【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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197:天に翳す中指(side:イザベラ)

「……」

 

 都市の中を歩き回り、ようやく見つけた店らしきものの中で。

 綺麗に陳列された酒らしきものを見つけた。

 一通りのものは揃っている。

 彩は無かったけど、これだけのものがあるのなら十分だ。

 酒以外にも、食品類が豊富に揃っていて……後は愛想だけだね。

 

 レジらしきものの前で立つロボット。

 そして、店を掃除していたり陳列をしているロボット。

 すれ違っても挨拶をする事は無く、ただ決められた仕事を淡々と熟しているだけだ。

 プログラム以上の事はしない、そういう事だろう。

 小さくため息を吐いてから、私は目の前の酒を見つめた。

 透き通るようなガラスの瓶に、酒とだけ書かれた質素なラベル……生まれて初めて見たよ、こんなもん。

 

「……まぁ、いいさ」

 

 バカみたいな商品。

 それと適当に陳列されていたコップを三つ取り。

 レジらしきところに立っていたロボットに適当に紙幣を渡す。

 これでいいのかは分からない。

 正直、ただで持って帰ってもこいつらが文句を言いに来るとは思えない。

 だけど、黙って持って帰るのは少しだけ忍びなく思った。

 だからこそ、金を払ったという流れだけでもやっておこうと考えた。

 

 碌に計算もせずに紙幣を受け取ったロボットは「ありがとうございました」とだけ言って礼をしていた。

 私はそれには応えずに商品を持って無言で去っていく。

 ナナシの言った通りだ。

 此処は何処か私たちの世界とは違う。

 それを模して造られた偽物の世界だ。

 

 ちぐはぐで無機質で……寂しさしか感じない。

 

 風が吹き、少しだけ冷たいそれが頬を撫でる。

 私は都市の中を一人静かに歩き回る。

 すれ違うロボットたちはただ歩いているだけだ。

 まるで、歩くことを仕事しているようで、少し不気味に感じた。

 アイツらには自分の心もやりたい事も無い。

 ただプログラムされた通りに行動しているだけだ……悲しい存在だ。

 

「……今の私も大概だけどね」

 

 自分に呆れるように小さく苦笑する。

 本当であれば私も今から色々と準備をしなければならない。

 だが、友人とのけじめをつけないまま私は戦いに出たくはない。

 うじうじするのは性に合わないが……ヴァンとコージには笑われそうだね。

 

 三人で馬鹿をやっていた事を思い出す。

 会社を立ち上げたばかりで碌なコネクションも無かったから。

 最初は仕事を取るだけでも苦労したもんだ。

 右も左も分からない。戦う事しか能が無い私では営業なんて出来ないからね。

 必死でヴァンは営業をして、最低限の報酬が約束されているものを厳選してくれていた。

 私もコージもどんな依頼でも熟してやるって言ったのに。

 アイツは最低限のプライドは持っておけと言うんだ。

 そうでなければ業界で舐められて、碌でもない仕事ばかりやらされるからって……あの時のアイツは頼もしかったね。

 

 アイツの目は本物だ。

 私やコージを引っ張ってきて、少ない仕事の中でもきちんと厳選していた。

 その結果、私たちは順調に仕事を熟していき。

 少しずつだが名が広まって、社員も増えて行った。

 

 ミッシェルを筆頭に少しずつだが……でも、コージは途中でいなくなった。

 

 良くある話だ。

 調子のいい事が続いて油断をしている時が一番危ない。

 分かっていたさ。頭では理解していたが……私の爪が甘かった。

 

 あんなにも強く頼もしかったコージはあっさりと戦死し。

 破損した機体の中にはぐちゃぐちゃになったアイツの死体があった。

 社員たちは私なんかよりもコージの事を信頼していた。

 それくらいアイツはきらきらと輝いていて皆の目標だったから。

 私以外のAランクの傭兵であり、その実力は最上位ランカーにも届きそうだったのに……何でだろうね。

 

 弱肉強食なんてのは良く聞く言葉だが。

 この業界では強者ですら食われちまうことがざらだ。

 例え実力があったとしても、色々な不運が重なって負ける事がある。

 コージを負かした相手については不明だ。

 いや、そもそもあの依頼ではメリスウが出現する情報なんて無かった。

 機体は完全に破壊されていて映像データも復元不可能だった。

 だからこそ、今でもコージが誰にやられたのかは謎だった。

 

「……負けは負けだ……死んだら何も残らない」

 

 コージが死に、ヴァンは他の社員から責められた。

 そうして、ミッシェルと私以外が去っていき。

 残ったアイツは淡々とコージの遺品を整理していた……あの時のアイツは見ていられなかったよ。

 

 表面上では何でもないように振舞っていた。

 でも、私だから分かっていた。

 アイツは無理に明るく振舞っていて、そこからコージを真似するように煙草を吸い始めた。

 最初は無理している事がバレバレで咳ばかりしていたけど。

 コージのように見えちまう事が何度もあった。

 

 ……真似しなくたって、アンタは頼りになる男だったよ、ヴァン。

 

 コージはコージだ。

 ヴァンはヴァンであり、互いに替えは効かない。

 世界でたった一人の大馬鹿野郎で……最高に笑える男たちだったよ。

 

 本当に懐かしい。

 まるで、自分が婆さんになっちまったように感じて……お?

 

「……此処は……」

 

 私はゆっくりと足を止める。

 気づけば開けた場所に出ていた。

 見る限りでは公園のようであり、中心には石碑が立てられていた。

 気になった私は石碑に近寄って何が書かれているのかを見た。

 

「弔いの石碑……寂しい都市には、悲しいオブジェってか……泣けるねぇ」

 

 私はけらけらと笑う。

 そうして、周りに誰もいないからどかりとその場に座る。

 丁度いい。死人の事を考えていたんだ。

 弔いがどうのかはさておいて、此処で酒を飲めばきっとあのバカ二人もふらふらやって来るだろう。

 アイツらは無類の酒好きであり、アルコールの匂いがしただけで顔赤らめるほどだ。

 馬鹿みたいに大きな声で笑って、馬鹿みたいに夢を語って……そんな馬鹿たちが私は大好きだった。

 

 コルク栓を抜く。

 そうして、トクトクと透明な酒を注ぐ。

 ガラスコップに並々と注いでやり、私は自分のコップを掴む。

 適当に並べられていた筈なのに、妙にひんやりとしている。

 科学的な何かで冷やされていたのかは分からないが丁度いい。

 私は二人のコップに小さくコップを打ち付ける。

 

「馬鹿な友人たちに…………おぉ、知っている味だねぇ」

 

 確か火乃国の米を使った酒に似ている。

 どことなくフルーツの香りがして、ほのかに甘みがある。

 のど越しが良くて、するすると胃の中に入っていくような飲みやすさだ。

 偽物の世界にしては良いものを作ると思いつつ、もう一口で飲んで……静かに息を吐く。

 

「……たく、何でお前たちが先に行くかね……先に行くのは私だと思っていたのに……最期までそそっかしい奴らだったよ」

 

 碌な別れも無い。

 最期の言葉だって聞けた試しがない。

 アイツらは何時も勝手に突っ走って、勝手に何処かへ行っちまう。

 まるで風来坊であり、忘れかけた頃に帰って来る。

 勝手に人の金を使ったり、勝手に人の酒をくすねたり。

 碌でもない奴らであったが……それでも嫌いになった事は一度もない。

 

 勝手に金を使っても、アイツらはすぐに返してくれた。

 酒をくすねて本気で私が怒っていると分かれば。

 次の日には何処で買ってきたのか分からない酒を持ってくるんだ。

 まるで、子供のようであり私は母親かと思っちまう。

 

 良く笑うし、良く食べるし。

 下品でだらしなく、ハニートラップにも良く引っかかっていた。

 ふらふらと酒を飲みに行きぼったくられては、私が渋々アイツらを助けに行ってさ……ふふ。

 

「楽しかったなぁ……私を置いて、今頃はあの世で酒盛りでもしてんのかねぇ……降りてきなよ。私がしゃくしてやったんだから」

 

 注いでやった酒が減る事は無い。

 二つとも同じであり……そこに二人はいない。

 

 ナナシには何かが見えているのか。

 残念ながら私には何も見えていない。

 もしも、アイツらがへらへらと笑っていて今の私を見ているのなら……私が殺してやる。

 

 こんな姿、誰にも見られたくない。

 もしも誰かが見ていたのなら口封じをしてしまうだろう。

 それ程までに今の私はどうしようもなく頼りない。

 笑える。心の底から笑えて来る。

 私はくつくつと笑いながら静かに酒を飲む。

 

 美味い酒だ。

 今まで飲んできたものと比べても遜色はないほどに……でも、どうしてか喜びが少ない。

 

「……どんなに高くても、どんなに洗練されていても……家族と飲む安酒の方が何倍も美味いんだ」

 

 此処にはコージもヴァンもいない。

 私は一人で酒を飲んでいるだけで。

 その事実がこの酒を味気なくさせていた。

 

 無性に一人になりたかった。

 あのまま皆といれば、きっと今みたいになっていただろう。

 これから大事な戦いが控えているのに。

 私一人がネガティブになっている暇なんてない。

 だからこそ、自分の心に折り合いをつける為に私は一人になった。

 

 寂しい都市には、冷たい風しか吹かない。

 温かな血の通った人間たちは、今頃最終決戦に向けて準備を進めている。

 一般人であろうとも協力するほどだ。

 此処が正念場であり、私だって動かないといけない……そんな事は分かっているよ。

 

「……はぁ……静かだ……静か過ぎる……アンタの馬鹿みたいに大きな声……今こそ必要なんだけどねぇ」

 

 酒をちびちびと飲む。

 ヴァンの奴が全裸にでもなって奇妙な踊りを踊ってくれたのなら。

 今のこのクソみたいな空気も幾分かマシになるだろう。

 誰もこんな気持ちで酒なんて飲みたくはない。

 何時だって馬鹿野郎は必要なんだ……はぁらしくないね。

 

 くしゃくしゃと頭を掻く。

 自分らしくないこんなにも感傷的になるなんて……歳は取りたくない。

 

「……ナナシももうニュービーじゃない……アイツは立派な傭兵だ」

 

 アイツの事だからまだ私よりも下だと思っているんだろう。

 でも、実際には違う。

 アイツはもう私なんかじゃ届かない遥か高みにいて。

 世界中の誰もが勝てないであろう神に挑もうとしている。

 足を引っ張るとすれば私だ。

 

「……若さかねぇ……だけど、アイツにとって私は先輩だ……最後まで格好をつけさせてもらわいとね」

 

 残っていた酒を一気に煽る。

 少しだけ体が熱を持って。

 私は静かに吐息を吐きながら、そこにいるかもしれない友達の幻影を見つめた。

 

 此処でヴァンとの別れを済ませる。

 アイツへの想いを連れてはいけない。

 アイツの事を考えれば……今にも何かが流れていきそうになる。

 

 戦いの中で視界が潰れるのはダメだ。

 流せるものがあるのなら此処で全て流せ。

 戦う時には相手を殺すこと以外は考えない。

 それが傭兵であり、それが人殺しの戦い方だ。

 

「……ヴァン、コージ……私もすぐにそっちに行く……私の分の酒、必ず置いておくんだよ?」

 

 アイツらは馬鹿だから、きっと後先考えずに飲み尽くしちまう。

 そうならない為に、私はアイツらに注意をしておく……聞いていないだろうがね。

 

 

 そんな事を考えながら、私はゆっくりと持ってきた煙草を出して――風が吹く。

 

 

 強い風であり、周りの木々が大きくざわついていた。

 見れば目の前のコップが二つとも揺れて、中身が少し飛び散った。

 私はそれをジッと見つめて……あぁ、そうか。

 

「……いるなら、最初から言え……ろくでなしどもめ」

 

 コップの酒は減っていた。

 偶々強い風が吹いただけかもしれない。

 でも、私はアイツらがその酒を飲んでいったように見えた。

 もう風は吹かない。私は煙草の箱から三本取り出した。

 順番に火をつけてから、一本ずつ奴らのコップの前に置く。

 線香なんてものがあるらしいが……似たようなもんだ。

 

 飛んでいかないように持っていたナイフと拳銃を重しとして置く。

 物騒なお供えだが、アイツらは馬鹿みたいに笑うんだろうさ。

 花やフルーツを添える私なんて気色が悪い。

 アイツらに捧げるもんな煙草と武器で十分だ。

 

 ゆっくりと吸う。

 そうして、煙を噴いてから空中を彩った。

 ぷかぷかと浮いていた煙は静かに消えていく。

 奴らの煙草から上がる煙は静かに天へと昇っていく。

 

「コージ、ヴァンの世話を頼むよ……ヴァン、アンタが守ったもんは私が死んでも守る……あの世でまた会おう。戦友」

 

 私はゆっくりと煙草の火を消す。

 そうして、吸殻を手で握りつぶしながら携帯灰皿に入れて立ち上がる。

 友との別れは済ませた。

 これ以上は止まっていてはいけない。

 ナナシもミッシェルも、既に先に進んでいった。

 私も全力で二人を追いかける。

 ヴァンが命を懸けて守ったものを……今度は私が守るよ。

 

 酒瓶とコップは置いていく。

 空になるまで飲めばいい。

 あの世でたらふく飲ませてもらうから私はいい。

 そうして、踵を返してその場から去っていく。

 

 

 しっかりとした足取りで歩いていき――

 

 

『――!』

「……っ!」

 

 

 声が聞こえた気がした。

 私は思わず足を止めて振り返る。

 しかし、そこには誰もいない。

 

 確かにヴァンとコージの声が聞こえた。

 底抜けない明るい声で私を……馬鹿が。

 

 本当にろくでもない。

 アイツらは楽しんでいやがる。

 私の心をかき乱して、私の情けない姿を見ようとしている……本当にどうしようもない奴らだ。

 

 私はくすりと笑う。

 そうして、もう振り返る事は無く前を見て歩き出した。

 

 アイツらは確かにそこにいた。

 そして、最後まで思い出の中のアイツらとして私を見ていた。

 私が愛した馬鹿どもは今も私の事を見ている。

 それだけで十分であり、後は私が頑張るだけだ。

 

 安心しろ。

 お前が見つけて来た女は簡単には死なない。

 卑劣で姑息で、野良犬のように生命力が高くて。

 大切なもんは死んでも守るのが……イザベラ・クィンだ。

 

 私は天高く中指を立てる。

 私の顔を見ているだろう馬鹿たちへの手向けだ。

 これが生涯で私が見せる――”最後の涙”だ。

 

「女の涙を見るのは高くつくよ」

 

 くすりと笑えば、また風が吹いた。

 ざわめく木々の音がまるでヴァンたちの動揺を表しているようで。

 私は静かに手を下げてから、頬を伝うそれを乱暴に拭う。

 

 後悔の無いように。

 最期まで私は私として――全力で生きるよ。

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