ジョン・カワセからの正式な依頼。
闇夜に乗じて、SAWの生産工場を破壊する計画で。
大規模な工場ではあるものの、ジョンは約束通り奴らの情報を提供してきた。
工場内の精巧なマップも用意されていたようで、ヴァンは何処で入手したのかと驚いていた。
依頼を達成次第、彼から碧い獣に関する情報を貰う手筈になっている。
だが、この襲撃が無事に完了したとしても、ジョンは奴らに狙われる事になるだろう。
正式な依頼であったとしても、襲撃が終わるまでは計画が漏れる心配は無い。
統括委員会は公正であり、自分たちから依頼を公表する事も企業に知らせる事もしない。
調べるのもその後にどうするのかも自由だがな。
……まぁジョンの存在はすぐにバレるだろうが。
一先ずは、彼の事は置いておく。
彼についての興味はつかないが。
最も重要なのは彼からもたらされる情報だ。
碧い獣を知っていて、その情報を俺が求めている事を知って接触してきた。
SAWの工場を俺に襲撃させる事が目的だった様だが……何故、俺なんだ?
その理由も不明だが……一度受けた依頼だ。もう引き返す事は出来ない。
ヴァンには怒られてしまった。
幾らなんでも怪しすぎると。
しかし、俺はあの場で受けなければいけない気がしたのだ。
もしも断れば、もう二度とチャンスは訪れない気がした。
その事をアイツに伝えれば、渋々、了承してくれた。
決行日は三日後……一日経過したから、二日後だな。
幸いにも、SAWの依頼を受けている今。
俺たちの順番が回って来るまでには時間がある。
俺たち以外にも奴らの依頼を受けている連中はいて。
その傭兵たちや俺たちをローテーションを組んで使っている。
唐突に出動を要請される場合もあるが、その場合も不測の事態であれば交代を申し出る事が出来る。
最も、そう何度も要請を断っていれば手を切られるが……一度だけなら問題ないだろう。
それに、エースパイロットが頻繁に戦場に現れる事も無い。
奴らは両国にとっての宝であり、重要な局面以外では温存しておきたいだろう。
次が何時になるのかは分からないが。取りあえず、すぐではない。
ミッシェルは機体の修繕を急いでいる。
脚部の破損に関しては予備パーツでどうにでもなるらしい。
取り付けが完了すれば、すぐに動力回路との接続などをチェックして……それまで俺は待機だ。
ヴァンはジョンから渡された情報を精査している。
確認が終わり次第、俺にその情報を教えてくれるらしい。
恐らくは、今日中には済むだろう。
俺はそれまでの空いた時間を使って、早速、例の男に会いに行った。
電話を繋ぎ連絡を取れば、昼頃なら会えると言ってきて。
俺はその言葉通りに昼頃に彼がいる教会へと向かった。
街の中心部にある教会兼孤児院。
記された場所へと向かえばすぐに分かった。
教会と一瞬で分かるような壁が白塗りで黒い三角の屋根。
色鮮やかなステンドグラスがキラキラと輝き。
柵から見える大きな庭には、子供たちが沢山いた。
ボール遊びに縄遊び……楽しそうだな。
純粋無垢な子供たちを見てから。
俺は敷居を跨いで中へと入った。
神父を探す為に中へと入ろうとして――声を掛けられた。
横を見れば、濃い青色の修道服を着たふくよかな女性が立っている。
その手には籠一杯の綺麗に折りたたまれた衣類があって。
彼女は俺をジッと見つめながら小さく笑う。
「神父様のご友人ですか? 申し訳ありませんが、神父様でしたら急なお仕事で出ていまして……」
「……そう、ですか……あの、手伝いましょうか?」
「え? あぁいえいえ! お客様にそんな事……いいんですか?」
彼女は申し訳なさそうにしながらも手伝ってくれるかと聞いてくる。
俺はそんな彼女に大丈夫だと伝えて籠を代わりに持つ。
すると、見かけよりも重かったそれが手にずっしりとのしかかる。
だが、これくらいなら問題ない。
俺は彼女に何処に持っていけばいいか尋ねた。
「もう乾いているので、中へ運んでいただければ」
「分かりました」
彼女が先導して、教会の扉を開ける。
俺は促されるままに中へと入り。
初めて見る教会の内部に少し驚いていた。
荘厳な雰囲気が漂う神秘的な空間。
ステンドグラスから差し込む光が幻想的で。
長い椅子が等間隔に設置されて、奥の方には大きなパイプオルガンや台がある。
壁に飾られているのは、銀色の十字架に日輪を模った二重の円が重なり合ったシンボル。
アレはこの世界で広く普及している宗教の……確か、”シンタン教”だったか。
火というものが生命の根源とし、それが全てを作ったと考えているシンタン教。
シンタンという言葉は、火乃国の”薪炭”という言葉が由来で。
彼らは焚火というものを儀式に取り入れて、成人になる信徒を祝福するらしい。
本拠地があるのは東部地方の……それは忘れた。
何故、火乃国の言葉が由来であるのかは知らない。
本に書かれていた情報では、深くまで書かれていなかった。
シンタンの歴史は長く。
三百年も遡れば、シンタンの開祖であるムルバ・ホーンズが出て来る。
彼について語ろうとすれば、それこそ一日では時間が足りなくなる。
それほどまでに逸話が多く、中々に破天荒な男であったと有名だ。
「……どうかされましたか?」
「……いえ、綺麗な所だと思って」
「ふふ、そうですか……此処は人々の拠り所。貴方様の癒しとなったのでしたら我々にとっても幸いです」
彼女はくすりと笑う。
俺は少しだけ恥ずかしくなってしまう。
初めて見る教会の内部、そこで思いを馳せてしまった。
恐らく、間抜け面を彼女に見られてしまっただろう。
俺は恥ずかしい瞬間を忘れる為に、彼女に何処に持っていくかもう一度聞く。
すると、彼女はいそいそと歩き出し、入って来た扉から右横にある扉を開けた。
俺は籠をしっかりと持って彼女について行く。
教会内部には複数の扉があり。
横の扉を潜れば廊下に面した扉が複数存在した。
歩く度に木の床が小さく軋む。
廊下には何も置いておらず。窓から差す光がとても温かかった。
彼女は奥の扉まで歩いていく。
そうして、扉を開けて中へと入っていった。
「此方です」
彼女に促されるまま入って行けば、そこには等間隔にベッドが設置されていた。
全部で一、二……十二もベッドがある。
此処は子供たちの寝室だろうか。
俺がまじまじと見ていれば、修道女は籠を適当な場所に置いてくれと言った。
「ありがとうごさいます。此処からは私一人で十分ですのね……そろそろ、神父様も帰って来ると思います」
「……その、彼は何の用事で?」
急な仕事の内容が気になった。
誰かの結婚式であれば、そんな急な用事で入れる訳はない。
亡くなった人間がいるのであれば、呼ばれる場合もあるだろうが。
しかし、そんな突然に呼ぶ事は滅多にないような気がする。
あったとしても少なくとも一日前には約束を取り付けて教会側も準備をするのではないか。
俺は興味本位で聞いてしまった。
すると、途端に修道女は表情を曇らせる。
そうして、周りに視線を向けてからゆっくりと手招きをしてきた……大きな声では話せない事か。
俺は促されれるままに彼女に耳を寄せる。
彼女はそんな俺に小声で教えてくれた。
「……最近、巷で殺人事件が頻繁に起きていまして……警察の方の中で悪魔の仕業だと仰る方がいらっしゃいまして。事件が起きた日には神父様が呼ばれるんです」
「……悪魔の仕業ですか」
「……その、私は怖くて見ていないのですが……殺された人達は皆、体をバラバラにされているらしく……っ」
彼女は体を震わせる。
見るからに怯えていたので、俺は十分だと彼女に伝えた……殺人事件か。
昔からこの手の事件はよく起きていた。
それこそ、比較的治安が良い筈の都市部でも起きていたと聞いたことがある。
しかし、そのほとんどが痴情のもつれや私怨によるもので。
無差別で人を殺すような事例は稀だった気がする。
まさか、そんな稀なケースに遭遇するとは思っていなかったが。
なるほど、この街はやはりどことなく変わっているようだ。
神父が出て行った理由は分かった。
そして、その連続殺人事件では見るも悍ましい死体が放置されていると。
あまり関わりたくは無いが、彼女の口ぶりからしてまだ犯人は捕まっていないのだろう。
凶悪な殺人鬼が今も街をうろついている。
もしかしたら、俺はもう既に会っているのかもしれない。
奇跡的に襲われてはいないだけで、何時襲われるか……用心しよう。
俺は彼女に礼を言ってから出ようとした。
その時に、後ろの扉から音が聞こえた。
キィという扉が開く音で、彼女は短い悲鳴を上げた。
俺は鋭い目で扉を見つめて――拳を解いた。
「おや? 声がすると思って入って見れば……マーサとナナシさんでしたか」
「し、神父様……ふぅ」
「……? 何かありましたか?」
「……いや、問題ない……事前に言っていたが、アンドレーさんに話があって来た」
「あぁそうでしたね……ふむ、悩み事ですかな」
「……いや、違う……ここら一体で、傭兵について詳しい人間を知らないか? 碧い獣と呼ばれている傭兵を探しているんだ」
「……傭兵……碧い獣……ふむ、そうですね」
彼は顎に手を当てて考え始めた。
彼ほどの人間であれば、街の住人や傭兵とも仲が良く。
その手の情報を持っている人間を知っているのかと思った。
考えている所を見るに、何名か心当たりがありそうだ。
俺はそんな彼を見ながら暫く待って……彼が手を叩く。
「そういえば、傭兵グループ”ゲッコウ”のメンバーの方が。任務を受けた際に見たと言っていたような」
「本当か? そいつは今、何処にいる? 可能なら直接話をしたい」
「……彼は無類の酒好きでして。恐らくは、行きつけの酒場で飲んでいる事かと……酒場の名前は”ドゥドゥ”で、此処を出て右へまっすぐ行けば青い札の店があります。看板に太った豚が描かれているので分かり易いかと……少々、気性が荒いですが。私の名を出せば、話し合いに応じてくれるかもしれません……申し訳ありませんが。私は職務上、此処を離れる事は出来ないので同行は出来ませんが」
「いや、構わない。教えてくれてありがとう……他にそいつの特徴は無いか?」
「……外見的特徴で言えば黒髪で黒目。身長は170前後で少々太り気味……あぁ仕事が無い時は決まって白いシャツにジーパンで緑のサンダルを履いていますね……名前はテッドさんと言います……そんなところでしょうか」
「……ん。分かった。今から探しに行ってみる」
「えぇその方がいいでしょう……今日はあまり話せませんでしたが。次こそは、お茶でも飲みながら、ね」
アンドレー神父はマーサさんにウィンクをする。
彼女はくすりと笑い「お茶菓子を用意しておきます」と言う。
彼女は料理が得意そうであり、何かを作ってくれるかもしれない。
俺は口角を上げながら楽しみにしている事を伝えてその場から去った。
少し早歩きで移動しながら。
教会の扉を開けて外に出る。
急いで探しに行こうと思って――ふと、目に留まる。
庭の方で子供たちの笑い声が聞こえる中。
木陰に隠れて本を読んでいる長い金髪の少女がいた。
遠目からでは分からないが……首輪をつけている。
異分子であろう少女は、子供たちの輪に加わらず分厚い本を読んでいた。
俺は少し気になって少女を見て――目が合う。
彼女は視線をあげて俺を見て来た。
そして、ぎこちない笑みを浮かべる。
笑い慣れていないのであろう。
俺はそんな彼女に小さく手を振る。
すると、彼女は慌てて本で顔を隠した。
可愛らしい子供であり、俺はくすりと笑う。
そうして、自らの目的を果たす為に酒場を目指して走った。