【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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033:新しい人(side:ジョン)

 スーツの上着を脱ぐ。

 それを壁に掛けてから、ネクタイを緩めた。

 チラリと置いてあった鏡を見れば、少し顔が腫れていた。

 

 殴られるつもりではあった。

 そう仕向けるように言葉を選んだから。

 しかし、思いの外、話の通じない人間たちだった。

 

 まぁ、あんな葉っぱに執着するような輩だ……真面ではなかっただろうさ。

 

 別にこの傷の事はどうでもいい。

 あの輩に言葉を送っても、返って来るのは暴力だけだ。

 昔からよく知っている。それが人間というものだ。

 

 無知で残酷で、好奇心を満たす為なら火の中にも飛び込む。

 例えそれで死んだとしても、また次の好奇心を持って生まれて来る。

 死に絶え滅びる事は無い。

 永遠に等しい時間の中で繁殖し続けて、愚かな過ちを繰り返していく。

 

 賢者は過去の過ちから学び次に生かす。

 狂人は失敗を認識せず、何度も間違いを犯す。

 ならば、彼らの言う”普通の人間”とは何か。

 

 それは失敗も成功も――等しく無意味なものにしてしまう。

 

 失敗して悲しみ、成功して喜び……ただそれだけだ。

 

 波打つように感情を揺らしたとしても。

 それが何かに活かされる事は決してない。

 ただそんな事があったと記憶して……いや、それすらも時間と共に風化していく。

 

 ”無意味な”人生ではない。

 ”無価値な”経験としてしまうのが普通の人間だ。

 

 ゆっくりと移動し、窓の傍に立つ。

 下を見れば人々が歩いていた。

 

 仲間と談笑しながら、何処かを目指す傭兵たち。

 寒空の中で汚らしい格好で恵みを得ようとする男。

 傭兵たちはそんな弱者を見つけて、ケラケラと笑いながら蹴りつけた。

 少なからず”偽善者”がいたのであろう。

 小さな恵みが辺りに散らばり男は必死になってかき集めていた。

 男たちはそんな無様な男を嘲りながら去って行った。

 

 普通の人間であれば、この光景を見て悲しむか怒りにかられるだろう。

 しかし、それだけだ。

 実際に手を差し出す事も、彼と一緒になって地面を這いつくばる事もしない。

 ただ可哀そうだと憐れみ、最低な人間たちだと憤るだけだ。

 

 それに意味はない、だからこそ無価値なものになる。

 

 あの傭兵も、あの男も普通の人間ではない。

 一方は他人をコケ下ろせる強者で。

 もう一方は理不尽な暴力に何も言えない弱者だ。

 

「……正しい世界の在り方……これが神が作った世界か」

 

 合理的だ。合理的なまでに”本物”だ。

 

 清廉潔白な人間など存在しない。

 この世には弱者と強者しか存在せず。

 曖昧な存在はその何方にも立てない成り損ないだ。

 

 僕は異分子で、間違いなく彼らは弱者だろう。

 理不尽な暴力に屈し、何処までも虐げられる存在。

 だが、僕は違う。そして、僕の友人も彼の同胞も違う。

 

 奪われるだけじゃない。

 殴られるだけでは終わらない。

 その為に立ち上がり、彼らは必死に世界に抵抗していた。

 

 

 ――そして、そんな君は”大切なもの”を残していった。

 

 僕が去るその日まで誰にも言わず。誰にも明かさず。

 去り行く僕にだけ打ち明けた真実。

 君が教えてくれたそれを見に此処まで来た。

 

「……やっぱり君は……意地悪だよ」

 

 窓に指で触れながら、僕は小さく笑う。

 友人は最後に明かした真実も。

 それを見た事で、益々、分からなくなってしまった。

 

 何故、君はそんな大事な事を僕に明かしたのか。

 何故、君はそれを残して行ってしまったのか。

 君は僕に何を望んでいる……王になった君が、僕に。

 

「……」

 

 冷たいだけの窓から手を離す。

 そうして、小さく息を吐いた。

 

 僕は”彼”と出会った。

 彼はとても真面目でとても優しくて……普通だった。

 

 落胆は無い。

 別にどうでもいい事だ。

 どんな人間であろうとも変わりはない。

 

 友人が残したものが”それ”ならば、僕に不満はない。

 

 安いホテルの一室。

 窓から見える夜空は綺麗で。

 この星空の下には異分子や人間が生きている。

 異分子は虐げられて苦痛を強いられるが。

 人間たちはそんな彼らを使って惰眠を貪る。

 

 この世界の異分子は家畜となんら変わりない。

 違いがあるとすれば、喰われる為に殺される訳じゃない。

 彼らの機嫌次第で殺されてしまうのだ。

 

 ただ気に食わなかったから。

 思い通りに動かなかったから。

 殺して見たかったから……皆、同じだ。

 

 人畜無害を装った人間であろうとも。

 その内側には得体の知れない怪物を飼っている。

 人の皮を被った魔物であり、僕はどんな野獣よりも人間が恐ろしい。

 

 感情で動く人間も、自らを律する人間も。

 その人間の心を刺激してしまえば、豹変する。

 血に飢えた獣のように、人を殺して歩く化け物になるのだ。

 

 人間は怖い。人間は恐ろしい――僕は人間にはなりたくない。

 

 僕は間違いなく異分子だ。

 人間では無く、彼らの血が流れている。

 どんなに偽ろうとも、彼のような同胞には分かってしまう。

 欺けるのは人間と機械だけで……時間は無い。

 

 刻一刻と時間が過ぎていく。

 残された時間は僅かであり、それまでに僕は行動を起こさなければいけなかった。

 その為の布石を蒔いて、彼という駒を使って事を起こす。

 もう逃れる事は出来ない。SAWという企業と敵対してでも僕は己が野望を叶えたい。

 

 この世に生きる異分子たち。

 この世界の癌だと吐き捨てられた彼らを――正しい在り方にする。

 

 異物でも癌でも無い。

 この世界に存在する命として、僕は彼らに意味を与える。

 虐げられて生きる場所の無い彼らに、僕は大きな家を建てるつもりだ。

 

 その為ならば何だってする。

 例え三大企業と敵対しようとも、この命が無残に散らされようとも――止まりはしない。

 

 夜空を見上げながら誓いを立てる。

 そうして、ゆっくりと目を逸らしてからベッドの脇に置かれた注射器を見つめる。

 小さな銃のような形状のそれを持ち上げながら、僕は袖をまくり上げて露わになった腕にそれを当てた。

 静かに息を吸い、カチャリとトリガーを引いた。

 すると、カシュリと音が鳴り中に入れられていた薬液が体内に注入されて行った。

 

 体に変化はない。

 が、これを打ち続ければ何れは……構いはしない。

 

 ゆっくりと空になったそれをベッドの上に放り捨てる。

 そうして、ポケットから端末を取り出した。

 指で操作しながら、ある人物へと繋ぐ。

 耳にそれを当てながら暫く待つ。

 

 ワンコール、ツーコール――繋がった。

 

 電話の主は何も言わない。

 ただ黙って聞いているだけで。

 僕はそんな彼の態度を無視して勝手に話し始めた。

 

「……三日後の夜、始めるよ……どうするかは君に任せる」

《……》

「どちらの側に立とうとも、僕は責めはしない……ただ、君の決断で多くの命の運命が決まる。それを忘れないで欲しい」

《……っ》

 

 電話の主の息遣い。

 それが僅かに重いものになったのを見逃さない。

 これは決して脅しではない。

 ただの事実であり、彼の判断を加速させる為の情報でしかない。

 

 賭けと呼べるものではない。

 何方に転ぼうとも、僕がこれからしていく事に変更はない。

 死んでも生きても関係ないから……ただ僕は見てみたいんだ。

 

 僕が最も恐れる人間が。

 この土壇場でどうするのか。

 罪悪感に苦しめられて、偽善を語るだけの人間が。

 自らの決断で運命を変えられると自覚した時――その人は変われるのかを。

 

 吐き気を催す邪悪。

 道徳に反した道を歩み続けた人間たち。

 その中の一人である彼を、僕は試していた。

 

 人間の心は環境で変わると言われている。

 又は、生まれた瞬間にその人間の心は決まっていると。

 何方も正しい。しかし、僕は常日頃から思っている。

 

 生まれた瞬間に悪となる人間も。

 歩んでいく人生の中で、変わるのではないかと。

 人間が豹変するのは一瞬だ。

 しかし、人間の心が変わって行くのは長い時をゆっくりとだ。

 少しずつ少しずつ、人間は変化していく。

 

 悪から善になるのも、善から悪へとなるのも――同じだ。

 

 僕は暫く待った。

 彼の言葉を聞きたいから。

 彼の口でどうするのかを聞いてみたかった。

 

 静かに、彼は重い口を動かし始めた。

 

《……俺は…………お前に、託したい…………俺では何も出来ない。けど、お前は違うんだろう?》

「……それは分からない。約束も出来ないよ……でも、託されたのなら責任は持つ。それだけだ」

《……それでいい……俺は責任すら、持てなかった……あの世で裁かれる前に、俺は……っ》

 

 電話の主はすすり泣く。

 僕はそんな彼の言葉を聞いてゆっくりと頷いた。

 

「信じるよ。君の言葉を……死後の安らぎを心から願う」

《……お前の願いなんかいらない。”悪魔”の祈りに、意味はない……あばよ》

 

 彼は別れの言葉を吐き捨てる。

 そうして、電話はぶちりと途切れた。

 僕はゆっくりと耳から端末を放す。

 息を静かに吐きながら、端末を操作した。

 

 正式な依頼として、ナナシの雇用主に依頼内容を送る。

 持ちうる情報も全て渡して。

 これで僕がやるべき事は終わった。

 後は彼が依頼を終えて、彼の望む報酬を与えるだけだ。

 

「……碧い獣……望まずとも、すぐに会えるよ……そんなにすぐに運命を求めるのなら。それもいい」

 

 友人の顔を思い出す。

 そして、彼が生み出し育てた”子”を……いや、いい。

 

 これ以上、過去を思い出しても意味はない。

 過去は過去でしかなく、そこから得られるものは何も無い。

 僕は過去を捨てて、未来へ進むと決めた。

 

 

 悪魔として、人類を脅かす者として――この世界を恐怖に染め上げる。

 

 

 これは始まりだ。

 一般人は知ることも無い序章で。

 此処から人類は恐怖を思い出していく。

 かつて災厄として人々を恐怖に陥れた存在。

 彼のような存在がこの世に生まれ落ち、世界を蹂躙していく。

 

 人類が異分子を認めず虐げるのであれば。

 僕は彼らを認めず、彼らを恐怖させていこう。

 終わるのは一瞬だ。だが、それまでの過程は永遠のように思えるだろう。

 

 心の底から湧き上がる感情。

 渦を巻くように、己の思考をかき乱すもの。

 それを自覚した時、人類は異分子を――認めざるを得なくなる。

 

 

 もう二度と、彼らを虐げられなくなる。

 もう二度と、彼らを消耗品のように殺せなくなる。

 もう二度と、人類は異分子に――”関わろう”としなくなる。

 

 

 全てを終わらせる。

 この穢れた歴史を終わらせてみせる。

 それが悪魔としての僕の役目で――僕の存在理由だから。

 

 

 

「……”ノイマン”、君がしない事を。僕はするよ」

 

 

 

 古き友人の名を呟く。

 そうして、僕はもう一度空に広がる星々を見つめた。

 静かな夜を邪魔する人間は、誰一人としていなかった。

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