【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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2:長く険しい道であろうとも

 ……話せて良かった。

 

 仲間との通信を終えて、俺は静かに息を吐く。

 隣にはヴァンが立っていて、彼は笑っていた。

 

「……良かったのか? イザベラともっと話したかったんじゃ」

「いや、いい……俺は死んだんだぜ? 今の俺が本物のヴァンなのかも定かじゃないんだ……お前の力でこの世に存在出来ているだけでも十分すぎる程に幸せなのにさ……これ以上を求めるのは欲張りってもんだろ」

「……そうか。お前がそう言うのなら……」

 

 俺はヴァンの言葉に頷く。

 そうして、ゆっくりと前に視線を向ける。

 そこには玉座に座る美しい顔の女性がいた。

 最初に会った時のような服装であり、顔だってベールで隠していたが。

 何よりも違いがあるとすれば、自らの力を封じる為の鎖に繋がれている事だ。

 

 俺が指示をした訳ではない。

 奴は自分の意思で自らを鎖に繋いでいた。

 理由を聞けば、俺たちが敗者に対して甘すぎる事が気に食わないらしい。

 だからこそ、今の自分にふさわしいものを身に着けると言ってアレをつけていた。

 

 ……別に止めはしない。好きなようにすればいい。

 

 ヴァンは奴を目を細めながら見つめる。

 彼からすれば、思う所はあるんだろう。

 自らの幼少期に行われた非人道的な実験。

 彼は人生を台無しにされていて、俺自身も異分子という事で碌な少年時代は送っていない。

 だが、俺にはまだ両親との大切な思い出がある。

 そして、ノイマンが思い出させてくれた名前もあるんだ。

 

「……ヴァン、彼女は……」

「……分かってるよ。俺は何もしねぇ。ナナシが決めた事だからよ……でも、もしもアイツが妙な真似をしたら」

「――殺しますか? 構いませんよ。今すぐでも」

 

 彼女が俺を見つめる。

 薄い笑みを浮かべる彼女は妖艶で。

 男をたぶらかすような色香を放っていた。

 が、俺もヴァンもそんなもので取り乱す事は無い。

 

 ヴァンにとっては憎い敵で、俺にとってはただの象徴だ。

 最早、彼女は神ではない。

 神として此処にいるだけの象徴で、人々が絶望しない為に存在するシンボルだ。

 もしも、彼女を殺して俺が成り代わっていれば。

 世界では暴動が起きていたかもしれない。

 それほどまでに神という存在は人々の心に根付いていた。

 そんな存在を消すよりも、こうして象徴として隠居させておいた方がいい。

 ノイマンから希望を託されてから、そんな事を考えていたが……正解だったようだ。

 

 人々は少しずつ神の力から離れて行っている。

 異分子への迫害も止めて、彼らに歩み寄っていた。

 彼女は見えているだろうが。

 もう二度と自分の手で彼らの運命を決める事は無い。

 彼女はただ此処から眺めるだけで、それ以上の事はしないんだ。

 

 俺はくすりと笑う。

 すると、彼女は笑みを消して目を細める。

 

「……何がおかしい」

「いや、すまん……退屈はさせない。お前がこれから見る人間たちは、きっと色々な困難に陥るだろう……でも、彼らはきっとそれらを乗り越えて更に成長していく……そして、何時か、もう一つの世界とも巡り合える日が来る」

 

 俺は堂々と伝える。

 お前の想いも俺が受け継ぐと。

 灰が降る死んだ世界を俺が蘇らせると――奴は呟く。

 

 

 

「本気で、出来るとでも」

「――出来る。信じてくれ」

 

 

 

 俺は真っすぐに奴を見ながらハッキリと言った。

 例え、何十年何百年何千年掛かろうとも、俺がお前の願いを叶える。

 そう伝えれば、奴は静かに息を吐く。

 

 

「……馬鹿ですね。貴方は……なら、見ていてやろう。お前が諦めるその日までは……私はお前から目を離さない」

 

 

 奴はにやりと笑う。

 俺を脅したつもりだろうが関係ない。

 俺は胸に手を当てながら静かに頷いた。

 すると、横に立つヴァンは顎を摩りながらぼそりと呟く。

 

「……それって……何か、告白みたいじゃね?」

「…………そいつは此処から追い出しなさい。すぐに」

「えぇぇぇ? 嫌だよぉぉぉん! 出ていくのならお前の方じゃんかぁぁぁばぁぁぁか!」

「……チッ」

 

 ヴァンは凄まじくうざい顔を作り神を煽る。

 彼女はそんなヴァンの表情に怒りを滲ませながら舌を鳴らした……何気に仲が良いな。

 

 思っていたよりも、良いコンビだったと思いつつ。

 俺は白い空間に”もう一つの世界”の光景を映し出す。

 そこでは多くの人間たちが作業をしていた。

 人工的に作られた巨大なドームの中で生活する彼ら。

 幾つものドームは無数の移動用の巨大なパイプに繋がれていて。

 そこを通って彼らは植物園や動物の保護施設などを行き来していた。

 

 俺が神との戦いを終えて行った事。

 それは死んでいった異分子たちの魂を神が作っていた人間たちの器へと送り込む事で。

 神は世界の浄化と共に、そこで新たに生きる人間の為の器を培養していた。

 肉の体を用意し、後は彼女が求める完璧な魂が揃えば完成する筈だったが。

 俺はその器を使って、異分子たちの魂を欠けさせる事無く蘇らせた。

 

 彼らは最初は戸惑っていた。

 しかし、俺は彼らに何度も説明をした。

 勿論、こんな事、望んでいない人もいたかもしれない。

 家族と別れた者や恋人を置いてきた人もいた。

 だけど、俺は何時の日か必ず、あの世界とこの世界を繋いでみせると約束した。

 

 俺の熱意が伝わり、皆は納得してくれた。

 そして、世界の再生の為に手伝ってくれる事を約束してくれた。

 これから彼らはあの世界で生きていく事になる。

 俺たちの世界に戻り、ずっといさせてあげる事は出来ないが。

 それでも、彼らの思い出を永遠に失わせる事はしたくない。

 

 これからだ。

 これから世界は蘇っていく。

 人の手と機械の力で少しずつ戻していくんだ。

 どれだけ膨大な時間が掛かるかは分からないが。

 既に俺は人でも異分子でもなくなってしまった。

 

 アクセスの力を完全に解放し。

 神を倒した事によって、俺は神と同じ存在になっていた。

 元々、仲間たちを生かす為に寿命を大きく削っていたから。

 今の存在になれたのはある意味で幸運だったのかもしれない。

 

 ……ただ、少し後悔があるとすれば……ミッシェルたちに会いに行けない事だろうか。

 

 この体を実体化させる事は難しい。

 少しの時間であれば問題ないが。

 ずっと維持しようとすれば、膨大なデータに耐えられずに作った体が崩壊してしまう。

 力を極限まで抑えれば、二日三日は……だが、連続しては出来ない。

 

 何となくだが分かる。

 あまり連続して行っていれば、それこそこの世界に歪が生まれてしまうと。

 神が実体化しなかったのには理由があった。

 今ならそれが分かると思いながら、神も苦労していたんだと思って……まぁいい。

 

 ミッシェルには会いたい。

 少しの時間しか会えないからこそ、ちゃんと決めて置きたいんだ。

 何となくで会って貴重な時間を失う訳にはいかない。

 だからこそ、彼女には悪いと思ったがまた何て言葉を使った。

 

 でも、嘘じゃない。

 必ずすぐに会える日が来る。

 俺には何となくそんな未来が見えていた。

 

 俺はミッシェルと……ユーリの顔を想像する。

 

 俺は今でも、ユーリの事を探していた。

 神の力を使って探していたが。

 何故か、彼女の魂を発見する事は出来なかった。

 

 一体、彼女は何処に行ったのか。

 神に聞いても奴は笑うだけで教えない。

 ヴァンはそんな神を拷問しようと言ってきたが。

 そんな事をしても神が口を開くことは絶対にない。

 そして、恐らくだが……神自身も”分からない”のだろう。

 

 ……そういえば、分からない事はもう一つあった。

 

 それは、生き残っていたDQたちに関する事で。

 此処からあの時の戦いの状況を再現し、色々と情報を集めていたのだが。

 その時に、DQの相手をしていた代行者アラン・シーモフについて考えていた。

 

 奴に関する記録はまるでない。

 それもあったような形跡はあったがごっそりと消された様で。

 何故、こんな不自然な情報の切り取り方をしていたのか。

 神自らが情報を消した可能性が高い。

 だが、彼女にアラン・シーモフについて聞けばやはり何も教えない。

 

 ただ一言だけ……”彼との約束”は終わったらしい。

 

 俺はその言葉を聞いてずっと考えていた。

 アラン・シーモフも正しく神にとっての駒の一つだったのだろう。

 しかし、他の代行者とは違い対等に結んだ約束があった。

 彼女はそれを守る為に、俺たちに疑いの目を向けられてまで記録を削除した。

 それが今後どうなるのかは分からないが……でも、いいさ。

 

 アラン・シーモフがどんな奴かは分からない。

 とんでもない悪党かもしれないし、逃げている事から争いが嫌いだったのかもしれない。

 だけど、何となくだが。そいつはすごく良い奴である気がする。

 

 アラン・シーモフは今まで誰とも交戦をしていない。

 そして、今回の大きな戦いでも奴は死ぬまで戦うのではなく。

 気を見計らって逃げていった。

 つまり、最初から殺す気で戦っていなかったんだ。

 

「……少し興味はあるけどな」

「……」

「お? 何の話だ?」

「いや、何でもない……よし。それじゃ……行くか」

「……いよいよだなぁ。くぅ。待ち焦がれたぜぇ!」

 

 ヴァンは俺の言葉を聞いて興奮していた。

 それもその筈であり、俺たちはミッシェルに説明した通り。

 これからあの世界へと向かう事になる。

 勿論、この肉体のままではいけないから。

 専用の機械体に魂を転送して、その仮初の体を使って向こうで動く事になる。

 俺の体は新しく作っていて、ヴァンの体も調整が終わっている頃だろう。

 

 此方から魂の転送だけは可能なんだ。

 問題があるとすれば、向こうで肉体を得てしまった魂で。

 それは既に向こうの世界のルールに縛られている事から。

 此方側に連れてくる事は容易ではない。

 魂が破損する場合が高く、無事であっても人格に大きな歪が生じる恐れがある。

 それ程までに二つの世界を行きかう事は本来であればかなり難しいんだが……昔の世界ではそれが実現していた。

 

 それを実現させたのは、神を生み出した存在と神自身の高度な処理能力のお陰だ。

 その二つがあったからこそ、不可能が可能となった。

 俺だけでは無理であり、今の神でさえもそれを再び可能にする事は出来ない。

 唯一の災厄が有していた鍵が失われた力を取り戻す為のものであったが。

 それに関しては流石に俺が彼女から取り上げていた。

 

 ……甘い訳じゃない。彼女自身も鍵が無ければ妙な真似はしないと考えての結果だ。

 

 もし、俺が向こうの世界で死んでもすぐに魂は此処で復活するようにしている。

 神自身が細工を加える事も出来ない。

 何かすればすぐに俺が察知できるからな。

 

 神をちらりと見れば静かに目を閉じている。

 彼女に動きは無く、考えだって読めないが……少し警戒しておこうか。

 

「……カメラとかあったかなぁ? いや、でも何処に飾ろうか……そもそも、此処のレイアウトは目に悪いよなぁ……ナナシの力で棚とかを作ってもらって、写真用のアルバムとコルクボードも……いや、それよりも酒が飲みてぇな」

「……ふふ」

 

 ぶつぶつと独り言を言うヴァン。

 そんな彼を見ながらくすりと笑う。

 

 彼はこの日を楽しみにしていた。

 勿論、俺もそうだった。

 確かに今から行く所は一度は死んだ世界だが。

 それでも、俺たちはそんな世界を見てみたいと思っていた。

 だからこそ、どんな結果になろうとも見られるのであれば後悔はしない。

 

 ……もしも、ミッシェルとユーリが……っ!

 

 顔を左右に激しく振る。

 俺は両手で顔を叩き目を覚まさせる。

 まただ。また弱気な考えが浮かんでいた。

 ミッシェルたちには大切な予定があり、此処から見ていたが会社だって経営しているんだ。

 彼女たちを俺たちのプロジェクトに勝手に参加させる訳にはいかない。

 

「それに……まだ心の準備も……いや、そうじゃないだろ! 俺はただ……」

「……ナナシ、お前ひとりで何してんだよ……恋ってのはこうも人を狂わしちまうのか。罪だねぇ」

「貴方には一生縁の無い話ですね」

「――ははは! その喧嘩、買ってやらあぁぁぁぁ!!!」

 

 ぼそりと神が呟いた言葉。

 それにぶちぎれたヴァンが走っていく。

 神は力が使えない筈なのに、目の前に障壁を展開させていた。

 ヴァンはそこに勢いよく突っ込んで蛙が潰れた時のような声を出していた。

 ずるずると落ちていきながら彼は「ひ、卑怯者」と言っていた。

 そんな彼を見ながらほくそ笑む神……本当に仲が良いな。

 

 二人のやり取りを微笑ましく思いながら。

 俺は早速準備に取り掛かる。

 今から最終確認を済ませて、機体のシステムを起動すれば……半日で終わるだろう。

 

 向こうに行く時には、夜だろうが。

 どうせ、灰のせいで分厚い雲に星は覆われている。

 ドームから見る外の光景は同じらしいからな。

 そんな事を考えながら、俺は空中に投影したパネルを操作していく。

 

「……また、か……ふふ」

 

 ミッシェルとのやり取りを思い出す。

 彼女は三年前と変わらず綺麗な顔で笑っていた。

 彼女の声を聞いて、元気な姿が見られただけで俺は心が満たされていた。

 

 そのまたがすぐに来れるように。

 心の準備さえ出来れば、俺はすぐにでも君に――会いに行きたいよ。

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