奴らは俺を狙ってくるだろう。

 優先的に潰しに来ると言っても過言ではない。

 

 だが、一般人も狙われる筈だ。

 神はノイマンを捕らえたとはいえ、まだその力は完全に戻っていない。

 だからこそ、俺の正確な位置も分からない筈だ。

 間違って一般人たちが乗っている輸送機のルートへと刺客を送ったとすれば。

 奴らはついでとばかりに彼らに攻撃を仕掛けるだろう。

 そんな時に相手が代行者であったとすれば、確実に少数の軍人たちだけでは無理が出る。

 代行者が相手であれば、少なくとも親衛隊クラスでなければ話にならない……遂最近の戦いで、それは嫌というほど分かった。

 

《……分かった》

 

 俺がそう説明すればSQは納得してくれた。

 

《だが、何かあればすぐに私に思念を飛ばせ。どんな手を使ってでもお前の下に駆けつけるから》

『分かった……ありがとう』

《……その言葉は、再び会えた時にだ……武運を》

 

 SQの声が消える。

 俺は静かに息を吐く……すると、輸送機が軽く揺れる。

 

《ナナシ! 今から離陸する! 悪いが、そこで暫く待機していてくれ》

 

 スピーカー越しにヴァンの声が聞こえた。

 俺は頷きながら固定された椅子に座る。

 そうして、ベルトを締めてから小刻みに発生する揺れを感じた。

 

 ようやく避難が始まったんだろう。

 俺は端末を操作して、輸送機内のシステムと接続した。

 そうして、マップを広げてから脳波リンクによりルートを書き込んだ。

 これが一番安全で最短のルートだが……嫌な予感がする。

 

 目に見えない脅威が迫っているような感覚で。

 俺は自分の手を見て少し驚いた。

 

 手が震えている……恐らく、これは機体の揺れによるものではない。

 

 怯えているのか。恐怖しているのか。

 何に対してかは分からない……いや、知っている筈だ。

 

 ノイマンから託された情報。

 シナリオと呼ばれるものを持つ神は、思惑通りに駒を進めていた。

 まるで、そうなる事が当然と言わんばかりに……恐ろしい敵だ。

 

 全てが想像通りで、少しの歪みであろうともすぐにシナリオに反映させる。

 自らが望む結末へと進む中でも、俺たちという存在は奴にとって盤上の駒でしかない。

 どんなに抗おうとも、どんなに運命を変えようとしても。

 奴は全てを知っていて、全ての結末を自らの手で生み出せる。

 

 異分子は神の理から外れた存在だ。

 しかし、そんな異分子を理解していたノイマンを奴は手に入れた。

 これから行われるであろう事はノイマンは既に知っていた。

 その上で、俺に全てを託し選択肢を与えてくれた。

 

 

 神の掌から離れて、全く異なる世界で生きていくか。

 神の全てを受け入れて、全く新しい存在になるか。

 何もせずに滅びを待つか。

 

 

 ……分かっているよ。ノイマン。

 

 

 例え別の仮想世界に逃れようとも、それは決して本当の幸せじゃない。

 見たくないものから目を逸らし、現実逃避をするだけだ。

 神の全てを受け入れる事も、滅びを待つことも同じだ。

 待つことは決して正しい事ばかりじゃない。

 行動し何かを成すことだって正義じゃないだろう。

 

 でも、俺はこの世界が好きなんだ。

 本当の世界も見たいと思っている。

 だけど、決してこの世界が嫌いだからじゃない。

 俺は全てを知りたい。

 

 汚れたものも、綺麗なものも。

 歪であろうとも、完璧であろうとも。

 俺はこの世にある全てを見て聞いて感じて――知りたいんだ。

 

 だから、俺は神の選択を受け入れたりしない。

 この世界の全てを犠牲にして奴が作りあげる世界に――本当の幸せは存在しない。

 

 歪んで不格好で、失敗ばかりで間違いだらけで……でも、それが本物なんだ。

 

 完璧な存在なんていない。

 誰しも欠点を抱えていて、人には言えない秘密だってある。

 それでも人間は前に進んできた。

 どんな恥ずべきものでも、どんなに醜いものだろうとも。

 足を止めたって回り道をしたって、人間は少しずつでも前へと進んでいった。

 

 俺は全てを知りたい。

 嫌いなものも好きなものも。

 吐き気を催すものでも何でもだ。

 

 嫌いで嫌で、醜く汚くても。

 この世界には俺の好きなものが溢れている。

 俺は全てを受け入れる。

 全てをひっくるめて俺はこの世界が大好きなんだ。

 

 

 

 ――それがエマが俺に教えてくれた。俺にとっての”本物”だ。

 

 

 

 震える手を静かに握りしめる。

 そうすれば段々と震えが収まっていく。

 俺は決意の炎を燃やしながら、巨大な敵と戦う決心を固める。

 もうすぐだ。もうすぐ、俺の運命が決まる。

 予感でも未来視によるものでもない……俺には分かるんだ。

 

 奴が待つあの場所へ俺が行けばどうなるか。

 死ぬかもしれない。いや、生きていたとしても五体満足とはいかないだろう。

 それでも、俺は行かなければならない。

 例え誰も望んでいなくても、俺は大好きなものたちを守るために――神と対するんだ。

 

「……エマ……俺に力を……勇気を……父さん、母さん……」

 

 今は亡き友の名を呟く。

 そして、大切な両親の顔を想像した。

 

 握った拳には熱がこもり。

 不思議と両肩が温かくなった気がした。

 そこにいる。父さんと母さんだけじゃない。

 エマもそこにいるんだ。

 

 俺は三人から勇気を貰った。

 そうして、揺れが収まったのを確認しベルトを外す。

 

 行こう、皆の下へ。

 覚悟は出来ている。後は仲間たちの意思だけだ。

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