閃光が走り――弾かれる
迫り来る赤い機体。
剣闘士のようないでたちのそれは近接戦においては脅威で。
俺は奴の得意なフィールで戦闘を行わないように一定の距離を置いていた。
つかず離れず。
奴が苛立ちを積もらせているのが分かる。
執拗にブーストし距離を詰めようとするが。
此方はタイミングを合わせてブーストし離れていく。
《あぁもぉ!!》
機動力を最大限活かして奴をかく乱する。
奴自身の機動力もかなりのものだが。
それは加速力の一点に対してで、推力に関しては此方に分がある。
俺は奴の間合いに入らないように警戒しながら、精確な射撃で奴を狙うだけだ。
閃光が走る。
無数の光が空を翔け。
赤い機体を穿とうとしていた。
奴はセンサーをきらりと光らせてそれら全てを一瞬にして弾く――上手い。
奴は今まで通り俺の弾丸を腕に取り付けたシールドで弾いていく。
それも一分の狂いもない精確な角度であり、高機動戦状態であんな芸当は真似できない。
やはり、俺の弾丸では奴に有効打は与えられない。
だが、此処には俺以外にも仲間がいる。
《――!》
イザベラが死角から迫る。
奴は一瞬にしてそれを察知。
そのまま背後へと蹴りを放つ。
が、そこには既に彼女はいない。
イザベラは機体をブーストさせていた。
そうして、一瞬にして奴の頭上に回る。
射程距離内であり、彼女は無遠慮に引き金を引いた。
シリンダーに溜まったエネルギー。
濃度が高まったそれが実体弾に練り込まれて。
勢いよく放たれた弾丸たちがはじけ飛んだ。
まるで雨のように敵の機体に降り注いで――使ったな。
奴は腕でガードをしていた。
それも流天を纏わせる事によって致命傷を防いでいた。
エネルギーに阻まれたそれはギャリギャリと回転し――奴が腕を振り払う。
流れ弾を回避。
奴の様子を伺えば、僅かながらに呼吸が乱れている……そうか。
近接戦闘スタイルで優れた技術を使う代行者。
十八という若さで成れたのであれば相当な実力者だ。
しかし、彼は若すぎる。
だからこそ、エネルギーの性質変化はマスターしているが――持久力はまだ無い。
あまり多用していないのもそれが原因だ。
優れた操作技術などで持久力の無さをカバーし。
両腕の特殊な材質で作られた堅牢な盾によって基本的には如何なる攻撃をも防げるが。
イザベラのような特別な武装の相手に対しては性質変化を施したエネルギーを使わざるを得ない。
「イザベラッ!! 畳み込むぞッ!!」
《あいよ!!》
《調子に乗るなよォ!!!》
奴が叫ぶ。
そうして、爆発的な加速で俺へと迫る。
奴らの目的は何処まで行っても俺であり。
イザベラが倒せずとも俺さえ倒せればそれで任務が果たせる――だから見え見えなんだ。
俺は奴の動きを読んでいた。
だからこそ、一気に下へと降下する。
奴の拳は空を切り、奴はそのまま更にブーストし俺を追いかけてきた。
奴は脚部を大きく後ろへと下げて、俺はスティールワンを腰へとマウントさせた――来いッ!!
《死ねぇぇ!!!!》
「――っ!」
奴の脚部のブースタが全て一気に点火する。
瞬間、見えていた筈の未来視が僅かに狂う。
俺は咄嗟に流天を腕にありったけ集中させる。
バチバチとエネルギーがスパークし、奴自身も灰燼を脚部に纏わせて――衝突。
「うぐぅ!!! あああああぁぁぁ!!!!」
《壊れろォォ!!!!!》
ブースタによる爆発的な加速。
そして、灰燼を纏ったことによって攻撃性が高まり。
腕で受け止めようとすれば凄まじい衝撃が襲い掛かってきた。
纏わせた流天が一瞬にして剝がれそうになり――耐えろッ!!!!
剥がれそうになれば更に込める。
一秒。いや、二秒――今だッ!!!
《――っ!!》
両腕から火花が出て出力が一気に低下する。
奴はこれで俺を倒せると考えて”油断していた”。
だからこそ、背後にピタリと張り付いた死神に気づかない。
ワンデイのセンサーが強く発光し。
ゼロ距離での射撃を敢行。
遅れて気づいた奴は咄嗟に灰燼を解除し、一瞬で流天を胴体部に集中させていた。
連続して炸裂音が響き。
防ぎきれなかったダメージが、バラバラと舞う奴の機体の残骸で分かった。
ノイズの走る通信。そんな中で奴は苛立つように癇癪を起していた。
俺はゆっくりと落下していく。
吹き飛ばされた赤い機体の奴も別の方向へと落下していっていた。
腕がしびれて動かない。指一本も動かなかった。
俺は何とかスラスターを点火し、姿勢を維持しようとする。
しかし、両手が千切れており全体のバランスが悪い。
オートバランサーも不調であり、ロイドがすぐに修復しようとしてくれていた。
目の前ではイザベラが浮遊している。
俺へと手を伸ばしていて――機体が揺れた。
《ナナシッ!!》
「……ヴァンか?」
ヴァンの声が聞こえた。
そうして、ゆっくりと地面へと着地する。
センサーを動かして彼の機体を見れば片腕が無くなっていた。
機体全体もボロボロであり、ところどころか黒く汚れている。
恐らく、相当に危険な戦いをしたんだろう。
「勝ったのか」
《あぁ何とかな……自滅覚悟で全部のエアマインを奴につけてやった。対価に片腕を差し出してやったが……安いもんだ》
「……そうだな……安いもんだ」
俺は笑みを浮かべる。
そしてロイドからの言葉でオートバランサーの復旧が完了したと知らされる。
俺はヴァンの腕を手が無い腕でそっと押してもう大丈夫である事を伝える。
代行者三名の襲撃……だが、俺たちは勝った。
誰一人欠ける事無く勝ったんだ。
この勝利は大きい。
これで神への反撃に大きく一歩前進――――
《ナナシッ!! そこから離れなッ!!!》
「――!」
イザベラの叫ぶような声。
それを聞いた瞬間に、俺は全力でスラスターを噴かせていた。
すると、地面が大きく割れて何かが這い出てきた。
それは蔓のように伸びていき、俺の機体に絡みつこうとする。
手足に絡まった液体のような何か――これは!
《離れろッ!!》
イザベラがそれに攻撃を浴びせる。
液体状のそれは一瞬で蒸発し。
自由になた俺は空中に逃れる。
ヴァンはそんな俺を追いかけてくる。
俺はヴァンに警告する。
奴は生きていた。
アンドレー・バッカスはまだ死んでいない――そう言おうとした。
「ヴァンッ! 奴は――」
《――ッ! ナナシッ!!》
ヴァンがブーストする。
勢いの乗った彼の機体が俺の機体に触れた。
腕で突き飛ばすように弾かれてシステムが警告を発する。
ダメージになるほどの衝撃で俺は何をするのかとヴァンを――――え?
そこにはヴァンの機体がいる。
俺へと手を突き出しながら浮遊していて。
しかし、先ほどとは違う。
何が違うのか。俺は一瞬で分かった。
分かっているのに。理解が追いつかない。
彼の機体は手を突き出して、その機体の中心には――風穴が空いていた。
「ヴァンッ!!!!!」
俺はヴァンに呼び掛ける。
しかし、返事は帰ってこなかった。
俺は咄嗟にヴァンの機体へと向かう。
半ばから千切れた腕で手繰り寄せるように彼の機体を抱きしめて。
そのまま安全地帯へと逃れる為に廃都市へと加速した。
まだだ。まだだ、まだ駄目だ……こんな所で、お前は……っ!
生体反応がする。
ヴァンはまだ生きている。
しかし、此処で彼を助ける事は出来ない。
今は一刻も早く此処から抜け出すんだ。
それだけを考えて俺は廃都市へと侵入し――!!
今度は未来視が働いた。
機体をずらして回避。しかし、完全には避けられずに装甲を掠めていく。
脇腹の辺りを抉るように被弾し、部品が宙を舞った。
ロイドこれ以上は持たないと警告している――分かっているッ!!!
俺はヴァンの機体を抱きしめながら、目に入った大きな倉庫の中に機体を滑り込ませる。
ギャリギャリと地面を削り取っていく。
そうして、乱暴に機体を停止させてから俺は急いでハッチを開いた。
ヘルメットを脱ぎ捨てて、ヴァンの機体に駆け寄る。
胴体部に開いた穴に見えたが。
コックピッドの横を弾が抜けていったようだ。
これならヴァンはまだ生きている。
そう確信して、外部からの強制展開用のレバーを回す。
ガシュリと音がしてハッチが開かれて、俺は笑みを浮かべながらコックピッドにいるヴァンを――
「…………ぇ?」
「……ナ、ナシ……よぉ、無事か?」
彼は生きている。
頭から血を流しながら片手を上げていた。
心配をかけまいと片腕を上げている。
しかし、彼の姿を見て血の気が失せるのが分かった。
彼は生きている。
辛うじて生きてはいた。
しかし、その半身は――”潰れている”。
助からない。
どう見ても致命傷だった。
出血が多いとか、腕が無いからとかじゃない……もう、彼は……っ!
俺はヴァンへと駆け寄る。
そうして、彼へと声を掛け続けながら治療をしようとした。
いや、まだだ。俺の力があればヴァンを救える筈だ。
無から生み出すことだって出来るかもしれないんだぞ。
ミッシェルの言ったようにガラクタを金に変える事だって出来る。
そうだ。この力があれば、ヴァンの失った肉体を戻して生き返らせられる!
「ヴァン。我慢してくれよ。すぐに元通りに――!」
俺はヴァンの体に触れる。
そして意識を集中して彼の体を治そうとした。
必死に一生懸命に、彼の生存だけを祈って俺は力を行使し続ける。
すると、彼の潰れた半身が徐々に蘇っていく。
俺は笑みを浮かべながら、ヴァンに体が戻っていっている事を伝えた。
これならすぐにヴァンの体を元通りに――頭に何かが触れた。
顔を上げて見ればヴァンが俺の頭に手を載せて笑っている。
「ナナシ……ありがとうな」
「……何言ってるんだ。いいから黙ってろ」
「いや、黙らねえよ……今までお前にはこうやってお礼を言う暇なんてあんまり無かったからな……言っておきたいんだ」
「……後で幾らでも聞いてやる。痛いんだろう。だから」
ヴァンは首を左右に振る。
俺のお陰で微塵も痛くないと言ってにしりと笑う……馬鹿野郎。
「……お前と出会ってから色々とあったな…………今更だけどさ…………実は俺、お前と会ったことがあったんだ」
「……俺の両親の死に関わっているんだろう」
「……! 知っていたのか……何で黙って」
「関係ないからだ……お前は悪くない。寧ろお前はどん底に沈んでいた俺を救い上げてくれた……俺もお前に感謝していた。だから」
俺は手を震わせる。
感謝している。だから死ぬな……縁起でもないだろ。
ヴァンは黙り込んだ俺を見てくすりと笑う。
「何だ……お前はとっくに俺を……許してくれていたのか」
「……許すとか許さないじゃない……お前は俺にとって大切な家族で相棒だ。それだけだ」
「……はは……そうだな。俺はお前の相棒だ……ナナシ、あの約束を覚えているか?」
ヴァンは聞いて来る。
約束というものならば知っている。
俺は本物の世界を見に行く事だろうと聞いた。
すると、ヴァンはそうだと言う……よし、肉体がもう少しで……。
「一緒に見に行こうぜ……本物の世界を……」
「あぁそうだな。見に行こう」
「……あぁ……見ているぜ……お前の中で……本物を……」
「はは、何言ってるんだ。お前の目で直接見ろ。映像記録で満足するな」
俺はゆっくりとヴァンの腕を治していく。
腕から手に掛けて復元している。
「俺はずっと……お前と一緒だ……ずっとずっと……お前と一緒に、いるからな……相棒……」
「あぁ分かってる! お前とはずっと一緒だ!」
俺は頑張れとヴァンに呼び掛ける。
そうして、最後に指の復元が完了し――出来た!
俺は体が戻ったとヴァンに言う。
痛みは無いかと聞けば、奴は無視をした。
動かしてみてくれと言っても、アイツはぴくりとも手を動かさない。
「おい、冗談はやめろ。さっさと報告を…………ヴァン?」
「……」
ヴァンへと視線を向ける。
すると、頭に置かれていた手がゆっくりと滑り落ちて行った。
彼は綺麗な笑みを浮かべている。
まるで、俺の事を祝福しているようで――瞳に光が無い。
俺はヴァンに声を掛ける。
嘘だ。そんな筈はない。
肉体は完璧に修復した。
傷だってかすり傷すら無いんだ。
動く筈だ。しゃべれる筈だ。
死ぬわけがない。死んでいい訳が無い。
ヴァンと約束したんだ。戦争を終わらせるって。
体を軽く揺する。声が震えたがそれでも彼の名を呼ぶ。
声が聞こえない。熱も消えていく。
本物の世界を一緒に見に行くって言ったんだ。
さっきまで嬉しそうに喋ってた。だから、だから、だから――――!
「あ、あぁ、あああ、ぁぁぁ……ああああぁぁぁぁ!!!!!」
俺は言葉にならない声を上げた。
悲しいのか怒っているのか。
何に対して誰に対して――何も分からない。
感情が渦を巻く。
ぐちゃぐちゃになって何も分からない。
顔が溶けてなくなりそうで必死に両手で抑える。
声が枯れそうだ。喉が千切れそうだ。
痛い、苦しい、吐きそうだ――理解したくない。
俺はただ微笑む相棒を見つめながら叫んでいた。
もう二度と彼の声は聞けない。
もう二度と彼の冗談を聞くこともない。
一緒に馬鹿をする事も、一緒に飯を食って笑う事も……何も、出来ない。
「何で、何で……何でなんだよぉぉぉ!!!」
この力があれば何でも出来るんじゃないのかッ!!!
世界を変える事が出来る力じゃないのかッ!!!!
たった一人の大切な人の命を救う事も出来ない力なんて何の意味があるんだよッ!!!!
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな――ふざけるなァァ!!!!!
俺の目から止めどなく涙が溢れる。
外からは不快な声が響いていて俺の名を呼んでいた。
《ナナシさぁぁぁん。出てきてくださいよぉぉぉ死体でお人形遊びなんてつまらないでしょぉぉ?》
「……黙れ」
《死体は臭いですよぉぉなぁんの価値もないんですからさっさと捨てちゃいましょうよぉぉ》
「――黙れッ!!!!!!」
歯が砕けそうになるほどに強く噛む。
バチバチと周囲が歪むほどの黒いエネルギー。
アンブルフが俺の心に共鳴し姿を変えようとしていた。
殺す。殺してやる。
俺の家族を奪った奴らは全員――皆殺しだ。
世界も何もどうでもいい。
全て破壊できるのなら俺は――――
『お前の背中は俺が守る』
「――っ!」
心の中にヴァンの声が響いた。
瞬間、荒れ狂う暴風のような心が鎮まる。
ヴァンを見ればピクリとも動いていない……そうか。
『俺はずっと……お前と一緒だ……ずっとずっと……お前と一緒に、いるからな……相棒……』
「お前は……いるんだな……此処に」
心臓の部分を抑える。
ほんのりと温かく、ドクドクと脈打っていた。
相棒の声が聞こえる。相棒の笑みが見えている……一緒に行こう。”相棒”。
ヴァンの体を抱えて立ち上がる。
そうして、しっかりとした足取りで機体へと乗り込んでいった。
相棒を大切にシートに座らせる。
ロイドは何も言わない……大丈夫だ。
俺には世界で一番頼りになる存在がいてくれている。
今も俺の心の中からエールを送ってくれている。
「見に行こう――本物を」
ぶわりと機体から純白の光が溢れ出す。
それが機体を包み込んでいき、周りの建物が砂のように消えていく。
ヴァンが乗っていた機体も砂へとなっていく。
俺はそれを静かに見つめてから、頭上で笑う敵たちを静かに見つめた。