【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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191:世界を救おう

 仲間たちが集まっている。

 輸送機の中の一室に全員が集まっていた。

 彼らは涙を流しながら、何度も何度もヴァンの名を呼んでいた。

 どんなに揺すってもどんなに声を掛けてもアイツは何も言わない。

 皆分かっている。何をしてもヴァンが目を開ける事は無いと。

 それでも涙が、言葉が勝手に出てくるんだ。それを止めさせようとする無粋な人間は此処にはいない。

 ヴァンは白いベッドに横たわり、安らかな笑みを浮かべていた……ヴァン、聞こえているか。

 

 皆はお前の名前をずっと呼んでいるぞ。

 お前が大好きで、お前が大切で……俺も同じだ。

 

 仲間たちは時間が忘れるほど泣いていた。

 まるで、一生分の涙を流したかのように全員の目は赤くなっていた。

 そうして、ミッシェルが皆に声を掛けて外へと出る。

 彼女は何故か、俺をヴァンと二人きりにさせてくれた……いや、分かっている。

 

 ミッシェルもイザベラも俺の事を良く知っていた。

 全く泣いていない俺を見て気を遣ってくれたんだ。

 俺は仲間たちの心遣いに感謝しながら、椅子に座ってヴァンの横顔を眺めていた。

 

 時計の音が静かに響く。

 寝息も聞こえない。ベッドが軋む音も聞こえない……静かだな。

 

 ……本当に綺麗な顔だ……ぐっすりと眠っているみたいだな。

 

 俺は小さく笑う。

 そうして、ヴァンの頬に指を触れさせた。

 その頬はすっかり冷たくなっていて……熱は感じられない。

 

 当然だ。

 体は何処にも傷はなくとも。

 既にヴァンの魂は体の中には無い。

 

 俺はゆっくりとヴァンの頬から手を放す。

 そう言えば、この輸送機に宛がわれたこの部屋はヴァンの部屋だったか。

 アイツは作戦指令室と呼べなんて言っていたが、誰も言う事を聞かなかった。

 それどころかいらないんじゃないかとまで言われていたな。

 俺は過去を思い出してくすりと笑う。

 

 あまり見に来る機会は無かったが……。

 

 椅子から立ち上がり、部屋の中を見る。

 壁に固定された棚には本が入っている。

 それらはヴァンが大好きだった漫画だ。

 中には難しそうな本も置いてあったが、それらは新品同様で……買った癖に読まないなんてな。

 

 視線を逸らし、テーブルに目を向ける。

 コルクボードには何枚もの写真が貼られていた。

 食事をしている仲間たちに、俺と一緒に撮った写真もある。

 色々な地方へと出向いて、その度にヴァンは写真を撮っていた。

 アルバムなどに纏めればいいのに、アイツは面倒臭がっていたな。

 そうやって増えていく写真はミッシェルが管理していたが。

 お気に入りの数枚はこうやって飾っているんだ……アイツらしいな。

 

 写真の中の俺は少し表情が固い。

 これは出会ったばかりの時の写真だ。

 アイツは気を利かして肩を組んでいるが、俺は少しだけ面倒そうにしていた。

 だが、この時の俺はヴァンのこういう所に感謝していた。

 

 異分子だった俺は何処に行っても厄介な存在で。

 記憶を失っていた俺の中には愛と呼べるものはほとんどなかった。

 唯一、心の底から信頼していたエマを失って。

 どんどん仲間たちが死んでいき……孤独だった。

 

 世界はモノクロのように見えていて。

 食べる飯も最悪で……だからこそ、戸惑っていたんだよな。

 

 

『いいやお前だ! お前しかいない! 俺の勘がそう告げているんだ! これは運命だァ!!』

 

 

 アイツはこんな俺を好いてくれた。

 鬱陶しそうに見ていた俺にずっとついてきてくれた。

 ただパイロットとしての技術があるだけの俺を家族に迎えてくれた。

 

 温かかった。

 とても温かくて、柔らかくて……俺はお前に何度でもお礼を言いたかったんだよ。

 

 そっと写真を撫でる。

 そうして、視線をずらせば……目に入る。

 

 布をかぶせている何か。

 大きなケースのようなものに入れた何かで……悪い、ヴァン。

 

 俺はヴァンに謝りながら、その布を外した。

 何が入っているのかと見て――目を見開く。

 

 それはジオラマだ。

 黒光りするロボットが手を突き出してパンチを放っている。

 周りの建物は綺麗で、地面には草花が生い茂っている。

 明らかに世界観にはあっていないようなセッティングだ。

 それなのに、ヴァンは綺麗な舞台で必殺技を放っている方がいいじゃないかと言っていた……今なら分かる。

 

 荒廃した世界で戦う戦士じゃない。

 この舞台の上で戦うこのロボットは、子供や大人に夢を見せている。

 何かを壊すことも、誰かの命を奪う訳でもない。

 ただただ最高に格好いい技を、下で見ている人たちに魅せているいるだけだった。

 

 ……お前の言ううとおりだな……こっちの方が格好いいよ。

 

 大切に布まで掛けてくれていた。

 仲間たちと力を合わせて作ったこれは、ヴァンにとっても……俺にとっても宝物だ。

 

 ジッとジオラマを見つめる。

 すると、徐々に視界が滲んでいった。

 

「……?」

 

 頬を静かに何かが伝っていった。

 ゆっくりと頬に触れる。

 すると、指先が湿り気を帯びて……あぁ。

 

 涙だ。

 あんなに泣いたのに、あんなに流したのに……まだ、残っていたんだ。

 

「……ぅ……っ……ぁぁ……っ!」

 

 俺は眠っているヴァンへと近づく。

 そうして、崩れ落ちるように彼の体を抱いた。

 

 冷たいよ……あんなにも暑苦しかったお前の体が……こんなにも冷たい……っ。

 

 目から涙が溢れ出る。

 止めようとしても勝手に出てくる。

 未来へと進むと誓った筈だ。

 ヴァンの魂は俺の中にいて、一緒に世界を見に行こうと言った筈だ――でも!

 

「ヴァン、ヴァン!! 何で、何で……お前、は……こんな、ところで……あぁぁ……死んでいい人間じゃなかった……何で、俺なんかを……お前がいなくなったら……誰が、この会社を……頼む。頼むから、目を、開けてくれ……もう二度と、お前の事を蔑ろにしない……何だってしてやる。何だって付きあってやる……だからぁ!!」

 

 辛い。苦しい。

 胸が張り裂けそうで、弱音が出てきてしまう。

 体の中の水分全てが流れ出ていくようだった。

 出しても出しても、感情が収まらない。

 どんなに叫んでも、この苦しみが癒える事は無い。

 

 帰ってきてくれ。もう一度話がしたい。

 馬鹿みたいに笑いあってくだらない話をして。

 ミッシェルやイザベラに呆れられて。

 ベックと一緒に酔って帰ってきたお前の緩んだ顔を見たい。

 世界一の馬鹿で女に目が無いスケベで。

 熱血漢と思ったら傷つきやすいところもあって……それで……それで……あぁぁぁ!!

 

「ヴァン、ヴァン……ヴァン……ああぁぁぁぁ!!!!」

 

 まだ俺はお前に何も返せていない。

 お前が俺にくれた恩を俺は何も返せていないんだぞ。

 

 一人で満足して行くんじゃねぇよ!

 起きろ、起きろよ……頼むから……隣にいてくれよ。

 

 

 

『大丈夫だ……ずっと一緒だ』

「……あぁ、そうだな……俺、おかしくなってるのかな……はは……お前の声が聞こえているんだ」

 

 

 

 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。

 泣きすぎて頭がずきずきと痛みを発している。

 お前は笑って眠っている。

 それなのに、ハッキリとお前の声が聞こえるんだ……分かっているよ。

 

 涙を乱暴に拭う。

 そうして立ち上がった。

 背筋を伸ばし、敬愛する社長を見つめる。

 

「ありがとうございました!!」

 

 勢いよく頭を下げる。

 今までの分。伝えられなかった分の感謝を伝えた。

 喉がガラガラで碌に声も出ないが、出せるだけの声を出した。

 お前は何も言わないけど、お前の言おうとしている事は分かる。

 

 

 

『ナナシがしたい事なら俺は全力で応援するぜ!』

「……お前の声援があれば……何も怖くない」

 

 

 

 ギュッと心臓の部分を握る。

 温かい。いや、熱いと言ってもいい。

 感じる。確かな熱と鼓動を。

 気のせいでもまやかしでもない。

 アイツは生きている。俺の中でアイツは存在しているんだ。

 

 ありがとう、相棒――ずっと一緒だ!

 

 顔を上げる。

 そうして、俺は歯を見せて笑った。

 見ていてくれ。俺は辛くなんかない。

 もう悲しんだりしないよ。

 お前が生かしてくれたから、俺は笑えるんだ。

 誰にも見せた事が無いくらい、俺は笑ってやる。

 

 

 一緒だ。ずっとずっと一緒だ。

 

 

「それじゃ……またな!」

 

 

 次に会う時には冒険譚を嫌というほど聞かせてやる。

 この世界で成し遂げた事を酒を飲みながら聞いてくれ。

 お前はきっと馬鹿みたいに笑いながら喜んでくれる筈だ。

 

 俺は踵を返して部屋から出る。

 扉が閉まり横を見れば、ミッシェルが立っていた。

 彼女は俺が出てきたことに気づいて慌てていた。

 盗み聞きはしていない。あまり遅かったから様子を見に来たと……分かっている。

 

 俺は一歩前に出た。

 そうして、そっと彼女の体を両手で抱きしめた。

 彼女は困惑していた。

 突然抱きしめられて……でも、そっと背中を撫でてくれた。

 

「……この先、きっとこれよりももっと大きな悲劇が待っているかもしれない……神との戦いは俺の未来視でもどうなるのかは分からない……でも、もしも、俺を信じてくれるのなら――っ!」

 

 体を放そうとすれば、彼女は俺の顔を両手で挟む。

 そうして、顔を寄せてきた。

 唇に柔らかい感触がして暫くほのかな熱を感じて……そっと離れた彼女は微笑んでいた。

 

「馬鹿野郎。お前が来るなって言っても……俺はついていくぜ。何せ、お前の女房だからな?」

「……そうだな……お前は誰よりも強い女だった……きっとユーリも同じ事を言うだろうな」

「あぁそうさ! お前が選んだ女はな。神如きで止められるほど――やわじゃねぇんだよ」

 

 ミッシェルはにしりと笑う。

 俺はそんな彼女に笑みを向ける。

 そうだ。俺の仲間は、俺の愛する人たちは――こんなにも強く輝いているんだ。

 

 怖くない。

 何も怖がる必要はない。

 俺は決して一人なんかじゃないんだ。

 家族がいる。そして、エマや父さんや母さんもいる。

 

 皆で行こう。

 皆で戦おう。

 どんなに困難でどんなに大きな壁が立ちふざがっても――力を合わせれば超えていける。

 

 俺は彼女に手を差し出す。

 そうして「行こう」と声を掛けた。

 彼女は静かに頷いて俺の手を取ってくれた。

 彼女のぬくもりを掌を通して感じながら俺は操縦ルームへと足を進める。

 

 間もなく、目的の地に着く。

 ノイマンが残した別世界――”第二の仮想世界に繋がる扉”に。

 

 見ていてくれ、ヴァン。

 お前が救った男が――世界を救う姿を!

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