限界まで稼働するコア。
心臓の鼓動のように脈動し、機体全体に熱が駆け巡る。
熱い。とても熱い――でも、心地がいい。
全身の血が沸騰するような感覚。
汗でぴっちりと張り付いたスーツに、呼吸をすれば空気が熱を持っていた。
吐く息も吸い込む息も熱いが、今の僕には丁度いい。
揺れる機体。振動するレバー。
計器の音にシステムから音声情報。
モニターに映る敵ですらも愛おしすら感じる。
戦わないでいいのならそれに越した事は無い。
血を流さない勝利こそが最も良い結末だ。
だけど、そんな結末ばかりがやって来る訳がない。
だからこそ、僕たちのような兵士が存在する。
戦いは無意味だ。
戦いに価値なんてない。
だけど、戦わなければ死ぬだけだ。
敵の攻撃一つ一つを避けていく。
独特な音で発射される赤い光線。
光だけあって見てから避けていれば遅い。
その攻撃の瞬間を正確に見極めて避けれなければこの機体に無数の穴が開くことになる。
警告音が連続して響き、敵のロックオンを僕に知らせてくる。
危ない事は百も承知であるが、この音が無ければ危機を忘れてしまいそうになるのだ。
程よい緊張感が無ければ、戦いではミスが起きる。
スラスターをその都度調整し、忙しなく手足を動かし続けた。
指のボタンも同時に動かさなければ、手足どころかスラスターの調整も出来ない。
他の兵士の乗る機体には最新の操作システムを組み込んでいるが……僕たちには不要だ。
アレは適した人間が使わなければ意味がない。
僕たちでも扱えるが、こっちの方が自由に動かせる。
適した人間に適したものを――賢者が言っていた言葉だったかな。
身を焦がす熱を感じながら空を翔ける。
敵はエネルギーを溜めながら、隙が生まれたと思えば攻撃を仕掛けてくる。
背後からのエネルギー弾を風に乗る事で回避。
そのまま剣により斬撃を放てば、彼はブーストによって避けて見せた……勘が良いね。
敵との一進一退の攻防。
軽装になった彼であるが、その背後のスラスターは健在だ。
回避をする時にはブーストだが。
直線移動時にはそんなものが必要ないほどにずば抜けて速い。
今も気づけばあっという間に背後を取られていた。
あの爆発的な加速力は厄介だが、対処法は存在する。
動力回路をエネルギーが駆け巡る。
まるで、全身に血液を送り込むように激しく。
それでいて規則正しくドクドクと。
クルタナの息吹を全身で感じる――久しいな。
今、目の前で対峙する敵。
ボロボロのなりながらも全力で此方を仕留めようとしてくる敵は……並みのパイロットではない。
優秀であり、比類なき強さを持っていた――だが、もう終いだ。
此処まで戦って分かった。
このパイロットは既に限界だ。
心も体も死に掛けでおり……見事だと思った。
身を削り魂を削ってでも勝利を渇望し。
己が役目を全うしようと姿は、本物の戦士だ。
もしも、別の形で会えたのなら――いや、違う。
そんな未来は存在しない。
そんな可能性は最初から存在しない。
この世界で生きる限りは絶対にだ。
スラスターを噴かせる。
限界まで高度を上げながら、共に上昇する敵を見つめる。
両手を分離し、それら一つ一つが縦横無尽に空を翔けた。
上から真横から下から――分かるよ。
全ての軌跡が見えている。
だからこそ、舞うようにその攻撃全てを回避。
スレスレを飛ぶレーザーの威力は本物だが。
当たらなければどうという事は無い。
敵はエネルギーをチャージしていた。
両腕に限界までエネルギーをチャージしている。
何かを狙っている。狙いは何かを考えて――そろそろか。
限界高度を示すアラートが鳴る。
警告を無視し続ければ機体の前に己自身が死ぬ。
徐々に機体内の熱が下がっていて、呼吸もし辛くなっていく。
目の前に広がる青が深みを増していくが。
並走する敵は一向に速度を緩める気配はない……覚悟は出来ているか。
厄介な敵だ。
己が死ぬことすら計算に入れている。
そんな彼へと笑みを向けながら、僕はレーザー兵器へと剣を振るう。
飛び回るそれらは位置を変えてはいるが。
その軌道を先読みする事は可能だ。
だからこそ、一気に剣を振るい斬撃を飛ばせば――当たる。
分離した手の一部に僕が放った斬撃が当たる。
すっと切られてそれらが宙で爆ぜるがすぐに視界から消える。
残りの武装だけでは僕を仕留める事なんて不可能だが――お?
彼の機動が変わる。
連続してブーストし、彼のスラスターから鳴る爆発音を聞いた。
そうして、一瞬の内の僕を追い抜き先頭に躍り出て――眼前に彼の機体が迫る。
一瞬だ。
瞬きにも満たない間に方向を転換。
すぐそこに彼がいて僕は反射的にスラスターを動かす。
彼が両腕を振るうのをスローモーションのように見て――彼の下をすり抜ける。
瞬間的に出力を底上げしたブースト。
そろによる圧力はかなりのものだ。
まるで、巨人に全力で地面に叩きつけられたような感覚だが――どうって事は無い。
そのまま彼の下を抜けて、がら空きの背中に”片手の”剣を――!
彼がすぐそこにいる。
今の一瞬、何が起きたのか分からなかった。
しかし、攻撃が迫る前に瞬時に理解した。
あの一瞬。
彼は此方を攻撃する為に腕を振るったのではない。
今の一瞬で腕を前方へと向けてエネルギーを放ったんだ。
そうして、必ず僕が避けると分かっていて――なんて奴だ!
相手が攻撃を避ける事も計算に入れていた。
とてもじゃないが真似できない。
相手を信頼していなければ絶対に出来ない芸当だ。
間違いなくこの攻撃は当たる。
確実に人を殺せる攻撃だろう――”僕以外”の人間ならね。
《――!》
彼が片腕に溜めたエネルギー段を放とうとした。
瞬間、後方から何かが勢いよく迫り。
彼の腕に突き刺さった。
それは僕の剣であり、遠隔操作によって彼の腕に深々と突き刺さっていた。
動揺しエネルギーが大きく乱れる。
そんな彼に対して僕は鋭い蹴りを放った。
「卑怯とは――言うなよ?」
彼から一気に離れる。
瞬間、行き場を失ったエネルギーが暴発する。
代行者の駆る機体は爆炎に包まれて、僕は少しだけ寒くなった空間から離脱する……ギリギリだね。
もしも、あのまま上昇を続けていれば死んでいただろう。
彼もそれも計算に入れたうえで上昇を続けていた。
何方かが先に止まるか逃げれば、その時点で死んでいたけど。
剣が勢いを伴って帰ってきた。
その柄をしっかりと掴んでから確認すれば傷一つない。
流石はオーバードが持っていた”銀の剣”から作られたレプリカだ。
「……さて」
……何にせよ。これで一人か。
流石は代行者であり、かなり手こずった。
予定よりも時間を掛け過ぎたせいで下の仲間たちが心配だ。
急いで向かおうと下降しながら、仲間たちに通信を繋ごうとした。
……中々繋がらないな。
クルタナの通信装置は最新のものだ。
どんなに離れていようとも想定の範囲内なら問題ない筈で。
どういうことなのかと思っていればノイズ交じりの声が聞こえた。
《――るな――にげ――あい――ものだ――これ――だ!!》
「どうした? SK! 何があった!」
SKとの通信が繋がった。
しかし、その声から焦りを感じた。
冷静沈着で状況判断が優れた彼が焦っている……胸騒ぎがする。
速度を上げる。
そうして、視界に映る中央都市にセンサーを集中させた。
拡大しながら分析をするが、黒煙のせいで正確には見えない。
何かが蠢いている。
シャンドレマの兵士と数の減った無人機たち。
まだ兵士たちは生きているが、肝心のKクラスたちは……アレはッ!
センサーが何かを捉えた。
何かが数体激しい攻防を繰り広げている。
数は一機、二機……三機か。
煙から出てきたそれら。
それを確認した瞬間に理解する。
機体の各部の傷からスパークを発して。
マントもボロボロになったソード・クルタナが二機。
そして、それと対峙するのはそれ以上に装甲が傷だらけになった……”オラース・ヴェルネ”。
「兄さん……っ」
やっぱり、そうなのか。
考えたくなかった。
いや、それから目を背けていた。
あり得た話だった。
代行者となるという事は常に神から監視される事と同義で。
そんな中で彼女を欺き続けるのがどれほど難しいか。
記憶を一時的に消して、同族殺しをトリガーにしたとしても……やるしかない。
此処で判断を誤れば、僕たちの死だけでは収まらない。
ナナシ君たちの障害となり、神の計画を終わらせる事が出来なくなってしまうかもしれない。
此処まで繋ぐ為に多くの犠牲を伴った。
同族たちの血に、敵だって同じだ。
数え切れないほどの死体の山を登って行って、ようやく辿り着くんだ。
そこに至るのは神とノイマンの力を与えられたナナシ君とエスティだ。
彼らだけが神と並ぶ事が出来る……僕たちの役目は彼をそこまで連れていく事。
こんな場所で果てる訳にはいかない。
否、果てていい筈がない。
剣をクロスさせる。
そうして、流天を纏わせながら限界まで機体を加速させる。
システムが警告を発するが無視。
風のバリアが展開されて、機体が激しく揺れる。
ぐんぐんと敵との距離が詰まり、頬を汗が伝っていく。
そうして、離れていた距離が一瞬で詰まり――視線を向けられる。
敵の銃口は此方に向いていた。
互いに殺気を放ちながら、攻撃を放つ。
二つの白き斬撃と奴が放った赤黒いエネルギーの塊がぶつかり合う。
瞬間――凄まじい爆発が発生した。
まるで、彗星同士が真っ向からぶつかったような衝撃で。
機体が耐えきれずに後方へと飛ばされる。
システムが最大級の警告を発しているが――問題ない。
錐もみ回転する中で、冷静にバランサーを調整。
そうして、空中で姿勢を整えてから爆心地を見つめる。
特大級のエネルギー同士のぶつかり合い。
それにより爆心地を中心に周囲一帯の建物が無残に吹き飛ばされていた。
円形に広がるそれは半径百メートルは優に超えている。
メリウス同士の戦いでこれほどの被害が出る事は稀だ。
だが、相手が相手だ……手加減なんて出来る筈がない。
兄さんの駆る機体が悠然と浮遊している。
だらりと両手に持ったハンドキャノンを下げながら。
此方をジッと見つめていた。
黄色く発光する二つのライン状の光。
妖しく光るそれが僕たちの本能から恐怖という感情を呼び起こさせる。
纏う空気。そして、彼の一挙手一投足が視線を釘付けにさせる。
今まで感じた事が無いような強烈なプレッシャー。
常人であれば恐怖と緊張のあまり意識を手放しているだろう……流石だよ。
《気をつけろ。奴は紛れもなく”本物”だ》
《……まさか、こんな形で再開するなんてな……最悪だ》
「……」
両隣に仲間たちが集う。
今も尚、この戦場ではシャンドレマの兵士と無人機たちが戦っている。
だが、味方が加勢に来る事も無人機たちが襲いに来る事もない。
彼らは本能で理解しているんだ。
目の前の敵と僕たちの力量を。
迂闊な真似をすれば一瞬で消えてしまう。
だからこそ、同じレベルの者同士で戦う他ない。
……彼らを軽んじてはいない。だが、明らかに兄さんだけは別格だ。
昔からそうだ。
子供の時に勝負で兄さんに勝てた事は一度もない。
ゲームでも単純な力比べでもだ……分かっている。
子供の頃で、年齢差だってあった。
だからこそ、負けて当然だと思えるかもしれない。
だが、それを抜きにしても兄さんから発せられる自信と強さは今の僕でも並ぶ事が出来ない。
僕にとって兄さんこそが最強で、最も優れた異分子だと考えていた。
そんな兄さんが王からの命により代行者となったと知った時に。
僕は兄さん以外にこの任務は果たせないと思っていた。
……同時に、兄さんが敵の手に落ちた場合の事も考えていたさ。
もしも、兄さんが裏切ったとなれば。
僕たちの手で兄さんを殺す以外に道はない。
恐らく、今後の働きで大きく結末が変わる。
その結末を良いものにしたいのであれば、大きな障害は可能な限り取り除かなければならない。
そして、僕が最も恐れる巨大な障害は――間違いなく兄さんだ。
「……SK、HK……此処で仕留めるよ」
《あぁそのつもりだ》
《……あの人は危険だ》
もう一人がいない。
それは無人機たちを相手にしていた筈のDKで……分かっている。
彼の生体反応は既にロストしている。
恐らく、僕たちが代行者の相手をしている隙に兄さんが打ち取ったんだろう。
ただの奇襲であってもKクラスがそう容易く打ち取られる筈がない。
僕たちは単純な技量と強さだけならば、代行者が束になろうとも遅れを取る事は無い。
SKは殺気を研ぎ澄ませる。
HKも剣を逆手に持ち姿勢を低くしていた。
此処で兄さんを確実に仕留めるのであれば連携攻撃しかない。
僕一人で兄さんを打ち取れると思うほど、僕は自分の力に自惚れてはいない。
例え卑怯であろうとも、此処で裏切者は――始末するッ!!
SKとHKが散開
速度は緩めない――このまま斬るッ!!
剣を振るう。
そうして、兄さんに攻撃を仕掛けた。
兄さんは機体を操作して、僕の剣を半身をずらして回避。
連続して攻撃を放つが、此方の斬撃は装甲を軽く撫でさせるだけだった。
ギリギリを見極めて回避している。
こんなにも重く、動きが鈍そうな機体で――だがッ!!
両隣から二機が迫る。
そうして、同時に斬撃を放つ。
瞬間、兄さんは上に向かって一気に上昇した。
彼らの攻撃は僕へと向かい――剣を振るう。
僕の剣へと当たった二人の斬撃。
それを吸収し、エネルギーが増大する。
僕は巨大な刃となった流天を纏いながら、兄さんに向かってブーストを行う。
連続して間隔を置かずにブースト。
一つの爆発のように聞こえるそれ。
そのまま兄さんへと追いついて、僕は剣を全力で振るう。
特大の刃は兄さんへと向かい――兄さんが銃を下に構えた。
瞬間、兄さんのスラスターのブーストと高められた武器のエネルギー弾の衝撃が同時に発生。
一瞬兄さんの姿が消えたように錯覚した。
が、兄さんはその場から瞬間的に移動しただけで。
僕の斬撃は空を――切らせはしないッ!!
斬撃を放つことなく。
そのまま剣を振り抜いた。
そうして、空に絵を描くようにエネルギーの粒子を散らばらせた。
白い流天の残滓が舞う。
兄さんは何かを察知して此方に攻撃を仕掛けてきた。
が、それと同時に後ろから来た二機のメリウスが僕の横を駆け抜けていった。
兄さんが弾を放つ。
それは拡散するエネルギー弾で。
無数の線となったそれを二機は躱していった。
そうして、宙に舞うエネルギーを一点に収束させていく。
僕たちの剣は特別製だ。
此方の意思で遠隔操作が可能で。
エネルギーを纏わせたり放つ機能に特化している。
だからこそ、こうやって周囲に散らばったエネルギーの残滓も利用できる。
彼らはエネルギーを収束させた。
そうして、溜まったそれを兄さんに斬撃として放つ。
兄さんはそれを回避――が、それは兄さんを追尾する。
アレは斬撃だけじゃない。
剣自体も飛ばしている。
真っすぐに飛ぶ剣たちは、二人の意思を受け取り宙を舞う。
兄さんが攻撃を仕掛けるが、剣はそれを回避していった。
止められない。それは追尾しているが、人の意思で動いている。
兄さんがブーストをしようとした。
が、それよりも早くに僕がブーストし兄さんの背後に回る。
彼の背中はがら空きだ。
今なら容易く攻撃が入る。
幾ら兄さんであろうとも、三対一ならば形勢は不利だ。
此方はKクラス三人で代行者の中で最強とはいえ兄さんは一人――勝てるッ!
僅かな勝機が見えてきた。
それを確信し、僕はこの戦いを終わらせる一太刀を――悪寒が走る。
「――っ!」
一瞬、機体越しに視線を感じた。
だが、攻撃の手を緩めはしない。
そのまま兄さんの機体へと斬撃を放つ。
兄さんの機体に肩から斬撃が入り――いや、浅い!
手応えに違和感を抱いた。
兄さんは此方の攻撃を分かっていた。
だからこそ、敢えて攻撃を受けたのか。
兄さんはそのまま機体を回転させながら衝撃を逃がし。
その勢いのままに僕に斜め上から蹴りを放ってきた。
重装甲型の蹴りであり、機体全体が激しく揺れた。
初めての傷。初めてのダメージ……やはり、兄さんは!
姿勢を制御しながら兄さんに斬撃を放つ。
が、兄さんはそれは余裕で回避した。
そうして、肩に出来た大きな傷跡を確認していた。
確かに意表は突かれた……だが、兄さんもダメージを受けた。
手応えは浅く感じたが。
あの肩の傷は深い筈だ。
幾ら装甲が厚いとはいえ、アレだけの傷であれば次に喰らえば破壊できる。
兄さんの機体の特徴は既にデータで知っている。
守りの硬い重装甲型であり、アレだけの俊敏な動きを可能にする大型のスラスター。
だが、そのエネルギーの消耗率は計り知れない。
持って数十分ほどの戦闘時間で……何だ?
違和感――僕は何かを読み違えているのか。
心がざわついている。
何かを見逃しているような感覚で。
これが何であるのかは分からない。
確かに、兄さんの機体には謎が多い。
切り札を隠している可能性は十分にある。
だが、その何かだけでここまで心が乱される筈がない。
何を隠していようとも、Kクラスを複数相手にして逆転できる筈が……いや、ダメだ。
この考えはまずい。
余裕と慢心は違う。
もしもや筈で行動すれば手痛いしっぺ返しを喰らう事になる。
切り札を使わせてはいけない。
それをすぐに使わないのは何か条件があるからだ。
余裕そうに兄さんが振舞っているのも、それを此方に気づかせないためのブラフだ。
短時間しか活動できないと思い込めば思い込むほどに、兄さんは条件を整えていく。
ならば、此方も――短期決戦を仕掛ける他ない。
二人の指示を飛ばす。
此処より先はエネルギーの残量は気にしない。
例え命尽きようとも、兄さんだけは此処で確実に仕留める。
確固たる決意。
敵であった代行者と同じように僕たちも覚悟を決めた。
何があっても兄さんは、いやこの敵だけは――此処で墜とすッ!!