…………――――意識が覚醒していく。
「……ん」
ゆっくりと目を開ければ強い光を感じた。
徐々に目が慣れてきて、視覚が定まって来た。
白い空間から現在はカプセルのような何かに入っていた。
俺の意識が覚醒したのを確認し、カプセルが展開されて行く。
ゆっくりと息を吐きいてから、俺は自分が裸である事を確認した。
俺は周りへと視線を向けながら、そのまま前へと歩いていく。
背中に取り付けられたコードが外されて行き、俺は自由になる。
複数のカプセルが等間隔に設置された空間。
無数のコードがそれらから伸びていて。
機械の音が静かに響いていた。
「……」
床に足を突きながら、手足の感覚を確認する。
手首を回し、手をぷらぷらとさせて足首を回し……問題ないな。
人間と同じ外見を有した”高性能義体”に魂を移す事には成功した。
所謂、アンドロイドタイプであり、内部の金属フレームと人工の筋肉と皮膚で人の形を作っている。
人間との違いがあるとすれば、背中にはコードを接続する為の穴があったり。
あらゆる環境下であっても耐えられるだけの耐久性を持っている事だろうか。
その気になれば食事や空気も必要としないところもそうで……まぁそんな事をすれば人間性を失ってしまうがな。
この技術は行く行く、俺たちの世界の人間たちを此処へと連れてくる為の技術だ。
何故、態々こんなものを使ってまであの世界の住人を連れてくるのか。
それは彼らにもこの世界の事を知ってもらいたいからだ。
その上で、もっともっと多くの事に興味を持ってもらいたい。
世界が広がれば人間の視野だって広がる。
そうすれば、互いの世界で生きる人間たちは互いに刺激し合い。
きっとよりよい未来を創っていくはずだ。
俺はそんな未来を思い描いていた。
夢物語かもしれない。絵空事だろうか……いや、違う。
きっと叶う。
きっと実現する。
俺は人々の可能性を信じている。
だからこそ、先ずは俺が彼らの先頭を歩いていくんだ。
危険はない、恐れる必要は無いとこの身で示す。
だから、止まっている暇なんて無いんだ。
俺は目の前に来たボックス型のロボットを見つめる。
それがガシャリと展開されて、服やブーツを渡してくれる。
俺は彼に礼を言いながらそれを受け取って身に着けていった。
服も靴もサイズはかなり大きい。
しかし、服の襟やくるぶしのあたりのボタンを押せば自動でサイズが合う。
便利な機能であると思っていれば、隣からも声が聞こえた。
見ればヴァンも服を着ようとしていて……ん?
「……ピンク?」
「……何でお前はノーマルの白で。俺はピンクなんだよ……チェンジ!」
《ダメです》
「はぁぁ!?」
ロボットが命令を拒否し去っていく。
ヴァンは喚いていたが、俺の服をやる訳にはいかない。
我慢しろと言えばヴァンは渋々着ていた。
まるで、ぴっちりとしたパイロットスーツのような服だが。
これはこのドームで生活する人間たちを保護する為のものだ。
この服の繊維は特殊であり、様々な環境に適応し打撃や斬撃にも耐性がある。
もしも、作業中にネジなどが飛んできても服を貫通する事は無い。
衝撃を瞬時に検知しその部分が自動で膨らんで、人体を守ってくれる。
衝撃を和らげて、なるべく怪我にならないようにしてくれるんだ。
靴もそうであり、この上に一トン以上の重りが降って来たとしても。
足の骨が砕ける事は無い。
これら全てオリジナルの技術があり、それを発展させたのは神だった。
アイツは人間の事を誰よりも愛していたからこそ、こういうものの開発に余念が無かったんだろう。
他にも生身の人間たちは背中に小型の酸素生成器と専用のマスクを常に身に着けている。
それらを装着する事で、生存率は格段に上がるのだ。
ドームの何処かに穴が開いたとしても、生存できるようという考えがある。
外に出かける人間がいれば、絶対に着用しなければならない。
そうでなければ、一秒も経たずに人は死ぬからだ。
……まぁ外は灰に覆われて、雲は分厚い。太陽の熱が届かないからこそ外は極寒らしい。
流石に特殊な装備が無い中では長時間の活動は出来ない。
外での作業は主に機械が行っていたらしいが。
現在ではちゃんとした教育を受けて、特殊なスキルを持つ人間であれば許可を与えている。
装備の確認は三回行わせて、くれぐれも許可なく遠くにまではいかないようにして……それくらい危険だからな。
「……よし、行くか」
「おぅ……いよいよかぁ」
そんな事を考えながら、ヴァンと共に歩いていく。
義体の収容スペースから出れば、扉が自動的に閉じられた。
左右に広がる長い廊下を右に向かって歩いていく。
白く埃一つない長い通路にはまばらだが人がいる。
通路の点検をしている作業員や子供たちが探検ごっこをしていたりなど。
そんな光景を見つめながら、俺たちは目的の場所へとゆっくりと向かっていった。
長い通路を歩いていけば、その途中で様々なものが見れた。
人工的に作った土を敷き詰めて、農作物を作る区画に。
細胞片から生み出した動物を飼育し管理している区画など。
此処で生きている人間たちが何不自由なく暮らせる工夫が至る所にあった。
現在、この複合ドームの中には合計で三千人あまりの人間が生活している。
そのほとんどが何らかの労働をしてくれていた。
勿論、働く事が出来ない子供には何もさせない。
子供達にはロボットたちからの授業を受けてもらっている。
先ほど見た子供たちは休みであるから遊んでいただけだ。
若い人間が比較的多い事もあって彼らの労働力には助かっている。
元々がシャンドレマにいた国民だったからこそ。
気さくな人が多かったことからもめごとが少ない要因にもなっている。
……今はだが、今後の動きには要注意だな……まだ三年だ。気は抜けない。
たった三年だ。
それだけではまだまだ馴染めない人間の方が多いだろう。
少しでもこの環境に慣れてもらう。
そして、彼らが生を全うするまでにはあの世界に渡る技術を完成させたい。
確かに、その技術は存在していたらしい。
しかし、その情報は記録でしか存在しない。
何故なのかを調べれば分かる事だが、災厄は神の権限を奪った時にそれに関する記録を全て消していた。
神自身の記憶部分にも細工を加えたようだったが……。
存在していた技術は俺たちには到底理解できない代物だ。
何せ、仮想現実世界と彼方の世界を繋げて。
彼方の世界の住人達が”自らの肉体と魂のままで”自由に行き来できるんだ。
普通であればそんな事は絶対に出来ない。
此方が魂を送れるのがギリギリであり、彼方側の世界の人間をそのままの形で此方に連れてくる事は現在では不可能だった。
それを以前にヴァンに話せば、何でだと聞いてきた。
確かに、俺も神の中から情報を得るまではそう考えていた。
だが、実際にはそれがあまりにも次元を超えていたと知る。
簡単に説明するのであれば、魂が水であるとして二つの世界を繋ぐ装置を穴とする。
水は穴を通っていけるが、彼方の世界の人間の魂は水が凍っている状態の上にその肉体は風船のようなものだ。
凍った水風船はどう頑張っても小さな穴を通れない。
バラバラに砕いてから元に戻す事は可能だが、完璧に修復する事は絶対に出来ない。
氷を溶かそうとすれば風船は損傷するし、何とか形を崩そうとしても肉体にも魂にも傷はつく。
つまりだ。
此方から彼方へ、魂だけを送る事は出来る。
しかし、一度でも肉体を手に入れて魂がそこに定着してしまえば。
最早、此方のルールは適用されず。向こうの魂はその世界に適した形になってしまう。
残っている記録によれば、仮想現実世界があの世界の人間たちに使われていた時は。
神自身も、此方側の世界の人間が向こうに行くことを禁じていたらしい。
自らの手を離れてしまえば、その変化を止める事は出来ないからだ。
神は等しく命を管理し、自らの世界を静かに守っていたんだ。
だからこそ、もしも彼方の世界の住人が故郷を捨てて移住したいと言えば、その決意を示すように魂を……スケールの大きな話だ。
自分が兵士として戦っていた時には想像もしていなかった。
だが、今は自分もそれに関わる位置にいる。
無視をする事も、何もしない事もしたくはない。
神は俺との戦いの前に、災厄との戦いで敗れている。
戦いと言っても、奴が神を騙して権利を一時的に奪っただけだが。
それでも、もしも権利を奪い返すのが少しでも遅れていれば二つの世界は完全に死んでいたらしい。
それほどまでに危険な状態だったからこそ、神は誰も信用しなかったんだろうな……それにしてもだ。
歩きながら不可解な点について考える。
「どうして災厄は……暴走したマサムネは、その装置の情報を消し去ったんだろう?」
「んあ? うーん……希望を断つ為?」
「まぁそんな気もするけど……もっと別の理由がある気がするな」
「えぇ? そうかぁ……まぁ神の野郎の事だから何か知ってそうだけど……きっと教えねぇだろうなぁ」
ヴァンは両手を後頭部に回しながら呟く。
まぁ神は絶対に自分に関する事は話さないだろう。
調べてみれば、マサムネという存在についてもっと詳しく分かる事もあるだろうが……それは今はしない。
神が何れ自分から話してくれるまで待つ。
それが礼儀であり、あまり他人のプライベートを土足で踏み入るのは良くない。
元猟犬であっても、それくらいの常識はあるんだ。
そんな事を考えながら、俺は大きな扉の前に立ち――自動で開かれて行った。
「おぉ」
「広いな……お、空だ」
俺たちは広々とした空間に出る。
そこには俺たちと同じような服を着た人間が沢山いる。
中には武器のようなものを持ったロボットもいた。
フロントらしき所で電話対応をしながら機器を操作するロボットたち。
単純なたまり場として使っている人間や悩み事を相談しに来た人間。
中にはシートを広げて商品を売っている人間もいた。
上を見上げれば液晶に綺麗な夜空と月が映し出されていた。
見事なまでの解像度であり、本物と言われても信じてしまいそうだ。
しかし、アレは偽物であり、人々の心に安らぎを与える為だけのものだ。
知っている人間もいるだろう。特に外へと出た人間はな……こんなものでも今は必要だ。
「……青空を……取り戻せると思うか?」
「……当たり前だろ? お前が言ったんだ……成し遂げてやろうぜ。相棒」
「……そうだな。成し遂げよう。俺たちで」
ヴァンは拳を突き出す。
俺はそんなヴァンに笑みを向けながら自らの拳を当てる。
そうして、互いに広い空間を歩いていった。
「え、”アオさん”!? え、あ、実物!?」
「”アオさーん”! やや、良い顔に体だねぇ。記念にどうだい! いいのが入ったよ!」
「アオ兄ちゃん!? わー本物だぁ! 見て見てぇ! でっかい毛玉ぁ!」
声を掛けてくる住人たち。
彼らは俺の本当の名を呼んでくれていた。
この世界での俺はナナシではなくアオで通っている。
不安を感じる人たちとの映像越しの面談をずっと行ってきて。
彼らのナビゲーターとして分からない事に関しては何でも教えて来た。
神の力の恩恵によって、一通りの知識はあったからだ。
正しい知識を与え、怒りを他者へとぶつけないように丁寧に話し合ってきた。
その結果、彼らは俺の事を指導者として認識してくれていた。
年長者から子供まで、今では誰もが俺をアオと呼んでくれる。
この世界の住人と心が通っている事が何よりもうれしい。
あの世界の俺を知る人間の中にはナナシと呼ぶ人間もいるが、別にそれでもいい。
彼らへと対応しながら手を振って別れる。
そうして、スライド移動式のエレベーターに乗った。
後ろでまだ彼らは俺たちに手を振ってくれていた。
俺自身も扉が閉まるまで彼らに手を振り続けて……ふぅ。
扉が完全に閉まりゆっくりと手を下ろす。
そうして、エレベーターの中心に設置された台の上に手を翳す。
俺たちの情報をパネルを通して流していく。
すると、認証が降りてエレベーターは目的の場所に向けて動き始めた。
ゆっくりと視線をヴァンに向ければ、彼はにやにやしている。
「……どうかしたか?」
「いや、慕われてるなぁって思ってな……俺もアオって言った方がいいか?」
「……いや、いいよ。お前にとって俺はナナシだろ?」
「……それもそっか! なら、今まで通りナナシって呼ぶぜ」
俺は頷いてから、エレベーターが着くのを待つ。
流れるように動いていく周りの景色。
地面の上を滑っているように見えるそれは中々に見応えがあった。
夜の空の下を疾走し、時折、鹿やウサギが見えていた。
そんな光景を暫く眺めて……ゆっくりとエレベーターが止まる。
俺たちは開かれて行く扉の先へ歩いていき……ん?
外の世界へと通じる巨大な扉。
強固に作られたその扉の前には、既に誰かが立っていた。
二人の人間であり、ヘルメットと外出用の防護スーツを着用している。
灰色を基調とした防護服は少し厚みがあるが、動きを阻害するようなものは入れていない。
重さもギリギリまで下げており、肉体的な負荷が掛からないように設計されていた。
唯一、重みを感じるのは背中の酸素生成装置と浄化装置が一体となったバックパックくらいだ。
しかし、それも防護スーツのアシスト機能が入った状態ならさほど気にならないと知っている。
俺たちは扉の前に立つ二人の元へと歩いていく……うーん。
二人の前に立つ。
ヘルメットのせいで顔は見えないが。
何方も女性らしい体つきをしている気がする。
左の女性の方がやや身長が高く、右の人は160あるかないかだろう。
「……いや、もしかして……義体?」
「え、マジ? どっちだよ。二人ともか?」
「いや、左の人は本物だ。右の人は……」
俺とヴァンはじろじろと身長の低い方の人間を見る。
下から上までジッと見つめていれば、その人は大きく息を吐く……あれ?
何処かで聞いたような息遣い。
ヴァンを見れば同じような反応をしていた。
俺はゆっくりと視線を向けて……まさか!
「人の体をジロジロ……てめぇら発情期か?」
彼女はゆっくりとヘルメットをそうとする。
カシュリと音がして、ヘルメットの固定が外された。
ヘルメットが外されて行く。すると、その下には肩まで延ばした金髪に青い瞳の中世的な顔立ちの――勢いのままに抱き着く。
「お、おい!!」
「……っ!! す、すまん!」
俺は自分が何をしているのか理解した。
彼女に謝りながら慌てて離れる。
すると、彼女は照れるように笑ってくれていた……やっぱりだ。
同じような義体ではある。
だが、彼女のそれは完全に”ミッシェル”の顔で。
恐らくは、中身も本物であると俺の心が告げていた。
何故、彼女が此処にいるのか。
そんな事を思いながら、マジマジと見つめていれば彼女はこほりと咳ばらいをする。
「……お前と話していた時に連絡が来たんだよ……自称神って奴から、会いたいのなら来いってな」
「……お前さぁ……いや、気持ちは分かるけどよぉ。普通信じるかぁそれぇ?」
「……っ! う、うるせぇよ!! 悪戯にしては巧妙にアドレスを偽装していて、場所だってちゃんとしていたところだって分かってたから!」
「それにしては、俺らよりも早くに来てスタンバってたんじゃ――うごぉ!」
ヴァンがへらへらと笑いながら指摘すれば。
ミッシェルは無言で彼の腹に拳を叩きこんでいた。
凄まじい衝撃音が鳴って、ヴァンの体は一瞬宙に浮いていた。
彼の服は衝撃を殺していたが、彼は腹を摩りながら表情を青くしていた。
「し、死ぬだろ、あれ……お、恐ろしい奴だ。ナナシ、気をつけろよ!」
「あ、あぁ……その、ミッシェル……会えて嬉しいよ」
「……それで?」
「……え?」
ミッシェルは腕を組みながら聞いて来る。
俺は頭に疑問符を浮かべながら彼女を見る。
すると、少し頬が赤くなっていた……!
俺はそれを見た瞬間に気が付いた。
そういえば、次に会った時に言うと言っていた。
つまり、今がその時になってしまっていて……だ、ダメだ!
今はタイミングが悪い。
此処でそんな話をすれば、色々と縁起が悪い気がする。
ヴァンが教えてくれた”死亡フラグ”なるもので――
「おい。おーい……おい!」
「――っ!! な、何だ?」
「何だじゃねぇよ……まぁた碌な事考えていねぇな……はぁたく」
「み、ミッシェル。今は少しまずい気がする。そ、そうだ! 帰ってから! 帰ってからに――!」
彼女に勢いよく両手で頬を挟まれた。
彼女は目を細めながら俺を見つめて「言え」とだけ言う……もうダメだな。
俺は観念し、彼女の手を掴む。
そうして、ゆっくりと呼吸を整えてから静かに跪く。
すごく顔が熱い。
義体であるのに顔に熱を感じる機能があるのか。
凄い機能だと思いながらも、俺は真剣な顔をする彼女を見つめて――
「――結婚、しよう」
「……っ…………はい」
ミッシェルへの告白。
彼女は大きく目を見開いてから、微笑みながら俺の求めに応えてくれた。
俺は表情が緩んでいくのを感じながら、彼女の手をギュッと握り……横から別の人間の手が触れる。
「……?」
「……おい。今、良い雰囲気なんだ……てか、お前は誰だ?」
「え? ミッシェルが連れて来たんじゃねぇのかよ」
「いや、俺が来た時には既にいたから。てっきりお前たちのサポート役か何かかと……マジで誰なんだ?」
ミッシェルとヴァンは困惑していた。
彼女は俺とミッシェルの手にそっと己の手を翳している。
俺はそんな彼女を見つめていた。
何故か、彼女から目を逸らす事が出来ない。
彼女の視線が一切不快に感じない。
いや、逆であり心が温かくなり満たされて行くようだった。
分からない。何も分からないが……俺は立ち上がる。
ミッシェルは俺の様子を見て何かに気づいていた。
そして、彼女自身も謎の人物に視線を送る。
「アオさん……私が分かりますか?」
「……君は……いや、まさか……でも……」
「……ナナシ、俺もそんな気がする……でもよぉ!」
俺とミッシェルは困惑する。
ミッシェルが此処にいるのは分かる。
しかし、俺たちが考えている人間が此処にいる可能性は限りなく薄い。
彼女は異分子では無いから、神が魂を保管している可能性は薄い。
異分子でない人間は死んだら、その魂は漂白されて生まれ変わる。
唯一、何かしら功績を残したか特殊なケースで生まれた存在なら保管されるが。
恐らく、彼女はそういう類の人間でもない。
だからこそ、もしも、此処にいると言うのなら義体でなければおかしい。
彼女が此処に来れる方法はそれだけで……でも、でも……それでも、俺はッ!
「……やっぱり、違いますね……私にとって貴方は――強くて優しい”ナナシさん”です」
「――っ! まさか、君は本当に……っ!」
俺とミッシェルは大きく目を見開く。
すると、彼女は俺たちから手をそっと離しヘルメットに手をかける。
ゆっくりとヘルメットが外されて現れた顔は……あぁ、やっぱりだ。
丸く大きな青い瞳。
肩まで延ばしていた黒髪は、今は腰まで延ばされていた。
シミ一つない綺麗な白い肌で、その目は潤みを帯びていた。
彼女は真っすぐに俺を見ている。
知っている。
分かっていた。
そうではないかと思い。
強く願っていた。
彼女だ――間違う筈が無い。
「――ユーリ」
「はい。ユーリです。ナナシさん」
「……っ! ユーリ!」
俺とミッシェルは思わず彼女に抱き着いた。
彼女は俺たちに抱き着かれてバランスを崩した。
そのまま俺たちは床に倒れて、それでも俺たちは彼女に強く抱き着いていた。
涙が出てくる。
嬉しい、心の底から嬉しかった。
心の声がポロポロと漏れ出てくる。
もう二度と会えないかと思っていた。
別れの言葉もないまま、もう君の笑顔が見れないんじゃないかと不安だった。
ずっとずっと会いたくて、ずっとずっと探していて、それで、それで……彼女はそっと俺の頭に触れる。
「……ごめんなさい。私もよく分からないんです……知らない男の人が助けてくれて。目を開けたらこの世界にいたんです……不安でした。私も二人にもう会えないかと思っていました……でも、メッセージが入ってきて此処に来れば会えるって聞いて……やっと会えました」
「……そうか……そうだったのか……いや、いい……会えたのなら、何だって良い……おかえり。ユーリ」
「はい! ただいまです!」
顔を上げて彼女から体を放す。
そうして涙を拭ってから彼女に笑みを向ける。
彼女は変わらず綺麗な笑みを浮かべていた。
ミッシェルを見れば鼻水をたらしながら号泣していた。
俺は慌てて持って来ていた携帯ハンカチで彼女の顔を拭う。
「……も、もういいから……ふぅ、よし……ダメだ。また泣いちまう」
「気持ちは分かる……俺もだ」
「あぁ! そんな! どうしましょう?」
「え、俺に聞く? どうって……あ、そうだ! ナナシよぉ。お前、ミッシェルには言えてミヤフジさんにアレが言えねぇ訳ねぇよなぁ」
ヴァンはにやにやしながら言う……その通りだ。
「……そうだな」
「……ん?」
俺はヴァンの言葉で正気に戻る。
ユーリは感動の再会でまだ気づいていない。
俺はそんな彼女に視線を向けながら、その両手を優しく包み込む。
そうして、真っすぐに彼女を見つめて――
「――結婚してくれ」
「……ふふ、答えは勿論……イエスです!」
ユーリははにかみながら俺の求めを受け入れてくれた。
俺は彼女に笑みを向けながら、この瞬間を記憶に大切に仕舞う。
すると、背後でヴァンが奇妙なダンスを踊りながらいつの間にか用意していた紙吹雪をばらまく。
「いえぇぇぇい!! おめでとうさぁぁぁん!! 一夫多妻ばんざぁぁうごぁぁぼぁぁ!!?」
「うるせぇぇ!! 邪魔すんなぁぁ!!」
ロケットのように突っ込み頭突きをヴァンに喰らわせるミッシェル。
ヴァンはそのまま後方に飛ばされて行く。
ミッシェルは荒い呼吸で俺たちの方に戻って来る。
「……えっとな……その……よろしく、お願いします……っ」
「私もよろしくお願いします!」
「あぁ、よろしくな……盛大にフラグを建ててしまったが。大丈夫だと思うか、ヴァン?」
ヴァンの方に視線を向ける。
すると、彼は腹を必死に摩りながら俺に視線を向けてくる。
「ぅ、ぅぅ……し、心配いらねぇ。俺の知識では結婚の約束をすれば死ぬが。結婚しちまってるなら、ワンチャンある……多分」
「おいおい、本当かよ……ま、漫画の話だし。当てにならねぇよ!」
「そうです! 私たちは死にません! 何故なら、ナナシさんがいるからです!」
「あぁ死んでも二人は俺が守る」
「いや! お前に死なれたら俺たちが困るんだけど……ま、まぁいいのか?」
俺たちはそんな事を言いながら歩いていく。
ユーリは器用に髪の毛を持っていたゴム紐で結んでいった
二人はヘルメットを装着し、俺たちも呼吸器系を止めておく。
口が完全に閉じられて、目の方にも特殊な透明なフィルターが下ろされた。
二人との再会で不安は全て消し飛んだ。
俺たちは扉の前に立つ。
ヴァンは目を輝かせていて、ミッシェルとユーリは俺の両隣で少し不安そうにしていた。
俺はそんな二人の手をそっと繋ぐ。
彼女たちはハッとして俺を見て来た。
「大丈夫……行こう。世界を見に」
「……あぁ、そうだな。見に行こうぞ」
「……私たちが知らない世界を見に!」
彼女たちの目にはもう不安も恐怖も舞い。
俺たちは互いに頷き合って、ゆっくりと強固な扉は開かれて行った。
此処からだ。
此処から俺たちの新たな未来が始まる。
その道は永遠と続いていて、多くの挫折や困難が待っているかもしれない。
でも、俺たちは決して後悔はしない。
だって、そうだ。
俺たちは世界を知りたくて進むんだ。
知りたい事を知って後悔するんじゃない。
知る事でもっと世界を愛せるようになる。
そうして、互いの世界を広げて行って混じり合っていく。
それが人生であり、長い旅というものだ。
永遠に続く未来という道を旅する俺たち。
その道で多くの人と出会い、様々な世界を知っていくんだ。
徐々に光が広がって行く。
俺たちはギュッと手を握りしめた。
スーツ越しに感じる熱。
それが心を高揚させて、笑みは自然と大きくなっていく。
俺たちは両目を大きく開きながら、その先に広がる光景を見る。
笑いながらその先を見つめていた。
「「「「――!」」」」
俺たちは光の先へと一歩足を進める。
この一歩は新たな世界への記念すべき一歩だ。
その一歩を噛み締めて、歩をゆっくりと進めていった。
さぁ行こう――”世界を知る”為に!
『死にぞこないの猟犬は世界を知る』-fin-