《ナナシ! もう少しだ!》
「あぁ!」
ガタガタと揺れるコックピッド内。
背後から迫りくるドローンたち。
風きり音とスラスターの音が混ざり合い。不気味な不協和音を奏でる。
背部センサーで確認すれば薄暗い廊下の先に無数の赤い光が灯っていた。
凄まじい速度で翔ける俺を追走してくるそれら。
自爆型の攻撃ドローンであり、触れれば最期だ。
こんな狭い空間で自爆型を使うなんて正気ではない。
が、此処でこれを取り入れた人間は間違いなく策士だ。
封鎖された空間。
長い廊下は入り組んでおり、ルートを間違えれば詰みだ。
途中で止まって考えていれば追いつかれて殺される。
自爆型は侵入者に考える時間を与えない為の策であり。
奴らが爆散した衝撃くらいではこの空間は崩落を起こさない自信が見て取れる。
昇降機を降りてから暫く。
奴らは執拗に俺を追いかけて来た。
俺は必死になって機体を操作して、長い道を駆け抜けていく。
右へ左へと曲がり、ヴァンはそろそろだと言う。
目まぐるしく変わる景色。一瞬にして別れ道に辿り着き。
反射的にレバーを操作して、壁を軽く擦りながら飛行した。
広大な敷地を有する生産工場の地下施設。
感覚から言えば、俺はそんな地下空間を渦を巻くように移動している気がした。
恐らく、強ちそれは間違いでは無く。
バイオリアクターへと繋がる道は、螺旋状になっているのかもしれない。
入り組んだマップを冷静に分析すれば、此処はかなり計算されて設計されていると分かるだろう。
対侵入者用に設計されたであろうこの空間の先には、よほど重要な物が隠されている気がした。
が、今はそんな事を考察している場合ではない。
俺は機体を更に加速させる。
そうして、立ち塞がる様に立つ柱を回避していった。
一瞬にして迫るそれら。
ギリギリで回避し、避けられなければ銃弾で破壊する。
そうして、回転しながら避けて背後への攻撃も実行した。
が、奴らの機動は常軌を逸していた。
まるで、重力や風の抵抗を受けていないようにひらりと避ける。
それも見れば見るほどに奇妙な機動で、だ――相手をしても弾の無駄だ。
俺は攻撃を完全に断念した。
そうして、青い光が灯る廊下を駆け抜けていく。
強い風を受けて機体が激しく揺れる。
ブルブルとレバーが振動する中で、手が充血するほどにそれを握りしめた。
限界まで目を見開きながら、眼球を動かし続けて。
迫りくる障害を回避し続けて、永遠に思える時間を体感する。
まだか、まだなのか――速く、もっと速くッ!!
もうすぐ、もうすぐ――見えた!
廊下の先に、開けた空間が見える。
この長い廊下よりも光に溢れていた。
それを確認して、俺は更に強くペダルを踏む。
ぐんと機体が一気に加速し、全スラスターから甲高い音が鳴り響く。
機体が激しく振動して、レバーがびりびりと揺れた。
俺は歯を食いしばりながら、必死に前だけを見る。
立ち塞がる柱を上昇し回避。
上半分を塞ぐように取り付けられた二本の柱をキャノンで狙う。
そうして、弾を発射すれば激しいリコイルに襲われた。
が、俺はそれを無視する様に加速した。
勢いよく放たれたキャノンの弾が柱の一つを砕く。
轟音を立てながら残骸が周囲に飛び散り。
俺は機体を煙の中へと滑り込ませた。
機体全体に破片が当たりバチバチと音が鳴る。
目立ったダメージは無いが、不安を掻き立てられる音だ。
俺は無理に笑みを作りながら煙を突破していく。
そうして、背後へと機体を向けて――両手のライフルから全力で弾を放った。
フルオートによる射撃であり、残弾数なんて気にはしない。
マズルフラッシュが連続して起こり、炸裂音が響き渡る。
放たれた弾丸は煙へと殺到し――奴らが飛び出す。
赤いセンサーを点滅させる機械共。
奴らは眼前に迫った弾丸を認識したが――もう遅い。
回避が間に合う筈も無く。
弾が奴らの装甲に当たり火花が散る。
そうして、制御出来なくなったドローンたちは互いに体をぶつけ合い――轟音が上がる。
激しい爆炎に包まれて、空気が揺れるほどの爆発が連続して発生する。
風圧で機体が一気に押されて、背後から炎が迫って来た。
俺は機体を正面に向けて、メインスラスターの出力を上げて――加速した。
炎が迫る中で機体の速度を高めて翔ける。
すぐそこまで炎が宙を翔ける竜のように迫って来る。
心臓の鼓動は早鐘を打ち、ダラダラと汗が流れ出た。
コックピッド内は機体外の影響を受けてサウナのように熱せられて。
俺は強く歯を噛みしめて、限界まで速度を上げた。
そうして、一気に長い道を翔けて――突き抜ける。
広い空間に機体を滑り込ませれば、炎が音を立てて広がろうとした。
しかし、それを阻止する為に廊下に取り付けられた消火装置が作動して。
消火剤を散布した事によって、炎の勢いは瞬く間に消え失せていく。
俺は勢いのまま床を滑って行く。
ギャリギャリと金属を擦る音が響いて、足裏からオレンジ色の火花が飛び散った。
機体はゆっくりと回転し――完全に停止する。
機体の装甲の隙間から内部に溜まった熱が放出される。
空気を吐き出す音を聞きながら、俺は口を大きく開けて前のめりになる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ぅ、はぁ!」
緊張の時間が終わり、止めていた呼吸を再開した。
肺一杯に生ぬるい空気を取り込みながら。
ボタボタと垂れる汗を乱暴に拭う。
口内はカラカラに乾いていて、今すぐに冷えた水を飲みたい衝動に襲われる。
俺はコックピッド内のポケットを開いて、そこから革張りの金属製のボトルを取り出した。
そうして、飲み口へと口をつけて一気に中の水を飲む。
「――はぁ」
キャップが要らないボトルは便利だ。
水が漏れ出す事は無く、人が口をつけて飲もうとする時だけ水が出るのだから。
パイロット向きの物であり、これがあれば戦闘中でも使えるような気がした。
乾いた喉を潤してから。
俺はそれをポケットへと戻し閉じた。
そして、荒くなっていた呼吸を落ち着かせながら俺は消火剤が散布された道を見つめる。
柱諸共、奴らが周囲に大きな被害を与えた。
一瞬、退路が塞がったかと思ったが。
音からして崩落した可能性は無いと考えた。
目視で確認すれば、白い消火剤が飛び散っているだけで目立った被害は無い。
少しばかりの残骸が転がっているだけで、メリウス一機が通る分には問題なさそうだった。
やはり、爆発如きでは崩れないように設計してあるのだろう。
それくらいには、バイオリアクターが重要な物だと部外者の俺にも伝わる。
俺は静かに息を吐いてから、うるさいほどに鼓動する心臓を落ち着けようとした。
敵がいなくなった空間で、ゆっくりと機体を操作して向きを変える。
ガシャガシャと音を立てながら、広い空間内を歩いていく。
そうして、センサーを周囲に向けてレーダーによる一帯の索敵を開始した。
「……いない、か」
レーダーでは敵影は確認できない。
警備用のロボットもドローンもいない。
あるのは、中心に聳え立つように存在する何かの薬品が入った巨大な筒。
そして、周囲に無数に存在する円筒形の小型の銀色の筒だ。
地面や壁には内蔵された照明があり、この空間全体を青い光で照らしていた。
下には筒が無数にあるが、上の方を見ればかなり天井は高めに設定されている。
それこそ、メリウスで飛び上がって翔けまわれるくらいには広い。
そんな巨大な地下施設の中に存在するバイオリアクターと謎の銀色の筒たち。
索敵をしながら周りに目を向ければ、施設内を支える為に無数の大きな柱がこの空間には存在していた。
頑丈そうな作りであり、メリウスの武装による攻撃でもびくともしなさそうだ。
遥か頭上の方には、網目状に広がった細長い金属の棒が張り巡らされていた。
まるで、人工的に作り出したジャングルのように感じる。
「この空間は、一体……何なんだ」
視線を戻して、周りの筒などを見る。
銀色の筒は、大きさはそれなりにある。
小型と言っても中心の筒よりは小さいだけで。
大きさで言うのなら、人一人は入れそうな大きさか?
それらの筒は数えられないほどにあって。
中心の筒に向けて無数の管が伸びて行っていた。
アレはケーブルなのか……だが、これは何だ?
バイオリアクターなら知っている。
が、俺はこんなものは見た事が無い。
一般的に知られているそれとは大きく構造が異なる。
従来のバイオリアクターには無数の銀色の筒も無ければ、薬品が入った巨大な筒も無い。
バッテリーを作っていると聞いたが、これではまるで――レーダーが何かを捉えた。
索敵の結果が表示されて――は?
俺は自分の目を疑う。
確かに、此処には敵となる奴は存在しない。
PB兵も人間の兵士も、機械兵たちもいなかった。
しかし、レーダーはハッキリとそれを捉えていた――無数の”生体反応”を。
円形に広がった簡易マップ。
そこには無数の黄色の信号が浮かび上がっていた。
それは人間がこのエリアにいる事を示している。
間違っても動物の類では無く、確実に”人間”だった。
「どういう事だ……なら、あれらは……っ!」
《ナナシ? どうした!? ナナシ!》
此処がバッテリーを作り出す為の生産工場であるのなら。
この区画に存在する巨大な筒がバイオリアクターの本体であるのなら。
此処に無数に存在する銀色の筒とその中にいるであろう人間の関係は――ッ!
悍ましい考えが浮上する。
吐き気がこみ上げてきて思わず口を覆う。
想像もしていなかった。いや、誰も予想できない。
あり得ないだろう。そんな事に意味はない。
燃料の類でも無ければ、それによって莫大なエネルギーが得られる訳でもないのに。
銀色の筒の中に人間を詰め込んでいると言う事は、それ以外に使用するしか用途は無い。
信じられない。いや、信じたくない。
しかし、此処が本当にバッテリーを作り出す為の施設なら。
彼らはその”材料”として、此処に存在すると証明している。
何故。いや、一体誰がこんな悍ましい方法を考え付いた……?
「……分からない。分からないが……考えても仕方がない」
此処に存在する無数の生体反応。
それが示している事は人間が存在している事と――彼らがまだ生きているという事だ。
いや、実際は死んでいるかもしれない。
生きているように見せているだけで、心臓の鼓動は止まっている場合もある。
細胞を死なせない為の措置なんて、今の技術力であるのなら造作も無い。
それに意味があるのかは分からないが、人間を材料にしている時点で奴らの考えなんて分かる筈も無い。
「……ヴァン。バイオリアクターを発見した……それと、銀色の筒の中に……人間が入れられている」
《――っ! 誤作動じゃなかったのか……ナナシ、任務は……》
「――続行する」
《――待て! そんな事をしたらお前は!》
「……分かっている……だが、これが俺の仕事だ」
「……っ」
バイオリアクターをオーバーロードさせて、この施設自体を爆破する。
その計画を実行するという事は……アレの中に入れられた人間たちを殺すのと同義だ。
分かっている。自分がやろうとしている事は。
だが、今更だ。これで任務を放棄して帰ったとしても同じなのだ。
この事を告発しようとも、三大企業が消滅する事は絶対に無い。
トカゲの尻尾きりのように、関係ないと言う事も考えられる。
いや、それならまだいい。もっと恐ろしいのはこの事をもみ消したり。
証拠を消す為に、奴らが自分の手でこの施設を破壊する事も考えられた。
そしてそうなれば、俺だけじゃなくヴァンたちの命も狙われる。
告発する事に意味はない。
彼らを救う事も俺には出来ない。
出来る事があるとすれば、奴らの手では無く……俺の手で眠らされてやる事だけだ。
消耗品のように扱われた命たち。
その最期くらいは、奴らの手ではあってはならない。
全てを管理されたままでは、彼らも報われない。
家畜と同じ扱いを受けた彼らの無念を晴らすのであれば――今此処で、この施設を破壊するしかない。
彼らの為、任務の為……理由なんて何でもいい。
結局、俺は俺の為に動く。
自らの目的の為に、俺はこの施設を破壊する。
恨まれようとも呪われようとも、別にいい。
ゆっくりと前進し、バイオリアクターの制御装置の前に立つ。
右腕を向けてから、ハッキング用のケーブルを射出する。
制御装置に刺さったそれが、強引にパスを繋げて……。
「……ヴァン。すまない」
《……謝るな……一緒に背負うよ》
「……ありがとう」
俺はヴァンに謝る。
すると、彼は俺と一緒に罪を背負うと言ってくれた。
何処か悲し気な声であり、それが気になったが……ハッキングが開始された。
暫く待てば、ハッキングは完了する。
そうして、青い光に包まれた空間が赤い光に変わる。
施設全体に警報が鳴り響いて、リアクターの出力が上昇していくのが分かった。
《後は作戦エリアから離脱するだけだ。早く――ッ!?》
「……何か来ている」
凄まじい速度で、何かが此方に向かってきている。
入り組んだ道を迷うことなく進むそれはドローンや機械兵じゃない――メリウスだ。
此方へと向かってきており。
逃げようとしても、出口は一つで。
狭い廊下で戦闘になれば、機動力を活かせない俺は不利になる。
迎え撃つしかない……此処で!
もうすぐそこまで来ている。
俺はライフルを構えながら敵が来る方向を見つめて――来た!
キラリとセンサーらしきものが光る。
俺はその赤い光に向けて銃を全力で撃った。
ガラガラと音が鳴り薬莢が舞って、弾が一直線に敵へと向かい――な!?
奴は機体を回転させる。
そうして、弾の隙間を縫うように回避して見せた。
そのまま奴は此方に向かってブーストしてきて――俺は機体を横にずらす。
跳躍してから奴の蹴りを回避した。
床を滑りながら奴を睨みつければ、奴も床を滑りながら停止する。
特徴的な脚部。逆関節型であり、そのシルエットは細身であった。
赤い単眼センサーを此方に向けながら、奴は両手を広げる。
右手には鉄杭を仕込んだ箱型の武器を装備している。
アレはパイルバンカーだろう。
もう片方には三つのパラボラアンテナのようなものを取り付けた変わった形の銃を持っている。
背中には四つのスラスターが段々と付けられているのが見えた。
紫紺のカラーリングをした軽量逆関節型のメリウス。
そして何よりも、肩に特徴的なエンブレムを付けていた。
まるで、地獄から這い上がる死体のようなそれは――”地獄の亡者”の刻印だ。
《たった一機で此処まで来れた事は素晴らしい……が、私と出会ったのが運の尽きだ……君の命も。私の糧にしてあげよう》
《気を付けろ。相手は異名付きだ……隙を見て逃げるんだ》
「……あぁそのつもりだ」
オープン回線で語りかけて来るきざったらしい若い声色の男。
武装を構えて姿勢を低くしながら、俺はチラチラと退路を確認する。
何処まで出来るか。残された時間はどれほどか……隙を作るしかない。
俺はスラスターを噴かせる。
そうして、広い空間を翔けながら奴の様子を伺う。
奴は宙を舞う俺を見つめながら、脚部に力を込めて――飛んだ。
「――ッ!?」
奴が地を蹴った瞬間。
すぐそこに奴の機体が見えた。
右手の武装を此方に向けて――ブースト。
緊急回避を試みる。
体に強い負荷が掛かり息が苦しくなる。
しかし、奴の攻撃を紙一重で回避できた。
奴は空中で姿勢を制御しながら。
ジッと此方を見つめてきていた。
恐ろしい敵だ。
恐ろしいまでの――爆発力。
あれは侮れない。
少しでも意識が逸れれば一瞬で命を刈り取られる。
危険であり――胸が高鳴る。
やってやる。
異名付きであろうとも関係ない。
戦って隙があるのなら――喰い殺してやる。
俺は歯を剥きだしにして笑う。
そうして、機体を加速させながら銃口を奴へと向けた。
バラバラと弾をバラまけば、奴はひらりと機体を動かして回避して見せた。
そんな敵の動きを観察しながら、俺は分析していく。
ある筈だ。奴の隙が、何処かに。
高機動戦の中で、奴を見続ける。
格上の敵を出し抜く為、任務を果たす為に――俺は宙を翔けた。