限界まで高度を上げていく。
ビリビリと風を受けて機体が揺れてレバーを通してその振動を感じる。
背後からは炎となって追いかけてくる亡者たちが――加速。
機体のスピードを上げれば体全体に強力なGが掛かる。
肺を圧迫されるような感覚を味わい。
着用しているスーツが加圧されて血流の流れを抑える。
そうして、炎となった怪物たちを突き放し。
機体を回転させてそのままブレードによる斬撃を放った。
横一線に薄く広がる剣波は一瞬にして亡者たちの機体を通り過ぎ――ずるりと機体が分かたれた。
爆炎と共にバラバラに四散する亡者たち。
同胞たちの魂とはいえ、今では我々の敵にされてしまっている。
私自身もあれらの魂が本物かコピーなのかは判断がつかない。
だが、我々の心を揺らがせる相手としては十分すぎる。
現に多くの仲間たちは困惑し、動きにも精細さを欠いていた。
そんな彼らを少し心配し――すぐに気持ちを切り替える。
雲を突き抜けた先で機体を停止。
遥か空の上から見下ろせば、怪物は一歩ずつ動いている。
その度に地面が大きく揺れて、下にいる地上部隊は激しく上下に動かされていた。
最早、陣を築いている暇も余裕もない。
怪物は着実に進んでおり、何かをしようとしていた。
それが何かは分からないが、このまま自由に動かさせ続ける訳にはいかない。
怪物の背中に視線を向ける。
無数の赤黒い光の玉が蠢いており、心臓のように鼓動していた。
奴の背中の魂の集合体には頭はないが。
それから常に視線を感じていた。
奴は常に私を見張っており、警戒しているのだと分かる。
神によって生み出されたのだ。
アクセスの力についても伝わっている筈で……HQは何処だ。
背後から追ってくる火の化身と化した同胞たち。
機体のダメージも考える事無く加速を続けていた。
それを視界に捉えて、迫りくるそれらをブレードで打ち払う。
バラバラと残骸が舞い火の粉が散って。
四方から他の敵が襲ってきた。
舌を鳴らしながら、ブーストで攻撃を回避。
そのまま横一線に斬撃を放てば、それに触れた奴らは機体を両断されて散っていった。
奴らには意識は無い。
だが、ノイズ混じりの声からは常に悲鳴が聞こえてくる。
通信を切ろうとも意味はなく。
恐らく、心に直接作用するものだと理解した。
シャットダウンが出来ないからこそ、仲間たちも困惑している。
神の一手は常に私たちの精神を揺さぶるものだ。
それでミスを誘発させる気なのだろう……外道め。
追手を振り切りながら、奴の背中のそれに目を向ける。
ゆらゆらと揺れ動くそれの中には無数の赤黒い魂が光を発して動いていた。
そのどれもが違う反応を宿しているものの。
ミッシェルからのサーチの情報を受け取れば、何とかそれを纏め上げるコアが目で追える。
常に動いているそれは大きさにすればメリウスのコアほどしかない。
全長千メートルを超える巨体に、直径八十センチほどの塊だ。
それに向かって精確に斬撃を飛ばすともなれば、それがどれだけ難しい事かは誰にでも分かる。
それ自体も常に動き回っている上に、他の魂との違いも僅かしかない。
少しでも意識を逸らせば見失うほどであり、奴の警戒心が常に此方に向いているのであれば成功確率は限りなくゼロに近い。
だからこそ、HQの支援は重要だ。
カメリアへと出撃する前に、彼女からは聞いていた。
今までずっと研究開発していたものをノイマンの生み出した仮想世界に運び込み。
最後の調整を終えて実用段階に入っていたと。
それを此処へと持ってきているとも言っていた。
それがどんなものかまでは詳しく聞いていない。
だが、彼女の工房に行った時に見たあの巨大な砲身が関係している筈だ。
アレはバトルシップの砲身以上の大きさだった。
そして、使用する弾についても彼女であれば特別なものを使う筈だ。
私は彼女の腕を信じて、彼女に奴を引き付けるような攻撃を頼んだ。
「HQ……っ! あれは!」
遠くの方から何かが向かってきている。
それは複数の輸送機であり、ケーブルに繋いで何かを運搬していた。
それは巨大な戦車で……いや、違う。
戦車のように見えるが。
武装と一体化した腕や頭部らしきものもある。
下半部は複数の履帯が嵌められたタンク型だが。
アレはメリウスであり、乗っているのは……HQとCQか。
カーキ色の巨大なタンク型メリウス。
その大きさは目算で百……いや、百三十はありそうだ。
頭部とは胴体部と一体化している。
そうして、背中から強力な固定器具によって嵌められている主砲は依然見たものよりも長さが増していた。
その後ろには盛り上がるような弾倉のような部分がある。
彼女から最終的な計画を聞いていたが……アレが”四十六センチ砲五十口径”の砲身か。
遠く離れた場所からでも分かる圧倒的な存在感。
メリウスの中では規格外なほどの大きさだ。
ゆっくりと運搬用のケーブルが外されて、その大型のタンクが野に放たれる。
ずしりと地面に沈み、土煙が舞う。
そうして、青いライン状のセンサーが光ったかと思えば通信が繋がれた。
《主役の登場だッ!! 派手にやろうやッ!!》
《ね、姉さん!》
HQとCQの声を聞く。
彼女はその巨大な砲身を敵へと向ける。
そうして、ガバリと砲身が展開された。
バチバチと電気が流れて行っているのが此処からでも分かる。
アレがあの砲の機能であり、弾道の威力と速度を上げる為の”砲弾超加速装置”だ。
徐々にエネルギーが高まっていき、彼女は静かに狙いを定めて――
《ファイヤーッ!!!》
「――ッ!!」
掛け声と共に発射された弾。
一瞬、空気が激しく揺れた気がした。
そうして、遅れて何かが爆ぜる音が響いた。
視線を怪物へと向ければ、怪物の体が大きく揺れていた。
突風が巻き起こり、敵も味方も吹き飛ばされそうになる。
それに必死に耐えながら、あのタンクが放つ砲撃の威力は本物だと認識する。
アレだけの巨体をたった一発で動かすほどの威力。
もしも、障壁で守られていなければかなりのダメージになっていただろう。
彼女へと通信を繋ぎながら、続けて頼むと言う。
すると、彼女は困ったように笑っていた……?
《あはは……実はこれ。一発撃つと、次に撃つまでに十分は掛かるんだよ……莫大なエネルギーを使うから、砲身を急速冷凍させてな……》
「……分かった。だが、敵の目は既にお前たちに移った。何とか逃げてくれ」
《おう! それなら出来るぜ。逃げるのは得意だろ。シリル》
《ね、姉さん!! だから、もうちょっと考えてから使おうって――》
喧嘩を始めた二人。
だが、勢いよく移動を始めている事から状況は理解しているのだろう。
怪物は私からアレへと視線を変えている。
奴の中での脅威度が私よりあっちの方が高くなったんだろう。
二人に心の中で感謝をしながら、私はギリギリまで奴に接近する。
今も尚、亡者たちが溢れ出ていて、仲間たちは必死に戦っている。
私の方にも大群が迫ってきて――!!
私に向かってきた敵たちが蹴散らされる。
無数のエネルギー弾によって貫かれて爆散した。
見ればライオットとドリスが攻撃をしていた。
《此処は俺たちに!》
《任せてください!!》
「あぁ頼む!」
二人に敵を任せる。
そうして、私は更に奴へと近づいていった。
敵は此方から視線を外していた。
その代わりにコアの移動速度が上がっていた。
奥深くに隠れるように動いていて――カッと目を見開く。
感じる。コアの反応を確かに感じた。
そして、ミッシェルから送られてきた情報を新たに入れる。
すると、コアだけを精確に認識できた。
私はブレードをクロスさせながら、流天を纏わせていく。
斬撃を放てば軌道の修正はままならない。
より速く放とうとも、動きに変化が出れば対処は出来ない。
つまり、私自身が攻撃となる他ない。
未来視の力を使いながら、コアの動きを予測する。
そうして、更に機体を加速させて化け物目掛けて降りていく。
風が当たり機体が揺さぶられ、ぐんぐんと加速すれば化け物の背中のそれが近づいていく。
奴の動きに変化が表れて――また放つ気かッ!!
先ほどの攻撃をするつもりだ。
それを理解したからこそ、限界を超えてスラスターを噴かせた。
外套がたなびき、機体全体が危険な揺れを起こしていたが。
私はそれを無視して奴へと翔ける。
奴の内部のエネルギーが高まっている。
背筋がぞくりとしたらたらと汗が流れた。
それでも尚、奴へと迫りながら歯を食いしばり――障壁に当たる。
一瞬。ほんの一瞬触れて――突破した。
そうして、そのまま機体の速度を落とすことなく突っ込み。
奴の体の中へと侵入し、そのままかき分けるように進む。
目の前に迫ったコアにブレードが触れた。
私は流天の濃度を更に上げていき――びしりと罅が入る。
「――ッ!!」
叫びながら全力で力を込めた。
そうして、罅が更に大きくなり――砕け散る。
瞬間、怪物が奇妙な叫び声をあげた。
まるで、多くの人間たちの叫びを纏めたような声で……くぅ!
この中から抜け出そうとする。
しかし、不思議な液体が機体に纏わりついてきた。
剥がす事も逃れる事も出来ない。
徐々に機体への圧力が加わっていた。
「このまままでは」
《――手を貸そう》
「――SJ!」
SJの声が聞こえた。
瞬間、私の周りの部分に斬撃が通過していった。
そうして、何者かが私の機体の腕を掴んで引っ張っていく。
ずぼりと抜け出してその機体を見れば、SJの乗るロストワードだった。
私は奴に礼を言いながら姿勢を制御。
怪物を見れば動きを止めていて障壁も消えていた。
明らかに放出するエネルギーが弱まっていた。
ミッシェルたちの戦闘機は離脱している……ありがとう。
それらを確認し、仲間たちに亡者たちの攻撃を避けながらアレに向かって全力で攻撃をするように指示する。
彼らはその指示を聞いて再び攻撃を開始した。
私もそれに加わって攻撃を始める。
SJと共に機体を回転させながら、乱れ撃つように斬撃を飛ばす。
飛翔する白き刃は奴の機体に殺到し、大きな衝撃と破壊を引き起こした。
無数の炸裂音と爆炎に包まれて、怪物はゆらゆらと動いていた。
HQが残念そうにしている……後五分ほどか。
十分という時間は中々に長い。
そう思いながら、私は攻撃を続ける。
徐々に怪物の反応が弱っていた。
このまま攻撃を続ければ何れは――ッ!!
「離れろ――ッ!!」
一瞬。嫌な予感がした。
気が付けば声を張り上げていた。
瞬間、奴の周りから特大のエネルギー波が発生した。
都市一つを覆うような巨大な黒い波で。
私たちは咄嗟に流天を機体に纏わせてその攻撃を防ぐ。
バチバチと激しくスパークし、ゴリゴリとエネルギーが削られて行く。
それに必死で耐えながらレバーを抑え込んでいた。
やがて、エネルギーの波が収まり……は?
地上に視線を向ける。
そこには多くのメリウスの――”残骸”が転がっていた。
ボロボロになったメリウスたちが転がっている。
四肢が焼けただれ、機体前面を黒く焦がし。
無数のメリウスのパーツが散らばっていた。
空に浮いている仲間の数はもう既に三十もいないだろう。
生き残った奴らは咄嗟にエネルギーで防御したが。
我々はほぼ壊滅状態だ。
心臓の鼓動を速めながら怪物を見れば。
その姿に変化が起きていた。
本体となる魂の集合体から四本の腕が新たに生えて。
その手には灰燼が剣の形となったものを握っている。
そして、下の獣に関しては牙を剥きだしにし先ほどよりも速度の増した動きで大地を駆けた。
奴は地上にて生き残っていた部隊を一瞬にして蹴散らした。
そうして、空で散開する仲間たちへとその手にしたブレードによって攻撃する。
凄まじい速度で振られるそれを躱し切れず。防御をしても防げなかった。
後には塵一つ残っていない……あぁ。
――勝てるヴィジョンが――見えない。
絶望だ。心を覆うほどの絶望だ。
どんなに此方が策を弄そうとも、アレは力そのものでねじ伏せてくる。
例え障壁を削ろうとも、今ある戦力ではアレにはダメージを与えられない。
奴の狙いは地上を走行しているHQたちで。
必死に逃げている彼女たちはそれに搭載されたジャマーミサイルなどで奴の足を止めようとしていた。
腕のガトリングガンも使って奴へと弾丸を浴びせ続ける。
が、奴の進むスピードは一向に衰えない。
逃げて逃げて逃げて――奴はきらりと目を光らせた。
「……だから、何だッ!!」
私は絶望を振り払う。
そうして、最大限に流天を練り上げた。
一気に地上を走る怪物へと迫っていく。
奴はブレードを振りあげながら、HQのタンクを狙っていた。
私は全力で叫びながら、機体を大きく回転させて――
「喰らえェェェ!!!!」
今までにないほどに大きな斬撃。
真っすぐに伸びるそれが怪物へと勢いよく迫る。
奴は此方に気が付いていない。
そうして、ノーマークのまま私の攻撃は奴に触れて――奴の装甲に亀裂が入る。
うめき声のようなものを上げていた。
が、それほどダメージは入っていない。
しかし、攻撃を中断し奴は此方に視線を向けて来た。
「傷がッ!?」
亀裂は確かに走っていた。
そして、味方たちからの攻撃でダメージが入っていた筈だ。
しかし、その傷も一瞬にして元に戻っていた。
私は再び絶望する。
明らかに次元が違う。
エネルギーの総量は底が見えない。
減っているのかも定かではない。
そして、ダメージを与えても一瞬にして回復する。
規格外だ。
完全にこの世界の中で場違いな存在だった。
勝てる筈がない。いや、勝とうと思う事自体が間違いだった。
私は短い呼吸を繰り返しながら、奴が振りかぶったエネルギーの光を見つめて――――
《しっかりしやがれッ!!!!!》
「――っ!」
HQの声と共に爆発音が響く。
奴の側面から撃ち込まれたHQの砲撃。
化け物の巨体が大きく傾いていた。
もくもくと撃ち込まれた部分から煙が上がっていて。
そこに目を向ければ大きな窪みが出来ていた。
明らかなダメージだ。しかし、その傷ですらも修復している。
そんな様子をマジマジと見ていれば、HQは私に対して声を張り上げた。
《呑まれるなッ!! アイツはデカくで強大さッ!! だがな、無限じゃねぇッ!!》
「何を根拠に」
《根拠なんてねぇッ!!! だけど、この世にあるもん全部に限りがあるんだよッ!! アイツだってそうさッ!! しこたま撃ちこんでやれば何れはばててくたばるッ!! だから、勝手に諦めて止まってんじゃねぇ馬鹿野郎ォォ!!!》
「……っ! そうだな。諦めるなんて――私じゃないッ!」
HQの言葉を受けて再び心に火を灯す。
そうして、襲い来る亡者たちを退けながら動きを止めた怪物に斬撃を飛ばした。
奴の装甲に触れれば傷が出来て、それもすぐに元に戻った。
確かに驚異的なスピードで回復している。
だが、無限なんてこの世にはない。
そんなものがあったのならば、神はあらゆる絶望を振り払えたはずだ。
私はHQの言葉を信じて、生き残った仲間たちと共に攻撃を続ける。
大丈夫。希望はある――ナナシ、私は諦めないからなッ!
神とたった一人で戦っている弟の存在。
それを常に頭に入れながら、私は更に闘志を燃やす。
化け物はそんな私たちを視界に入れながら、その特大なエネルギーの塊を振るう。
限界を超えてスラスターを噴かせながら、その大振りの一撃をギリギリで躱す。
そうして、そのまま奴へと接近し連撃を放った。
装甲を縫うように駆け抜けて。
ガリガリと表面を切り裂いていく。
そうして、叫びながら奴の装甲を断つ。
奴は声を上げながら体を揺らして、四方八方にエネルギーの攻撃を放つ。
漆黒のエネルギーが周りへと飛び。
仲間たちはそれを躱していきながら、互いに連携を取って攻撃を行う。
ダメージが通らなくても――足を止める事は出来るッ!!
仲間たちに指示を飛ばさずとも彼らは私の考えを理解していた。
だからこそ、ほぼ同時に奴の足を狙って攻撃を撃ちこむ。
私たちの全力の攻撃によって奴の動きは強制的に止まらされて。
その隙にHQたちは大きく離れていった。
……今はこれしかない。HQたちが我々にとっての希望。アレを潰させる訳にはいかないッ!!
攻撃を続けながら、HQたちを逃がす。
怪物が警戒心を向けるほどだ。
アレの攻撃はどのメリウスの攻撃よりも優秀だ。
私はそう信じて空を舞う。
「――あれは!」
複数の艦隊。
生き残っていた彼らが空を翔ける。
バトルシップも奴へと向けて砲身を向ける。
そうして、全力での射撃を開始していた。
青いエネルギーの塊が奴へと飛び。
その装甲をガリガリと削っていく。
怪物も狼狽えており――奴が攻撃モーションを取った。
《させないよッ!!》
イザベラが躍り出る。
そうして、地面スレスレから奴の足を狙って攻撃を行う。
赤黒いエネルギーが一直線に飛び。
同時に奴の後ろ脚を抉っていった。
怪物は溜まらずに姿勢を崩されて、攻撃は未然に防がれた。
バトルシップは陣形を取りながら、奴から距離を離していく。
安全圏からの攻撃であったが、奴の動きからしてあそこからでも届くのだろう。
彼らはそのギリギリを測っていた。
私も常に心臓を激しく鼓動させながら空を舞う。
恐らくは、まだ形態を隠し持っている筈だ。
今はまだ余裕があるが。その余裕を剥がした時こそ――我々に勝機が見える時だ。