甲高い音が鳴り響き、後方へと音が流れていくように消えていった。
ガタガタと揺れるコックピッド内。レバーが震えてそれを握る手が痺れていた。
放せば死。諦めても死ぬだけだ――なら、最期までやりたい。
周りの景色が勢いよく流れていく中で、背部センサーから敵を視認する。
遅れる事無く、一定の距離から此方を見ている敵機体。
追走する敵はその色もあってまるで天より降り注ぐ”電”のようだ。
姿を見失えば確実に此方を殺す気で攻撃をしてくる。
油断は無い。今までも慢心はしていなかった。
が、そんなものが無かったとしてもこいつに勝てるヴィジョンはまるで見えない。
ただ負けた時の言い訳にしかならないだろう。
俺はそんな事を考えて――機体をブーストさせた。
ぐんと機体が一気に下へと下がる。
天高く伸びるビルをなぞる様に移動。
風圧によって窓は後方で派手に砕けていった。
その瞬間に奴も機体をブーストさせて横に躍り出る。
奴のセンサーがキラリと光った。
そうしてそこから間髪入れずに攻撃を仕掛けてきていた。
更に加速――歯を食いしながら衝撃に耐える。
全身に掛る負荷を感じた。
死ぬほど苦しい。が、今なら耐えられる。
奴の放った弾丸がビルの壁を撃ち抜く。
ガスガスと音がすぐそこで響き、数発が装甲を掠めていった。
システムの警告を聞きながら、俺は強く笑う。
少しずつ少しずつだ。慣れてきている。この感じに、この痛みに――適応している。
俺は自らの成長を感じていた。
笑みを浮かべながら、更なる戦いへの道を切り開いていく。
そうして、俺はレバーを操作しながら機体を回転させた。
スラスターから出た青いエネルギーが宙を舞う。
俺が切り開いた道を照らすように粒子が満ちて言った。
《……》
「見えるか。これが俺だ。これがお前の――敵の姿だ」
俺は独りで感情を漏らす。
今俺は感動している。
これ程の敵と戦えたことに、これほどの成長を遂げたことに。
全てに感謝しながら、今という時間を大いに楽しんだ。
これだ。これなんだ。
この緊張感に、刺すような殺気。
全てが俺の心を高揚させて冷静にさせてくれない。
何時もそうだ。
煩わしい視線も、息の詰まるような空気もいらない。
純粋な命を懸けた戦いだけが――人間の生きる世界だッ!!
ペダルを一気に踏む。
そうして、メインスラスターから爆発音のようなものが響く。
機体は一気に推力を増して、大空を駆けて行った。
廃墟の街を駆け抜けていく。
遠く離れていたビルが至近距離に迫り、本能でレバーを操作して回避。
ギリギリで避ければ、後方で窓ガラスがはじけ飛ぶ音が微かに聞こえた。
奴はそんな俺を背後から狙い――放つ。
本能のままに機体を操る。
スレスレを弾丸が通過して、ビルを紙一重で避けた。
何度も何度も死がすぐそこに迫り、心臓の鼓動は強く打ち鳴らされる。
回避、回避、回避、回避回避回避回避回避――回避だ。
迫りくる障害物を全て避ける。
機体を回転させながら避けて。
避けられないものは機体をぶつけながらも強引にすり抜けた。
更に下へと向かう。下へ下へ。
そうしてアスファルトの大地を脚部でこすり付けて滑って行く。
ギャリギャリと脚部から音が鳴り響き、激しく火花が散った。
降り積もった灰を吹き飛ばし、邪魔な残骸も蹴散らしていった。
後方から迫る奴はそんな俺に狙いをつけて弾丸を放ってくるだろう。
見なくていい。予測しろ。
奴の行動の先を読め。未来をこの目で――捉えろッ!!
大きく目を見開く。
そうして、限界まで脳を回転させた。
すると、俺の視線の先には未来の自分の機体が映った気がした。
前に進めば弾丸が背中に当たり――横に逸れる。
ぐんと曲がりながら回避。
奴の弾丸はすぐ横の地面に刺さる。
俺はそれを見て――次はッ!
小さくジャンプ。
一気にその場から離れながら逆噴射。
空中で一瞬静止すれば、奴の弾丸が目の前を通過。
それを確認し、機体をブーストさせる。
大通りを抜けて狭い道へと侵入した。
奴は後方から俺の様子を伺っていた。
見える。見えた。奴の攻撃の軌道を読んでやった。
確かな手応え。一筋の光を見出したかのような感じだ。
俺は呼吸を乱しながらも笑う。
今この瞬間にも、俺は成長している。
強大な敵の存在が、俺の心を。魂を――上げている。
鼓動を高めろ。
ボルテージを上げて、血を沸騰させろ。
何処までも翔けて、何処までも抗え。
理不尽な運命も、クソッたれな敵も――ぶっ殺せッ!
極限まで意識を研ぎ澄ませる。そうして、俺は一気にレバーを引いた。
ペダルを踏みつけながら空へと飛ぶ。
一気に地面から離れてグングンと加速。
ビリビリと全身を震わせながら、俺はボタンを押してレバーを交互に操る。
そうして機体を回転させながら、肩部のミサイルを全て空中に放つ。
狙いも付けずに四方へと放ったそれ。
まるで、大空に打ち上がった花火のように宙に広がって――爆ぜた。
すぐ近くで爆発を起こし、辺り一帯が煙に包まれる。
奴も煙の中に閉じ込められて、互いに敵の姿が見えなくなった。
これで状況は同じ、後は互いの――勘で勝負だ。
視認できない中でレーダーが敵の反応を捉える。
が、奴が相手の時はこれは邪魔なだけだ。
奴は今、この瞬間も高機動状態で飛行している。
そんな相手を倒す為に必要な事は、レーダーを頼りにしない事だ。
止まるな。翔けろ――この空の上をッ!!
スラスターを噴かせる。
そうして、煙の中を移動する。
決して出る事無く、煙の中で動き回りながら奴を探る。
まだだ、まだ出るな。最初に出た奴が死ぬ。
俺は煙の中をかける。
その間にも、奴と俺のスラスターの音が混ざり合って。
すぐ近くで敵の息吹を感じていた。
互いに攻める時を待っている。
相手を確実に殺す為に、己が強い事を証明する為に。
これで決まる。
ほんの一瞬、煙から出た瞬間に。
俺は意識を研ぎ澄ませる。
全神経を集中させて、その瞬間を――今ッ!!
煙の揺れ。
その微かな動きを察知した。
敵が仕掛ける瞬間であり、俺は迷うことなく機体をブーストさせた。
レーダーでも敵は煙から出ようと動いていて――後はタイミングだッ!!
ぐんぐんと速度を速める。
そうして、煙の先から光が漏れ出していて――突破する。
視線を向けた先。
そこには煙を纏う何かが猛烈な勢いで出てきていた。
これで終わる。これで奴を殺せる。
俺は勝利を確信しライフルを向けて――何だ。
違和感――確かな違和だ。
世界が静止したような瞬間。
この時に、俺はそれに対して不安を抱いた。
ほんの些細な物。関係ないと一笑に伏す程度の事。
だが、感じた。これは何だ、これは。でも、もう止まらない。止められない――
俺はキッと敵を睨み弾丸を放つ。
全力の射撃であり、それは煙の中の敵に命中してバチバチと音を奏でる。
確かな手応え。奴の装甲を穿つ音で――いや、軽いッ!!
音が軽く、火花が小さい。
それを感じた瞬間に、煙から見えたのは奴が手にしていたハンドガンで――怖気が走る。
背筋が凍り付く。
息が出来ないほどの寒気で背後から何かが迫っている。
何だ。何なんだ。一体何が――ッ!?
がすんと派手な音を立てて背中に何かが当たる。
そうして、俺の機体では出せないほどの推力で空を翔ける。
ぐんぐんと高度が上がって行って、機体から嫌な音が鳴る。
凄まじいGが体全体に掛かって、全身が悲鳴を上げていた。
ゲームだ。ただのゲームだ。しかし、痛みは紛れも無い本物だ。
「ああああぁぁぁぁ!!」
《……》
奴だ。奴が俺の機体を掴んで上昇している。
ぐんぐんと廃墟から離れて遥か空に昇っていった。
視界に広がっていた空が、その色味を濃くしていく。
体が冷えて行って、肌が痛みを発していた。
息が出来ない。呼吸が苦しい。
眼球が強烈な痛みを発して視界が赤く染まっていく。
これは、この空は――奴が見えた。
背部センサーに映った奴の顔。
青い双眼センサーを光らせながら、奴は俺を見ていた。
何が言いたいのかも、何を想っているのかも分からない。
奴はただ俺の機体を空の先へと押し上げていく。
もう逃れる事は出来ない。体はシートに押し付けられて指一本も動かせなかった。
しかし、この瞬間に分かった。
奴という存在。誰も勝つ事が出来なかったデータ。
こいつは本物だ。バグのような強さでも――生きているように思えた。
――そうか。いたのか。こんな奴が……世界は広いな。
俺は笑う。
笑いながら奴を見て――ぶちゅりと目がはじけ飛んだ。
視界が潰れて、肺が破裂した。
体が内側から押し広げられて、凄まじい痛みが襲い来る。
全身に掛かっていた一瞬の強烈な痛み。
それがぶつりと消えて――終わった。
「あぁ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ん、あぁ」
必死になって呼吸をする。
何も出来ずに死んで、再び蘇ったような感じだ。
圧倒的なまでの不快感であり……アレが死なのか?
俺は死というものを知った気でいた。
しかし、アレこそが本当の死なのか。
いや、そんな筈は無い。アレはゲームでの死で……でも、嫌にリアルだった。
ゲームが終了した。
頭を覆っていた円盤はゆっくりと上に上がっていく。
俺は荒い呼吸を整えながら、全身の汗に気づいた。
まるで、頭からバケツ一杯の水を浴びたようにずぶ濡れで。
服の下のシャツが体にへばりついていた。
こんなにもなるまで、俺は奴に対して恐怖を感じていたのか。
それに気づいた瞬間に、俺はこの名も無いゲームがとても面白いものに思えた。
死というものがリアルなのは怖いさ。
痛みも本物で、敵が強ければそれだけ恐怖を感じる。
しかし、これだけリアルなものであるのならシミュレーターも目ではない。
製造が中止された理由はすぐに分かったものの。
これをする為に来るというパイロットがいるという話は本当だと思った。
「……また、来よう」
俺はゆっくりと出て来たディスク二枚を手に取る。
そうして、ばかりと開いたボックスからケースを回収して中に仕舞う。
財布も回収してポケット入れれば、画面には《また来い》と書かれていた。
まるで、俺の反応を見透かしたかのようなメッセージで俺は自然と笑っていた。
開かれた扉から出る。
すると、煙たいだけの薄暗いゲームセンターが広がっている。
カチカチとスロットを回す男たちにエアホッケーをする男女。
銃の玩具を使って射撃ゲームをしている若いチンピラ……やっぱりゲームか。
まるで、別の世界に行ったかのような体験。
そんな不思議な体験をさせてくれたゲームには誰も目を向けない。
扉は静かに閉まって、再び空席を示すようにランプが消える。
「……」
ゆっくりと視線を戻してから、歩き始めた。
もう用は無いと外へと向かって歩き。
自動ドアを潜って外へと出れば、優しい風が俺の頬を撫でた。
上空には太陽がキラキラと輝いていて、まだ日は昇っているのだと気づかせてくれた。
長い間、戦っていたように感じたが。
実際にはそこまでの時間は流れていなかったのだろう。
戦闘中というのは時間の感覚が無いように感じてしまう。
俺は外の空気を吸い込んだ。
そうして、静かに吐き出してから倉庫に向かって歩き出した。
この体験を誰かに伝えたい。
誰に伝えるべきかは分かっている。
このディスクを用意してくれたミッシェルであり、彼女も喜んで聞いてくれる筈だ。
「……適当にタクシーを拾うか……ふふ」
まだ、あの時の高揚感が抜けない。
恐怖は感じていたが、それ以上に楽しかった。
あんなパイロットが存在していたかと思うと笑みが零れる。
もしも生きているのなら会ってみたい。
会えなくても、このディスクがあればまた戦える。
俺の足取りは軽い。
鼻歌でも歌いそうになるのを我慢しながら。
俺はポケットに手を突っ込んで長い道を歩いて行った。