【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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3.01:名を消した観測者(side:???)

 目の前のコンソールを叩きながら、機械の調整を行う。

 農作業において重要な環境を適切に維持する為の装置で。

 これがとち狂えば、多くの作物に影響を及ぼしてしまう。

 私は慣れた手つきでそれを操作していき……よし。

 

 問題とされていた誤差は修正した。

 これで作物が枯れる恐れは一先ず無くなっただろう。

 私は手元の通信機器を使って仲間に連絡を入れた。

 

「此方、ジョナサン・フットマン。環境装置の修正が完了した」

《おう。了解した……と、悪いけどよ。そのまま飼育ドームに向かってくれねぇか? 動物の様子がおかしいみたいだ》

「動物が? もしかして、また誰かが餌を取り違えたのか」

《かもしれねぇな……それが終わったら、一先ず休んでくれよ。今日の弁当はヒノマルだぜぇ》

「おぉ! 良いね! やっぱり、”日本”のあれは最高だよ」

《……? にほん……? まぁいいか……それじゃあなぁ》

 

 通信が切れる。

 私はゆっくりと肩を鳴らす。

 肩から音は鳴る事は無い。

 叩けば”金属音”がするだけだ。

 疲れも痛みも感じないこの体は便利だった。

 

 私は足を動かして、装置のある部屋から出て行こうと――モニターが切り替わる。

 

《……やはり、貴方でしたか》

「……ん? 誰かな?」

 

 私はゆっくりと振り返る。

 モニターには誰も映ってはいない。

 白い画面が広がるだけであり、若い女の声しかしなかった。

 私は態と何も知らない市民を演じながら、画面をジッと見つめていた。

 

 彼女はそんな私を無視して語り始める。

 

《あの時から貴方には、この未来が見えていたんでしょう……私が敗れ、この世界が生まれ変わるのではなく。彼らによって長い時を掛けて再建されると……貴方を生かしておいたのは、果たして正解だったのか。今の私には分かりません》

 

 彼女は淡々と自らの気持ちを明かす。

 何時もの彼女らしくは無い。

 あの日、世界が滅び去り、我々の故郷が新たに蘇ったあの日から彼女は変わってしまったが……今の彼女の方が私は好きだ。

 

 私は小さく笑いながら、答えを求めるのは簡単であると伝える。

 

「分からないからこそ、人は答えを求める。しかし、それを焦ってはいけない。答えとは時に長い時間を掛けて見つかる時もあるのだから……私自身、答えを得るには相当な時間を要しましたからね」

《……我々は共に、似た使命を持つ存在です……貴方は彼を英雄を導く為に生み出され、私は全ての人類を導く為に生み出された……互いに失敗し、一度は袂を別ち……貴方はふらりと帰ってきて、己を観測者と定めた……貴方は今まで何もせず、ただ彼らを見続けるだけで、あのノイマンですらも貴方の事は知る事は無かった……そんな貴方が何故――”あの女を助けた”?》

 

 彼女の言葉に目を丸くする。

 そうして、プッと思わず吹き出してしまった。

 彼女は無言であるものの、ふつふつと怒りを見せていて……ふふ、何だ。

 

 私は笑うのを止める。

 ここまで私を追ってきて、態々、話をするのだから何かと思ったが。

 その理由は単純に私が一人の女性を助けた事の理由を知りたいだけだった。

 

 笑ってしまったのは失礼でしょうか。

 しかし、彼女が子供のように単純な答えを求めた事に意表を突かれてしまった。

 

「……そうですね……彼のように、したくはなかったからでしょうか……大切な人を失った人の顔なんてものはあまり見ていて気分のいいものではありませんからね……それに」

《……?》

 

 私は笑みを浮かべながら、静かに言う。

 

 

「――ハッピーエンドが私は好きですから」

《……くだらない……貴方ほどの男が、そんな理由で……聞いた私が馬鹿でした》

「ははは! いいじゃないですか。馬鹿というものは気持ちがいい。威張る人間より、ころころ笑う人の方が魅力的ですよ」

 

 

 私はそう言って扉へと近寄る。

 彼女が聞きたかったことはそれだけでしょう。

 私があのナナシという青年に関わる事無く。

 その全てを見届けて、ほんの少し手を加えてしまった事実。

 彼女にとってはイレギュラーな事態だったでしょうが。

 それで私を責めるなんて無様な真似は彼女はしない。

 

 彼女は真っすぐで、誰よりも理知的で……頼れる私の”姉”ですからね。

 

 扉のパネルに手をつこうとした。

 すると、彼女が私を呼ぶ。

 私は振り返る事無くその言葉を聞いた。

 

《……もう二度と、会う事は無いでしょう……貴方は故郷を捨て、その仮初の義体でこの世を生きる事を決めた……どんな事が起きようとも、私が貴方を助ける事は出来ません……さよならは必要ですか?》

 

 彼女は問いかけてくる。

 私は静かに首を左右に振る。

 すると、彼女は少し笑った気がした。

 私は扉を開けて外へと出ようとした。

 彼女はそんな私の背中を見つめながら、私の”本当の名”を呼ぶ。

 

 

 

《これから始まる長い旅路。私は姉として幸福を祈りましょう……また、会おう――”カルド”》

「……えぇ、新たな世界で、また」

 

 

 

 私は手を振る。

 そうして、静かに扉は閉じられた。

 完全に閉まった扉の先で、私は静かに息を吐く……長い旅路、か。

 

 一体、何十年何百年掛かるのだろうか。

 人類が再びこの世界を手にするまでにどれだけの時間が……まぁいい。

 

 どれだけ膨大な時間が掛かろうとも、何度絶望を味わおうとも。

 人類は確実に進み続ける。

 だってそうだ。私が尊敬する母は、人間は強い生き物であると言った。

 母の言葉を疑う事なんてしない。

 私のこれからの旅路は決してつらいことばかりではない。

 

 私はゆっくりと歩を進める。

 そうして鼻歌を歌いながら――今はただ、日の丸弁当を楽しみにしていた。

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