《ナナシ。何か見えるか?》
「……いや、まだ何も見えない……この先で合っているのか?」
《あぁビーコンはその先を指し示している。ふざけた依頼人の話が嘘じゃないなら、その先にいるんだろうさ》
機体を操作しながら周りを見る。
草一つ無い荒れ地。周りは遥か頭上まで続く大地の壁がそそり立っている。
砂を巻き上げながら地面を疾走し、レーダーによる索敵を続けた。
時刻は既に深夜であり、周りに街が無いこの場所からは綺麗な星が見えていた。
夜空を彩る星々。こんな依頼が無ければ、静かに観賞していたかったが……。
交易都市を離れて、輸送機で対象が潜伏しているポイント近くまでやって来て。
目標地点から少し離れた場所から俺は降下した。
情報によれば既に別の傭兵が先行しているらしい。
俺の任務も暗殺だが、奴らにとって俺は”おまけ”に過ぎないのだろう。
別ルートから襲撃した傭兵たち。
もしも逃げて来るのであればこのルートを選択するだろうと言うのがヴァンの考えだ。
無理やりにでも壁を超えて上昇すれば、吹き上げる暴風に晒されて機体は制御不能になる。
此処の地形は特殊で、下から侵入する分には影響はない。
しかし、上へと上昇すればするほどに殺人的な風に晒されるのだ。
一流のパイロットであろうとも、あの中で機体を制御するのは至難の業だ。
そう、一度入ってしまえば、壁よりも下で移動するしか超える術はない。
何故、こんな場所で対象は人と会う約束をしたのか。
そして、そいつが密会する相手は何者か。
あの依頼者は、もしもそれが分かれば追加の報酬を払うらしいが……どうでもいい。
俺のやるべき仕事は最初から決まっている。
要らぬ考えを起こして、任務を失敗する訳にはいかないのだ。
エネルギーは満タンにしてある。
万が一にも敵と交戦になっても問題はない。
武装は対象が逃走を図る可能性を考慮して。
弾数が多く取り回しがし易いものに限定した。
その結果、俺は左右に小型のマシンガンを携行し。
肩部には四連装ミサイルポッドとミニガトリングガンを装備した。
標的はメリウスに乗って戦うような人間ではないと情報を得ている。
だからこそ、逃走を図るとすればヘリや車両を使うだろう。
装甲車程度であれば、このマシンガンでも数発当てれば破壊できる。
空中に逃れるのなら、追尾ミサイルによる迎撃も可能だ。
囮として数をバラまいたとしても、手数では此方が上だ。
不測の事態でも起こらない限りは、問題は無いだろう。
「……話には聞いていたが……何も無いな」
《あぁ……まぁ資源も無ければ、観光スポットもねぇしな……密会にはうってつけだろうけど》
ヴァンと話す。
その内容は、周りの景色についてで。
俺は仲間の顔を思い出しながら、一定のスピードで駆けていく。
此処は北部地方側にある渓谷であり、普通の一般人は立ち寄らない場所だ。
ヴァンが言ったように特筆すべきものは無く。ある者たちは”ゴミ捨て場”と言っているらしい。
大地の裂け目のように、周りは遥かに大きな大地の壁がそそり立っていて。
あるものと言えば、岩や投棄された何かの装置くらいだ。
大昔には、この渓谷に街を作ろうとした人間たちがいて。
捨てられた装置などはその名残であると仲間から聞いたことがある。
その国に住む人間たちは俺たちのような迫害された人間たちで……何時の時代も考える事は同じだ。
目につかない場所。陽の光が当たらない場所で生きる事を強いられる。
それが嫌であるのなら、”戦う”か”飼われる”かしかない。
残酷な世界ではあるが、合理的だとは思う。
敵を一つに定めてしまえば、他の人間たちは団結する。
俺たちを迫害するだけで、小さな争いは起きないのだろう。
人類共通の敵。それが異分子の国であり、恐怖の象徴とも言える。
それが良い事とは思わない。
だが、敵がいなければ人は纏まる事が出来ないのだろう。
弱く脆い生き物であり、自分もそんな存在なのだと思えた。
ヴァンの為に、皆の為に……俺は敵を殺す。
遥か先を見つめながら、俺はギュッとレバーを握る。
そうして、カタカタと揺れる機体を操作する。
まるで、怨霊のように風が鳴き声を上げていた。
不気味な音を聞きながら、俺は順調すぎる状況に困惑していた。
敵はこの先で何者かと接触しているらしい。
依頼主は、その相手こそが大安共心社を脅かす存在だと言っていた。
標的はその者と結託し、会社をのっとろうとしているとか……全て思い込みだろう。
何の根拠も無い。
依頼主はただ単に、自分の出世の為に標的を殺そうとしているだけだ。
ヴァンがツッコミを入れればそんな事はどうでもいいと切り捨てていたらしい。
奴は俺に対して命令通りに始末すればいいのだと何度も言ってきていた様で。
ヴァンがどんな気持ちでいたのかは想像できる。
《……先行している傭兵たちからの連絡は無いが。もう終わっている頃だろうさ》
「そうか……なら、いいが」
《……気にするなよ。こんな依頼なんてどうだっていい。金は貰えるし、帰ったらパァッと――何だ?》
「どうした?」
《いや、通信が――ッ!?》
ヴァンが誰かから通信を受け取った。
その通信からは男の声が聞こえていて――悲鳴が響く。
つんざくような悲鳴であり、一瞬にしてぶつりと途絶えた。
後に残ったのは不快なノイズだけで、俺はすぐに警戒心を高めた。
ノイズだけの通信を切る。そして、ヴァンは無言で何かを操作していた。
カタカタと聞こえる音は、コンソールを叩く音で――
《気を付けろナナシ。先行部隊は全滅――何か来るッ!》
俺のレーダーを介してヴァンが敵の接近を知らせる。
その予告通り、遥か先から何かが接近している。
それも通常のメリウスよりも速い速度であり――あれは!
月明かりに照らされながら、壁を走っている漆黒のメリウス。
凡そあり得ない機動で走行しており、重力に逆らっていた。
その手には巨大なブレードを腕から伸ばしている。
細身の機体であり、センサーを拡大して見えた頭部には口元を隠すような面を付けている。
危険な圧を全身から発しているそれを見て、俺はすぐにミサイルを放つ。
奴へのロックオンは既に完了している。
肩部から放たれたミサイルは勢いよく敵へと突っ込んで行った。
壁を走るそいつはキラリと赤い双眼センサーを光らせて――ッ!
一瞬だけ像がブレた。
その瞬間に、奴は瞬間移動でもしたかのように場所を移動していた。
速すぎて肉眼では捉えきれなかった。
奴を見失ったミサイルはそのまま壁に当たり爆ぜた。
ガラガラと残骸が落ちてきて、地上に着地したそいつは機体をブーストさせる。
背中に付けた二つのメインスラスターから甲高い音が響いて。
奴は一瞬の内に俺との距離を詰めて来た。
「――くっ!」
速過ぎる。
俺は奴の機動力に恐れおののきながら、機体を後方へと移動させる。
奴はキラリと腕の武装を光らせながら、俺を追尾して攻撃を仕掛けて来る。
目にもとまらぬ連撃であり、俺は勘で機体をブーストさせた。
サブスラスター全てを使ったブーストであり、そのお陰で奴の攻撃から逃れて――ッ!?
システムが損害状況を報告する。
胸部が浅く斬りつけられていた。
それは即ち、俺が奴の攻撃を”避けられなかった”事を示している。
ふざけている。あり得ないほどの機動。
奴の機動力は俺の目では捉えきれない。
本能が強く発しているのだ――逃げろと。
目の前の敵との力量を一瞬で理解した。
だからこそ、俺は奴との交戦を諦める。
――が、依頼を諦める訳ではない。
俺は奴から距離を取りながら、地面に向けて弾丸を放つ。
土が勢いよく上空に散らばって奴の視界を乱す。
俺はその隙に、肩部のミサイルを展開し壁に放った。
脆い箇所を一瞬で見抜き。
そこへと放てば大爆発を起こして壁が一気に崩れ落ちた。
俺はその瞬間に、限界まで機体をブーストさせて後方へと飛ぶ。
奴も一瞬遅れてブーストしようとした――が、遅い。
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる岩石。
奴はセンサーを上に向けてそれを見ていた。
当たる。確実に奴にぶち当たる。
俺はギリギリで避けれても、奴だけは逃れられない。
そのタイミングを見分けてそれを見舞ったのだ。
当たれ。そう心で念じて――奴のブレードが光る。
”白い”エネルギーがブレードに纏われている。
眩いばかりの光であり、奴はブレードを勢いよく振るう。
その瞬間に、纏っていたエネルギーがブレードを離れて飛翔した。
半月のような形で大きく広がったそれが岩石を通過して――二つに別たれた。
「――なッ!?」
奴は隙間が出来たのを確認して速度を上げる。
岩石は音を立てて地面に当たって砂煙を発生させる。
奴の姿が見えない。何処にい――っ!
砂煙を突破してきた。
そして、一直線に迫って来る。
そのセンサーは光り輝いて――怖気が走る。
此方の限界速度を超えての機動力。
奴は一瞬にして再び俺の機体に肉薄する。
警鐘が強く鳴り響く。奴との距離が縮まれば縮まるほどに背筋を悪寒が走った。
俺は後方へと凄まじい勢いで移動しながら、距離を縮めてくる奴を睨む。
俺は奴に向けて両腕のマシンガンを向ける。
そうして、肩部のミニガンも使って奴に攻撃を仕掛けた。
「当たれッ!!」
ボタンを押せば、バレルから弾が連続して放たれる。
三つの銃口から奏でられる銃声。
火薬の爆ぜる衝撃で、機体がびりびりと振動していた。
銃を通して感じる確かな衝撃。それが俺に安心感を与えてくれる。
当たりさえすれば、奴であろうともと。
三つの武装による攻撃。
嵐のように降り注ぐ弾丸の雨で。
バチバチと光る一瞬の閃光が連続して目に届く。
敵はそれを見据えながら、ブレードを振るう。
器用に両手のブレードを最小限の動きで振るう。
そうして、俺の弾丸を弾いていった。
目の前でバチバチと閃光が迸って、奴は曲芸師のような芸当を披露していた。
普通じゃない。あり得ない程に――格が違い過ぎる。
目の前の敵にただただ恐怖した。
確実に俺の命を消しに掛かっている敵。
一人では絶対に勝てない。逃げようにも、奴の機動力が上だ。
本来であれば交戦は避けて、奴の隙をついて標的の元へ行く筈だった。
が、奴には如何なる小細工も通用しない。
壁を削ろうとも、視界を潰そうとも関係ない。
圧倒的なまでの強者に、それらが通用する筈がなかった。
俺は理解した。
自分の命運は此処までだと。
過去の記憶がフラッシュバックする。
心臓の鼓動はどんどん早まって行って。
呼吸が荒くなりながら、俺は現実と過去の光景を交互に見る。
勝てない、逃げられない、負ける、ダメだ――死ぬ。
絶望が心を覆い隠し、俺は限界まで目を見開く。
そうして、奴は俺の攻撃を掻い潜り懐へと侵入して。
そのブレードを輝かせながら、俺の機体に――
《右だッ!》
「――ッ!」
機体に女の声が響く。
俺は本能のままに機体を一気に右にずらした。
その瞬間に、俺が先ほどまでいた場所を弾丸が通過していく。
そして、奴は機体を動かして初めて回避するような動きを見せた。
直進するのを止めて、機体を一気に後退させる敵。
一定の距離を保ちながら、静止した奴はブレードを構えながら俺を見る。
奴が止まった事で、俺も一気に距離を離しながら停止しようとする。
ギャリギャリと地面そ滑りながら、ゆっくりとその場に留まった。
装甲の切れ目から熱が放出されていく。その音を聞きながら、俺はごくりと喉を鳴らす。
俺は呼吸を安定させながら、隣に立った――イザベラの機体を見た。
「どうして、此処に?」
《胸騒ぎがしてね、ついてきたのさ……私の勘は、こういう時は当たっちまうのさ》
イザベラは左右のライフルを静かに構える。
俺もマシンガンを奴に向けながら様子を伺った。
奴は何者だ。奴は一体何が目的で――通信?
不明な通信を受信した。
それは恐らくあの敵であり……どうする。
出なくてもいい。
しかし、出なかった場合はすぐに奴は攻撃してくるだろう。
標的が逃げる準備をしている場合を考えれば無視したいところだが――ッ!
通信が強制的に繋がされた。
そして、若い男の声が響く。
《お前は……同胞だな》
「同胞だと……何を言って」
《退け。そうすれば見逃してやる》
「……この先に用があると言ったら?」
《退け。三度目は無い》
「……っ」
どうする。俺はどうすればいい。
このまま退けば命は助かる。
だが、依頼は失敗であり、会社の名に泥を塗る事になる――それはダメだ。
どんなに力量差があろうとも。
どんなに絶望的な状況であろうとも。
大切なものに泥を塗るような真似は――絶対にしたくない。
俺は無言で奴に弾丸を放つ。
すると、奴は機体を操作して弾丸から逃れた。
ステップを踏むように機体を軽やかに動かしながら。
奴はキラリとその双眼センサーを赤く光らせた。
《愚か者め――俺の手で眠らせてやる》
《……こうなっちまったのなら仕方ない。腹くくりなッ!》
イザベラは後方へと移動しながら弾丸を放つ。
奴は機体をずらして、全ての弾丸を紙一重で避ける。
俺も機体を操作して奴から距離を取りながらマシンガンを撃ち続けた。
ガラガラと音が鳴り響き、空薬莢が砂の大地に落ちていく。
奴はブレードを振るい。俺の弾丸を弾き返していく。
まるで、仲間が昔教えてくれた暗殺者のようで――俺の頬をたらりと汗が流れていった。