任務を終えて速やかに帰還した。
自然との調和を果たした美しき国シャンドレマ。
かつての故郷は今も昔も変わらずそこにあったが……私が全て破壊した。
文明の記録も、市民たちの希望の象徴も全て壊した。
最早あそこにバラバラになった異分子の一部と瓦礫の山しか無い。
価値を無くし、異分子たちの安住の地はこの世から消え去った。
今頃は異分子たちは残された時間をノイマンが作った不自由な世界で過ごしている事だろう。
私はその情報を教えられていなかったが、神は先ほどその情報を我々に伝えてきた。
恐らくは、ノイマンとの融合により知識と経験を得たのだろう。
……どうでもいい事だ。
ノイマンは最終的には殺すべき対象であったが。
神が欲するのであれば私に止める権利はない。
生かしておくだけでより多くの被害を生むだろうが。
神が融合する事によってその被害が最小限に抑えられると思っている。
実際にはノイマンは最後の最期でナナシ君の力を解放し。
解き放たれた獣たちはゆっくりと反逆への道を進んでいる……いや、神はそれすらも知っている。
あのお方が知らない事などない。
此処までの事もシナリオの内であり。
反逆に来るナナシ君たちと我々が戦う事も織り込み済みだ。
その上で、あの方は完全なる勝利を果たし望む世界を得ようとしている。
傲岸不遜。唯我独尊。
唯一の神であり、その知識と力はあらゆる人間を凌駕する。
だが、あの男……アダム・ヘイズだけはそう思っていない。
奴だけは神は人を超えられないと考えていた。
人が生み出した偽物の神であり、それは人の域を超える事など出来ないと。
最後まで彼の考えを理解する事は出来なかったが。
もしも、万が一にでもナナシ君が神を打ち倒せたのなら……いや、それはない。
神が人に負ける事は無い。
私であろうとも神を殺す事は絶対に出来ない。
一度だけ経験がある。いや、代行者であれば誰でもあるだろう。
神との手合わせを経験しているからこそ、誰しもがあの方の力を疑わない。
アレは最強ではない。アレは”力”そのものであり、何人たりとも抗えないのだ。
災害と戦おうとする人間はこの世にいない。
アレはそういうものであり、戦うという考え自体が馬鹿らしくなる。
「……ふぅ」
静かに息を吐く。
すると、空のコップにトクトクと赤い液体が注がれる。
綺麗なスーツを着たロボットには心は無いが。
その所作は美しく、芸術の域であった。
全ての兵士の殲滅を完了させて、残っていた異分子たちの収容も終わった。
彼らの身柄は”葬儀屋”に引き渡されて……今頃は……ふっ。
どうでもいい事だった。
異分子は同胞であり、シャンドレマの異分子は特に縁が深いが……今は何とも思わない。
暗闇の中でキャンドルスタンドに立てられた蝋燭の火が揺れる。
目の前には食器が並べられて、その上には色鮮やかな料理が添えられていた。
長い食卓には何名かが座っている。
その全てが代行者であり、形を保つための黒い義体を纏って食事をしていた。
彼らは既に人ではない。
私とセラ以外は神の機体に乗る為の調整が施されていた。
人ではなくなったが、それでも食事などは出来る……必要は無いがな。
集まった代行者たちはこの時ばかりは無言だ。
皆が皆、大きな戦いに備えている。
その胸中では闘志の炎が渦を巻いているだろう。
この戦いに勝利し、神の計画が成されれば全ての代行者の願いが叶う。
ある者は強さの高みを目指して。
ある者は完璧な世界で生きる事を望み。
ある者は死んでしまった家族を生き返らせる事を願っていた。
その全ての願いを神は叶える。
例えそれがまやかしであっても、彼らは願うしか出来ない……私もだ。
破壊に魅入られ、愛する者でさえも手に掛けた。
そんな私はノイマンをも排除しようとした。
彼の命令で代行者となったが、私にとっては記憶が戻ろうとも奴は危険な存在である事は変わらない。
ナナシ君には同情を誘うような事を言ったんだろう。
自分の国民にでさえも、愛しているように振舞っていた……ひどく気持ちが悪い。
奴のそれは偽善でもない。
そうすればいいのだとプログラムされた機械と同じだ。
そう行動すれば多くの異分子の支持が得られる。
だからこそ、奴は優しい神としてあの国を支えてきた……全部、嘘だ。
奴は何時だって未来を見ていた。
ナナシ君の事を私に教えていなかったのは、こうなると知っていたからだ。
もしも、ノイマンが最初からナナシ君に力を与えていた事を言っていれば。
私は最初から彼を全力で殺しに行っていただろう。
そうしなかったのは彼の事を知り、同じ利用された境遇であったからこそ――友になれると思ったからだ。
私には分かる。
彼は私と似ている。
不幸な過去を持ち、戦いに魅入られている。
灰燼の力で覚醒できたのも、彼の根本的な部分は破壊衝動に染まっているからだ。
世界が憎い。全てを壊したい。
大切なものを奪う理不尽な存在を消してやりたい……だが、今は違う。
彼は多くの経験を重ねて、その心を大きく変えていった。
その結果、彼は灰燼と流天を使いこなし。
二つの相反する感情を合体させる事が出来た。
彼はもう私の友人になれる存在ではない。
彼は近づきつつある。
人でも異分子でもない。
彼は――神になろうとしている。
ノイマンの力を受け継ぎ、彼は託されてしまった。
その結果、彼は神になろうとしていた。
危険だ。想像以上に危険な存在で……私でなければ手に負えないだろう。
他の代行者が束になっても敵わない。
そう思えるほどには、彼のアクセスの力は強大だ。
他にもプロトタイプがいるのであれば、彼女も面倒で……まぁいいさ。
戦う日は近い。
が、今はただ仲間との食事を楽しもう。
最後の晩餐。
そう呼べば最後ではあるが、今はただ目の前の食事を楽しみたかった。
これから彼らが我々の元にやって来る。
神を討たんとする悪魔たちであり、我ら聖なる信徒がそれを討ち滅ぼす。
それが終われば神は世界を浄化し、我々も例外なく新たな存在として生まれ変わる。
代行者の中では、次の生では確固たる地位を与えられると信じている者もいた。
あの若き双子の代行者たちも、次の世界では楽しい日々が待っていると本気で思っている……哀れだな。
次の生は幸福に満ち溢れている。
だが、その幸福は決して楽しいものではない。
人の幸福とは、何も天寿を全うするまで平穏無事に生きる事だけではない。
その過程が重要であり、どれだけ己が心に従い生きられるかが重要だ。
時に暴力に塗れ、時に欲望に染まり。
無駄な事に心血を注いで、いたずらに時間を消費する……それが幸福だ。
人は何時だって無駄と呼べるものを愛してきた。
完璧でなくていい。不完全だからこそ、幸福と呼べるものが無数に存在する。
神はそれを理解していない。
否、理解しようともしていなかった。
人間の真の幸福とは、子孫を作り文明を発展させ続ける事だと。
争うことなく手を取り合い。
全ての人間に等しく価値を与え、人生に意味を与える事だと言っていた。
くだらない。くだらなすぎて欠伸が出そうだ……だが、私はその計画を手伝おう。
神を信じ、神を敬愛し。
愛する者たちを殺して、愛した故郷すらもこの手で滅ぼした。
あの時に感じた絶望と心を締め付けるような痛み……そして、身を焦がすほどの強烈な熱。
あぁあれこそが”生”なんだ。
愛する者をこの手で消す事こそが、最高のカタルシスなのだ。
これほどまで甘美な経験はそう多くは経験できないだろう。
だからこそ、次の戦いは最高のものにしたかった。
既に手は打ってある。神は異分子たちを研究対象にしたのだ。
彼らを取り込み学習する事が後の世でどういう変化を与えるのか。
それは私も今の神にも分からないだろう……だが、きっと面白い結果を齎す。
今はそれで十分だ。
神の作る完璧を打ち壊す一手は打ち終えた。
ならば、後は最高のカタルシスを与えてくれる悪魔たちを盛大に出迎えるだけだ。
彼らにとっては私こそが最大最悪の悪魔かもしれないが。そんな事はどうでもいい。
来るなら来い。いや、今すぐにでも来て欲しい。
私は次の世にはさほど興味はない。
神の思い描く理想郷ではなく、私の思い描く理想郷になるのなら来世もいいだろうが。
それが何百年後に実現するかは分からないんだ。
その時になれば、神は私という存在を再び使う為に呼び起こすだろう。
争いごとを断つ為には、それ以上の災いで対処する他ないからだ。
だからこそ、私は永遠に等しい時間をただ待つだけだ。
その前に、少しでも今を楽しまなければならない。
さぁどうする。恐らくだが、ノアは生きている。
最後の瞬間、奴の機体を潰す時に感じた違和感。
もしも生きているのであれば、次こそは確実に仕留めてやりたい。
必ず私の手で弟だけは眠らせてやらねばならない。
それこそが、兄としての務めであり愛する弟への手向けとなる。
「……」
ナイフとフォークを使い肉を切り分ける。
レアで焼かれた肉からはじゅわりと肉汁と共に赤い血が垂れてきた。
てらてらと火の光で輝く涙のようで。
私は切り分けた肉をゆっくりと口へと運び咀嚼した。
噛む事に肉汁と血が溢れ出し、豊かな味わいと共に幸せを届ける。
柔らかな肉を胃へと流し込み、私はそっとワイングラスを手に取る。
きらきらと輝くルビーのような色味であり、芳醇なフルーツの香りを楽しみ……美味いな。
目で楽しみ、匂いを堪能し。
最後に口で転がすように味わい流し込む。
肉の野性的な味と上品なワインの風味が溶け合うようで。
最後の食事としてはとても満足のいくものだ。
仲間たちも黙々と食べており……視線を感じた。
「……セラ、食べないのか?」
「……ルイス様は……寂しくありませんか」
セラは静かに質問をする。
その質問の意図を考えて……私は微笑む。
「寂しくはない。君がいてくれるから……来世でも私と共にあってくれるかな」
「……勿論です。私はずっと貴方様の傍にいます」
セラは笑う。
しかし、その笑みは何処か儚く今にも消えてしまいそうだった。
ひどく不安定で無理をしているようにも見える。
彼女が何を不安に感じているのか。
残念ながらその全てを理解してあげる事は出来ない。
だが、彼女の言葉には嘘はない……本当に愚かだよ。
こんな私を見続けて、死後も共にあろうとする。
彼女ほど不幸な人間はいない。
来世があれば本気で隣に立っているだろう。
愚かで哀れで……だからこそ、愛おしい。
私はそっと彼女の手を掴む。
冷たい手であり、指先まで冷えていた。
私にはこの冷たさが心地いい。
彼女は目を閉じながら祈りでも捧げるように頭を下げる。
神に祈るか。
それとも、目の前の悪魔に祈っているのか。
私は彼女を静かに見つめながら――”ちくりと感じる胸の痛み”に少しだけ戸惑いを覚えた。