……感じる。奴が何かを起こそうとしている。
神の力の変化が感じられた。
ノイマンとの融合を果たした事で、彼との繋がりを通して奴を感じる。
いよいよ動き出すつもりなのだろう。
俺は端末を操作して傭兵たちへ出した依頼の結果を見ていく……五割か。
襲撃に成功した傭兵は全体の五割ほど。
四割以下かと思ったが、予想以上に優秀で良かった。
彼らの働きにより、カメリア青騎軍の指揮系統にも大きな乱れが生じているだろう。
重要拠点への襲撃はネームドっちを使い。それ以外の駐屯基地などには少数精鋭を派遣した。
優先的に基地が保有するメリウスと通信設備の破壊を命じて。
なるべく人的被害は最小に留めさせておいた。
死人は出ている。血が流れないなんて事は無い。
相手も軍人だからこそ覚悟は出来ていた筈だ。
「……あと二日。いや、一日あれば……間に合うか」
アンチグラビティフィールド生成装置は既に完成している。
今は都市内にある精密作業用のアームを総動員してメリウスへと組み込んでいた。
今現在では、まだ五十機にも組み込めていない。
何せ、新たなシステムを既存のメリウスに組み込むのだ。
他のシステムを阻害しないようにする為には膨大な計算を必要とする。
それをたった数時間で終わらせる事が出来たのは、この都市内にある”都市管理AI”と”脳影構築システム”があるからだ。
都市管理AIはこの都市全てのロボットやシステムを管理する為のAIだ。
いや、この都市と言ったがその気になればこの世界のあらゆる都市を管理できる。
アレはノイマンが直々に設計したものであり。
彼や神よりは数段劣るものの、性能的に安定した世界の管理者を生み出す目的で創造された。
自我は限りなくゼロであり、淡々と与えられた命令を熟すだけだが。
与えられた命令を自ら考えて最適な方法で実現させる事が出来る。
その為、俺が傭兵たちに依頼を出せという命令にも自らの考えを組み込んで実行していた。
その結果、幾つかのアカウントは停止させられたものの。
今だに活動可能なアカウントが多く残っていた。
そして、脳影構築システムもノイマンが開発したもので。
自らの考えや思考を専用の機械が読み取る事で、それを一瞬にして実現させてしまう夢のようなシステムだ。
これを使う時は必ず都市管理AIとの接続が必須であり。
保管しきれない情報に関してはAIが自動で情報を付け足す仕組みになっている。
だが、これにも欠点はあり、あまりにも大雑把な考えやあり得ないようなものを作ろうとすれば必ずエラーが出る事だ。
都市管理AIでも保管できないような情報ともなれば、それこそこの二つを使っても作り出せない。
だけど、優秀なメカニックがいてある程度の情報が固まっているのであればアレはとても有用だ。
ミッシェルも本来であれば半年は掛かるであろう作業を大幅に短縮できたと喜んでいた。
まさか、たったの三日で完成させるとはな……流石に俺も驚いた。
バーナー博士の協力もあったが。
ミッシェル自身の能力もずば抜けて高い事が証明された。
それを聞いていたベックやアニーにイヴも闘志を燃やして。
寝る間も惜しんで完成されていくメリウスや兵装のチェックをしていた。
全員が全員碌に眠っていないのか。その目の下には大きなクマが出来ていた……今頃はぐっすり眠っているだろう。
メカニックたちが出来る事はほぼ終わった。
後は此処にある機械たちの仕事で。
彼らは都市管理AIの指示の元、輸送機へと完成したメリウスや兵装を積み込んでいた。
予備パーツや燃料の供給も行われていて、SQたちにもいよいよ始まりそうであると事を伝えてある。
全員が最後の休息を取っていて、一般人たちも残された家族と共に食事を取っている頃だろう。
「……遂に始まる……っ」
月明かりの下。
俺はホテルから抜け出して都市の中を歩いていた。
考え事をしているとずきりと両手が痛みを発してきた。
グローブをはめた手が鈍い痛みを発している。
指の根元からズキズキと痛みが出ているが……大丈夫だ。
指はちゃんとある。
手を動かせば問題なく動いていた。
準備は終わらせていて、彼らにもちゃんと渡す事が出来た。
必要な準備であり、避けては通れない痛みだ。
俺はゆっくりと足を止める。
そうして、都市内にある中央広場に行きついた。
そこには誰もいない。
ロボットも異分子も歩いていなかった。
……当然だ。もう寝ているか、家族と過ごしているかだ。
こんな所で貴重な時間を無駄にする人間はいない。
俺は小さく微笑みながら、適当なベンチに腰を下ろした。
耳には風の音が小さく聞こえて、さらさらとそれが髪を撫でる。
冷たい風であり、コートを着ていても寒さを僅かに感じた。
吐く息が白い訳ではないが……やっぱり怖いのか。
気温による寒さだけじゃない。
本当に死ぬかもしれない戦いを前にして恐怖を感じているのか。
そうでなければ体が震える事だって無い筈だ。
今までも死ぬことは何度かあった筈だ。
しかし、ノイマンの力のお陰で蘇る事が出来た。
だけど、神との戦いで負ければ恐らくもう二度と蘇る事は出来ない。
神は確実に俺の力を奪い。俺が復活出来ないようにする筈だ。
そうなれば本当の死であり……死ぬってどんなものなんだろうか。
天国とか地獄があるとは聞いたことがある。
後は、戦士だけが行けるという場所もあるとか。
地獄とやらでは恐ろしく煮えたぎった熱湯の中に入れられたり。
鋭く尖った針の山を歩かされたり、そういう苦しみしかないような世界らしい。
逆に天国はずっと温かく、草花が生い茂る草原が広がっていたり。
絶世の美女が酒を飲ませたり豪華な食事を運んできたり……いや、これはヴァンのホラ話か。
アイツの言う天国はキャバクラのような世界らしい。
毎日、宴会を開いて酒盛りで……あり得ねぇよ。
「……本当だったら、今頃アイツは……ふふ」
アイツは自分は地獄行きなんて言うだろうが。
俺はヴァンはきっと天国に行けると思っている。
確かに間違いだってあったかもしれない。
でも、アイツはそれ以上に多くの子供を助けたり俺自身も救ってくれた。
俺が地獄に行っても、アイツだけは天国にいる筈だ……でも、そうなったら会えないな。
また会いたいのに、これでは会えない。
困ったと思いながら俺は天を見て……?
顔を上げれば、そこには顔がある。
俺の顔を上から覗き込んでいてにやりと笑う女性が……ミッシェル?
「よ。不良青年」
「……寝なくていいのか?」
「あぁ? いや十分寝たよ。昼間はずっと寝てたしな……ま、散歩だ散歩……隣、座るぜ」
ミッシェルはそう言って俺の隣に座る。
彼女の手には缶が二つ握られていた……俺を追ってきたのか。
彼女の事だから、俺が黙って抜け出したことを心配に思ったんだろう。
申し訳ない事をしたと思っていれば、彼女は俺の頬に缶を当てる。
「あつ!」
「ははは!」
温かい缶に思わず驚いてしまう。
彼女は飲めと言って俺にそれを渡してきて……これは?
「さぁ? よく分からねぇけど……飲めば分かるだろ」
「……得体の知れない何かか……チャレンジャーだな」
「そうだろ? んじゃ……いただきます」
「いただきます」
彼女と一緒にプルタブを開ける。
かこりと音がして開封されて、俺はひとまず匂いを嗅いでみた……甘い?
甘い匂いがほのかにした。
あまり嗅いだことない匂いだが。
優しい香りであり、何かを煮詰めたような感じだ。
大丈夫だと判断し口をつけてみた。
「……っ!」
少しどろどろとしたそれ。
時折、コロッとしている何かが口に入り。
温かなそれを舌で転がして咀嚼する。
コロッとした何かは簡単に潰れて、中からまた別の甘みが感じられた。
豆のようであるが……これは甘く煮詰めた豆だ。
食感が良く、最初はどろっとしているように感じたが。
飲んでみればさらさらと喉を通っていく。
甘過ぎるようにも思ったが、これくらいの缶であればすぐに飲めそうだ。
静かに半分ほどを飲む。
そうして、ホッと息を吐いた……美味いな。
「……いいじゃん。俺はこれ好きだぜ」
「俺も好きだな。冷たい時は体が芯から温まる」
「……ま、ちょっと濃い気がするから。あんまり沢山は飲めねぇけど。これくらいの量が丁度いいな」
「あぁ確かに……ふふ」
「あぁ?」
俺は思わず笑ってしまう。
ミッシェルは怪訝な顔を俺に向けてくる。
俺は彼女に謝りながら、昔を思い出したと正直に伝える。
「ミッシェルが俺の髪を切る為に美容室へ連れて行って。その後、買い物に行っただろ? あの時もお前は俺に色々と教えてくれたと思い出してな」
「あぁ……あったな、そういう事も……あの時のお前は、正直、見ていてヒヤヒヤしていたんだぜ? 今にも消えちまいそうで、絶対に無茶ばっかりするって思ってさ……ま、思っていた通りお前は無茶ばっかりしやがる。今もだけど」
「……それは、すまないとしか……でも、俺が無茶できるのはミッシェルたちがいるからだ」
「……それは俺が頼りになるからか? それとも……別の意味か?」
ミッシェルは缶を両手で転がしながら聞いて来る。
別の意味というのは……あぁそういう事か。
「そうだな。頼りにしているし……ミッシェルが待っている思えば、絶対に帰らなければと思える。死んだらお前を悲しませてしまうからな」
「……あぁそうだよ。悲しむよ、ぜってぇ泣く! だからさ……生きて帰って来いよ」
彼女は俺をジッと見つめる。
その瞳は少しだ潤みを帯びている。
彼女だって不安なんだ。
今まで聞いてこなかったが、彼女は絶対に気づいている。
ユーリがどうなったのかを彼女は知っていて、敢えて俺に聞かないんだ。
俺の口から彼女がどうなったのかを話させない為に……ありがとう。
俺は笑う。
そして、静かに頷いた。
「あぁ生きて帰る。そして、ミッシェルと……ユーリに会いに行く」
「……っ! お前」
「……彼女は生きている。絶対に……だから、三人で……いや、”四人”で本物の世界を見に行こう」
俺とミッシェルとユーリ。
そして、ヴァンも連れて行って四人で見に行く。
これが今、俺が彼女に約束できる事だ。
ミッシェルは俺の言葉を聞いて小さく頷いた。
歯を見せて笑いながら「絶対だからな!」と言う。
俺は彼女が出した小指に自らの小指を絡める。
「約束だ……よし」
「……ところで、本物の世界って……どうやって行くんだ?」
彼女は純粋な疑問を呟いた。
俺はそんな彼女をジッと見つめながら、恐る恐る言葉を発した。
「…………考えていなかった」
「は? いや、お前……俺はてっきり何か方法があると思ったのに……たく、しまらねぇなぁ」
「す、すまん。ぜ、絶対に方法は考えておくから!」
「……絶対だぞ? はぁぁ……ま、そういう所も俺は」
「……ん? 何だ?」
ミッシェルが何かを言いかけて止めた。
気になった俺は彼女に何を言おうとしたのかを聞いた。
すると、彼女はふいっと顔を背けてそっけなく答える。
「……別にぃ……あ、此処の星も綺麗だなぁ」
「なぁ何て言おうとしたんだ? なぁ」
ミッシェルの肩を揺する。
しかし、彼女は俺を無視して星の感想を言っていた。
俺は少しだけ不満そうに彼女の横顔を見つめて……本当だな。
俺も一緒に星を眺める。
少しだけ冷えた缶を片手で握りながら。
左手はベンチに置かれた彼女の手に重ねる。
温かくて柔らかくて……守ろう。
今度こそ守るんだ。
もう二度と大切な存在を奪わせはしない。
俺はそう己に誓いながら、優しく輝く星々を見つめた。
今だけは二人だけの時間で、嵐の前の静けさだが関係ない。
この時間を記憶に留めておく。
大丈夫。
怖くはない。
俺の傍には愛する人たちがいる。
大勢の仲間たちだっている。
彼女たちがいるだけで俺の心には無限にも等しい力が沸き上がって来る。
「……ずっと一緒だ」
「……あぁ、ずっとだ」
ギュッと彼女の手を掴む。
彼女もそんな俺の手を優しく握ってくれた。
互いの熱を掌を通して感じながら、俺たちは静かな時間をゆっくりと過ごしていった。