【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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216:彼らの未来に幸福を(side:CK)

 暗く深い穴の中。

 嵐のように負の感情が流れていく。

 時折、雷鳴のようなものが響き、黒い稲妻が襲い掛かって来た。

 それらを回避しながら、僕は更に奥へと進んでいった。

 

 冷たい――体が凍り付きそうだ。

 

 全てを凍らせて動きを止めてしまうほどの冷たさ。

 吐く息は白く、視界がかすみそうになっていた。

 指先が冷えながらもレバーを握りしめる。

 そうして、一瞬にして迫る雷撃を回避しながら、更に機体を加速させた。

 

 ……あまり時間は無い。白銀がある内に奴の元へ辿りつかなければ。

 

 轟く雷鳴。

 響く不気味な風の音。

 穴の奥から吹いており、それが機体を激しく揺らす。

 びりびりとレバーが振動して、しっかりとそれを抑え込む。

 機体を流されないように制御しながら、歯を噛み締めた。

 

 この穴は、地獄へ続く穴だ。

 メリウスの残骸が漂い。得体の知れない金属物も流れて行っていた。

 それらの残骸は本来なら見えないだろう。

 しかし、僕の機体はナナシ君から与えられた白銀の輝きを放つエネルギーを纏っていた。

 これのお陰で、僕はこの空間でも生きられて暗闇の中を進む事も出来ていた。

 

 ……だけど、長くは持たないね。

 

 今もジワジワとエネルギーが剥がれて行っている。

 このまま時間が経てば、僕も何れはこの負のエネルギーの一部になるだろう。

 そうなる前に、奥へと言ったベン・ルイスを倒さなければならない。

 

 流れてくる残骸を避けていく。

 まるで、宇宙に漂う星の残骸のようだが。

 僅かにそれらにはエネルギーが纏わりついていた。

 壊れたメリウスのセンサーは動いていて、ぎろりと此方を見つめてくる。

 ゆっくりと破損した手が動いて此方に伸びて来た。

 それをギリギリで回避すれば、それがスラスターの力で弾かれ暗闇の中に消えていく。

 

 死だ……此処は冷たい死で満ちている……いるだけで心が穢されて行くようだ。

 

 奥へ進む事に冷たさが増していく。

 少しだけ歯を鳴らしながらも、前だけを見つめて進んでいった。

 雷撃の頻度も高くなっている。

 ギリギリで避けられているが、障害物だってある……気を付けよう。

 

「……兄さん」

 

 僕だけが唯一奴の元へとたどり着ける。

 白銀を纏っているからでも、実力が足りているからでもない。

 奴の中に存在する兄さんの魂が僕をそこへと導いてくれるからだ。

 例えナナシ君であろうとも、兄さんの声が無ければたどり着けない。

 

 僕の呟きは不気味な音に掻き消される。

 僕はもう一度、奥にいるであろう兄さんを呼ぶ。

 

「――兄さん!」

《――》

 

 

 聞こえる……兄さんの声だ。

 

 

 優しくて強くて、温かい兄さんの心の声。

 それをしっかりと聞きながら、僕は流れるように移動する。

 機体を加速させながら、穴の奥へ奥へと入っていく。

 すると、雷鳴が更に強さを増していった。

 まるで、これ以上進むなと警告しているようで――ッ!!

 

 虚空から無数の黒いエネルギーが放たれる。

 それは灰燼であり、僕はそれを回転によって回避した。

 今まで感じていた強い熱は一切感じない。

 その代わりにアレに触れた残骸が氷となった。

 バキリと音を立てて崩壊し、残骸が消えていく……これは!

 

 脳内に声が響く。

 不敵な笑みを浮かべる奴の声で。

 ベン・ルイスは此方の心をかき乱そうとしてきた。

 

《お前が来たのか……ふふ、流石はKクラスといったところかな。我が弟……いや、ノア・クラウンよ》

「……っ!」

 

 奴の声が頭に響く。

 兄さんの声を掻き消すように響く声。

 それを無視しながら兄さんの声に集中する。

 しかし、奴はそんな僕の心をかき乱そうと声を発した。

 

《私はお前の事が――心の底から嫌いだったよ》

「……っ」

《お前は何時も何時も私と父さんの手を煩わせていた。死んだ母さんもお前の事で大いに悩んでいた。だからこそ、私に願ったんだよ。どうか、ノアだけは普通の暮らしをさせてあげてと……だが、お前は母さんの願いすらも踏みにじった。私もお前に兵士になどなって欲しくなかったのに……お前は本当に頭の悪い弟だ》

「――違うッ!! 母さんは確かに、俺に戦場に行って欲しくなかっただろう……でも、兄さんは自分の道を見つけて欲しいと願っていたッ!!」

《あぁそうさ。自分の道を……平凡な人生の中で見つけて欲しかったよ……お前の手は既に多くの血で汚れてしまった。見えないのか? その手の汚れも、お前の肩に触れる死者の冷たい手も》

 

 奴はそう言った。

 すると、手が湿り気を帯びている事に気が付く。

 視線を向ければべったりと赤黒い液体が手から滴り落ちていた。

 

「――っ!!」

 

 背筋がぞくりとした。

 しかし、すぐに正気に戻る。

 これは奴が僕に見せる幻覚だ。

 これは偽物であり、本物の血なんかじゃない。

 そう自分に言い聞かせながら、僕は奴の放つ攻撃を回避していく。

 

 頭では分かっている。

 だが、心は僅かでも動揺していた。

 ドクドクと心臓の鼓動が早まっていくのを感じる。

 得体の知れない恐怖に怯え――肩に何かが触れた。

 

「――っ!?」

 

 冷たい――氷のような冷たさだ。

 

 まるで熱を感じないそれはゆっくりと閉じていく。

 そうして、僕の肩を掴む力をゆっくりと強めていった。

 それは指があり、背後からは吐息が聞こえていた。

 

 人間の手だ――しかし、生気が感じられない。

 

 心が激しく乱れる。

 冷たい手の感触も、背後の何かが吐く息も――全てに恐怖を抱く。

 

《もう遅いんだ。お前は産みの親の願いを捨て、兄である私の事も手にかけた……さぁ、次はどうする? これ以上先に進んで、お前はどんな罪を背負うんだ? いや、その罪ですらも無かったことにするのか? お前の前には無数の魂が存在しているぞ。さぁさぁ》

「――ッ!!」

 

 クルタナの前方から何かが来る。

 それは穢れた青白い光を発していた。

 それがゆらゆらと形を作っていき姿を露にする。

 それは軍服を着た兵士や市民の姿で……っ!!

 

《痛い、痛い、痛い、痛い》

《助けて、助けて、怖いよぉ》

《死にたくない、家族がぁ、娘がぁ》

《俺は何もしていないのにぃ、俺はただ荷物を》

 

 死者たちの声。

 無数に存在する亡霊たちが空ろな目を僕に向けて必死に手を伸ばす。

 彼らは死人で、もう二度と蘇る事は無い存在だ。

 その中には過去に僕が手にかけた人間もいた。

 メリウスに乗り込む前の兵士に、基地に荷物を届けに来た兵士。

 戦火に巻き込まれた子供に、涙目で命乞いをするPB兵――あぁ、覚えているよ。

 

 

 全員、僕が殺した。

 任務である事を理由に、全員を殺してきた。

 殺して、殺して、殺して……僕はまた、兄を殺すんだ。

 

 

 お前が、お前が、お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前が――

 

 

 「やめろッ!!!」

 

 

 叫ぶように声を張り上げた。

 憎悪が怒りが、殺意が悲しみが。

 心を激しくかき乱し、白銀の輝きを失わせようとする。

 機体が思うように進まない。

 これ以上は先に進めない。

 そう思ってしまったからこそ、奴はくつくつと笑っていて――

 

 

 

《ノア、止まるな》

「――っ!」

 

 

 

 兄の声がハッキリと聞こえた。

 顔を上げて前を見る。

 すると、深く暗い穴の底から小さな光が見えた。

 米粒ほども無い小さな光だが、それは強く温かく――兄さんだと分かった。

 

 

 

《お前を信じた仲間の為に――進むんだ》

「兄さん……っ!!」

 

 

 

 瞬間、死角から放たれた灰燼をひらりと避ける。

 奴は舌を鳴らしながら、此方へと狙いをつけていた。

 

 僕はしっかりとレバーを握る。

 そうして、ペダルを強く踏みつけた。

 一気に機体を加速させて、死者の魂を抜けていく……すまない。

 

 彼らに僕がしてやれる事は無い。

 呪いたいのなら呪ってくれていい。

 死んだ後でなら、どんな罰であろうとも受け入れる。

 だけど今は、今だけは――仲間たちの為にこの命を使わせてくれッ!!

 

 真っすぐに進んでいく。

 すると、負の感情が激しさを増していった。

 強いオーラを機体全体に浴びれば、白銀を抜けて掛かったそれが機体の装甲に亀裂を生み出す。

 それでも尚、僕は小さな光を目指して翔けていく。

 

《まだ抗うのか? いい加減理解しろ。その先に進んでも意味は無い。奴らは神に勝てない。そして、お前もすぐに死ぬんだ。これ以上、苦しむ必要なんてない。そのエネルギーを解除すればすぐにお前は楽になれる》

「楽になるだって? はは、冗談じゃない……お前を殺すまでは、僕は苦しみ続けるないといけないんだよ。それが僕の選択だ」

《やはりお前は馬鹿だな。苦しんだから何になる? 言った筈だ。例え、私を止めたとしても奴らは神に》

 

 奴の言葉を無視する。

 そうして、ニッと笑って叫んでやった。

 

 

 

「勝てるさッ!!! 絶対に勝つッ!!! 馬鹿で結構ッ!!! それでも僕は彼らを――ナナシを信じるさッ!!!」

 

 

 

 僕は大きく笑った。

 全力で笑いながら、更に奥へと入っていく。

 奴の負の感情が更に強さを増して、機体が悲鳴を上げていた。

 クルタナであってもこれほどの負荷は耐えられない……いや、耐えられるさ。

 

 お前は僕にとって最高の機体だ。

 共に死地に立っているんだ。

 僕に耐えられてお前に耐えられない事なんて無い――さぁ行くぞ。

 

 意思を強く発現させる。

 すると、クルタナは強く瞳を輝かせた。

 スラスターから鳴る音色が高くなり、僕たちは吹き荒れる暴風を割いて進む。

 

 小さかった光が、徐々に大きくなっていく。

 それは温かくて強くて優しくて――兄さんが呼んでいる。

 

 機体が激しく揺れた。

 光はすぐそこで、ブレードをそこへと構える。

 暴風は更に強さを増していって、機体か煙が上がっていた。

 限界だ。もう既に何度も限界を超えていて――もう少しだッ!!

 

 奴の声が強くなっていった。

 僕の心を乱そうと罵詈雑言を喚いていた。

 少しでも僕の心を乱せば、僕の機体は一気に離される。

 それが分かるからこそ、僕は兄さんの声と光だけに集中する。

 

 機体から爆発が起きた。

 足が吹き飛んでいく――まだだッ!!

 

 強く歯を食いしばる。

 鼻からボタボタと血が流れていった。

 頭が割れるように痛い。

 視界がぼやけていて心が折れそうだった。

 それでも兄さんの声が僕に勇気を与えてくれる。

 

 ゆっくり、ゆっくりと光に近づいていった。

 片方の手も吹き飛ぶ。

 パラパラと残骸が舞って消えていった。

 僕はそれでも諦めずに光を目指していった。

 

 

 もう少し、もう少しで――あと少しなのに――ッ!!

 

 

 機体全体に何かが触れた。

 装甲を触ったそれが何故か僕にも感じられた。

 それは”魂”であり、僕が”知っている存在たち”だった。

 彼らは笑っている。

 確かな信念を持って僕の魂に力を与えてくれていた。

 

 

 

「SK、HK、DK……ありがとう」

《――!》

 

 

 

 彼らの言葉が心にしみわたる。

 それが止まりかけたコアを更に稼働させていった。

 限界を遥かに超えて、スラスターが勢いよくエネルギーを噴き出した。

 そうして、僕は愛剣の切っ先を光の中へと――差し込んだ。

 

《――ッ!!!!》

「――ぐぅ!!」

 

 ずぶりと入った瞬間。

 光は一気に周りへと広がっていく。

 奴は苦しみ悶えていて、その存在が崩壊を始めた。

 遥か彼方に浮かんでいるのは奴の顔であり。

 それに罅が入って、大きな亀裂となっていった。

 今まで僕を狂わせようとしていたベン・ルイスの声も掻き消える。

 そうして奴はばらばらと弾けて消える――あぁ。

 

 暗闇の世界に白い光が満ちていく。

 温かくて優しくて、兄さんの心が広がっていた。

 もうベン・ルイスは此処にはいない。

 奴は完全に死んだ。そして、今目の前に浮遊しているのは兄さんの魂だ。

 

「……これで、ようやく……はは」

 

 クルタナは既に鼓動を止めていた。

 彼は最期まで僕と共にいてくれた。

 役目を終えた愛機を撫でてやれば、静かにモニターから光を消す。

 全てのエネルギーが消えてなくなり、ゆっくりと機体が自壊を始めた。

 

 愛剣も機体そのものも消えて行って――僕は白い空間で浮いていた。

 

 仲間たちの魂が人の形を成す。

 彼らは僕の体に触れて、目の前には優しく笑みを浮かべる兄さんがいた……あぁ、今度こそ僕は成し遂げたんだね。

 

 世界で一番の兄さん。

 彼が今、僕に対して微笑んでくれている。

 今まで一番会いたくて、一番聞きたかった言葉を言ってくれる存在。

 

 

《ありがとう――お前は自慢の弟だ》

「――兄さんも――お疲れ様――貴方は世界で一番の僕の兄だよ」

 

 

 互いに笑いあう。

 彼は僕の胸に静かに手を当てる。

 すると、先ほどまで感じていた痛みや吐き気が消えてなくなる。

 体が心から温まっていき、体が羽のように軽くなっていった。

 

 彼らは僕をゆっくりと持ち上げていった。

 それだけで、彼らが僕を何処へ連れて行こうとしているのかが分かった。

 

 僕はゆっくりと瞼を閉じる。

 これで僕の役目は終わった。

 僕が成すべきことは全て成した。

 後は彼らの時間であり……大丈夫。僕には未来が見えている。

 

 

 

 瞼の裏に映る景色。

 そこではナナシ君がいて、彼の大切な人たちもいる。

 皆、笑っているんだ。皆が幸せで、前を見つめていて――あぁ。

 

 

 

 ――叶う事なら、そこに僕も混じりたかったなぁ。

 

 

 

 また会いたい。

 また会って、今度は君と一緒にお酒が飲みたい。

 笑って泣いて叫んで、馬鹿だと思うような事を一緒にして。

 それで、それで、それで……はは。

 

 

 

「未練、たらたらじゃないか……はぁ……でも、いいさ……君はきっと何十年経とうとも僕を覚えていてくれるから……それだけで十分さ」

 

 

 

 体が光となって溶けていく。

 四肢の感覚が消えていき、体がさらさらと砂のようになっていきながら。

 僕は最後まで微笑みながら、未来で笑いあっていた彼らを見ていた。

 

 

 

 ――さよならだ。また会おう、戦友。

 

 

 

 彼らの旅路に祝福を。

 願わくば、その旅に多くの出会いがあらん事を。

 僕は彼らの未来の幸福を願いながら、静かに意識を白き世界に溶けさせていった――――…………

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